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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
65/93

石上香苗は新しいドレスに袖を通す / 鷺宮千夏はセーラー服を血で染める

   【Purple】




「う……」

「気付いたか」



 首根っこを左手で掴んだみなとが見えた。



「予定が狂った。戻るよ」

「……だめ」

「駄目じゃないんだよ。母さんからの命令なんだから」

「だめ……!」腕にも脚にも、力が入らないけど、私はもがいた。「だめ……ライターを取り戻さなくちゃ……」



 不意に首がしまり、同時に身体がふわっと宙に浮いた。電信柱に叩きつけられ、目の前に星が散る。



「うっぜーな! そんな体で何ができるんだよ、え?」



 と、みなとにいわれて気が付いた。立ち上がれない。

 右腕がない。

 ぶずぶず焼け焦げているように熱く、痛い。



「あ、あ、あ、……」

「とにかく戻るんだよ。いま、みらいが戦ってる。私もお前を連れて帰ったあと、すぐそっちに行くよ、ライターも取り返してやる、必ず。だから役立たずはとっとと、」と髪の毛を掴まれ、「帰るんだよ、母さんが心配してる」

「おかあさん、おかあさん……いやだ、ごめんなさい、ごめんなさい。ライターをなくしちゃった、ごめんなさい、私の、私のせいで……お願い、ぶたないで、たたかないで……!」

「あー、だめだな、こりゃ。あんたの言うとおりだ、だめだ」



 ごっと、みなとが私の後頭部を叩いた。



「ぁ、ふ」

「ちょっと寝とけ。目が覚めるころには終わらせておくからさ」

「うし、ろ……」

「あ?」






 気を失う直前、死神が見えた。

 緑色に光る、炎のような翼を纏った死神が。



「あら、あなたは……?」



 肩を大胆に露出し、太腿に大きなスリットの入った黒いドレス姿のその女性は、何かを呟いて右手を宙にかざし――――

 そこで私の意識は途切れた。






   ○




   【Green】




「あなたは確か……鳴海みなとちゃん、だったかしら? うふ、うふふふふ」

「てめえ……」

「そんな言葉を遣うものじゃないわ。みっともない」



 みなとが黒い鎌を振りかぶり、身を沈める。

 その背後に、誰か倒れている。みなとと同じくらいの歳の女の子だった、彼女も魔法少女なのだろうか? みなとはまるでその少女を庇うように立ちはだかり、私を睨みつけている。

 そっちの子は見覚えがない。



「どっちにしろ、関係ないわね。あなたは若い女の子、何も悪くない、無垢そうな……それによく見ると、すごく、綺麗ね」みなとはその間も動かない。「でも、あなたは前にリサちゃんを傷つけた。痛めつけた。うふふ――それだけで私があなたのことを許さない理由になるわよね? きっとそうよね、汚い男と一緒。だってリサちゃんを凌辱したんだもの。だから――」



 右手に握った、黒い松明のような杖を宙に掲げる。先端で燃え盛る緑の炎から、蛍のように周囲にとびちった火の矢が、私の周りに十本ほど現れ、照準をみなとに合わせる。



「ここで死になさい」

「今はあんたの相手をしてる暇はねえんだ!」



 みなとが身を沈め、スカートの中から生えた尻尾を振り回す。くるっと振り返って倒れた魔法少女を抱えあげると、そのまま地面を蹴って跳び上がった。



「逃がさない」



 炎の矢が放たれる。

 みなとの身体に次々と突き刺さる。私の炎は物理法則を超越した超自然の現象だ。普通の炎とは比べ物にならない速さで跳んで行き、みなとの翼に、髪に肩に太腿に心臓に突き刺さって、あっという間に身体を燃やし尽くし、一瞬で灰になるまで――



「あら?」



 けれど、気が付くとそこには何もなかった。私の炎の矢だけが虚しく燃え尽きていく。

 わずかな息遣いが聞こえた気がして振り返る。さっき逃げ出した方向とは逆のほうに、黒い羽根を広げて飛び去っていくみなとの姿が見えた。傍らにしっかりと、あの少女を抱えて――



「幻覚を見せる魔法、かしら? けなげなことね。けど、逃がさないって言ったでしょう?」再び松明を構えると、空中に炎の矢が現れる。「たったそのくらい離れただけで、逃げられると思わないことね」



 矢が放たれる。

 みなとに向かって吸い込まれるように、雨をものともせずに飛んで行く炎の矢は、今度は目の前に振りかざされた黒い影に阻まれる。



「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!」



 苦しそうにもだえながらも、その巨大なグローパーは私を睨みつけて、巨大な腕を振りかざしてきた。まるで熊のように、野蛮で荒々しい。



「はぁ、邪魔しないで――たかだか、女をいたぶるしか能のないくせに」



 けれど、悪い気分はしない。

 松明の炎の根元、緑色と蛍光グリーン、ふたつのライター。残量はまだまだいっぱいある。今はこの力を、満足するまで振るいたい気分なのだ。






   ○




   【White】




「ふう」



 ひと息つい――た、と思ったら、またグローパーの気配を感じる。数十メートル先で、のそのそとゴミ捨て場の近くを歩き回っていた。大きなイヌみたいな姿をしたそいつは、すんすんと鼻先をゴミの袋に突き出しながら、威嚇するように低く唸っている。

 私は自然に駆け出していた。

 一歩、二歩、三歩で数十メートルの距離を詰める。近付いてみると、そのイヌはイヌというよりオオカミのようだった、足の長さだけで私の身長くらいある。非常識な大きさだった。



 足を切り落とし、腹部に刀を突きさして地面に倒す。ぐる、と私の方を見た赤い眼――なんで、不愉快な気持ちになるんだろう。それが分からないので刀の切先で突き潰して、グローパーは霧散していく。



「ふう」今度こそひと息。

「あの!」



 と、小さな声が聞こえて振り返った。そこに、やけに女の子らしく可愛らしいクウがいた。頭にカチューシャのように黄色いリボンを巻いている。



「た、助けてくれて、ありがとうございます」

「ううん、別に……それは?」



 そのクウは、背中に何かを背負っていた。

 ライターだ。私の持っているのと同じ形――紫色のライター。



「グローパーたちに追い回されて、あそこに隠れていたの。けれど、あいつに見つかってしまって――でもあなたのおかげで、助かりました」

「そのライターは、いったい?」

「お願いがあります」それは私の問いに対する答えだった。「私を、東さんのところまで連れて行ってください! なんとしても、このライターを届けなくてはいけないんです」



 その時だった。

 ズズン、ズズン。明らかに異質な地響きが、私の脚を響かせる。



「うわあ、」



 思わず声が漏れた。それは頭でっかちな、十メートルくらいはありそうな巨人だった。身体中びっしり、黒い鱗で覆われて、胴がひょろっと細いのに腕は太くて強そうだった。電信柱や並木や、違法駐車の自動車、道路標識、信号機など、進路上のあらゆるものをなぎ倒しながら、ぶしゅーっと電車の吐き出す蒸気のように口から黒いよだれを垂らし、十二個の赤い眼を、音を立てながらぐるぐる回す。

 それらが私を捉えた。

 ゴベベベベベベベベ。それはまるで、笑っているような声だった。



「クウ、ごめん」私は刀を構え、「あいつをやっつけてからでいい?」

「で、でも、あんな大きなグローパー相手に、ひとりでなんて……!」

「だいじょうぶ、私、魔法少女だから」



 魔力も気力も充分、意識もはっきりしている。



「私のそばから、離れないでね」



 ざわざわ落ち着かない心臓を抑えつけて、身を深く沈める。目の前の巨人も、にたっと口を横に引き裂いて笑いながら腕を振りかざす。

 振りかざされた腕に刀を突き立てた。衝撃――そして轟音。アスファルトが思い切り砕け散って、クレーターのように思い切りへこんだ。



「ぐ……!」物凄い力だ。拳を受け止めただけなのに、全く動けない。「こ……のっ!」



 力を振り絞ってそれを押しのける。バランスを崩して尻餅をつく巨人の懐目がけて駆け出し、切っ先を突き立てた。

 がちん。

 氷をかみ砕こうとしたときのような手ごたえと共に、刃が弾かれる。はっとした、



「刃が通らない……!?」



 直後、身体が押しつぶされるような衝撃と共に私は吹きとばされていた。片側三車線の道路の反対側、ショーウィンドウのガラスを突き破ってマネキンを破壊し、店内まで転がりながら試着室の鏡を叩き割ったところでようやく止まった。



「ふボッ、」息をつこうとして肺と胃の奥から血の塊が吐き出された。身体がまったく動かない――ありとあらゆる身体の骨が折られているような気さえしてくる。力が入らない。血が止まらない。

 魔法少女の再生能力でも追いつかない。意識は見る見るうちに鮮明になっていくけれど、それでも重傷なことに変わりはない。

 痛みを全く感じない。

 なんでだろう、まったく痛くない。

 ズズン、ズズン。地響きがめちゃくちゃになったアパレルショップの店内を揺らし、倒れかかった棚が倒れ、壊れかかった窓が壊れる。



「だいじょうぶ!? しっかり……!」

「だいじょうぶ」心配するクウをよそに、私はようやく立ち上がる。「でも、強いね。どうやって戦おうかな」

「やっぱりひとりじゃ無理だったんだわ。でも、応援をどうやって呼べば……」

「だいじょうぶ。だいじょうぶだから」

「でも!」

「ひとりで戦うのが好きなの」まだ、足取りはおぼつかないけれど、「こんな姿、誰にも見られたくない……恥ずかしいよね、こんな格好して、血まみれになりながら、怪物と戦って……カッコ悪いなぁ、私って」でも、歩く。「クウのことは、守るから。必ず東さんのところに連れていく、ぜったい無事で送り届けるよ、約束する。約束、だからね」



 グローパーと戦うために私は出入り口に向かうのではない。

 そこにあった電気のスイッチを入れる。あれだけ派手に建物が壊されても電気はまだ生きているみたいだ。たちまち、ショーケースを彩るための蛍光灯が灯る。

 それは、眠った夜の街の中で、煌々と輝く一点だけの光源だった。

 私は割れた窓から――さっき私が突き破った窓から外に出る。目の前に巨人が立ちはだかっていた――私は後ろを向かない。堂々と、正面から対峙する。

 白い光に照らされて生まれた、私の真っ黒な影。



「力を貸して、私の影――!」



 腕が、足が、身体が、刀身が黒い影に包まれる。

 心に何かが流れ込んでくる。黒い何か。私の汚いわたしが。



「あ、あ、ああああ、ああ……!」



 必死で抑えつける。でも、我慢はしない。

 私がグローパーを傷つけ、殺すのは、今は誰かを守るためなんだから。






 グローパーが拳を振りかざす。

 私は右手を開いて、ストップ、と、そんな感じで目の前にかざした。巨大な黒い拳が受け止められ、その反動でグローパーの表皮に亀裂が走る。

 地面に縫い付けられた影が、まるで私の身体を支えてくれているみたい。

 左手の刀を一閃、横に薙ぐ。グローパーの腕が粉々に粉砕されて、その痛みに悶えるように天を仰ぎ、



「オオオオオオォォォォォ――――ロロロロロロロロロロオオオオォォォォオオン」

「泣くなよ」



 私だって泣いてないのに。

 反対側の腕が振り上げられるのを見る前に足元に向かって駆け出す。人間で言うならアキレス腱の辺りに潜り込み、そこを二度、三度と斬る。バランスを崩して膝から倒れそうになる巨人を避けるように、私の身体はすいっと宙に浮かんだ。



「クウ、しっかり捕まっててね!」



 つま先から伸びた影が私の身体をハーネスみたいに支えて、巨人の背中に足をつかせた。でこぼこした岩肌みたいな背中を、駆け上っていく。巨人は今この瞬間にも崩れ落ちている途中だから、ぐらぐら地面は揺れて、平衡感覚がおかしくなりそうだ。でも、私の身体は振り落とされない――一歩、踏みしめるたびに足からほどけていく影が、私の身体を支えてくれるからだ。

 やがて、人間でいうところの、うなじの辺りまで私はやってきた。



「ウワアアアアアァァァアア!」



 人間が耳元の近くにいるのが気持ち悪いのか、巨人は頭をゆすぶって、私を振り落とそうとする。さっと頭上に影がかかった、残った左腕で蚊を叩き潰すように私のことを叩き潰そうというのだ。

 肩を蹴って、宙に跳びだす。



「きゃあああああ!」

「なんでっ、クウが悲鳴を上げるの!」



 重力を失って、落ちていく身体。

 でもこれでいい――巨人の心臓の辺りに、私の影がくっきりと映る。それは、ショーウィンドウの光に照らされた、私自身の影だ。頭を下にして墜ちていく、私自身の姿だ。

 左手の刀を構えて、



「消えろ――」



 定規で線を引くように、軽く振るった。

 私の影が水に滲んだ墨汁のように薄く引き伸ばされ、その線をなぞり、巨人の身体がまっぷたつに裂ける。心臓を横切るように。

 そのまま、上下でふたつにずれていく身体を見ながら、私は態勢を整えようと身をよじる。あと数秒で地面に落ちるっていうときに、頭から落ちるわけにはいかない。



「よっと、」



 身体を回転させたときだった。

 視界に、真っ直ぐ私に伸びてきて、身体にめり込む拳が見えた。

 えっ――と、声を上げる間もなかった。切り裂いたはずの巨人の身体は歪な形に溶接されて、人間の形を辛うじて保っていた。そして、いつの間にか再生していた右腕の拳が、私の身体にぶつかって、そのまま斜め上空へ吹きとばそうと放たれたのだ。

 そのことを、私は吹きとばされながら感じた。一瞬の出来事だった。



「あ」



 死ぬ。



 確信した。




































「おとう、さん……」

「あは、違うよ」



 と、屈託なく笑う高い声で、私の意識は鮮明になった。



「翼?」

「ごめんね、千夏お姉ちゃん。もっと早く、助けに来てあげればよかった」



 翼は赤いマントを翻して、振り返る。やたらと身体じゅうが痛い。手も唇も痺れている――自分の姿を見て気が付いた、変身がとけている。握りしめていた白いライターの中身はすっかり空っぽで、何も残っていなかった。



「あいつだね、お姉ちゃんをひどい目に遭わせたの」



 ずずんず、ずずんずずず。

 その足音は、だいぶ歪だったけれど、そこにはさっきの巨人がいた。身体が不自然にずれ、右腕は二本になっている。重心バランスがとれていないのか、ふらふら歩き回って、こちらになかなか近付いてこない。



「あぶないよ、翼――ひとりじゃ、勝てない……!」

「大丈夫だよ」にっと、翼は笑う。「僕はひとりじゃないから、ね――クウ!」

「お願い……!」



 私は霞んだ視界に、翼とは別に、もうひとつの人影を見た。

 ぐったりと力なく、翼に支えられて辛うじて立っているような女性。たぶん高校生くらい――長くて真っ直ぐな黒髪と細い脚、白い肌。翼はその人の手を取って、紫色のライターをしっかりと握らせた。



「さあ――目を覚まして、ひばりさん」



 翼がその女性の指をとって、スイッチを押し込んだ。



「一緒に戦おう!」

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