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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
67/93

天沼揺の微睡 / 村山ひばりの覚醒

   【Purple】




 ここは夢の中だ。



 真っ暗などこか。細い道。周りにはコンクリートの壁――いや、どこまでも続いていくようなビルの隙間。鼻をつく、生ごみの腐臭と、捨てられたタバコの煙、途中でのみ捨てられたお酒と油のような雨の混じり合った液体の発するにおい。誰かがもどした胃の中に残っていた、極彩色の食べ物の破片。

 なつかしい――――

 でも、すっかり「異臭」だと感じてしまう。少し、しあわせすぎたのだ。



 道の先は見えない。

 ただ歩く。どこかに必ずある、光の見えるほうへ。



「っ、」



 その時、背後から感じる殺気に振り返った。その瞬間、顔を叩く猛烈な強い風。切り傷ができるほど、強烈な冷気。その奥から、紫色にゆらめき、輝く炎のような何かが、風に乗って私に近付いてくる。私のことを取り込もうとしている。



「いや……!」



 振り向いて走り出す。

 途中で突き当たり、道を曲がる。寒々しいコンクリートの迷路のなか、脚の感覚が薄れていき、吐き出す息は白く、逆に私の肺の中に入り込んでくる。それでも走る。逃げる。



「あっ、」



 何かに足を取られて倒れ込んだ。

 見ると、右足のアキレス腱を貫いた氷の矢が、私を冷え切った地面に縫い付けていた。痛みもない。そのまま、氷が私の身体を這いあがって来て、膝から腰まで氷漬けにする。

 見上げると、紫色の炎がすぐ、そこまで来ている。

 身体が動かない。びくともしない。



「ヨクモ」



 炎は次第に、人間のような形に変わっていく。



「ヨクモ、ヨクモ」



 その姿は、やがて――うっすらと見覚えのある姿へ変じた。

 三年前、私が切り捨て、ライターを奪ったあの魔法少女。



「ヨクモ、ワタシノコトヲ……よくもオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――」



 襲いかかってくる。

 私の身体を包みこむ。身体だけじゃない、耳から、鼻から、口から、目から――身体じゅうありとあらゆる所から冷気が入り込んできて、意識まで氷漬けにしようとする。






    ○



    【White】




 がしゃ……

 というわずかな音がきっかけだった。氷漬けにされた巨人の身体に――正確には、その表面を覆い隠す氷にひとすじのヒビが入ると、そこから蜘蛛の巣状に広がっていった亀裂がぼろぼろと崩れていき、最終的にそれは白い雪の塵のようになって、どこかへ消えて行ってしまった。



 その中心に、ひとり、彼女は立っていた。

 村山ひばりは立っていた。



 凛。そういう言葉が、良く似合っていた。



「さて」



 と、彼女の吐いた息が、もうと白く立ちのぼっていく。



「随分、大変なことになっているみたいね。由々しきこと――」

「ギャアアアア!」



 どこからともなく、手足の異常に細長いサルのようなグローパーが絶叫と共に飛びかかってくる。

 すうっと音が聞こえるほど、鋭く細い呼吸。彼女が薙刀をひと振りすると、一瞬でその軌跡をなぞるように氷の橋が架かった。

 高さは数メートルほど。

 サルのグローパーの身体を刺し貫き、そこに鎮座していた。



「すごい……」



 それしか言葉が出てこない。

 一面の銀世界。今は八月のど真ん中、夏真っ盛りのはずなのに――夜だからと言って暑さが和らぐわけでもない、雨で、じっとりした熱帯夜のはずなのに――



「よ、よかった……!」さっきのクウが涙を流しながら、「ひばりさんが……ひばりさんが、目を覚ました! きっと、明日架さんやりっちゃんに知らせたら喜ぶわ!」

「――明日架の知り合いなのね?」

「そ、そうだ! 明日架さんも、どこかで戦っているはずよ! ひばりさん、はやくそこへ行ってあげて――その姿を見せてあげて……!」

「――、そう。やっぱり、明日架も戦っているのね」

 その時、ひばりさんの表情は少しだけ曇った。けれど、それは一瞬のことだった。



「うん、早く会いたいわ。けれど……」

「けれど?」

「そう簡単には行かないみたいね」







 村山ひばり。

 目の前に立つ紫色の魔法少女が、私たちの様子をうかがい、すぐに視線を頭上にやった。見ると、そこかしこにさっきのサルのようなグローパーが、群れを成して様子をうかがっていた。辺り一面、真っ白な雪景色と、その隙から光る赤い眼でいっぱいだった。

 まるで『猿の惑星』だ。



「お姉ちゃん、これ」



 隣で同じようにしていた翼が、私の手に何かを握らせた。それは中身が半分くらい注がれた、私の白いライターだった。



「僕のやつをちょっとだけ、分けておいたよ。いま、傷を治してあげるから……じっとしててね」



 私の手を掴む翼の手から、赤い光がじわっと漏れ出すような気がした。

 あたたかい――とてもあたたかいエネルギーが、手から身体中に伝わっていくような感覚。そうして次に気が付いたとき、私が負った傷はすっかり癒えていた。



「明日架のところに行く前に、まずは、この子たちのお相手をして差し上げなくちゃ。あなた達――準備はいいかしら?」



 私は翼に支えられながら立ち上がると、ライターをしっかり握りしめた。

 戦わなくちゃ。

 グローパーがまだ、こんなにたくさんいる。戦わなくちゃ。私と翼、それから、ひばりさんは自然に三人それぞれ背中合わせになるように立ち、グローパーたちに対峙する。

 戦わなくちゃ。

 戦うんだ――!



「変身!」

「行くぞ!」

「ええ」






 三人それぞれ、別のほうへ飛び出していく。

 グローパーたちの群れの中へ。サルのような軍団がそれぞれ微妙に異なった絶叫の不協和音と共に、巨大な波のようになって襲いかかってくる。

 違法駐車の車を踏切り板代わりにしてビルの屋上へ駆け上がり、すれ違いざまに飛び降りてくるグローパーの首を切り落とす。そこには三、四匹のサルがいた。その後もビルの壁を這いあがって来て、どんどん増えていく。



 右手で掴み取っていた黒いライターの蓋を開け、刀の柄に埋め込まれた白いライターに注ぎ込む――どろどろ、ねばねばした黒い液体が、透明な油のように変わっていき、なみなみと注がれていく。

 あっという間に満タンになった。



「よし」図らずも、気合が入る。「やってやる。かかってこい」



 襲いかかってくるグローパーの動きは――

 ちょっぴりスローに見えた。懐に潜り込んで、刃を滑らせた。






   ○




   【Red】




「やあああああああッ!」



 剣でグローパーの身体を粉々に叩き潰し、また、襲い掛かってくる奴らに向かって剣を振り上げる。



「おりゃあああああ!」



 花瓶の割れるような音。真っ黒な身体が砕け散って消えていき、後には黒いライターだけが残る。そうしているあいだにも、どんどんグローパーたちは増えていく。

 うっすら、霜の降りた大通り。僕の周りにいるグローパーの数は三十や四十じゃきかないくらいだ。……こういう時こそ!



「行くぞお――」



 剣の根元に埋め込まれたライターのスイッチをもう一度、強く引き込んだ。途端にライターのオイルが光り輝きだし、銀色の刃の内側から、じわっと漏れ出すように赤い光が発せられ、次第にそれは強まっていく。僕をとりかこむグローパーのうち、先頭に立っていた何匹かが叫びながら飛びかかってくる。

 剣を両手で握りなおす。

 膝を曲げて、姿勢は低く。飛びかかってくるグローパーたちに向かって、視線はそらさないまま――――!



「――くらえ!」






 両手で思い切り剣を振り回す。

 いつもは軽い剣も、この時ばかりは、少しだけ重たく感じた。辺り一面が真っ赤な光に覆われて、その奔流が風になって僕の身体にも降り注ぐ。

 グローパーたちの身体が、赤い光に包まれ崩れ落ちていき、塵になって消えていく。光は巨大な柱のように渦を巻いて立ちのぼり、夜空高く立ちのぼっていった。そうして、ようやく落ち着いた時には――そこら中一面にいたグローパーたちは、きれいさっぱりいなくなっていた。



「へへ、やった――」



 と、ガッツポーズをしたときだった。

 僕は膝からがっくり倒れた。



「あれ?」



 なんだか、ふらふらする……

 貧血のときみたいだ。頭が空っぽになったような感覚と、身体に力の入らない違和感。いきなり僕の膝から力が抜けて、思わずアスファルトに手をついた。そのまま、起き上がれない――なんで?






「ごろろろろろろ!」



 という悲鳴で、とつぜん身体が元通りになった。

 そのまま振り返って剣を構え、飛びかかってきたグローパーを切り伏せた。肩から真っ二つになったグローパーが霧散していく。



「……、気のせいかな?」



 ちょっと、疲れているのかもしれない。

 まだまだグローパーたちはわらわらと、そこら中に現れ続ける。もう百や二百じゃきかない数だ。きっと、僕のことを追いかけ回していた連中だけじゃない。他の場所からもこの場所に集まってきているんだ――まるで僕らの戦いに惹かれてくるように。



「よし――やってやろうじゃんか!」



 せっかくやるなら、相手がいないとつまらない。そして、そのことで困ることは、まだまだなさそうだった。

 ふと気づくと、雨が止んでいる――

 頭上に覆いかぶさっていた重く、黒い雲が、きれいさっぱり吹き飛んでいた。

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