表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
71/93

真夏の夜の夢のような戦い-1

   【◇◇◇◇◇】




「っ、この! この! この!」

「お、落ち着いてよ、八宵ちゃん……」

「うっさい!」



 わたしはあくまで冷静に、自分の苛立ちを抑えるためだけに、目の前の黒い塊を踏みつけているのだ。決して冷静さを失っているわけじゃない。感情的になっているわけでもない!

 この小さなグローパーは、まだ生まれたてだ。それに力もない。ネコのような姿をしているけれど、それと違ってすばしっこくなくてニブい奴だ。



「あのっ、青い魔法少女め……このわたしに! このわたしに攻撃してくるなんてッ、信じられないッ! この、この、この!」

「もうやめて八宵ちゃん!」

「うるさいわね。あんたも消されたいの?」



 空ちゃんがたじろぐ。

 瞳は、心底怯えた感情を浮かべている。いい気味だ。



「忘れないでよ、あんたがそのままいられるかどうか、あんたにその自由意思があるかどうか、魔法少女として戦えるかどうか、楽に死ぬのも苦しんで死ぬのも飢えながら生きるのも――ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ! わたしの思い通りなんだからね。あんたはわたしに黙って従っていればいいんだよッ!」

「ご、ごめんなさい」



 最後に、自分の中に残った渾身の苛立ちをグローパーにぶつける。そいつは霧散することもなく、そこにぐったりと横たわったまま動かなくなってしまった。

 情けない生きものだ。



「――勘違いしないでほしい。わたしは冷静さを欠いているわけでも、感情に我を忘れているわけでもない。ただ、自分がそうなってしまわないように、率先してこの府の感情を発散させ、常に自分の立場をわきまえた振る舞いを心掛けているだけだ。

 自分に与えられた運命を全うするために。

 そのためには常に冷静に、大局を見据え――あらゆる登場人物たちに平等でなければならない。わたしは決して、自分が活躍したいとか、ヒーローになりたいとか、白馬の王子さまに出会って幸せな家庭を築きたいわけでも、既存のジェンダー・イデオロギーを反転させて男を隷属させたいわけでも、煩わしい生理の痛みや辛さから解放されたいわけでも、グローパーたちと戦う力を手に入れてみんなにちやほやされたわけでも、誰かにわたしという存在を承認してほしいわけでも、お金や権力を手に入れて気ままな人生を送りたいわけでも、あらゆる人間に羨まれるような立派で高潔な人格を手に入れたいわけでも、新しい啓示や教えを受けて宗教を作りたいわけでも、世界中の人類を皆殺しにしてわたしひとりの帝国をつくり上げたいわけでも、この世界中の紛争を根絶して救われない子どもたちの数を減らしたいわけでも――――――――

そんなんじゃ、ないッ!」



 やみくもに振り回した手がたまたまそこにいた空ちゃんの頬に命中し、その場に倒れ伏した。



「う……いたい、いたいよ八宵ちゃん……」



 うずくまって震える彼女を見て……

 わたしもかがみこみ、彼女のことをそっと抱きしめた。



「ごめんね、空ちゃん。ありがとう、あなたのおかげでだいぶ、冷静になれた気がする」

「いや……」

「わたしも大好きよ、空ちゃんのこと。空ちゃんがわたしのこと、好きでいてくれるように」

「う、うん……あたしも好きだよ、八宵ちゃんはやさしいから……だいすき」

「ありがとう、ね、ありがとう」



 ぎゅ、と抱きしめる力が強くなる。

 あたたかい――傷ついた身体がほぐれていくようで――






「だれっ!」



 それは、空ちゃんがわたしをふり解くまで続いた。

 わたしたちが蹲っていたビルの屋上、その天辺の給水塔に立つ女性がひとり。

 黒く大きなスリットの入ったドレスを風に翻し、手に緑色に光る松明を持った――この世のものとは思えないほど、美しい風貌の女。肩まで大胆に露出した首筋は白く細く、おとぎ話の中から飛び出してきたプリンセスのようでもあり――憂いの中に、底知れない黒い感情を秘めたその微笑は、ヴィランのようでもあった。

 彼女はわたしたちを一瞥する。

 くす、と笑った。



「あなたたちには感謝しているわ。でも、もう行かなくてはならないの――タイセツナオトモダチが困っているのよ。今度、一緒にお茶でもしましょうね」






 ふわっと、浮かび上がり、

 そのまま夜の繁華街に消えていった。その後には、緑色の粒子がふわふわと、蛍のように漂っていた。



「いまのって……さっき、八宵ちゃんがライターを渡したひと、だよね?」

「……、そうだね」



 石上香苗。

 緑色のライターを持ち、誰よりも強い気持ちを持って戦う魔法少女。

 激しい音を立てて、傍らに置かれていたわたしの本のページがめくられる。紙が千切れそうなほど、激しく、早く。新しく開かれた白紙のページには――



「『それは憎しみであり、悲しみであり』――」次々に新たな言葉が書き込まれていく。「『そして、奪われたものの怒りでもある』――『ひとことで言うなら、それは復讐と言い表すことができるだろう』――『ゆえにその魔法は、炎の形をとり』――『そして何よりも冷たく、燃えるのである』――」

「それって、どういうこと? 八宵ちゃん」

「帰ろう、空ちゃん」

「ええっ、帰っちゃうの?」

「今日はもう充分。今夜はこれ以上、面白いことは起こらなさそうだもの」



 本を閉じる。隙間から取り出した栞を宙に放り投げながら、



「『お部屋に帰りたいわ』」



 栞は一瞬で、シュレッダーにかけられたみたいに細かくほどけると、メビウスの輪をほどくように広がり、そこには真っ白な扉が現れた。



「帰ろう、空ちゃん。お紅茶でも飲んで、今日はもうお休み」

「えっ、八宵ちゃんの紅茶、だいすき!」

「もっともっと面白いことは、これからたくさん起こるもの。それまでは――」



 おやすみ、この街。

 次にわたしが戻ってくるまで、もっと面白いものになっていますように――






   ○




   【Blue】




 ああ――――きっと死ぬ時というのはこういう感覚なのだろうか。

 身体じゅう、張り詰めているありとあらゆる糸が切れて、自分で自分を支えられなくなるような、この感覚。魔力も気力も体力も、もう限界だ。それなのに、いや、それだからこそ、かえって感覚はどんどん鮮明になっていく。人間が死ぬとき、聴覚だけは最後の最後まで残っているという話をどこかで聞いたことがあるけれど、どうやら本当らしい。

 苦しみ悶え、火を噴きながら、私のほうへ向かってくるドラゴンの声だ。



 空から突き落とした雷鳴は、私の頭上で拡散し、ふたりの魔法少女も、鳴海みらいも、グローパーもまとめて撃ち貫いた。へへ、ざまあみろと、そう思った瞬間に「切れた」。

 しかも、あのグローパーはまだ生きているらしい。

 もう限界だ。この一日だけでもう、充分戦ってしまった。まだ歌いたい曲が残っている。作りたいフレーズが残っている。すぐ後にライブを控えている。戦わなくちゃいけない理由が残っている。また会いたい人がいる。それなのに、それなのに――くそ、動けよ、私の身体。



 膝が落ちた鈍い感覚だけが伝わってくる。

 視界の端にドラゴンの鋭い爪が見えた。でも首を向けることも、眼球を動かして視線でそっちを追うこともできない。ああ、やっちゃったな。ついカッとなったばかりに、力の加減を誤ってしまったみたいだ。



 ごめんね、秋良。それに海音、瑞穂。

 ごめんね、リサ。

 ごめん、お父さん――怖いよ。ぎゅっと目を瞑りたいけど、そんな力もないんだ。

 鋭い爪が振り下ろされる。

 心臓がきゅっと、縮み上がるような気がした。





































 ふわり、しゃらん。

 音がする。

 誰かが私の手を取って、ぎゅっと握っているのを感じる。



「これで、大丈夫だよ――ふぅ……、」



 肌はひんやりとしているのに、身体の中はあたたかい。






「ライターも空っぽね――中身を足してあげなくちゃ」



 視界が明瞭になっていく。

 今まで何も通っていなかった血管に、血液が流れ込んでいくようだ。






「明日架さん、遅くなってごめんなさい……!」



 たくさんの声が聞こえる。

 私の周りから。






「今度は……アレをやっつけるんだよね」



 私は誰かに抱きかかえられていた。

 瞬きをした。

 誰かがいた。






「え――――そうね……、どう挨拶をすれば良いかしら……」

「『おはよう』」



 先に、私がそう告げた。



「おはよう……ひばり」

「――そうね、おはよう、明日架」






「ほらね、やっぱり僕の助けが必要だったじゃないか」



 赤いマントを翻しながら、翼がにっと笑う。






「明日架さん、もう一度、戦いましょう!」



 リサがくるりとパラソルを振り回す。






「無茶をするのは、貴女の悪い癖よ? 明日架」



 香苗さんはいつもと姿が違ったけれど、後ろ姿は凛として、頼もしい。






「ふう」



 ――千夏は、私を見もしない。ただ、刀を静かに抜いて構えていた。






「戦える?」

「もちろん……!」



 ひばりに手をぐいと引っ張られ、私は立ち上がる。

 青いライターの中身は満タンだ。

 目の前で、黒く巨大なグローパーが、真っ白に凍り付いている。間違いない――これはひばりの魔法だ。けれど、ところどころにほころびが生じてきて、地響きのように氷塊の中から震えるものを感じる。

 まだ、あいつは生きているのだ。

 ライターのスイッチに指を掛ける。



「もう、夜が明ける」



 千夏の言葉は誰に向けられたものでもなくて、でも、この場にいる誰の耳にも平等に届いた。握りしめられたひばりの手は、とても細くて、冷たくて、まるで生きている人間ではないようだった。



「こんなになるまで、ずっと、あなたを助けてあげられなくて……ごめんなさい……!」

「約束は守ってもらいますわ」ひばりは私の眼を見て、すっと微笑んだ。「私はまだ、ちゃんと目が覚めていないみたいだから――魔法の加減が、うまくいかないの。夜が明ける前に、戦いを終わらせて――きりっと目の覚めるような、明日架の歌で目覚めさせて頂戴な」

「――、もちろん」



 ライブチケットの招待枠は、まだひとつ余っているのだ。



「変身」



 六人それぞれ、構える。

 グローパーが氷を食い破って咆哮するのと同時に、朝日が昇る。

 大きく息を吸い込んで、ありったけの声で、叫ぶ。



「――行くよッ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ