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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
56/93

鷺宮千夏 / 石上香苗は夜道をふたりで歩く-4

   【Green】




 目の前がぼっと暗くなった。

 私の頭上で燃え盛る、緑色の炎の目の前に、真っ黒で分厚い壁のようなものが立ち上がって千夏ちゃんを覆い隠した。私は何も見えなくなって、一瞬、目が見えなくなったのかと錯覚したほどだった。でもそれはすぐに小さくなって、私は視界を取り戻した。



 すぐそこに千夏ちゃんの形をした何かがいた。

 肌が黒く染まっている。足元から、おとぎ話に出てくるような、鉛筆で乱暴にそこにある空間を削ったような二メートルくらいの人影がぬっと立ち上がって、彼女を見下ろしていた。両腕らしき部位から垂れ下がった数十本の黒い糸が、腕や、脚や、胴や、首や、頭に巻き付いている。



 手首にはシルクのような手袋が、

 足には花をあしらったようなサークレットが、

 首には錠が付いたチョーカーが、

 胴に巻きついた黒い帯は、クライマーが使うハーネスのように身を縛り付け、

 その顔には千夏ちゃんの白っぽい肌を完全に覆い隠すような、黒い仮面がしがみついていた。

 その奥にある眼を――真っ赤に光らせて、ぶらさがるようにそこに千夏ちゃんが立っていた。



「あれは――」



 私は、いったい何を見ているのだろう。






   ○




   【White】




 目の前であいつが目を見開いている。

 あいつ――

 わたしに痛いことをする悪いやつ。わたしの身体に傷をつける悪いやつ。怯えたようなそんな目でわたしのことを見ても、もう許してあげない。わたしはもう怒っている。



「ううん怒ってないよ。だってわたしは笑っている」



 うん、そうだね。

 でも怒っていたって笑っちゃうくらい楽しい人間もいるかもしれない。



「ほんとうにそうかな? わたしって人間なのかな、ねえ、どう思う千夏ちゃんは? え、ううんそうだなあどうだろう。あんまり怒ったこと無いから分からないな。思い出してごらん、怒っちゃうくらいどッ」



 側頭部に衝撃。

 女の子が長い棒みたいな剣でわたしのことをぶった時の音だった。



「もう、折角おしゃべりしてたのに、邪魔しないでよふふふふふふふふふふふふ」



 左手をぶんと振り回すと、目の前の女の子が後ろに吹き飛んだ。お腹の辺りがぱっくり割れて、滝のように赤い水が流れ出た。時どきぼと、ぶちゃ、と音がしながら、胃とか腸とか子宮とかがこぼれていく。



「ねえねえふふふふふふ。邪魔しないでよふふふふふふ。アナタは悪い子、ふふ、わたしに痛いことしないで! もういや、ねえ、千夏ちゃんやめてよ、泣いてるだけじゃなにも解決しないでしょ?」



 それもそうだ。急に体が軽くなった気がした。地面を蹴って、よろよろ立ち上がるあの子の元へ飛び込んだ。ただ泣いているだけじゃ何も変わらない、黙っているだけじゃ誰もわたしを見てくれない。

 だってわたしは、



「魔法少女なんだから」






 左手が勝手に振り下ろされた。真っ黒な刀があいつの頭にめりこんで、脳をちょっと斜めに切り裂きながら顔の骨をばりばり砕いて、首や背骨や肺や心臓を通り抜けて身体を真っ二つにした。黒くてきれいな刃に赤い血が滴って、ぬらぬら光っていた。



「ああ、なんか眩しいと思ったら、まだ昼間だったんだ。ううん違うよ、だって太陽はあんな緑色してないでしょ? それに星や月もすごく綺麗だよ。でも虹色には緑色も入ってるから、あっ、雨が降ってきたよ。たいへんだ、傘なんて持ってないのに」



 夜の雨。

 ぜんぶ洗い流してくれるみたいでとても気持ちいい。鼻をくすぐる油みたいな匂い――きっと通り雨だ。

 雨はすてきな音がする。

 晴れてる日よりこっちの方が好き。



「千夏ちゃん」



 と、わたしのことをそう言う風に呼ぶ声がして振り返る。わたしは確かに千夏だから。



「はあぁい」

「もう、いいかしら? これだけ魔力を使い続けてると、私もさすがに持たなそうなんだけど」

「ええ、うーん、でももうちょっと。でもこれ以上は香苗さんが大変そうだから、香苗さんって誰? 香苗さん、かなえさんかなえさんカナエサン? うふふ、ふふ、ふふふふふふ、変なの千夏ちゃん、ちなつちゃんちなつちゃんチナツチャンだってふふふふ。変なの。ほんとうはそんな名前じゃないくせにどうしちゃったの? ねえ、思い出してわたしのことおもいだしてよ。チナツチャンなんて呼ばないでもっと別の名前で呼んでほしいな、ごめんねそれはできないよどうして? どうしてどうしてどうしてなの」



 頭が痛い。

 駄目。わたしはそんなこと言わない。わたしはそんな風に言ったりしないんだ。



「おもいだして。わたしの本当の、」

「千夏ちゃん!」

「はあ」



 首に何かが突き刺さって通り抜けた。






   ○






 さむい、

 いたい。

 おなかがすいた。のどがかわいた。こえをだそうとおもってももうなにもでない。ずーっ、びゅーっ、という音がする。

 きのうしらないおとこの人にぶたれたかおがいたい。

 なんにちもまえにしらないおとこの人にたたかれたあたまがいたい。

 ずっとまえにむりやり――

 でも、もうわすれたい。ねむいのにめをとじようとおもってもとじない。ここはさむい。よくみみがきこえなくなってきた。ここはとてもしずかだな。



「どうしたの?」



 するとめのまえに、ようせいがあらわれた。

 まっしろなはだ、ぎんいろのかみのけ、きれいなつめ。そのひとがうでをふりあげる。わたしはまた、このひともわたしのことをぶつんだとおもっていやなきぶんになったけど、からだはうごかない。

 でもそのようせいさんはわたしのことをぶたなかった。あたまをなでてくれた。かみのけをゆびですいてくれた。



「まあ、なんてひどい。この国はそれほど貧しい所ではないと思っていたのに。お嬢さん、家族はどこにいるの? お父さんとお母さん、分かる?」



 ぼんやりしたあたまでなにをかんがえてもなにもかんがえられなかった。



「そうか、お腹が空いているのね」



 そのようせいさんはわたしのてをひいて、



「これから私が、あなたのお母さんになってあげる」



 おかあさん。

 ようせいさんはやさしくてきれいだけど、わたしのおかあさんじゃない。



「名前を付けてあげなくちゃ。あなた、お名前は?」



 わたしは答えようと思っても声が出なかった。



「そうね、『遥か』という字をつけて、『よう』という名前にしましょう。こうして遠い地で、永い時を越えてあなたと出会えたのだもの。ファミリー・ネームはどうしようかしら……」



 ようせいさんはあおいかんばんをゆびさして、



「『天沼』……天の沼? ふふ、あなたにはお似合いね。泥だらけだもの。あまぬまよう。あなたの名前はこれから、あまぬまよう、よ」



 でもようせいさんは――お母さんは漢字が苦手だったから、『遥か』という字を間違えて『揺れる』という字で書いてしまった。わたしはすぐに気付いたけど、お母さんのくれたその文字がだいすきだったから、それを名前にした。



「おかあさん」

「はい、お母さんよ。どうしたの?」

「おかあさんの名前は?」

「私の名前は、イリス――イリス=クォーター」



 難しいかな、と笑う、それが、ようせいさんの名前だった。






   ○






 頭がごとん、と落ちてそのまま視界がぐるぐる転がる。



「甘く、見ていました」さっきわたしが斬った女の子が、身体じゅうから血を流しながら立ち上がる。「少し頭に血がのぼっていたみたい。お母さんに怒られる。ですが、決めました――もうあなたのことを覚えました、千夏」



 右手に握った鎖を引っ張ると、わたしの身体のすぐ横をギロチンの刃が通り抜けていく。さっきわたしの頭を飛ばしたのはこれだ。



「ここで殺します」

「なんてこと。わたしのことを殺さないで。これでも大切な身体なんだから」



 わたしは頭を拾い上げて、元あった首に据え付ける。少し馴染むのに時間がかかるけど、魔力のおかげで直ぐにくっつくはずだ。それまでは――わたしの身体を少し分けて、傷口に包帯のように巻きつける。まるでチョーカーみたいで、カワイイかんじ。



「今見たのは、何?」

「――――、見たんですね。やはり同種の魔力だったのですか」魔法少女は静かに息を深く吐くと、「許せない。あなたはどうしてしあわせに生きていられるの――許せない、許せない、許せない。あなたのことが嫌いです。あなたが嫌い!」

「わたしも嫌い。痛いことをするあなたがきらい」



 黒い刀がぶるぶる震えた。

 わたしは笑っている。黒い仮面がぼろぼろはがれてきた。そう、それでいいんだよ、わたしはそれでいい。顔を隠して生きる必要なんてもう無いんだ。

 気に入らないものは全部壊してしまえばいい。

 わたしを叩く人。

 わたしを殴る人。

 わたしを蹴る人。

 わたしを縛る人。

 わたしを睨む人。

 わたしを誹る人。

 わたしを妬む人。

 わたしを嫉む人。

 わたしを傷つける人。

 わたしを犯す人。

 わたしに甘い言葉をかけるだけの人――わたしの嫌いな人。



「死ね」

「死ね」



 ふたり同時に飛びかかる。でも、わたしのほうが強い。

 目の前に閃光が走った。






   ○




   【Green】




「香苗さんッ」傍らに降りてきたリボンが私の意識を繋いだ。「大丈夫ですか、香苗さん? 顔色が……!」

「ああ、リサちゃん……どうしてここに?」



 全力で燃え盛る炎を維持し続けてきた代償だ。私の魔力はほとんど尽きかけていて、意識が持って行かれそうになっていた。膝から崩れ落ちると、空に広がる緑色の炎は霧散して、辺りは夜の闇に包まれる。しとしと雨の降る音がした。今までどうして気が付かなかったのだろう。

 目の前で青い閃光が何度も迸っていた。怒号のような、悲鳴のような叫び声が、雨空にもこだまするほど、聴こえてくる。



「明日架も来ているのね。どうして……?」

「使い魔の気配を辿ってきたんです。あの魔法少女は――」

「待てッ!!」



 それは思わず心臓が跳ねるほど、大きく鋭い叫び声だった。ちょうどふたりぶんの人影が、ビルを蹴って暗い空に消えていくところだった。ひとりはさっきまで、千夏ちゃん――が戦っていた魔法少女。そしてもうひとりは、明日架だ。傍らに巨大な銃を抱え、その身を真っ青に光らせながら、雷のように飛び去っていく。

 ライターの中身は、もう数滴の雫が残っているのみだった。



「大変、魔力が……」

「だいじょうぶ」私は黒いライターを取り出し、震える手を必死に抑えつけながら、自分のそれに注ぎ込んだ。「あの魔法少女は、もしかして……」

「はい――村山ひばり、さんの、ライターを持っている魔法少女です」リサちゃんはおそるおそると、広げたパラソルで私を覆った。「ひばりさんの魔力を辿って、使い魔を街に放していたんです。そしたら、急にひばりさんのものとよく似た魔力が、ここで爆発的に広がって……そしたら、明日架さんが血相を変えてそれを追いかけて行ったんです。私も一緒についてきたら、緑色の炎が見えて……」

「……、そう」



 ふと。

 さっきまで真っ赤に染まっていたその場所に、ひとり、白い肌の女の子が立ちすくんでいた。もう変身はとけている――魔法少女じゃないただの女の子に戻っている。

 雨に身を晒しながら、ぼうっと空を見上げている。



「千夏ちゃん、」

「やめて」喉から漏れ出すような声だった。しかし、すぐに我に返ったように、「ごめんなさい。ごめんなさい、香苗さん」

「いえ、いいのよ」

「もう行かなくちゃ。帰らなくちゃ……あまり遅くなるとお父さんに、心配かけちゃう」



 それだけ言って、千夏ちゃんはふらふらどこかへ歩き出す。



「待って。千夏ちゃん、傘を差していったら? 私のリボンで……」

「いらない。雨に濡れていたいんです、汚れちゃったから、洗い流さなくちゃ」

「汚れなんて……」



 リサちゃんの腕を握って、私は彼女を制した。彼女は怯えたような、不安そうな表情で私を見ていた。その目を見ていると、私まで不安定な気持ちになってくる。

 そうして一瞬だけ意識を逸らしているうちに、もう、そこに千夏ちゃんの姿はなかった。



「いったい、何があったんですか」



 私は答えられなかった。

 私には何を言う資格もない。何もできなかった。千夏ちゃんが壊れていくのを目の当たりにしながら、私は、炎を消さなかった。脚がすくんで、手が震え、身体が動かなかった。



 雨が冷たい――

 私は何もできなかった。声を上げることも、助けを求めることもできなかった。千夏ちゃんを止める力も、その方法も知りながら何もできなった。

 どうして?

 私はそうやって生きてきたからだ。



「明日架を追いなさい」立ち上がる脚はまだふらついている。「どうせひとりじゃ、無茶をしているに決まっているわ。リサちゃん、あの子についていてあげて」

「でも、香苗さんが……」

「いいえ、私は大丈夫だから。早く行って」



 そうして追い払うように言い、やけっぱちにビルを駆けるリサちゃんを見送ってから、私も雨に濡れた体を振り払うように屋上から飛び立つ。とてもいやな気持ちだった。思い出してしまう――



「ああ……」



 ちょうどビルの真下に、大声で笑いながら歩く、中年のサラリーマンの集団が見えた。



「もう、あれでいいかしら」

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