中井明日架は謎の少女と出会う / 井荻リサは何度でも立ち上がる
「え……?」
血がいっぱい出ている。
背中が、異様に熱い。私はなぜか、濡れたアスファルトに倒れ伏していた。
「なに、が――」
ど、ど、ど、ど。
身体のあちこちから、なにかがぶつかるような音がした。熱い。痛い。
痛い……!
目がかすむ。何も見えない。
「こいつ、これで死んだかな? ねえ、八宵ちゃん、ねえ?」
「だめだよ、殺しちゃ。勿体ないでしょ、せっかく『純正品』の持ち主なんだから」
だれかの声が聞こえる。
倒れている私のすぐそばで、誰かがしゃべっている。
「どうして? こいつをやっつけろって言ったのは、八宵ちゃんなのに。あれ? なんでだろ、わたしがばかだから分からないのかな? あれれ」
「――『世界を壊そうと暴れ回る、巨大な竜を倒すのは』――『ひとりの勇敢な騎士でも、ましてや、優れた戦士でもありません』――『この世を形作る、五つの力がここに集ったときに』――『邪悪は打ち払われ、世界は救われるのです』――『そして、その者たちの活躍は、後世にまで語り継がれ』――」
「ぅ……」傷の修復に回す分の魔力すら、勿体ない……さっきまで銃身に集めていた魔力を、必死にかき集める。身体中、痛くて、重くて、熱いけれど、それでも心臓に力を込めた。
睨み上げた。
ぎょっとした表情でこちらを見る少女がひとり。
本を抱えて、涼しげな表情でこちらをちらりとみる少女がひとり。
「すごい、ほんとにまだ生きてるよ、こいつ」ひとりが手に光る槍を握りながら、「どうする? まだ変身も解けてないみたい、もうちょっと痛めつけたほうがいいかな?」
「いいえ、これで充分よ。もうこの人は動けやしない――」
すると、もうひとりがどこからか手にした分厚い本を開いた。
「『歴戦の戦士は傷つき倒れ』――『もう動くこともできません』――『怒りに身を任せ、雷光の如く駆け抜けてきた戦士は』――『ついにここで倒れてしまうのです』――」
どずん、どずん。
地響きが遠い。アスファルトが揺れ、突き上げられるように身体が震わされる。内臓をかき回されているようで気持ちが悪い。これほど魔法少女であることを不便に感じたことはない、傷が勝手に治っていくので、意識だけは鮮明なのだ。
グローパーの竜が咆える。太い前肢が、地面を打ち鳴らす。
「元気に育ったね、八宵ちゃん」
「そうね、いい具合よ。この調子で――」
「危ないっ!」
瞬時に起き上がり、脚をすくうつもりで振り回した銃は、後ろ跳びに躱されてしまった。
銃身を展開し、照準を乱暴に合わせたまま引鉄を何度も引く。光の弾丸は魔法少女たちに吸い込まれていく――しかし、一方の魔法少女が立ちはだかった。手にした光の槍で弾丸を叩き落していく。
――よく見ると、その背中からは、カラスのような黒い翼が生えていた。
「どういう、つもり」
「おっどろいた。しぶといね、意外と。ねえ八宵ちゃん、とっとと殺しちゃった方がいいよ、こいつ」
羽の生えた魔法少女が光る槍を振り回す。
八宵、そう呼ばれた少女は落ち着き払った態度で溜息をついた。
「あなたはこれ以上、強くなる必要はないっていうのに」
ぐおおおおおおおおおおおおおッ!
ドラゴンの咆哮と、猛烈な衝撃。
私の横にどさっと何かが飛んできた。それは身体じゅうぼろぼろになったみらいの姿だった。
「げほッ、ごほッ……!」咳き込むと、尋常ではない量の血が吐き出された。よく見ると、腹部にも大きな裂け目ができている。
「ああーっ、アレって『ニセモノ』でしょ? 八宵ちゃん」羽の生えた魔法少女が嬉しそうに飛び跳ねながら、「どこからか勝手に出てきた、八宵ちゃんにとって邪魔にしかならない、でしゃばりさんだよね? あれは殺していいの? ねえ、いい?」
「そうね。空ちゃん、あれは殺しても大丈夫」
「りょーかいっ」
みらいは起き上がる。
羽の魔法少女が光る槍を構える。
グローパーが一歩、近付いてくるたび、大地が揺れる。
「……、ああ」
たぶん私は疲れている。
だから、こういうことしか思い浮かばないし、身体も勝手に動くのだ。銃を空に掲げ、残った魔力のありったけを、息と共に吸い込む。
八宵と呼ばれた少女が目を見開いた。
「何を――」
「まずいよッ、八宵ちゃん!」
駆け出そうとしても、もう遅い。
引き金は、かちっと、なにも撃ちだすことはなかったけれど、代わりに落ちてきた。
天から青い雷が銃口に突き刺さると、猛烈な閃光と爆音が辺りを包んだ。
○
【Yellow】
ここからでも分かった。
強烈な地響き。閃光、轟音。なにより、あの雷の強さと色、尋常ではない。ひと目でわかる。
あそこに、明日架さんがいる。
「明日架さんっ、」
駆け出そうとして、脚がすとんと抜け落ちる。
「ダメ……だ……」
頭ががんがんする。視界が前後左右上下に不規則に揺れて、自分がいま、どういう向きで歩いているのかもわからない。
こんなことなら無茶をするべきじゃなかった。この身体の脱力感、明らかに、魔力が切れてしまったことが原因だ。
さっき放った、電撃を纏った一撃。あれで、あちこちに群がるグローパーの群れは一気にやっつけたけど、代わりに私の魔力も完全になくなってしまった。ライターの中身も、すっからかんだ。
なんとかして、魔力を補給しなくちゃいけない。
「ライター……ライターはどこ……?」
グローパーを倒した後に落ちるはずの黒いライター。
いくら探し回っても、見つからないのだ。あれだけ大量にいたのだから、ひとつかふたつ、見つかってもいいはずなのに、どこにもいない。こんなことならリボンで使い魔を編んで、捜させれば――とも思ったけど、そもそもその使い魔を造るだけの魔力も残っていない。
雨がいつの間にか止んでいる。
私は地面をはいずるようにして、四つん這いであちこちを探し回る。私の魔力が尽き、変身が解けてしまったということは――私の魔力と同調している明日架さんにも、何かしら影響が出ているかもしれない。
さっきから何度も雷が落ちている。
もう雨は止んでいるのに。つまり、あれは明日架さんが戦っているということだ。
寒い――夏の夜とは思えないほど、異常な肌の寒気がする。
「早く、行かなくちゃ……」
こんな時に限ってクウはいない。きちんと東さんのところに辿り着けたのだろうか。
腕がぶるぶる震える。身体が縮こまって……動かない……
「は、はは……」息が白い。「こ、ここで死んじゃうのかな、か、かか、かっこわるい……」
いや――
息が白い?
「リサ! ねえ、リサったら」
うっすらと、真っ赤に翻るマントが目に入った。
「つ、ばさ……」
「だいじょうぶ? すごく身体が冷たいよ……ライター貸して」ためらいなく翼は、私が握っていたライターをひったくって、「うわ、空っぽじゃないか……はあ、念のために貯めておいてよかったよ。こんなところでいったい、何があったの、リサ?」
徐々に視界が明瞭になっていく。
赤い魔法少女は私の瞳を覗き込むようにしながら、私のライターに次々と、黒いライターの中身を移し替えていたところだった。
「ご、ごめん……ちょっと、無茶しちゃったみたい……はは」
「無理しちゃだめだよ。リサ、ちっちゃいんだから」
「う、うるさいな……さむっ!」
翼の手の中にある黄色のライター。中身はもう、完璧に満タンだ。
なのに、異常な寒気だけが抜けない。
「ああ、寒いよね。ひばりさんももうちょっと加減してくれればいいのにな!」
「――――えっ?」
「さ、行こうリサ」伸ばされた手を無意識に取りながら、「明日架たちのところに! 魔法少女なら、困っている人間を助けなくちゃいけないんだ!」
そう言って笑う顔は――
とっても、眩しく、輝いて見えた。
「うん――行こう、翼ちゃん!」
「な――やめてよ、ちゃん、なんてさ。翼でいいよ」
「そう? なら――翼!」
ライターのスイッチを入れる。
「変身!」




