中井明日架と井荻リサは真夜中を駆ける-4
【Blue】
不思議な感覚だ。
湧き上がるような、浮ついたような――足取りがひどく軽やかな。周りのものが全てきらきら、輝いて見えるような。この懐かしいような、ちょっと恥ずかしいような感覚は……どこで味わったものだったっけ。
「ああっ、」と、隣で可愛らしい声が聞こえる。「明日架さん――カワイイ! そういうのも似合いますね!」
リサは様変わりしていた。
肩を出したノースリーブのセーラー服、襟は青くて、リボンはフリルのついた可愛らしい黄色だ。肘まで伸びるオペラ・グローブには、シルバーのアクセサリーがランダムに配置されていて、きらきら星みたいに光っていた。
あの時、翼にやったように――
私とリサの魔力が同調して、お互いに力を及ぼし合っているんだ。
○
【Yellow】
身体がしびれるような、びりびりした、でも心地よい感覚――
大音量でロック・ミュージックを聴いているような。ヘッドホンとか、そういうんじゃなくて、スピーカーで空間ごと震えているような、そんな感じ。小さいころに父さんに連れて行ってもらった、フー・ファイターズのライブ会場にいたときみたい。
あの時は、うるさくて眩しくて怖くて、泣いているばかりだったけれど……
「行くよ、リサ」
明日架さんの姿は、様変わりしている。
さっきまでの、ぎらぎらしたロックな感じは鳴りを潜めている。アシンメトリーで、ダークブルーを基調にした衣装は相変らずだけど、太腿を大胆に見せるパレオ風の衣装だったり、髪につけたカチューシャだったり、すごく――カワイイ!
「構えて」明日架さんは右手に握った、いかついライフルを握って、「ふたりの息を合わせるの。私の力と、リサの力。分かる?」
「はい――!」
私も、いつの間にか左手に握りしめていた、光り輝く槍を手に取った。
でっかいサイリウムみたい。でもすごくシャープで、熱い――ぎらっと銀色に光る穂先の刃は、私の心をそのまま形にしたようだった。
「行こう、明日架さん!」
「そんなこともできるんですのね」
「面倒臭え。とっとと帰ろう、お母さんが心配してる」
ふたごの魔法少女はそれぞれ懐から拳銃を取り出して、それぞれのこめかみに銃口を当てた。
「重奏」
ごっと黒いオーラを切り払って、ふたりの黒い魔法少女が現れる。
ひとりは黒いブーツに、赤い紐をぐるぐる血管のように巻きつけて、
もうひとりは背中から巨大な羽根を生やし、死神の鎌を抱えている。
ふたりの間を割って歩いてくるように、最後の魔法少女がぬらっと現れた。身長よりも長くて、針のように細い黒い剣を引きずりながら、私たちの方へ歩み寄ってくる。
一歩。
また一歩。
もう一歩。
その眼には生気が無くて、まるで生きた人間じゃないみたいだ。不気味な――まるで、そこにいるのにそこにはいないような――
「後ろ! リサ!」
返事をする間もなく振り返って、槍を魔法少女の腹に突き刺した。びりっと痺れる感覚と共に、鮮血が吹き出した。咄嗟に後ろに飛び退った魔法少女の傷口は、ぶすぶす焼け焦げて煙が立ち上っていた。
彼女はひょっと軽やかに跳び上がり、ビルの屋上へ消える。
「明日架さん!」
さっと槍を振るう。
ビルの壁から壁へ、蜘蛛の巣のように、黄色いリボンが一瞬で張り巡らされた。明日架さんが軽やかな足取りで、スリックラインのようにリボンを踏みしめて、あっという間に屋上へ消えていった。
背後から殺気を感じて、地面に槍を突き立てた。
がぁん! と工事現場から聞こえるような音がする。一方の少女が放った蹴りが、槍にぶつかって弾けた。軽くヒールで地面を蹴り、槍の石突を蹴ってリボンの網の上へ乗り移る。もふっと、高級な布団に飛び乗ったような、柔らかい踏み心地がした。
ぶわっと風が巻き上がった。
赤い眼を光らせながら、大きな黒い羽根を翻し、鳴海みなとが鎌を振りかぶっている。リボンの網を斬り破って、こちらへ向かってきていた。ドンっという音が私の足元から聞こえる――もうひとりのほうが地面を蹴り、私のほうへ向かってくる。
さっと手を空にかざした。地面に突き立っていた槍が、磁石で引き寄せられるように私の手に飛び込んできた。軽やかに一回転して、両手で構える――前から鎌が、後ろから蹴りが、それぞれ襲いかかってくる。
「――、」槍が勝手に動くように感じられた。「やあぁっ!」
天にかざした槍を振り下ろす。
バチバチと青い火花が散り、その場に雷光が迸った。轟音と衝撃――双子の魔法少女はそれぞれに距離を取って、私の様子をうかがっている。それぞれ、髪の毛や服の裾が黒く焦げ付いて、ぶすぶすと煙を上げていた。
今のは、明日架さんの魔法だ。
電気や雷を操る力――使い方が分かる。どうすれば、この魔法をうまく、ぶつけることができるのか、それが分かる。身体が熱い――心臓がどきどきして、腕や脚が緊張して肌が張り詰めている感じがする。なんだろう、このカッカした感じ。頭は冴えている、ぼうっとする熱っぽい感じじゃなくて、もっと興奮したこの感じは……
「ふぅ、ふぅ」口から漏れる息が白い。まだ夏なのに。「許さない、あなた達のこと……!」
「――ですって。どうする、みなとちゃん」
「興味ない。とっとと殺すだけ」
「同感――揺を回収しないといけないし、今のままのあの子じゃ、中井明日架には勝てない。かといって、その子を放っておくのも面倒そうね」
ふたりは目配せしあって、それぞれ別の方向へ散開した。鎌を振り上げたみなとは正面から、足を踏みしめるみらいは後ろから、私をそれぞれ狙って飛びかかってくる。
先にみなとの刃が届いた。黒い羽根を広げて、真っ赤な目で私を見下ろしながら、
「死ね――」
「誰が……!」
槍と鎌がぶつかり合う。
どすっと脇腹に衝撃が走った。みらいの蹴りが突き刺さり、一瞬、重力を失って吹き飛ぶ。ビルとビルの間に無数に張り巡らせたリボンの網がハンモックのように私の身体を包んだ。ぐるぐるした視界がようやく落ち着いたとき、既に目の前に鋭い鎌が迫っている。目まぐるしいほどの速度で起こる出来事に対して、私は不思議なほど、冷静だった。
槍を下から上へ、まっすぐ振り上げる。
みなとが斜めに振り下ろした鎌と、槍の刃がぶつかり合う。ぐっと、息を呑む音が間近に聞こえた――サイリウムのような光の槍が解けて無数のリボンに変わり、みなとの腕と鎌をぐるぐる縛り付けていた。
「このっ、」と、リボンを振り払おうとするみなとの腕に巻き付いたリボンをぐいっと引き寄せた。右手に力を込める――心臓がぐっと一瞬だけ苦しくなる。
「くらえ――」
目の前に閃光が走った。バンッという爆発音にも似た激しい音と共に、みなとの身体が激しくのけぞる。リボンを伝って、魔法の電気が彼女の身体を貫いたのだ。力なくぐらりと崩れ落ち、そのまま地面へ落下していく。しゅるしゅると、みなとの腕からほどけたリボンが私の手元でねじれ、束ねられ、元の光の槍へと姿を変えていく――右腕が跳ねるように頭上へ振りあげられた。がちん、と、もう一人の魔法少女――みらい、と呼ばれていたほうの鋭い蹴りを槍で受け止めていた。
「行けっ!」
みらいが飛びずさった。一瞬あと、さっきまで彼女がいた場所に五本のリボンが、棘のように伸びていた。それはすぐに、元のやわらかい手触りのリボンに変わる。
「その『リボン』の魔法……」みらいの声がすぐ後ろから聞こえた。振り返ると、私のリボンの網の上で優雅に膝を組んで座りながら、「ずいぶん厄介な魔法ですわね。見た目のかわいらしさについ騙されてしまいそうだけれど、凶悪な魔法ですこと」
「ふふん、降参する?」
「まさか。あなたをここで倒して、その『黄色』のライターを奪います」
大儀そうにみらいがリボンの上で立ち上がる。
ブーツに乱雑に巻かれた赤い紐が、怪しく光り輝く。
「手加減、無しで行きますわ」
私は気が付いた。
みらいが踏みしめたリボンが、ぶすぶすと焼け焦げ、燻ぶっていた。
彼女は不敵に笑う。
その表情は、とても年齢相応のものには見えなかった。




