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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
46/93

井荻リサはいつもより少し積極的になる-3

   【●●●●●】




 ぜんぜん試合に集中できない。頭がくらくらする。暑さのせいか? それともきつい練習のせいか? 昨日の夜、ストレッチを忘れたせいか? 今朝寝坊しそうになって、朝食を抜いたせいか? 水分補給が不十分だったからか?

 どれも違う。

 原因は分かってる。アレをなくしたせいだ。



 アレがないと、頭がぼんやりして、足元ががくがくする。チームメイトの声が聴こえない。ボールの行方を目で追うことができない。パスを受けようと思って走りだしたときは、既にそのボールをカットされている。

 どうして今日に限って、アレをなくしてしまうんだ。試合前にトイレでやろうと思ってたのに。



 くそ、プレーに集中できない。



 何より、アイツだ。ぜんぶアイツのせいだ。

 アイツさえいなかったら、俺は間違いなくレギュラーになれていたのに。その為に兄貴のクレジットカードを盗み出して、高い金でアレを買ったのに。この大一番でそれをなくしてしまうなんて、とんだドジを踏んだものだ。こうして試合に出場するだけでも相当に気を遣い、綿密に計画し、周到に用意をしてきたはずなのに。

 今日が一番大事だったろうが! 自分で自分が情けない。

 だから今朝、わざわざ危険を冒してまで、あいつを――でもできなかった――代わりに別のあの人を――関係なかった――まあいいかあの人も小言がうるさいし――なんなら監督でも――別に誰でもいいけど――だったらキャプテンでもよかった――なんで俺はあいつを――しなかったんだ――



「パス、行ったぞ!」



 はっと我に返った。その声に反応して、辛うじて両腕が動いた。ボールの感触が鈍く、骨に響く。誰かがこっちに向かって走ってくる。その向こう側で、あいつが両手を振り上げながら、ゴールの下に駆け込んでいく。



「パス! パス! もってこい!」



 うるせえ。誰がお前の指図なんか――






   ○



   【Yellow】




 第二クォーターまで終わり、駿介のチームは十点ほど差をつけられている。バスケのルールはよく分からないけれど、チームの動きがなんとなく、噛み合っていないように思えた。相手のチームに翻弄されているというより、チームメイト同士の連携が取れていない感じだ。

 でも、いい勝負ができていると思う。



 シュートを決めたあとの駿介は、汗をダラダラ流しながら小さくガッツポーズをして、なんだか――普通に格好良かった。私は知らず知らずの間に、試合に見入ってしまっている。



 ハーフタイムの間に、ギャラリーは何人か立ち上がって、体育館の外に出ていく。選手たちも何人かはそうだ。駿介も体育館から外に出ていく。きっとトイレにでも行くのだろう。

 私もそれにならって、周囲を注意深く観察しながら、いったん体育館から外に出た。ずっと座っていたせいか、身体を思い切り伸ばすと、あちこちの関節がぽきぽきと鳴る。使い魔からは、特に反応がない。私の魔力から生まれた使い魔に何かがあったときは、私にもなんとなく伝わるはずなのだ。



「このまま、何事もなく終わってくれればいいんだけどな」

「そうね。不安になるのは分かるけど、あまり気を張らずにいましょう。使い魔にも異常はないみたいだし、きっと大丈夫よ」



 クウの言葉にうなずきながら、私は自動販売機で安いペットボトルのお茶を買った。体育館の中も熱気で相当に蒸し暑かったけれど、外は外でまた暑い。どこにも逃げ場がない感じがした。こんなに暑い夏は、経験したことがない。



「はあ」






 背中を汗が伝う。

「りっちゃん」クウの声が鋭く聞こえた。

「うん」



 すっと周囲が静かになる思いがした。休日で人もまばらな学校の、体育館前の駐車場。アスファルトに立ちのぼる陽炎の中にひとり、女の子が立っている。中学生くらい――高校生には見えない。黒いキャミソールから覗く肩と腕は、不健康なくらい白くて細い。

 私はこの子を見たことがある。



「なんだよ」



 その子はじっとりと目を細めて、私を睨みつけた。



「またあんたかよ。なんでここいんだよ」

「そっちこそ――確か……」

「鳴海みなと」



 案外、あっさりとその子は名乗った。

 新宿で戦った、ふたりの黒い魔法少女――そのひとり。自動車を蹴飛ばし、腕から黒い鎌を取りだす、あの魔法少女。



「勘違いしないでよね。あんたなんかに名前を呼ばれるのは不愉快だから、私から勝手に名乗るの。あんたは名乗んなくていいよ」



 私はライターを握りしめて構えた。すると、みなと――その少女は心底苛立ったように、ああっ、と唸るように叫んで。



「邪魔すんな! 今はあんたなんかに構ってる場合じゃないの。退け」

「悪いけどこっちはそうはいかないの」



 意味もなく周囲が気にかかる。誰も見ていない。私たちのことを。



「変身――!」



 一瞬で姿が変わる。手に握ったライターはパラソルに姿を変え、身体が風のように軽くなった。相手の出方をうかがうまでもない、ヒールのまま駆け出してパラソルを構える。手元からリボンがパラソルに巻き付いて、螺旋の槍に変わった。爪先で地面を蹴るとふわっと浮かび上がり、槍を叩きつけるようにみなとへぶつける。固い手ごたえ。彼女はその細い腕で、いとも簡単に私の攻撃を受け止めた。

 その腕は黒く染まっている。

 手には真っ黒なライターが握られている。



「――変身」






 黒い炎が噴き出した。

 とっさに距離を取る。その時、すぐ鼻先を何かが掠めていった。視界が晴れたとき、みなとの左腕は巨大な刀の形になっている。



「あああああ」深いため息とともにその刀は、肘までかかる黒い手袋に変わって、「あんたのせいで余計に一個だ。こんなの予定になかった。どうしてくれる」

「そんなの、知った事じゃない!」



 パラソルを振り回す。指揮棒のように。地面から植物のように現れる何十本ものリボンが、フリルを風になびかせながら、みなとのほうへ飛びかかっていく。みなとの腕がぼっと膨らんで、指先に剃刀のような刃が伸びた。リボンは次々に切り刻まれていく。

 地面を這うように絡み合うリボンが、みなとの足首を掴んだ。そのまま宙高く持ち上げ、振り回すようにリボンの蛇が身をよじる。黒い魔法少女の手が大きく膨れ上がると、それは巨大な鎌になった。太陽の光をそのまま吸い込むような真っ黒な刃が、舞い上がったリボンをまとめて切り裂く。



 閉じたパラソルをひと振り。

 空に絵を描くように。その軌跡には、リボンの剣が七本。それぞれ鳥のように鋭く、みなとのほうへ飛んでいく。すると、黒い鎌は巨大な剣に変わって、ひと薙ぎでリボンをすべて叩き潰す。



「まだまだっ――」

「やめ、やめ」みなとはだらしなく両手を挙げた。「あんたと戦う気はないんだって。おとなしくしてよ、もう疲れちゃった」

「あれだけのことをしておいて、よくそんなことを……!」



 すると、空から光る何かが、みなとのすぐそばへ舞い落ちた。



「あれは――!」



 隣にいたクウが、息をのむのが聞こえた。

 そのクウは灰色に光る髪の毛をなびかせ、みなとに鋭く言った。



「みなと。勝手なことをしてはだめだよ」

「うるさいな」

「忘れては駄目だよ、みなと。あなたがここにいるのは――」

「分かってるよ。でも、あいつが邪魔するんだ。分かる? お前は生まれたばかりのクウだから、そのところ分かってないんじゃないかな」



 バチン、と音が響いた。拘束しようとして放ったリボンを、みなとが弾き飛ばした音だ。



「馬鹿にしないで。生まれたばかりでも、私は高次の生物よ。あなた達なんかよりずっと完全で、崇高で、聰智なの」

「うるさい、うるさい。うるさい!」



 みなとは髪を振り乱して叫ぶように、ポケットから何かを取り出した。



「えっ、」思わず身構えた。それはピストルだ。刑事ドラマで見るような、ハリボテの、ぴかぴかのものじゃなくて、もっと重たく黒ずんでいた。

 右手に持ったそれを、彼女は、自分の耳の穴に突っ込むように押し当てた。



「いいの?」



 向こうのクウがいう。小さくて、遠くても分かる。そのクウはみなとのことを見てせせら笑うように身を揺らしていた。

 みなとは私を睨みつけながら、引き金を引いた。



「重奏」






 わっと、背後の体育館から熱気のようなどよめきが聞こえた。

 そして、目の前からは戸惑いのような熱気が叩きつけてきた。



「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」



 それは、ほとんど人間じゃなかった。セーラー服を着た怪物のような、醜悪な化け物だった。手足は真っ黒に染め上げられた陶器のように硬質に光って、真っ赤に罅割れた皮膚から血のような何かが滴っている。

 その瞳は真っ赤に、塗りつぶされていた。

 長い前髪で影になった顔で、爛々と、燃えるように輝いていた。彼女は背中から生えた翼をぶわっとはためかせると、



「そこを――退けェェェ」



 手に持った巨大な黒い鎌を振りかざす。

 絵本の世界だ。そう思った。



「りっちゃん、中から人が出てくるわ」

「すぐにやっつけなくちゃ――」






 だっ、という音。

 電車に乗ってるとき、急ぎ足のサラリーマンに肩をぶつけられたときのような――クウの悲鳴が聞こえた。

 私の左腕が肩から真っ直ぐ吹き飛んでいた。

 直後、背中から違和感と共に、何か尖ったものがぶつかった。私の胸から何かが突き出ていた。痛みより先に違和感。それを引き抜かれるのと共に、膝から崩れ落ちた。



 目の前にみなとはいない。ぶわっという風の音。倒れながら振り返った体育館の入り口から堂々と入っていく、翼を生やした異形の少女の姿が見えた。



 痛みがだんだん、やってくる。

 意識が遠のいていくのを、何かに必死につなぎ留められているような感覚。



「だ……め……」



 そっちはだめ。

 そっちには駿介がいる。どうしてみなとはそっちへ行こうとするのだろう。



「だめ……だめ、だめ……!」



 胸と腕の傷が、びくびく脈動して震える。



「だめ……!」



 でもだんだん意識が遠のいていく。

 クウの声がする。私に向って何かを叫んでいる。でも、もう、ほとんど聞こえない。

 みなとは優雅に、扉を後ろ手に閉じようとしている。こちらを見ようともしない。

 だめ。

 もう、声が出ない。

 そっちは

 駿介が

 だめ

 待

 っ

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