真夏の夜の夢のような戦い-2
【Black/O】
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「しっかりして、みらい――ったく、今日はこんなんばっかだ」
揺を母さんのところまで運んだと思ったら、今度はこれだ。この辺りで一番高い工事現場のタワークレーンの足場まで飛んで行き、みらいをそこに横たわらせた。
ひどい傷だ。
脇腹がえぐれて骨が折れ、内臓がそのまま吹き曝しになっている。でも、出血はない。なにか、とてつもない熱を持ったものを傷口に押し付けられているように傷が炭化して、黒くぶすぶすに焦げていた。
「み、なとちゃ……うぅ!」
「喋るな、みらい――これを」
母さんから預かっていたものを、短針銃に取り付けた。
普通のライターとは少し違う、円筒状のビンに詰められた、どろっとした白い液体。こめかみに銃口を突き付けて、引き金を引くと、冷えて固まった餅を指で押すような鈍い手ごたえがある。
「アアアアアアアアアッ、うう――――ううううううう!」
「暴れるな、我慢しろッ」
もう変身も解けているのに、抑えつけるので一苦労だ。抑えつける手に巻き付いた手袋を変形させて、鎖のようにみらいの四肢を拘束する。母さんが私に与えてくれた魔法の手袋――自在に形を変えて、私の思う通りに動いてくれる。
みらいはぎゅっと目をつぶり、歯を食いしばったまま出せる限りのうめき声をあげている。私にもよくわかる――目を開けているだけでも相当な激痛なのだ。身体じゅうを、棘の生えた虫が這いまわっているような、耐えがたい苦痛なのだ。
あの、忌々しい緑色の魔法少女――あいつに身体を焼き尽くされた後に……
「み、なと、ちゃ……」
しばらく苦しんだ後で、みらいの発作は収まった。
拘束を解く。苦しいのかごほごほと咳き込むと、その激痛でまた苦しそうな顔をする。
「しっかりしろ。母さんが心配してる」
「あれを……倒さなくちゃ……」
「あのでっかいドラゴンなら、放っておいても大丈夫だよ」
このクレーンの上からでも見える。
遠く離れた場所――黒い巨大な影が一つ。その周りに群がるような、光が六つ。
「あっちの魔法少女がやってくれるさ。六人もいれば勝てるだろ」
「そう……、」と、そこでみらいががばっと跳ね起きた。「六人……?」
「ああ、六人――六人?」
おかしい。
向こうの魔法少女は、全部で五人のハズ――母さんが言っていた。『純正品』のライターは、全部で五つあると。奴らの裏にいる『魔女』は、それをつかって少女たちを魔法少女に変え、自分の戦力として抱えているのだと。
「だったら――」
もうひとりは、誰だ?
「みなと様、みらい様」
その声で上を見ると、さっきまで降っていた雨で身体を濡らしたクウが、私たちの頭上からすいと飛んできた。
「ご無事ですか」
「どうしたの?」
「イリス様からの言伝です。実は、揺さまが――」
ごおおおおお――――
地下鉄が駆け抜けていくような音は、あのドラゴンの咆哮だ。
○
【White】
「GOOOOOOOOOOOOOOOAHHHHHHHHHH――――!」
ついに氷を食い破って、ドラゴンが咆えた。
大地が揺れ、罅割れる。ビルのガラスがガタガタ揺れ、地球が傾いたようにすら感じられる。肌がしびれる。
ざわめきを感じる。
いつの間にか、私たちが立っている大通りの周囲から、湧き出てくる。ビルの中から、路地裏から、罅割れたマンホールの底から――
「まだ、こんなにいたなんて……」
リサさんの声はおびえている。
十人十色、それぞれの姿をしたグローパーたちは、見分けのつかない黒い身体と赤い瞳で私たちを睨みつけながら、にじり寄ってくる。まるでこの竜に引き寄せられてくるように……
「どうする?」翼が言った。「こういうとき、アニメやマンガなら、ふたてに分かれるか、それとも大ボスがザコを倒すまで待っててくれるか、だけど」
また、目の前のグローパーが大きく咆哮する。
赤い眼がまぶしく、太陽に負けないくらいの強さで輝く――と、思ったら、よく見ると、真っ赤で大きな瞳の下に、もうひとつ眼がある。四つの眼が、私たちを見下ろしていた。心なしか、さっきよりも身体が大きくなっている気もする――いよいよもって化け物だ。
それにかき消されそうになる、けれどもやっとした、周りの気配。
両腕の長いサルみたいなやつ。六本足のクモみたいなやつ。ライオンのような四足歩行の獣、クマのようなのそのそした巨体のグローパー、それから人にしか見えないけど異様に胴体が細くて腕が長いやつ……背中から羽の生えた、鳥のようなやつ。
あれだけ倒しても、まだこんなにいるなんて……
「周りの小粒なのは私がやるわ」
刀を握りしめていた私の隣で、香苗さんが手にした松明を緩やかに掲げながら、軽やかに笑った。なんだか、前に見たときと、雰囲気が違うような――
「大きなのを倒すよりも、そっちのほうが迷惑じゃないでしょう? 明日架」
「なんで――私に言うの」
「ともかく、そっちの大きいのは任せたわよ」
「私もお手伝いします、香苗さん」
香苗さんとリサさんは互いに顔を見合わせて、ふたり、大通りの向こう側から押し寄せてくるグローパーの大群へ向かっていく。
「さて、私たちはどうしましょう、明日架?」
「大きいのを先に倒して――それから小さいのをやる」
「手伝って頂戴ね、明日架。まだ、うまく加減できないから」
「加減なんて必要ない。全力でやって」
ひばりさんと明日架が、巨大なグローパーの前に立ちはだかる。
「僕は、あのでっかいやつがいいな! だってカッコいいもん、ね、お姉ちゃん!」
「私は小さい方がいいかな」
「ええっ」
「翼、任せたよ。明日架とひばりさんと一緒に、あいつをやっつけるんだ。そしたらキミは、この街のヒーローだよ」
「別にヒーローなんか、ならなくてもいいよ。僕は僕がやりたいことをやるんだ!」
「そうだね」
私と翼でハイタッチした。ちょっと元気が出る。勇気が湧く。
大通り、香苗さんたちが向かっていった方の反対側――ドラゴンの向こう側から私たちに向かって駆けてくるグローパーの大群に向かって、走り出した。ドラゴンのすぐ横をすり抜けて、腹の下をくぐっていくように。
それに気づいたドラゴンが、私に向かって振り上げた前肢が振り下ろされ――る、その時だった。目の前で激しく青い光が散って、ドラゴンがぐらりとふらつく。
「行け――!」
明日架の声だった。
それを受け取るだけで、心臓に、肺に、背骨に追い風を受けた気分になる。大きく傾いたドラゴンの身体の下をくぐりぬける。目の前で叩きつけられた尻尾を乗り越え、大きく跳躍し、グローパーたちの群れに突っ込んでいく――
遠くから、眩しい光が私に降り注いだ。
朝だ。
早くしないと、この街が起きてしまう。その前に、何とかしなくちゃ。
抜いた刀が朝日にきらめく。手始めに、こっちに飛びかかってくるカマキリみたいなグローパーを叩き切って、アスファルトを踏みしめて着地する。
まだまだ、いくらでも相手はいる。
○
【Yellow】
「香苗さん、イメチェンですか?」
「そうね。ちょっとね」
香苗さんは、以前までとは姿が違う。それは気のせいじゃなかった。
身体のラインを隠すような真っ黒のローブが無くなって、肩と胸元を露出する大胆なドレス姿になっている。スカートには大きなスリットが入って、ほっそりした白い脚が見えている。靴も高くて黒いヒール、タイツには雪の結晶みたいなきれいな模様が入っていて――
「リサちゃん」
「は、はい!」
「そんなに、まじまじと見られると……ちょっと恥ずかしいわ」
香苗さんは手にした長い杖のような松明をくるっと振り回した。その先端には緑色に燃える炎が煌々と灯っていて、蛍光灯のようにすら見えるほどだった。
「リサちゃん、ちょっと下がっていてね。巻き込まれないようにね」
かつかつ、とアスファルトに鳴るヒールの音が心地よい。
私たちの前のグローパーは、ざっと数えただけでも四十じゃきかない。ほんとうに、倒しても倒してもキリがない。
香苗さんが松明をすっと掲げると、炎がより強く燃え盛る。
まぶしい――思わず目がくらんでしまうほどだった。その松明の炎の根元に、香苗さんの緑色のライターが埋め込まれている。
「あれっ、」
私は違和感に気付いた。炎の根元、ライターが――ふたつ?
すっと指揮棒を振るように松明を振るうと、目の前が緑色に染まった。
猛烈な勢いで炎が燃える。はじめて香苗さんの炎を見たとき――私が最初に魔法少女になったあの日、明日架さんと私を助けてくれたあの時と同じ炎だ。燃え盛っているのにぜんぜん熱くない。むしろ周囲の熱を奪っているかのような、冷たい炎がグローパーたちを瞬く間に包み、目の前が火の海に変わる。
「相変わらずものすごい魔法ね……」いつの間にかそばにいたクウが息を呑む。「りっちゃん、巻き込まれないように気を付けてね。普通の炎と違って熱くないけど、ものすごい魔力よ。うかつに近付くと巻き込まれちゃうわ」
「分かってる。だいじょうぶだよ」
見れば分かる。
炎に包まれたグローパーたちは黒く塵になって消えていく。苦しみ悶えることもない。赤い瞳だけが一瞬、断末魔のように強く赤く輝いて、そのあと崩れていく。緑色の炎の中で消えていくそれらは、まるでイルミネーションのように光り輝いていてとてもきれいだ。
夢に出てきそう。
「まだよ」炎が消えていくと、その向こうからまだまだグローパーが現れる。「ずいぶんな数ね――うふふ、うふふふふ」
「よし――私も……!」
私もパラソルを構え、くるくる先を振り回す。すると、ほどけたリボンが渦を巻き、勝手に人の形に編み上がっていく――それは身長三十センチの、リボンの兵隊たちだ。全部で十六体。これくらいはもう、一瞬で作り出すことができる。
「行けっ、みんな!」
兵隊たちはリボンの剣や槍を手に構えた。閉じたパラソルにリボンを巻きつけて槍を作りだす。
「リサちゃん、作戦があるの」
「はいっ、それは?」
「作戦というか――提案かしら? リサちゃんのリボンを使ってね……」
「ふむ、ふむ」
三分後。
グローパーたちが無造作に襲いかかってくるその先にいるのは、黄色いリボンのミニチュアの兵隊たち。その先頭に立つのは、体長三メートルはありそうな、立派な軍馬だ。もちろん、リボンを編み上げて作ったものだけれど、まるで本物さながらに、今にも駆け出しそうにひづめをアスファルトに打ち付ける。
そして、その鞍にまたがるのは――
「こういうのは私じゃなくて、王子様のすることだと思うんだけどな」
「りっちゃん、もうグローパーたちがすぐそこまで来てるわ!」
「うん、分かってるよ」
右手に槍を持ち、左手には、フリルのリボンで出来た手綱を握る。ヒールを解いて作った乗馬用のブーツで鐙を蹴ると、馬が天高く嘶いた。
「わっとと……!」
香苗さんのアイディアだけど、こんなことを思いつくなんて。今は何時代なんだろう?
でも、魔法少女のおかげなのか、はじめての乗馬体験にもかかわらずきちんと乗ることができている。それとも私が作った、私の言うことを聞く馬だからなのだろうか?
「可愛らしいわね、リサちゃん。私の思った通り」
そして、その横にすっと並び立つ香苗さん。手にした松明も相まって、まるで軍師かお付きの兵士かだ。でも、その立ち位置にドレス姿はまったく似合っていないけれど。
「これ、意味あるんですかね……私もテンション上がっちゃったけど」
「こういうのは気分が大事なのよ。女の子ですもの」香苗さんが悪戯っぽく子どもっぽく笑う。「なるべくリサちゃんを巻き込まないように加減するわ。グローパーたちに囲まれないように、一気に駆け抜けるの。リサちゃんに注意を引きつけられたグローパーを、私がひとまとめに焼き払う。逃げていくグローパーを『リボン』で拘束するのも忘れずに、いい?」
「は、はいっ……!」
手綱を強く握る。
「よしっ、行け!」
鐙を蹴って駆け出す。
これが古式ゆかしい戦闘のノウハウらしい。
一種のロールプレイなのだろう。香苗さんにこういう趣味があったとは意外だけど、私はあんまり嫌いじゃない。みたい。
眼前に見えるは数十の黒い怪物たち。こちらはたったふたりの魔法少女と、ミニチュアのリボンの兵隊が数十。
嫌でもテンションが上がっちゃう。これは学芸会の寸劇とは違うんだ……!




