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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
66/93

椎名翼は内なる声に導かれる

   【Red】




 十分ほど前のことだ。








「ここって、東さんの……」



 僕が声に従って辿り着いたのは、東さんの工房のある旧い建物だった。

 この建物の中から、それは聞こえてくるようだ。



「東さん、東さん!」



 鍵は開いていた。僕は中に入って東さんを呼んだ。東さんは、慌ただしく、余裕のない顔つきで奥の部屋から現れると、



「翼――どうしたんだ、こんな時間に?」

「ううん、わかんない――でも声が聞こえたんだ」僕は落ち着いてしゃべった。なんとなく、慌ててしまう自分を抑えるように、ゆっくりと、「連れて行ってほしい、明日架のところに連れて行ってほしいっていう声が」



 はっと、東さんは目を見開いて、



「ほんとうか……どうやって?」

「どうやってって、言われてもなあ。聞こえただけだから」



 東さんは閉口して、じっと何かを考え込んでしまった。



「あの、どうしたの?」

「こっちに来なさい」



 そして、僕は見た。

 村山ひばりさん――じっと横たわる白い顔の魔法少女。ライターを奪われて、失くしたままの意識を取り戻さない彼女のことを。



「あすか……あすか、いま……」



 という、うわごとの声は――

 僕が聞いた声と、全く同じものだったのだ。



「君の聞いた言葉と、まったく同じことをさっき、うわごとのように呟いていたんだ」

「ほんとうに?」

「翼――君の魔法はまったく、未知数の力を秘めているみたいだ。君の可能性に賭けよう」



 東さんは、ひばりさんの額に手を触れると、何かをひとこと呟いた。そして、両手でそれを抱え上げると、僕にそっと手渡した。

 それは、毛布のように軽い身体だった。



「連れて行ってくれ。ひばりを――明日架のところへ」



 でも、それは違ったのだ。

 明日架のところに、じゃない。

 きっと、こっちの方が正しいと思ったんだ。ひばりさんのためになるのは、きっとこっちの方だっていう予感がした。

 両手で抱えたひばりさんの身体は、両手で抱えられるくらい軽かった。すごく背の高くて、すらっとした女の人で、色白なとってもきれいな人だった。ぐったりしたままぴくりとも動かない、浅い呼吸を繰り返すだけの身体は冷たくて、でも時どき、腕から薄い鼓動が聞こえてくる。この人は死んだように眠っているけれど、まだちゃんと生きている。



 気分は王子様だ。

 眠ったまま目覚めないお姫様を両腕にお姫様抱っこして、僕は街を駆ける。この人を目覚めさせるために――夢で聴いた声に導かれて。まるで絵本の中みたいな、甘いストーリーだけど、今はそれどころじゃないみたいだ。

 また、雷が鳴った。

 ビルからビルへ飛び越えていく僕の目の前に、ばっと立ちふさがるようにグローパーが現れる。



「邪魔だぁっ!」



 両腕が塞がっている上に、これを放り出すわけにもいかないので、身をひねってひばりさんを庇いながらグローパーの心臓を蹴り飛ばす。手近なビルの屋上に降り立ち、周囲を見回す。

 さっきのグローパーと同じような姿をした奴らが、僕らの周りをぐるりと取り囲んでいた。手足がひょろっと長い、サルみたいな姿だ。電線の上、電信柱の上、ビルの影。いたるところから顔をひょこっと出して、僕たちに襲いかかろうと気をうかがっている。

 やっつけたい。

 僕が魔法を使えば、こんな状況くらい、すぐに切り抜けられると思う。けれど、きっとひばりさんを巻き込んでしまう。そう思った。



「よし――」



 深呼吸をする。キキッ! と、サルみたいな声を上げて飛びかかってくるグローパーをジャンプして躱し、その頭を踏みつけてさらに跳ぶ。

 今は戦っている場合じゃない。

 逃げるが勝ち――今の僕がやるべきことは、戦うことじゃない。この、眠ったままのひばりさんを守って、明日架のところまで連れていくことだ。僕はもう子どもじゃないから、自分のわがままよりも、やらなくちゃいけないことを先にやる。

 後ろからざわざわした、黒い波みたいなものが追いかけてくるのを感じる。さっきのグローパーが僕たちを追いかけてきているのだ。



「どうして、こんなにたくさん……!」



 いくらなんでも多すぎる。僕が走っていく道々から次々に現れては、僕のことを追いかけ始める。



「グアァッ!」



 と、僕の足元からいきなり現れて引っ掻いていった奴もいた。



「危ないっな!」



 でも止まる訳には行かない。いま立ち止まったら、ひばりさんごとあの群れに捕まってしまう。早く、明日架のところに行かなくちゃ。



「明日架、どこ?」



 そんな時だった。

 十メートルくらいはありそうな巨人に殴り飛ばされ、ビルの壁面に吹きとばされていく千夏お姉ちゃんを見たのは。



「お姉ちゃん――!」



 目の前でビルの壁に叩きつけられ、腕や首や脚が変な方向に曲がり、ありとあらゆるところから血を噴き出させる千夏お姉ちゃんに、あと少し届かなかった。光がほどけるように変身が解け、千夏お姉ちゃんの身体が崩れるようにぐったり倒れ、地面に落ちていく。

 何メートルもの高所から、

 魔法少女でも何でもない、ただの女の子の身体で。



「お姉ちゃんっ、」



 手を伸ばそうとして、ひばりさんの身体が僕の腕を離さなかった。

 お姉ちゃんの身体が落ちていく。

 どうしよう、どうすれば――











「簡単だよ、■■■■■」



 また、あの声がする。僕のお腹の辺りから、その声が聞こえてくる。



「キミだって魔法少女なんだから、魔法を使えばいいんだよ。お姉ちゃんを助けなくちゃ」












 背中からぶわっと、何か――翼のようなものが飛び出した。

 それは真っ赤な、タカのような、丸い模様の入った羽だった。その一枚、一枚が桜のように広がって、雨よりもずっと早く滑り込んでいく。お姉ちゃんの身体の下に潜り込んで、その身体をふわっと受け止めた。そして、雨に濡れた地面にそっと、それを横たえた。

 ひばりさんの身体は、僕の両手に抱えられたままだ。



「なんだ、今の……」

「これがキミの本当の力なんだ」



 こんどは、その声は背後から聞こえてきた。

 羽の一枚一枚が震えて、コオロギみたいに聞こえてくる。



「翼――キミの名前。大事にしなくちゃね、お父さんがつけてくれた名前」



 僕が降り立った時――

 お姉ちゃんはボロボロだったけど、ちゃんと息をしていた。



「ひばりさん……!?」



 そして、その近くにいたクウがあわてて近付いてきた。そいつは紫色のライターを背負っていて、それを差し出してきた。



「これを――ひばりさんに!」

「え、どうやって?」

「ひばりさんのライターよ! これで、彼女を目覚めさせることができるはず……!」






 そこからは簡単だった。

 ひばりさんの左手にライターを握らせ、僕が軽いままの身体を支えた。そして、指にライターを引っ掻けて、僕がスイッチを押した。

 ものすごい勢いに巻かれ、僕の身体も背後に吹き飛ばされた。






   ○




   【White】




 翼が私の真横にぼすっと転がるように飛び込んできた。

 ものすごい「圧」。風とか、勢いとかじゃない、不思議な感覚。きっと、魔法少女特有の感覚なのだろう――それにしても、



「すごい魔力……!」



 その時だった。あの巨人がどずん、どずんとよろめいて、腕を大きく振り上げた。それは、魔力の奔流の中心部である、あの少女が立っている所に向かって振り下ろされる。



「危ない――」



 駆け出そうとしても、私の身体が動かない。

 拳が、光の中心に向かって叩きつけられ――――――――







 思わず目をつぶっていたけれど、何も音がしないことに違和感をおぼえ、目を開けた。

 巨人の動きが、止まっていた。

 今まさに、腕を叩きつけようという、その瞬間のまま固まっていた。



「さむっ、」



 腕を掻き抱く。そこで気が付いた――雨が降っているとはいえ、身体じゅう、異様なほど冷えていた。

 なにより奇妙なのは、巨大なグローパーの身体が、真っ白に染まっていることだ。

 不自然なほどの、艶消しの白。まるで冷凍庫の中に出来る霜のような……



「すっごい……」



 翼が溜息をついた。

 しゃらん、しゃらん、しゃらん――鈴を鳴らすかのようなその音は、巨人の足元すぐ近くからひとりの少女が歩いてくるときに、熱帯夜のアスファルトに立った霜柱を踏み砕いてくる音だった。

 白と、薄い紫色の矢羽柄の着物に、真っ直ぐ整えられた緋袴を履いて、けれど足元は黒いブーツで固めて――白くもうもうと煙が立ちのぼる中を、厳かに歩いてくる。











「あなた達が――」高く結い上げた髪の毛にかんざしを挿して、「あなた達が、私のことを目覚めさせてくれたのね?」白くてほっそりした指に握った薙刀の刃をさっと振るって、「ありがとう。ほんとうに、長い間、眠っていたみたいね。随分と変わったように見える、この街は」



 その魔法少女は、恭しく私たちの前で立ち止まり、



「あなた達に、恩返ししなくてはならないな」

「はじめまして、ひばりさん!」翼が立ち上がって、「僕、椎名翼。こっちは千夏お姉ちゃん」

「は、じめまして」

「初めまして。ふ――」



 口元に指を当てて笑う白い顔は、人形みたいにきれいだった。



「村山ひばり。よろしくね、後輩さんたち」

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