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L-cone  作者: 王生らてぃ
第一章
32/93

新宿騒乱-2

   【Blue】




 そいつは唐突に現れた。突然私に飛びかかってきて、私の首を目がけて鋭い蹴りを繰り出した。けれど、私はそれを予期できていた。

 街じゅうどころじゃない、東京じゅうに広がった私の声は魔力に乗って、巨大な同心円のように響く。あちこちに感じる、巨大な魔力の反応。

 そのうち一つが、私のすぐ後ろにいたのだ。だから咄嗟に防御できた。



「さすが、噂には聞いていましたよ。中井明日架さん」



 それは全身真っ黒に染めあげられた――魔法少女だった。

 左右非対称のセーラー服。肩から生えた煙突のような翼、左半身をびっしりと覆うエンジンのような機械。その機構は、ところどころが赤く染まっている。



「だれ」



 と、聞いてから後悔した。愚問だった。



「愚問ですね、中井明日架さん。わたしはあなたをここで殺さないといけないんです、わざわざ名乗る必要はありませんわ」



 言うまでもない。銃を片手で構えて引き金を引く。光る弾丸は放たれた一瞬あとに着弾する――激しい爆発音。

 少女の足の裏が見えた。

 青白い煙が立ち上っている。



「ふむ」と、左足の膝を回しながら、「やはり、なかなかの威力です。なかなかの威力ですが、やや消耗が激しいようですね――」



 言うや否や、少女の左足がビルの屋上を蹴った。

 そのまま飛びかかってくる。鋭い蹴りがこめかみのあたりを狙う。銃を前に倒すように回転させ、そいつの脳天にストックを叩きこんだ。地面にめり込んだところに銃口を向け、後頭部目がけて引き金を引く。

 二回、三回、四回――

 面と向かって殺すとまで言われているのだ、容赦する義理もない。



 傷ついた身体はみるみる再生していくが、彼女はもう、立ち上がるのもやっとと言った体で、私を見た。胸と腹に大きな穴が開いている。塞がりそうになりながらも、なかなか進行していかない。



「ふん、やっぱり『粗悪品』じゃ、そこまでの能力は期待できないみたいね」

「この……!」



 そこで声は途切れた。

 私のはなった弾丸が顔面を捉え、首から上を吹き飛ばした。



「グローパーに比べれば、何てことない――脆い身体」



 膝から崩れ落ちる。

 続けて引き金を引く。心臓に大きな穴が開いて、上半身がつんのめるように背中から倒れ込んだ。そのまま吹き飛び、ビルの屋上から落ちて消えていく。



「ふん」



 背後から猛烈な衝撃が襲って来た。音も、光も、振動もない――魔法少女だから知覚できる、特別な感覚。

 振り返るとそこに光の柱が立っていた。

 向かいのビルの屋上からそびえ立つ、緑色に燃え盛る光の柱――雲まで届いたそれは、蛇のように体をうねらせ、屋上に頭から突き刺さった。炎があちらこちらにまき散らされる。

 その炎の中から私のほうに向かってくるのは、黒いローブに包まれた女性だった。香苗さんは私の目の前に着地すると、斜めになった帽子のつばを片手で食い、と直しながら、私に微笑んだ。



「あらかた、片付いたみたいね。流石は明日架」

「派手にやりすぎ」ふふ、と笑顔を隠そうとしない。「あなたがあんなことをしたら、周りにどんな被害が出るか分からない! どうして分かってくれないの」

「それが魔法少女の務めだからよ」

「そんなのは間違ってる。誰かを救うために、他の何かを破壊して、犠牲にしようとするなんて……今までそれでどれだけのものを壊してきたの、香苗さん、あなたは」



 香苗さんの目尻に、ちらっと火花が散ったような気がした。

 ぞっとした。

 彼女の表情は、変わらない笑顔のままだ。まるで私よりずっと年下のような……そんな気さえする。



「生きていてはいけないのよ。ああいうものは」

「ひどい言い草」声は真下から聞こえてきた。私と香苗さんが振り返る――そこには両腕を黒い翼にした少女が、猛禽類のように鋭く私を睨みつけながら、「私はともかく、みらいをこんな目に遭わせるなんて。許せない、魔法少女じゃなかったら死んでた」



 ビルの屋上にとん、と足をつけると、その翼はたちまち人間の腕に姿を変えた。

 背中からどさっと落ちたのは――さっき私が頭を吹っ飛ばした、あの少女だ。傷はすっかり再生し、目がぎょろぎょろ光っている。彼女は何ともなかったかのように立ち上がると私を見て、にっこり、首をかしげて、歯をむき出しにして笑った。



 ふたりは服装や髪形は違えども、ほとんど同じ顔立ちをしていた。

 血に濡れているかのように、その瞳は真っ赤に染まっている。その目に、私たちは嫌というほど見覚えがあった。



「死ぬところでしたわ。なんてひどい方なのかしら。ねえみなとちゃん」

「関係ない。どっちも死ね」



 黒い手袋のほうが動いた。両腕を鋭い三日月型の刃に変えて襲い掛かってくる。

 私が銃を構えるのと、香苗さんがランプを掲げるのはほぼ同時。引き金を引く。光の弾丸を腕の刃で叩き落した黒い少女は、すぐさま緑色の炎に包まれる。視界が緑色どころか、まばゆい白に染め上げられた――何も見えない。

 ごとん、と音がして足がもつれる。



「香苗さん! 建物がもたない、このままじゃ――」

「ふふ」



 香苗さんは宙高く飛び上がったかと思うと、再びランプを構えた。

 その身体が光る。

 ――すぐに跳んだ。どこに行ってもいい、とにかくあの場から離れなければ!



 中央線のガード下のような、とてつもない騒音。なにか、巨大な塊が空を切る音にも似ていた。

 目の前に竜がいた。

 巨大な翼と強靭な四肢、鋭い牙、黒く光る眼――身体に、緑色に燃え盛る炎の鱗を、びっしりと纏って。耳を塞ぎたくなる気分だった。私の魔力に干渉して、ハウリングを起こしている――

 そいつは、ビルの屋上に向けて大きく顎を開き、そのまま食らいついた。



 破壊音。

 地響き。

 猛烈な爆風と衝撃が私の身体を叩いた。そのまま吹きとばされ、どこか知らないビルの屋上に叩きつけられる。



 あの方角を見た。

 そこに在ったはずの、背の高いビルが跡形もなく消え去っている。




   ○



   【Yellow】




 唐突だった。私の目の前に、ふたつの人間が落ちてきた。

 正確には、吹き飛んできた。すぐ向こう側の区画で、ビルが崩壊するかのような轟音と地響きが鳴ったかと思うと、次の瞬間、その方向から隕石のような勢いで吹き飛んできた人間のような形をしたものが、ふたつ。それらは『駐車禁止』の標識のすぐ真下で止まっているワゴン車に激突して、派手な音と共に窓ガラスをまき散らした。



「な、なに?」

「気を付けてりっちゃん、あれは――」クウがいつになく、警戒心をあらわにした表情でそれを睨みつけていた。「魔法少女……のようだけど、なにかおかしいわ。まるでグローパーみたいな……」

「どういうこと?」

「混じっている、みたい。気を付けて、これまでとは事情が違う」



 バゴォン!

 すさまじい音と共に、ワゴン車が蹴り飛ばされた。



「痛ってえな! この野郎!」そこにいたのはやはりふたりの女の子だった。真っ黒な衣装を着て、真っ赤な目をしていた。「畜生、あの女! ぶっ殺してやる!」

「だめよみなとちゃん、そんな乱暴な言葉を使っては」

「ああ?」

「冷静に。こういう時こそ、落ち着いて対処しなくちゃいけないの。『ライター』はまだある。だから――」

「うっぜえな、死ね」



 不意に、その女の子の腕が巨大な鎌のような形に膨れ上がった。もう一人の女の子に向かってそれを振り下ろす。そのもう一人は、左足でそれを受け止めると、そのまま膝のバネを使って相手を蹴り飛ばした。ビルの壁にめり込み、土煙がもうもうとあがる。

 私を見た。

 にっこり、細められた目は真っ赤だった。どこかで見たことのあるその色――背筋が凍る思いだった。



「こんにちは、黄色の魔法少女さん。はじめまして」左右非対称なセーラー服のスカートの裾をつまみ上げて、「いま立て込んでいるんですの。あなたもわたしたちのことを邪魔するというのなら、殺します。今とっても余裕がないんです」



 殺します。

 そんなことを面と向かって言われたのは、もちろん初めてで……彼女は左足に絡みついた機械の装甲を踏みしめて、モーターのような駆動音を鳴らしている。凍り付いたような身体を無理矢理動かすようにして、ゆっくりとパラソルを握る手に力を込める。

 骨と筋肉が軋む。

 少女がひと飛びに駆けた。轟音とともに左足を振り上げて、鋭い蹴りが飛んでくる。身体が跳ねるように持ち上がり、それを受け止める。



「ぐっ……!」



 意識を強く持つんだ。

 勢いのまま吹きとばされた先にリボンを束ね、クッションのようにして衝撃を殺した。

 パラソルを振り上げる。少女の左足にリボンが絡みつき、飛び跳ねようとした彼女を転ばせる。アスファルトのあちら、こちらから生えたリボンが、首を、目を、口を、腕を、脚を――地面に縫い付けるようにしてがっちり拘束した。



「ずいぶん魔法が上達してきたわね、りっちゃん!」

「これだけやってれば、嫌でもね……!」



 しかし、相手は獣のようなグローパーではない。

 黒い魔法少女はぽかんとした表情を浮かべたあと、大きく息を吸い込んで、



「ふん!」



 と、強く身体に力を込めた。

 煤と黒煙を吐き出しながら、凄まじい爆発が起きた。



「ごほっ、ごほ……!」



 臭くて煙たい。

 目に熱い煤の粉のようなものが入って、視界がくらむ。涙を拭ったとき目の前に見えたのは、拘束を振りほどいて服をぱたぱた叩く少女だった。



「ふう、厄介ですね。可愛らしい魔法ですが、思ったよりも――」



 その時だった。

 彼女の身体がぱっと光ったと思った次の瞬間、彼女は一瞬で黒いワンピースに身をやつした、線の細い女の子に姿を変えた。

 その手から落ちる、空っぽのライター。

 地面に落ちてかしゃんと砕け散り、影も形も残らない。



「あらあら。もう魔力切れですか」



 呆気に取られていたせいで、少しだけ動くのが遅れてしまった。

 ふたたび拘束しようとリボンを出現させたとき、横からさっと黒い影が現れて、リボンを次から次へと切り裂いてしまう。それは、さっきワゴン車を蹴り飛ばし、もう一人に蹴っ飛ばされてビルの壁面に激突した、もうひとりの黒い魔法少女だった。

 その黒い腕は三日月型に大きく湾曲して、カマキリのようなシルエットをしている。目は赤く輝いている。



 ふたりは、まるで双子のようにそっくりな顔立ちをしていて、そろって私を睨みつけていた。



「はい、みらい」横から現れたほうの手が、刃から黒い手袋ににゅっと戻ると、懐から何かを取り出し、もう一人に手渡した。中に黒い液体の詰まっているライターだ。「だれ、こいつ。見たことないね」

「なかなか可愛らしいでしょ、みなとちゃん。どうやら私たちの敵みたいです」彼女はその黒いライターを受け取ると、ためらいなくスイッチを押し込んで点火した。

「変身」



 そのライターから真っ黒な液体が吹き出すように彼女の体を覆うと――すぐにほどけて、また、さっきの姿に戻っている。



「助かったわみなとちゃん。このライターで戦うのにも、もう無理が出てきたわね」

「『純正品』ならすぐそこにある」



 と、私を指さした。



「でも一個じゃ足りないでしょう?」

「ふたりで使い回せばいい。それで、あとから別の魔法少女からもう一個奪い取ろう」

「それはいい考えね。じゃあ、先にあの子を殺した方が、あの『黄色』を取ることにしましょうか」

「いい考えだね」



 何を言っているのかちっとも理解できなかった。

 異次元に迷い込んだのかと思った。

 私は今――何を目の当たりにしているのだろう?



「りっちゃん!」



 というクウの声で我に返った。見ると、巨大な鎌が私の首元目がけて、振り下ろされているところだった。身を伏せて躱したところに、



「隙ありっ、ですわ!」



 鋭くて重くて熱い蹴りが飛んできた。

 つま先が腹部に突き刺さる。爆発音とともに身体が後方へ吹っ飛んだ。同時に飛びそうになる意識を必死におさえて――どん、っとビルか何かの壁にぶつかって、肺の空気がぜんぶ抜ける。

 ひーっという音が喉の奥から鳴った。

 ぼやける視界で、こちらに飛びかかってくる黒い影を捉えた。あの黒い手袋の少女だ――三日月型の両手を交差させて、私の首を狙っている。



 意識を必死に振り絞った。

 パラソルをなんとか構えて刃を受け止める。真っ赤に光る眼がやたらと脳に焼き付く。腹部がだんだん冷たくなっていくように感じる……意識が遠のいていく。



「だめだ……!」



 大きく振り払って距離を取る。

 背後から、もう一人の方が左足を振り上げて飛びかかってくる。パラソルに魔力を集中させて、リボンを巻きつけ槍に変える。



「だめだ、私が戦わなくちゃ……戦わなくちゃ……!」



 鋭い蹴りを槍で払い、立ち上がる。

 くらっと視界が揺らぐ。

 腹部の傷がなかなか塞がらない。パラソルの根元に埋め込まれたライターのオイルは、もう残り少ない。



「でも、やらなきゃ」



 ふたりの黒い少女が、並び立つ。



「やらなきゃ……やらなきゃ……!」



 槍を振り上げ、横に払う。

 残った魔力をすべて使い切るつもりで――身体じゅうのリボンが全てほどけて、少女たちに襲いかかった。

 それぞれが飛んで、躱す。

 リボンは彼女たちを追いかけながら、次第に一か所に集まって、束ねられ、編み上げられ、絡み合い――



「な――」



 と、声をあげたのは誰だろう。

 手袋のほうか、もうひとりのほうか。

 それともクウか。

 ひょっとして私かも知れない。腰が抜けそうになるのを、必死にこらえて、ふたりの少女をじっと見据えた。



 そこには、リボンの騎士がいた。

 ぬいぐるみのように、ひとつひとつ、リボンを結んで造られた、三メートル以上ある巨人の騎士が。

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