中井明日架 / 井荻リサは秘密を共有する
【Blue】
「それじゃあ、リサも――」
「はい、確かに――自分の頭を拳銃みたいなもので撃ち抜いて。そしたら、急に姿が変わったんです。まるで魔法少女に変身する時みたいに……」
東さんの工房へ歩きながら、私とリサは、これまで起こったこと、見聞きしたことをそれぞれ交換し合った。黄色いリボンで出来た、あの使い魔のこともそうだ。リサは、まるで空元気と言った風に自分のことを喋りまくり、また私に質問をしまくった。おかげで私は歩いている間、ほとんど相槌を打つばかりだった。
頭の中に、もやがかかったように意識がはっきりしない。強烈な眠気に襲われているようで、でも眠いわけではないから、胃の中がおかしくなりそうな感覚だ。心当たりはある――最近は調子がいいと思い込んで、東さんの薬を飲む間隔を少しずつ長くしていたのだ。最後に飲んだのはちょうど二週間前になる。
「その時、また、香苗さんが助けてくれたんです」
「香苗さんが?」
「倒れていた私を、介抱してくれました。たぶん、使い魔が呼んできてくれたんだと思うんですけど……」
「そう」
石上香苗。あの人にはいい印象がない。
確かに彼女のやっていることは、多くの人を助けていることなのかもしれない。私やひばりの次に、魔法少女として戦っている時間も長い。グローパーを倒すことに関していえば、香苗さんは間違いなく最強の魔法少女だ。少なくとも、私の知る限りでは。
けど――私は知っている。香苗さんはそれと同じくらい、助けた分と同じだけ、人を傷つけているということを。そうでなければ、魔法でビルひとつ吹きとばしてしまうなんてできるわけがない。
「それよりも、明日架さん」リサは私よりだいぶ背が低い。私のことを見上げながら、「大丈夫ですか、怪我は? それに、体調もそんなに良くなさそうですし」
「そんなことない」
「ほんとうですか? でも、なんだか顔色がよくないです」
確かに、そろそろ薬が無くなりそうだ。
リサと私は情報を交換するうち、いったん東さんにこのことを話そう、と決めた。私たちだけでは分からない問題だった。
銃で自分の身体を撃ち抜き、魔法少女がさらに変身する。そんな現象は、これまで遭遇したことがない。
「もうすぐ着きますよ」
リサはなんだか浮かれているような、はしゃいでいるような気がした。
東さんの工房に辿り着いたとき、彼女はいなかった。代わりに留守を任されているであろう、クウがすいっとやってきて、
「ご主人様は奥にこもりっきりです。しばらく出てこないと思いますよ」
「中で待っててもいい?」
「ええ、構いません」
奥の小さな部屋へリサを残して、私はまず、ひばりのところへ向かった。
太陽の光が入り込まない、小さくて薄暗い部屋。そこでひばりは、何年も前からそうしているように、静かに目を閉じて眠っている。額に手を当てても、熱を感じない。
ひょっとしてもう、死んでいるんじゃないだろうか。
そう思われても仕方のない様子だった。呼吸も浅い。何年も陽の光を浴びていない肌は青白くて、血が通っている様子を感じない。手首はすっかり細くなって、でも、手で拾い上げると、かすかに脈打つのを感じる。
薄い胸に耳を近付けると、とくん、とくん、とくん――弱々しいけれど、まだひばりはそこにいた。でも、まだ彼女は戻ってこない。ずっと目を覚まさない。
「もうちょっと、待っててね」
私は立ち止まる訳にはいかない。
その時、ぎしっ、と、古い床板のきしむような音がした。振り返る。そこは、小さな部屋の出入り口の、小さな障子戸だった。
かすかに開いている。
「あの、」リサがおどおどしながら、「すみません、そういうつもりじゃ」
「――、ううん。いいよ」
立ち止まったまま固まるリサを、私は部屋に招き寄せた。
「この人は……?」
「村山ひばり」その名前を口に出したのは、ほんとうに久し振りな気がした。「この街で、最初に魔法少女になって戦っていた人。私と一緒に」
「最初に?」
「そう、だいたい五年くらい前――私とひばりのふたりで、この街を駆け回っていた。でもあるとき、誰かに襲われて傷を負って、ライターを奪われた。それ以来、ずっとこのまま……目を覚まさない」
「ライターを奪われたって……」
「たぶん、鳴海みなとや、その仲間たちと関係があると思う。私はそいつらから、ひばりのライターを取り戻さないといけない。それでひばりの意識が戻るかどうかは、分からないけれど……」
リサは何を言えばいいのか分からないように黙っていたけれど、やがて意を決したように、
「ちょっと、ごめんなさい」
と、彼女の左手を取った。
ぎゅっと握りしめたリサの両手が淡く光ったかと思うと、そこから木の根が這うように、ひばりのか細い腕に黄色いリボンが絡みついていく。
「ちょっと、なにを――!」
「大丈夫です」リサは苦しそうだ。目をぎゅっと閉じて、尋常じゃない汗が噴き出している。「大丈夫――きっと、私の力を使えばできるはず……!」
やがて、腕に絡みついたリボンが解け、畳の上でくるくる回り、いつか見たような黄色いリボンの小人に変わる。白いフリルをたなびかせながら、
「この人と同じ魔力を感じる場所へ向かって。分かる?」
使い魔は頷いた。
「どういうこと?」
「私はクウや、東さんに言われました。いつでもライターを手放していいって、それで私の身体がどうこうっていうことは、ないって。でも、ひばりさんは違うんですよね?」リサの言葉にはどこか、確信めいたものがあった。「ひばりさんと、ひばりさんのライターがまだ繋がっているんだとしたら――私の使い魔なら辿っていけます。私の魔法はリボンの――何かと何かを『結ぶ』ための魔法だから」
「でも、それでうまくいかなかったら……」
「その時は、また探します。疲れるのは私だけ」
私が言いかけた言葉をさえぎって、リサは続けた。
「ずっと、私が魔法少女になってから、助けられっぱなしだったんです。はじめて戦ったときも、香苗さんや明日架さんがいなかったらやられていた。新宿でのあの時だって、私は、怖くて……身体が動かなくて、情けなかったんです。でも、私にもできることがあるなら、それをやらないと駄目だって、そう思ったんです。例えば、こんな風に、ひばりさんと、ひばりさんのライターを『結ぶ』ことも、そうだと思うんです」
私は、ひばりに言われた言葉を思い出した。
あなたは何があっても、歌うことをやめないで――
リサにとって、そういうことなのかもしれないと私は思った。
「ちょっと、ごめん」
私は畳の上でじっとリサのことを見上げる使い魔に触れた。右手の人差し指と親指でU字を作り、使い魔の手をつまむ。青白い火花が、ばちっと散った。
「きゃっ、」リサが小さな悲鳴を上げる。「明日架さん? いったい何を……」
使い魔の姿が変わっていた。両手は鋭い流線型の翼に代わり、黄色いリボンの所々に、青い刺繍のような模様が加わった。
「リサの使い魔に、私の魔力を与えたの。これで、いつでもこいつの居場所が分かるようになる」
目を閉じる――この使い魔から聴こえてくるのは、東京じゅうにばら撒かれたリサの使い魔のものとは微妙に違う音だった。リサのものが真鍮のベルだとしたら、これはシンセサイザーで鳴らされた同じ音だ。
「リサ、あんたが手伝ってくれるのは、嬉しい。でも、これはあんたひとりの問題じゃないの。私にも手伝わせて――ひばりは、私の手で助け出したいの。自分の手で……」
使い魔は小さな翼をぱたぱたと羽ばたかせ、浮かび上がった。
「うん、行って!」
リサの掛け声で、廊下へびゅんと素早く飛び去っていった。
「明日架さん、」リサは私に振り返り、「もしもの時は、助けてください。でも、明日架さんのことも、私は助けたいです。力になりたいんです」
「ありがとう」
私の心臓が、ぴりっとするのを感じた。
ひばり――意外ともうすぐかもしれない。あなたを助け出すのは。




