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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
52/93

魔女の工房-2

   【White】




「その後、調子はどうだい――千夏」

「ふつうです」



 東さんは改まったように聞いてくるので、私もそんな風にしか返事ができない。

 鉄瓶から注がれたお湯を急須に注ぎ、東さんは手際よく湯呑にそれを注ぐ。差し出されたお茶は熱くて、ふつうのお茶とは違う味がする気がした。

 翼は壁に寄りかかって、黴臭い薄汚れた本をぺらぺらめくっている。

 東さんはにっこり笑った。



「君のライターは、前も言った通り私の手によるものではない。どんな副作用が出てもおかしくはないからね、何かしら身体の不調に表れているならすぐに教えてほしい、と、そう思ったんだけど……」

「特にないです」

「そうか。それは何よりだ――君はどうだい、翼?」

「僕? 僕も平気だよ、ふつう」

「ふむ……そうか、それならいいんだが……」



 東さんは、どこか煮え切らない態度だ。



「どうか、したんですか?」

「いや、何でもないよ。ただ、君たちはそれぞれ特殊だから――ほかの三人と比べてね。気にかけておくに越したことはないだろう?」

「大丈夫です」



 この工房へやってくるのも二回目だ。

 畳敷きで、ちょっぴり黴臭い。辺りには古く、黒ずんだ木の棚がいくつも並び、漆喰の壁がその隙間から覗く。部屋の中心に据えられた囲炉裏の炎が、部屋全体を温かく照らしている。

 そういえば、この部屋だけじゃなく、この建物にはぜんぜん窓がない。ちょっぴり薄暗いと思ったら、そういうことなのだ。ここは妙に落ち着かない。畳の部屋の、草の匂い。囲炉裏の灰の匂い。本の隙間から匂う、黴臭い匂い。

 どれもが鼻につくようで、当たり前のようにそこにある。



「それで、詳しく話を聞かせてほしいんだ。この『拳銃』で頭を撃ち抜いて、グローパーになったという男のことだ――」

「詳しく、と言われても、さっき言ったことが全てです。普通の人間に見えたけど、急にそれを取り出して、いきなり変身しました」

「何か、気になることを言っていなかったかい?」

「気になることって言われても」

「そういえば、ライターが出回ってるとか、なんとか言ってたよね。お姉ちゃん」


 翼の言葉をきっかけに、次々に記憶がよみがえってくる。



「そうだ――『売人』がいるって。私と同じくらいの歳の女の子が、ライターを配って回ってるって……」

「たぶん、それが黒い魔法少女だ。リサや明日架が戦った連中だろうね」

「それから、私たちのことを『魔法少女』だと、そう呼びました。私は、自分が魔法少女だということは、東さんや、他の魔法少女以外には喋っていません。翼もそうだよね?」

「うん。大人にバレて、面倒になったら嫌だもんね」

「ということは、奴らは自分の正体を隠していないのか。なりふり構わずって感じだな」



 東さんが真剣に悩んでいるのを見ながら、お茶をすすった。



「うん――そこまで必死になっているのを鑑みれば、目的は絞られてくるな。まったく、馬鹿馬鹿しいことだけれど、そう考えればつじつまは合う……」

「ご主人様」すいっとクウがやってきた。「香苗さんがお見えです」

「香苗が? いいよ、上げなさい」



 クウは一礼して戻っていった。はあ、と東さんは溜息をつく。



「香苗、って?」

「君たちと同じ魔法少女だ。明日架たちと一緒に、もう三年近くも戦っている――君たちにとっては先輩ってことになるのかな」






   ○





 現れた香苗という人は、控えめに言っても『少女』ではなかった。

 長く綺麗に整えられた髪の毛と、スーツの良く似合う細い体型、もともと白い肌に浮かんだ化粧は薄く、でも丁寧に整えられている。

 おとなだった。



「あら? あなたは――」奇妙な挨拶と共に、彼女は私の目を覗き込んだ。「あの時の子ね。あなたが、例の『白い魔法少女』だったなんて。明日香からよく聞いてるわ」

「あっ――!」



 私は思わず、声を上げた。その柔和な微笑みと、囁くような声……覚えている。はじめて明日架と出会ったあの日、警官に声を掛けられ、交番に置き去りにされていた私に声をかけてくれた、あの女性だった。



「あのときは、ありがとうございました」

「ふふ、いいのよ。まさかあなたも魔法少女だったなんてね」彼女はまた、私ににっこり微笑みかけ、「それにそっちが『赤』の子ね? つい最近、魔法少女になったっていう――はじめまして、私の名前は、石上香苗。あなた達の先輩ってことになるわね、名実ともに」

「どうしたんだ、香苗。君が来るなんて、珍しい」

「イリス=クォーター」






 その名前を聞いた瞬間に、東さんの表情が目に見えてこわばった。



「なんだと?」

「そう名乗る『魔女』と出会いました。黒い魔法少女を引き連れて、どこかへ消えてしまったけれど――」

「確かにそう名乗ったのかい?」



 うなずくと、東さんはふううう、と長いため息をついた。

 香苗さんは私のすぐ近くに座布団を引き寄せて座る――香水だろうか、とても上等な石鹸のような、気品のある香りがする。



「それを伝えに来たんです。聞いてなかったわ、『魔女』が敵にいるだなんて。私の魔法もまるで通用しなかった……東さんなら何か知っているのではと思って来たのだけれど、どうやらそうみたいですね?」

「イリスは、かつて私の弟子だった娘だ」



 東さんはこめかみを握りつぶすほど、強く抑えつけた。



「弟子?」

「もう何百年前になるかな――私がまだロンドンにいたころ、私の弟子だった娘が名乗った魔法名がそれだ。イリス(IRIS)クォーター(Quarter)

「何百年って……」

「え、じゃあ東さんって……何歳?」



 翼が目を丸くする。東さんは力なく笑いながら、



「私ほどの『魔女』なら、寿命を克服することくらい造作もないことだ――代償として呪いを背負えばね。イリスもそうだろう」



 東さんはどんなに頑張っても、三十歳くらいにしか見えない。むしろ、若く見ようと思えばいくらでも若く見える、そんな姿をしていた。

『魔女』と言えば、昔、嫌というほど絵本で読んだイメージしかわかない。黒いトンガリ帽子に、真っ黒な外套。ねじ曲がった木の杖を持ち、しわしわで、くすんだ銀色の髪の毛を蓄えた老婆の姿だ。



「彼女は、両親から捨てられた子でね。教会の裏に捨てられて、今にも死にそうな姿だったのを、私が偶然見つけたんだ。ロンドンの冬は、人が死ぬほど凍えるからね。初めのうちはただ、衣食住の世話をするだけだったんだが、いつの間にか私のまねをして魔法の練習を始めた。才能はある子だったから、私はその芽を摘むのも忍びなくて、弟子として徹底的に鍛えた。そしてその娘は、本来の名前を封じて魔法名をつけた。それが『イリス=クォーター』――だが、そうして十五年も経った冬のある日、彼女は突然姿を消して、それきり帰ってこなかった」

「ともかく、そのイリスっていう『魔女』が敵なんですよね? 香苗さん」

「間違いないわ。明らかに私を目の敵にしていたし……何より、『黒い魔法少女』を連れていたもの」

「じゃあ、そのイリスって魔女をやっつけちゃおうよ!」



 本を乱暴に閉じ、今にも走り出そうとする翼を、東さんが制した。



「落ち着くんだ。香苗――君の『炎』の魔法は、イリスに通じなかったんだろう?」

「はい」

「『魔女』の能力は、魔法少女のそれとは比べ物にならない。その気になれば一瞬で殺されてしまう。やみくもに戦っても無駄だ。だが――」東さんの表情には余裕がない。「それだけの力があって、しかも私のように活動が制限される『呪い』もないのなら、なぜ魔法少女を使う――自分でやればいいことだろうに。それとも、それほど強い力を持っていないのか……」

「東さん、落ち着いてください。いつもあなたが私たちに言っていることでしょう」



 香苗さんがやんわりと諭すと、東さんは我に返ったように、湯呑のお茶を飲み干した。ふう、と小さな溜息。私と翼は顔を見合わせ、それから香苗さんとも顔を見合わせた。



「……、ともかくこれではっきりした。敵の背後にはイリスという『魔女』がいることが」

「それで、どうします?」

「魔法少女では、『魔女』に太刀打ちできない。彼女のことは私に任せて、君たちはこれまで通りの活動を続けてほしい。すなわち、グローパーを倒し、敵の魔法少女を倒す。そして、イリスに出会ったらすぐに退却する。何よりも、君たちの命が最優先だ」



 みな、それぞれ頷いた。あの翼でさえ、何も言わずにそうしていた。

 それだけ、東さんの言葉に力がこもっていたのだ。



「何かあれば、些細なことでもいい。私か、クウに報告するようにしなさい」



 それだけ言うと、東さんはもう帰りなさいと言わんばかりに奥の部屋へ引っ込み、それきり出てこなかった。私たちは顔を見合わせ、それからおとなしく部屋を後にした。

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