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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
51/93

魔女の工房-1

   【Blue】




「ごめんよ、待たせたね」



 東さんは涼しげな法被を着て、肩に引っ掛けた手拭いで額の汗を拭きとった。



「何をしていたんですか?」リサが尋ねる。

「ん、まあ、ちょっとね。こう見えても『魔女』だから、仕事はそれなりにあるんだ。ともかく、今は君たちの話を聞こう」



 囲炉裏の前に胡坐をかくと、私とリサを交互に見た。



「クウからある程度のことは聞いている。拳銃で身体を撃ち抜いて、変身するんだって?」

「はい」



 私もうなずいた。東さんは腕を組んで、



「ただの拳銃ではないことは、話を聞いていても分かる。恐らくは、ライターの機能を拡張するための、何らかのアイテムだろう」

「拡張?」

「『黒の魔法少女』が変身するために用いている黒のライターは、私のライターを元に作られた粗悪な濫造品だ。魔力の純度も低いし、それを浄化するための機能も持たない。恐らく単体で使っても、不完全な変身しかできないんだろう。それを補完するためのアイテム――そんなものが作れるのは、私と同等の力を持った『魔女』しかいないだろうけどね」

「『魔女』?」

「東さんみたいな人が、敵になるってこと……ですか」



 リサは、上目遣いでのぞき込むように尋ねた。東さんは神妙にうなずく。



「『魔女』がその気になれば、君たち魔法少女なんて、相手にならない。でも、向こうも魔法少女を使って街を荒らしているとなると、――やはり私と同じように、表に出てこられない事情があるんだろうね」

「事情って……?」

「リサには話してなかったかな。『魔女』はその力の代償として、いくつもの『呪い』を受ける。私もそうだ。私は二度と太陽の下には出られない――本来なら、街にはびこるグローパーを退治するのは私がやるべきことなんだが、そういう事情があって、君たち魔法少女に代行してもらっているんだ。その他に受けている呪いの数は、強弱合わせて三十八――もしかしたら、向こう側の『魔女』にもそういう事情があるのかもしれないね」



 ともかく、敵の『魔女』は、すぐに私たちをどうこうしようと、そういうつもりはないということだろうか。だからこそ、魔法少女を私たちに仕向けている。まるで当てつけだ。ライターまで真似して、なにが目的なのだろう。

 すると、玄関先の方からすいっと、クウが滑り込んできた。



「ご主人様、お客様です」

「ほう。誰かな?」

「千夏さんと、翼さんです」






「こんなものが」それだけ言って、千夏は東さんに黒光りする何かを差し出した。「さっき、出会ったグローパーが使っていたものです」

「なに――グローパーが?」

「それ、みなとが使っていたのとよく似ている……!」

「いきなり頭を撃ち抜いたんだ」翼が場をまとめるように、「そしたらグローパーになったんだ。普通の、スーツ姿のおじさんだったけど、いきなりグローパーに変わっちゃった。まるで魔法少女に変身するみたいに……」

「……、」



 東さんは真剣に、その銃身を眺めている。

 私は壁の隅によって、出来るだけ誰とも視線を合わせないように努めた。漆喰の壁を背中にこすりつけるようにすると、背中を汗が伝う。視界のちょうど真ん中あたりで、翼と、千夏が腰を下ろして座布団に座るのが見えた。頭がぼんやりする――でも、その奥の方でずきずきする感じがある。

 千夏、この子も好きになれない。理由はないけれど、本能的に……



「なるほどね」



 東さんは傍らの小さな棚の引き出しを開け、薬包紙のような白い紙をとりだすと、畳の上におもむろに広げた。そして法被の中から鑿のような工具をとりだすと、その紙の上で手際よく、黒い銃を分解し始めた。

 ばぎばぎ、ぼぎぼぎ。



「壊れてませんか?」

「壊していいんだよ、こんなものは。それよりも――」と、東さんは額の汗を手でぬぐい、「これを作った魔法使いは、相当に腕がいい。これはいわば、注射器みたいなものだ」

「注射器」



 予想外の言葉に、私は思わずつぶやいた。



「ほら、ここをご覧。拳銃のように見えるけど、実は銃口の奥から針のようなものが飛び出すようになっている。この針は実は筒状になっていて――リサ、ちょっとライターを貸してくれるかい」



 リサは言われるがまま、黄色く透き通ったライターを手渡した。東さんは分解されて、断面が顕になっている拳銃のグリップ、すなわち弾倉の入る場所へそのライターを、そっと差し込んだ。

 ガチャン。

 機械どうしが接合する、気味の良い音がする。みんなが、その様子に食い入っていた。

 手近な湯呑を引き寄せて、東さんはその中へ銃身を向ける。引き金をそっと引くと、勢いよく透明なオイルが飛び出した。



「水鉄砲みたいだ」

「これはライターとセットで使う拡張器具だ。魔力を増幅して、直接、身体の中に打ち込んで使うのだろう。確かにこれなら、純度の低いものでも十分な魔力が得られる」

「だから、頭に直接押し当てていたんだ」



 ライターを受け取りながら、リサが呟くようにそう言うと、翼も続けた。



「僕らが見たのも、そうだった。ね、お姉ちゃん」



 千夏がうなずく。

 私が見たのは、心臓の辺りに打ち込んでいた。いずれにせよ、身体に密着させて使うというのは変わらないようだ。身体の中に直接、魔力を打ち込んで、自分の身体を変化させる。

 東さんのこめかみを流れるのは、窓のない部屋にこもる熱気というよりは、身体の芯から冷え込むような冷や汗に見えた。



「だが――これはあまりに危険すぎる。魔力を人間の身体に打ち込んで使うなんて、正気の沙汰とは思えないな……そんなことをすれば、たいていの人間なら魔力中毒で即死だ。そうまでして、何をしようとしているのだろう……」



 東さんのその言葉に、全ての問いが集約されていた。

 敵の目的が分からない。魔法少女を増やし、グローパーを増やし、リスクを冒してまで強い力を手に入れる。

 私たちは、グローパーを倒し、街の無関係な人間を守るために魔法少女になって戦っている。どうして、そこまで執拗に私たちの邪魔をするのか?



「ねえ、千夏……さん?」



 おずおずと声を上げたのは、リサだった。千夏はやや伏し目がちに、



「なん、ですか」

「その、私たち、はじめましてでしょ? そっちの子も、翼ちゃんだっけ? お互いに自己紹介くらい、した方がいいかな、と思って」リサは少し胸を張って、「私の名前は、井荻リサ。高校一年生――たぶん、ふたりとも私よりは年下だよね? もし違ったら、ごめんなさい」

「はーい。僕、椎名翼。小学五年生。リサっていうんだね、小さいから中学生くらいだと思ってた」

「ち、違うよ!」

「だって、僕と同じくらいでしょ、身長」

「わ、私は百……五十センチはあるもんね」

「嘘だよ、もっと小さいよ。四十六、七センチでしょ」

「ぐぬ……」

「でも、お姉ちゃんのほうが大きいもんね、お姉ちゃん?」



 千夏はゆっくりとリサに向かい合い、



「鷺宮、千夏です」と、かみしめるように自分の名前を告げた。「中学二年生です。よろしくお願いします、リサさん」

「よろしく。千夏ちゃん、でいいかな?」

「はい」



 千夏は嬉しそうにうなずいた。

 私はちょっぴり、驚いた。なんというか――イメージが無かったから。この子がこんな風に、ふつうに笑っているイメージが。



「……、」



 指先が、ぴりぴりする。

 私にはこの子が、どうしても、香苗さんと被って見える。

 新宿で一緒に戦った時に、少しだけ垣間見たこの子の目。グローパーを斬り続け、真っ黒な返り血を浴びたときの表情。この子の心の奥からは、香苗さんよりずっと暗い、陰鬱なものを感じる。

 私より三つも、四つも年下なのに……



「そろそろ、お暇します」私はゆっくり立ち上がり、「東さん、すみません、薬をください。そろそろ切れそうで……」

「ああ、そうか。ちょっと待ってなさい」



 東さんは立ち上がり、奥の部屋へ向かう。台所がある方向だ。



「薬?」

「気にしないで。頭痛薬みたいなもの」



 リサが不安そうに見上げるのを手で制して、私は帰り支度を始めた。

 翼や千夏とは目を合わせない。話すようなことは思いつかない。私が立ったせいで、この場の会話が止まってしまったような気がした。すごく、居心地が悪かった。私はその雰囲気から逃げるように部屋を出て、窓のない長い廊下へ出た。そこは幾分涼しくて、玄関と繋がっているから風通しもいい。気分も少しは良くなった。

 身体がほてっている。風邪でも引いているみたいだった。

 体調を崩している場合ではない。ライブがすぐ目の前に迫っているのだ。



「ねえ、大丈夫?」



 振り返るとそこに翼が立っていた。



「また、僕が治してあげよっか。顔色悪いよ」

「いい」

「明日架と千夏お姉ちゃんって、仲が悪いの? 目も合わせようとしないし、話そうともしない」



 子どもは無邪気にこういうことを聞いてくる。

 だから嫌いなんだ。誰にだって、答えにくいことや、自分でも分からないことはある。



「別に、それはあんたには関係ないでしょ」

「同じ魔法少女でしょ? 教えてくれたっていいじゃん」

「だったら、千夏に聞きなさい」

「お姉ちゃんは何も言ってくれないんだもん」

「じゃあ、翼が首を突っ込むことじゃないってことよ。まだ子どもなんだから、分からないだろうけど」

「そんな風な大人にだったら、僕はならなくてもいいや」



 翼は呑気に言いながら、私をきっと睨みつけた。



「明日架は長生きしなさそうだね。そのうち心が潰れて、どこにも行けなくなっちゃうよ」

「勝手でしょ」



 返事もなく、翼は部屋の中へ引っ込んでいった。入れ替わりにリサがやってきた。その手には、小さな箱が抱えられている。



「あの、これ、東さんから。薬だって」

「ああ……ありがとう」

「大丈夫ですか?」

「うん。だいぶ楽になってきた。もう行くよ」

「私も、もう帰ります」リサは携帯電話を取り出して、「今日はありがとう、明日架さん」

「気をつけてね」



 私たちは玄関を出たその先で分かれた。私は十八時からのバンド練習に合わせて、スタジオに向かって歩き出す。途中、自動販売機で、水か何かを買っていくことを忘れないようにしなくちゃ。

 うまくいってるはずなんだ。いろいろなことが……

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