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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
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井荻リサはいつもより少し積極的になる-2

 バスを降りてスマートフォンを手提げ鞄の中にしまい、私は歩き出す。空はかんかん晴れの炎天下で、歩いているだけで汗が噴き出てくる。動画サイトを見ても最近は退屈だ。ちょっと名の売れた投稿者たちは、最近ぱったりと更新を途絶えさせている。まるで示し合わせたかのようなタイミング。

 そしてそれは、考えすぎかもしれないけれど、私が魔法少女になったタイミングと、ほとんど同時なのだった。



 あの黒いライター。

 グローパーを倒したときにそこに残される、私たちが変身するときに使うライターと、よく似た形のものを私は何度も見たことがある。それは、一時期動画投稿者たちの間でこぞって話題になった、あるアイテムとそっくりなのだった。



 ちょっとネットを調べれば、いくらでもヒットする。その黒いどろどろしたものが詰まったライターは、あるところではアロマオイルとか、あるときは高級ブランドのライターだとか、またあるときは部屋で焚くためのお香だとか、千差万別の利用法で紹介されている。一般には流通していない、都市伝説的なアイテムとして話題になっているようだった。



 けれど、検索をかけるたび、そのサイトは消えている。そして、また違うサイトが検索トップに現れる。そのサイトも、数時間後には消えている。その繰り返しだ。



 ネットに詳しくない私でも分かる。明らかに、人為的な何かが働いていた。



「あの黒いライターが、きっと鍵になっているはず」狭い車道の端をそろそろ歩きながら、「グローパーのこと――あの黒い魔法少女のこと――それから『通り魔』のこと。ぜんぶ、そこに繋がるような気がして……考え過ぎかな」

「きっと無関係ではないと思うわ、りっちゃん。調べてみる価値は、あると思う」



 クウはためらいがちに言った。私は指の先っぽで、クウの頬を突っついてやる。クウの身体はやわらかい水晶みたいな肌触りがして、時には冷たく、時には温かい。くすぐったそうに身をよじるクウに、私は



「ありがとう」とつぶやいた。「私のことを心配してくれているんでしょ? でも、私は大丈夫。この通り元気だよ」

「あまり無理をしては駄目よ、りっちゃん」

「わかってるって」



 とはいえ、まだ使い魔たちからの報告は入っていない。何事も起こっていないのは良いことだけど、逆に言えば手がかりもつかめていないのだろう。石垣の木立の影に日差しを隠れながら、つらい勾配の上り坂を歩いていく。すぐ近くの地面が揺らめいている気さえする。セミの声がうるさい――ふと、凄いスピードで私のそばを、自転車にまたがった男の人が駆け上っていった。黒い大きなバッグを背負っている。きっと部活の練習にでも行くのだろう。

 この坂をのぼったら、すぐに学校が見えてくるはずだ。



 駿介は既に学校の中に入って、ウォーミングアップでもしている頃だろうか。そう言えば、あいつがバスケをしている姿を、真剣に見たことがない気がした。



「りっちゃん、楽しそうね」

「ん……まあ、そうだね」

「いつも駿介くんのことになると、りっちゃんは幸せそうな顔をするもの」

「そんなことないよ」

「ほんとうなら、怪物や、怖い魔法少女と戦ったりしないで……」クウは鞄から飛び出して私の肩に乗り、「ふつうの女の子みたいに、ふつうに過ごしたほうがいいと思うの。東さんに聞かれたら、怒られちゃうかもしれないけど、りっちゃんにはきっと、そういう暮らしのほうが似合ってると思うわ。確かにあなたには魔法の才能もあるし、魔法少女としての責任感の強さもあると思う。それでも……」

「もうやめよう、そういうのは」私はクウをなだめた。「私が決めたことだから」






 知らない学校の正門をくぐり、体育館へ向かう。二階のギャラリー席はパイプ椅子が三列並んでいて、手すりには暑苦しいスローガンの書かれた横断幕が掛けられている。当たり前だが、知っている顔の人はいない。ほとんどが選手の身内や知人なのだろう。

 私は出入り口から一番遠い壁際の席に座って、試合が始まるまでスマートフォンでも眺めて時間を潰そうかと、そう思ったときだった。視界の端でちらちらと、黄色く動くものが見えた。



「あれは――」クウが思わず、と言った風に鞄から顔を出して、「りっちゃんの使い魔じゃないかしら?」

「どうしてこんなところに……」



 クウの頭のリボンが、ぼんやりと光っている。同様に、使い魔も私のほうへ駆け寄りながら、その身体を淡く光らせていた。使い魔は私の足元から軽やかに跳躍し、手元の辺りで身体をほどけさせる。

 寒気がした。

 リボンの身体の中に包まれていたのは、中身が半分ほど詰まった黒いライターだったのだ。それを手渡すと、使い魔は元の姿に戻り、私をじっと見上げている。



「これをどこで拾ったの?」

「聞いてみるわ」

「そんなことできるの?」

「使い魔同士だもの」クウは耳ではなく、頭に巻いたリボンで話を聞くように使い魔に面と向かった。「このライターは……この近くに落ちていたものみたい。学校の敷地内……グローパーから拾い上げたものではなくて……街からこれの気配を追ってきたら、ここに着いたって」

「つまり……」



 この学校の中にいる誰かが、この黒いライターを隠し持っていた、ということだろうか。



 ギャラリーの数は、私を入れて二十人くらい。文字通り老若男女入り混じり、杖を突いたおじいさんから、母親の膝の上に座れる小さな子どももいる。そのギャラリーが、にわかに声を上げて拍手をした。時計は十時を指している――体育館の入り口から、それぞれ青と黒のユニフォームを身に着けた選手たちと、監督らしいふたりの背の高い男性、そしてレフェリーと、ボードを手に持ったそれぞれのチームのマネージャー、控えの選手が続々と入場し、それぞれの持ち場に着いた。



 黒いユニフォームを着た選手の中には、良く見知った顔があった。

 駿介は今まで見たことがないくらい、真剣で、緊張して、ぎらぎらした目をしている。私はたまらなく、胸騒ぎがした。



「いい?」使い魔にそっと囁く。「学校の周りを警戒して。挙動が怪しい人がいたら、すぐに私に伝えること。グローパーが現れたら、動きを止めておいて。いい?」



 使い魔はうんともすんとも言わないので本当に分かったかどうかは怪しい。けれど、すたすた駆けて出て行った。



「りっちゃん、こんな時なのに……」

「きっと大丈夫。私たちはここで待っていよう」



 万が一、この試合会場の中にグローパーが現れたとき――私はここにいる人を守らないといけない。私がここに残るのは、そのためだ。

 黒いライターはしっかりと鞄の奥にしまっておく。代わりに、黄色いライターを取り出し、手に握っておく。いつでも変身して、戦えるように。クウはそんな私の様子を心配そうに見ていた。



 お互いのチームの選手が握手をして、挨拶を交わす。持ち場に着く前に、駿介がふと、こちらを見た。



 目が合った。



 私に気が付いたようで、軽く左手でガッツポーズを見せる。私も同じように返した。



「頑張れ、駿介」



 私も頑張る。ここで、駿介を――みんなを守る。

 ホイッスルが鳴り、ジャンプボールから試合が始まった。周囲が静まり返り、時間がひどく、ゆっくり流れたように感じられた。

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