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L-cone  作者: 王生らてぃ
第二章
44/93

井荻リサはいつもより少し積極的になる-1

   【Yellow】




 魔法少女になって以来、私は目覚ましより数分早く起きるようになった。いくら寝ても、寝ている気がしない。最近夢をあまり見なくなった。電気を消して、退屈しのぎにスマートフォンをいじっていると、次の瞬間には朝になっている。頭がくっきりと冴えて、重い身体を自由に動かすことができる。

 汗ばんだパジャマを脱ぎ、下着を新しくして、簡単な服に着替える。ちょっぴりおしゃれをして、奮発して買ったベルトで締めたパンツを履くと、もっと身体が軽くなる思いがする。ヒールでもパンプスでもなく、今日はスニーカーの気分。



「リサ、お出かけ?」

「うん」洗濯物を干しているお母さんに軽く挨拶して、「夕飯までには帰るよ。なにか買い出しあったら、携帯に連絡して」

「気を付けて行ってらっしゃい」



 お母さんが私を見る目はどこか、微笑ましげだ。動物園のパンダのカップルを見るみたいだ。

 私はよく、親戚からお母さんの若いころにそっくりだと言われる。お母さんは中学生のころに学校の先輩だったお父さんに一目惚れして、同じ高校に入り、同じ部活をし、同じ大学まで行って、同じ研究室で過ごし、そして結婚して私を産んだらしい。けれど私は、そんな風には生きられないだろう。






「今日もおしゃれさんね、りっちゃん」



 外に出るなり、すぐにクウと合流した。クウの頭にはカチューシャのように巻かれた、黄色いリボンが飾られている。



「クウもね」

「無理してない? 体調はどう?」

「ぜんぜん、平気だよ」



 ポケットから取り出した黄色いライターの中身は、だいたい七割くらい透明なオイルで満たされている。気分はすこぶるいい。八月の太陽に熱せられたアスファルトをスニーカーの底で蹴りながら、軽快に歩いていく。



「街の様子はどう?」

「特に大きな乱れはないわ。りっちゃんの『使い魔』たちも、ちゃんとやっているみたいよ」

「他のクウとは、上手く連絡取れてる?」

「それも大丈夫。みんな無事よ」

「それならよかった」



 目指すバス停が見えてきた。夏休みの朝ということで、列に並ぶのは小学生くらいの子どもたちの姿が目立つ。みんな、普段は宿題や部活で忙しいから、夏休みくらいは街のゲームセンターや洋服屋さんで羽を伸ばしたいのかもしれない。

 その気持ちはよく分かる。



 私も人並みに――普通の女の子並みに、かわいいお人形やお菓子が好きだった。絵本や映画の中のお姫様に憧れ、お母さんに買ってもらった小さなドレスは、今でもタンスの奥の奥にしまってあることだろう。



「まさか、この歳になって、それを着るとは思わなかったけれど」



 誰にも聞こえないように小さく呟くと、バスがやってきた。大きな車体を軋ませ、ブザーと共にドアが鳴る。私は手近な席に座り、スマートフォンを眺めるふりをしながら、外の景色に目を滑らせた。






 魔法少女になってから、分かったことがいくつかある。そのうち一つが、わざわざ変身しなくとも、魔法は使えるということだ。



 新宿でグローパーと戦ったあの日――

 黒い双子の魔法少女と戦ったとき、無我夢中で作った、巨大なリボンの騎士を思い出しながら、私は試してみたのだ。私の魔法は、黄色いリボンを自由に作り出すこと。それを束ねて、編み上げて、動かすことができるのなら……



「変身」



 そう思って一週間くらい前、夜中にこっそりと家を抜け出し、人気のない学校の屋上にクウを呼び出してみた。ドレスのあちこちが解け、そこら中に絡み合った電源コードのようにリボンが巻き散らされている。



「いったい、何を始めるつもりなの、りっちゃん」

「やってみたいことがあるの」



 指をかざすと、ばら撒かれたリボンのうち一本がひらひら舞い上がり、バルーンアートの動画を見ているように折れ曲がり、ねじれ、絡み合って、次第に小さな人型に変わっていく。顔もなく、声もなく、私の前に直立したそいつに、



「ちょっと歩いてみて」



 それはてくてく歩き回り始め、数十秒ほどして立ち止まった。



「すごいわ、りっちゃん。まるで『使い魔』みたいね」

「使い魔、か」



 今度はリボンを束ねて、同じようなものを十体ほど作ってみた。それぞれ姿かたちはまったく同じで、兵隊のように整列し、同じように私を見ていた。



「歩いてみて」そういうとリボンの小人たちは狭い学校の屋上を行進し、ややあって立ち止まる。

 私が動かしているわけじゃない。

 この小人たちは、私が簡単に命令するだけで、勝手に動き、勝手に行動してくれる。けれど、あの時の巨大な騎士とは違って、この人形の兵隊たちは小さい。



「これを街じゅう、あちこちにばら撒けば……」私は半信半疑でつぶやいた。「魔法少女じゃなくても、力の弱いグローパーを倒すことができるかもしれない。それって、とても便利じゃないかな?」

「この小さな兵隊たち、戦えるかしら?」

「どうだろう。あの時の騎士は戦えたけど……」

「確かに、魔法少女の数に対して、グローパーの数は増えるばかりだわ。戦える数が増えれば、それは凄い力になるかもしれないけれど」



 その時だった。ずん、と地面がわずかに揺れた。その音は私たちのすぐ近くから聴こえてきた。

 私もクウも、何も言わずに屋上の手すりにつかまって、誰もいない深夜の校庭を見下ろした。そこからは、薄暗い月明りに照らされた真っ黒な塊が見えた。巨大な上半身と、木の幹のように太い両腕を地面について、ゴリラのように四つん這いでのそのそ歩きまわっている。さっきの地響きはこれだったのだ。あいつが地面に腕を突くたび、校舎が少しだけ震える。



 こちらに気付いた様子はない。わずかに覗く横顔に光る眼は、赤く光り輝いていた。



 心臓がドキッとした。まるでエイリアン映画のワンシーンみたいだった。



「グローパー……大きい」

「でも、まだ生まれたばかりのグローパーよ」クウが冷静に呟いた。「魔力が弱い。身体は大きいけれど、まだ自分の力を制御できていないみたいね。だからああやって、のそのそ歩きまわっているのよ」



 私は背後を振り返った。そこにはさっき作った十体のリボンの人形が、何もせず私を見上げていた。



「それなら、ちょっと、試してみようかな」背中が震えるけれど、私はパラソルを振りかざして人形たちに命令した。「あいつをやっつけろ!」



 人形たちはすぐに動いた。とてとて可愛らしい仕草で屋上から次々に飛び降りると、小さな体でグローパーへ向かっていく。

 そいつはすぐに、人形たちに気が付いたようだった。両腕を振り上げ、低く唸るような雄叫びを上げる。声は大きくないけれど、足元だけじゃなくて身体そのものが震えた。



「ほんとうに大丈夫かしら?」

「もしだめだったら、私が戦うよ」



 足元に力を籠め、いつでも飛び出していけるように、気持ちだけは整えておく。

 グローパーの大ぶりな拳が、一体の人形を叩きつぶした。その振動で足元から突き上げられるような衝撃を感じる。私はだんだん不安になってきた。やっぱり駄目だったのだろうか?



 しかし、様子がおかしいことにすぐに気が付いた。

 グローパーが起き上がらない。まるで拳が地面に吸い付けられているように、その体制のまま起き上がろうとしない。よく見ると、そいつの拳にはボクサーのバンデージのように、黄色いリボンが絡まって、地面に縫い付けられている。



「あれは――」

「りっちゃん、見て」クウの言葉からはあっという間だった。グローパーの腕、脚、首、胴体、頭――次々に黄色いリボンに巻き付かれ、身動きが取れなくなっていく。やがてバランスを崩して、地響きと共に身体をグラウンドに倒れさせた。



「すごい。あっという間に……」

「りっちゃん、とどめを刺しましょう」



 頷いて、屋上の縁を蹴る。同時にパラソルを広げ、ふわふわと夜風に乗ってグラウンドへ着地した。当たり前だけど、周囲に人の気配はない。グローパーは力なく横たわり、こちらを真っ赤な目で見上げている。あのリボンの小人たちは、もうどこにもいなかった。

 パラソルを畳んで、リボンを螺旋状に巻き付けた槍を振り上げ、その切先でグローパーを真っ二つに切り裂く。粉々に砕け散ったその後には、中身がたっぷり詰まった黒いライターと、あちこちに巻き付いていた黄色いリボンが残された。



 ライターを拾い上げると、リボンは私の意志とは無関係に勝手に舞い上がり、元の形に編み上げられた。あっという間にそこには、元の小人が十体、綺麗に並んでいた。



「すごいわ、りっちゃん。グローパーと戦う力を持った使い魔を造り出せるなんて!」

「でも、グローパーを縛り付けるのが精一杯みたいだね」小人たちは何も言わない。「実際に、グローパーをやっつけるのは、魔法少女の役目ってことは変わらないみたい」

「それでも、グローパーの動きを止めることができるのなら、街の人を守ることはできるわ」



 ライターの中身を見て驚いた。そんなに力を使っていないはずなのに、中身がいつもの倍以上も減っていたのだ。



「りっちゃんの魔力から生まれた使い魔だから、りっちゃんの魔力を消費して維持されているみたいね」

「それじゃあ、クウたちは?」

「わたしたちも一緒よ。東さんの魔力を分けてもらいながら、こうして生きているの」



 黒いライターの中身を移し替え、中身を満タンにしてから私は小人たちを見た。

 魔法少女の数は限られている。一方でグローパーの数は増える一方だ。おまけに、私たちと敵対する魔法少女までいる。この街のことは、全くよく分からない。



「あなた達」私はリボンの小人にひとつ、命令を出した。「街じゅうに散らばって、魔法少女やグローパーのことを調べておいで。もしもグローパーが現れたら、すぐにさっきのように動きを封じて、魔法少女が倒すまで時間を稼ぎなさい」



 小人たちは蜘蛛の子を散らすように、あちこちへ駆けて行った。



「便利な力だなあ、魔法少女って」

「ここまでできる魔法少女なんて、見たことがないわ。りっちゃん、あなたには才能があるのよ、きっと」

「才能?」

「普通の魔法少女は、使い魔を造れたりしないもの。それは、東さんのようにとてつもない力を持った『魔女』のような存在でないと、なかなかできないことよ。それくらい『使い魔』を操るのは、高度な技術と、尋常でない魔力が必要なの。加えて、それを自分の魔力から作り出すとなると、更に大きな負担と、繊細なコントロールが必要になる」



 クウの説明は難しくて、よく分からなかったけれど、とにかく私はとんでもないことをしてしまったようだ。手のひらにリボンを一本、何気なく生み出してみる。

 たった一本のリボン。白いフリルが可愛らしいけれど、それでもただのリボンだ。けれど、不思議な光を放っているように私には見えた。



「あげる」私はそれを小さくまとめて、クウの頭にカチューシャのように巻きつけた。後頭部でそっと結び付ける。「良く似合ってるよ。かわいい」

「これは?」

「私のリボンは、私の魔力から生まれたものなんでしょう? それが使い魔になって、グローパーと戦えるんだとしたら……気のせいかもしれないけど、お守り代わりにね。嫌だったら取ってもいいから」

「いいえ、嬉しいわ。それに、なんだか……」クウはふわふわと、落ち着かなく周囲を飛び回っている。「不思議な感じ。力が沸き上がってくるみたい」



 私はクウを肩にのせてグラウンドを駆け抜け、野球のフェンスに足を引っかけて夜空にとびだした。



 私の力が、私ひとりの力じゃなくなった。

 街じゅうにあのリボンの小人たちをばらまけば、私の目の届かない場所でも、グローパーたちを封じ込めることができるかもしれない。それが私の力なら、使わずにはいられない。



 身体はどっと疲れているけれど、私は不思議といい気分だった。






「りっちゃん、ところで今日は、どこへ行くのかしら?」



 クウが無邪気に尋ねる。頭のリボンを気に入ってくれたようで、私も少しうれしかった。私はメモ帳機能を呼び出して、画面に文字を打ち込んでいく。



『友だちのところ』

「お買い物?」

『バスケットボールっていう、スポーツの試合を見に行くの。約束だから』

「ふふ。りっちゃんの好きなあの人のことね」

『からかわないで』



 クウは悪戯っぽく、バスのなかをふわふわ飛び回る。

 クウは他の人間には見えない。クウを見ることができるのは、私や明日架さん、香苗さんのように――魔力の素質を持った人間だけのようだ。バスの中はクーラーが効いていて、とても涼しい。次のバス停に入ったあたりで、クウは私の鞄の中へ身を隠した。



 私はスマートフォンをいじるふりをしながら、駿介のことを思い出した。

 魔法少女になってからは、あまり面と向かって会話をしていない。

 今日も、試合の応援に行くことは、駿介には伝えていない。わざわざ連絡すると、変に意識しているみたいで嫌だったし、駿介に余計なことを言って邪魔したくもなかった。私が魔法少女になって、グローパーという怪物と戦っているなんてことは、もちろん内緒だ。駿介もクラスのみんなと同じように、私が隣町でアルバイトをしているという嘘を信じ切っている。



 バスが停まり、何人かの客が乗り込んでくる。私は終点の駅前までは行かず、その少し前のバス停で降りて、そこから二十分ほど歩く予定だ。まだまだ降りる時間じゃない。鞄からイヤホンを取り出し、動画サイトで暇つぶしになりそうな、適当なゲームの実況動画を見ながら、私は硬い椅子に背中を預けた。

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