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L-cone  作者: 王生らてぃ
第一章
31/93

新宿騒乱-1

   【Yellow】




「ごめん、ちょっと!」

「は?」

「急に呼び出されちゃった! バイト先の人! 先に帰ってて! また埋め合わせするから」

「お、おい!」

 と、うろたえる駿介を尻目に私は駆け出していた。



『新宿の中心街。歌舞伎町近く。グローパー大群』



 という、短いメッセージ。送り主は香苗さんだった。私はとにかく、ひと目につかない場所を探して駆け出していた。



『すぐいきます』



 短く返信する。

 学校の通りを抜け、商店街をくぐり、その脇へ――ここ最近歩き回ったおかげで、裏通り、人気のない所なら熟知している。しばらく行くと公園が見えてくる。大きな木がたくさん立っている、その一本――春はあんなにきれいな花を実らせていた桜の木の下。

 ここに入れば、ちょうど正面以外の場所からは完全に死角になる。

 そこには私が望んでいた通りの待ち人がいた。人ではないけれど……



「ここに来ると思ったわ、りっちゃん!」

「どうなってるの? こんな昼間から、グローパーが……しかも新宿って!」

「わたしにも分からないの。どうしてこんなことになっているのか……いま、この街じゅうの魔法少女がそこに集まっているらしいわ。でも、とても足りないって」

「変身」



 息を潜めながら、静かにライターのスイッチを押す。もどかしくてすぐに飛びだして、電柱を蹴った。



「新宿駅は……確かあっちだ」

「急ぎましょう。みんなもう戦っているはず……!」



 言われるまでもない。

 せっかくの夏休み初日だったのに――なんて愚痴っている暇もない。そんな余裕がない。家の屋根を蹴って、山手線の線路の上を追い越し、更に駆ける。

 パラソルを握りなおして、しっかりビルの屋上を蹴る。

 だんだん、私の耳にも聞こえてきた。悲鳴、咆哮、破壊音。



「あそこ!」



 ビルの屋上が不自然に真っ赤に染まっている。一瞬、あの清涼飲料水の看板かな――と、思うくらいに鮮やかな。その中心にぽっつりと佇む、黒い人間のような影。

 思わずリボンをほどいた。それを電信柱に括りつけ、ハンモックのように袋状に編む。そこに持たれて、口に手をおさえて必死に吐き気に堪えた。ここまで臭気が漂ってくる様だ。一度見てしまったそれは、目を閉じるたびにフラッシュバックして、こびりついて離れない。



「ひどい……!」

「……、へたれてる場合じゃないわ。犠牲者が増える前に、あのグローパーをやっつけるのよ」

「ごめん……あと少しだけ……」



 深呼吸をする。じりじりと照り付ける日差しが、私の胃の中を熱して、ひっくり返そうと躍起になる。

 頬を叩いた。

 悲鳴が聞こえる。そうだ――私は、こういうもののために魔法少女になったんじゃ、なかったのか。



「行くよ、クウ」

「りっちゃん……!」



 私は駆け出した。

 ハンモック代わりにしていたリボンをパラソルに巻き付け、らせん状の槍に変えて。ビルを蹴り、壁を蹴り、駆け出す。



「やああああああああ!」



 グローパーが振り返った矢先に、脳天にその切先を突っ込んだ。



「ううううううう……あああああああああ!」



 もっと奥に突っ込む。頭蓋に亀裂が入り、くぐもった叫びが私の身体を振動させた。もっと、もっと……このまま心臓を貫く勢いで!

 無我夢中だった。周囲に漂う、異様な臭気。

 気にしない。

 気にしない、気にしない、気にしない!



「早く……死んでええええ」



 お腹に何かが突き刺さった。

 見ない。熱い。痛い。でも真ん中の辺りだけ異様に冷たい……気にしない!



 そのうち、がくっと私の身体が落ちた。

 グローパーの身体が真っ二つに裂けて、黒い液体が流れ出す。私のお腹に突き刺さっていた腕も、ひび割れた頭も――風と一緒に塵になって、消えていった。

 あとに残されたのは、黒いライターだけ。

 膝から力が抜けて、へたり込みそうになるのを、パラソルを杖代わりにして堪える。



「だめだ……こんな程度で崩れちゃだめだ」

「りっちゃん……」



 お腹の傷が、ビデオの逆再生のようにふさがって元通りになっていく。

 黒いライターを拾い上げ、中身を自分のそれに移し替えた。まだ、ざわざわとした騒ぎが聞こえる。私のいるビルの、すぐ真下のほう。



「行くよ」

「りっちゃん、無理はしないで、戦うためには……」

「いいの、やらなきゃ、魔法少女だから戦わなきゃ。戦えない人たちの代わりに、みんなを守らなきゃ」



 飛び降りる。

 パラソルを広げて、おとぎ話のようにふわふわとゆっくり降下していく。

 そこで私を見上げたのは、さっきと似たような赤い目をした、金属質の怪物。




   ○



   【Blue】




 出会い頭に、覗きこんできたグローパーの頭を撃ち抜く。

 魔力にはまだ余裕がある。足元に伝わってくる波――グローパーの数はまだまだ減る気配がない。



「この街の、どこにこれだけの数が……!」



 おかしい。

 これまでグローパーは突発的に現れるばかりだった。それを、私たちが見つけて倒す。その繰り返し。これだけの数が一挙に、それもこの場所にまとめて現れるなんて――

 いや、そんなはずはない。



「ここだけに現れるわけがない……!」



 まずい。この新宿以外に、別の場所でもし、同じようにグローパーが大量に出現し、暴れ回っているとしたら? いま、この場所には私と千夏、香苗さんがいる。リサも向かってきている。

 自由に動けるのは――

 翼しかいない。あの赤くて小さい、魔法少女だけだ。



 グローパーの雄叫びで我に返る。すぐ目の前に迫ってきていたそいつを、やみくもに引いた引鉄が粉砕した。

 振り返る。

 千夏の周囲は、真っ黒に染まっていた。グローパーから漏れ出した魔力が形になったもの。彼女以外に、動くものはない。辺りに漂う異臭は、たぶん――



 彼女は立ち尽くしていた。

 目を閉じている。

 微笑んでいる。

 まるで、懐かしい故郷の土でも踏んだみたいに。



「千夏」彼女は目を開いただけで、こっちを見ようとしない。「私は行く。ここは任せる」



 彼女は答えなかったけれど、私は跳んだ。

 身体がびりっと震える。ビルを超え、壁を蹴って、四方を壁に囲まれた立体駐車場のてっぺんへ。

 マイクを突き立て、息を大きく吸い込んだ。

 街じゅうのノイズにも負けない。この広さにも騒音にも負けない。

 今までで一番大きな声を出すつもりで――!



「AAAAAAAAAhhhhhhhhhhhh――――――――!」




   ○



   【White】





 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音声が、背骨を叩いた。

 遥か高く、はるか遠くからそれは聞こえてくる。

 どこかで聞いたようなその声……

 そうだ、この叫び声は。いつも電車の中で、ヘッドホン越しに聞いている声……?



「まさか、ね」



 周囲の建物がびりびり震える。

 あちこちに落とされた黒い液体が、磁力を帯びたようにうねり、波打った。それは突然震えだしたかと思うと、ばちっと感電したような音を立てて弾け跳び、消える。

 明日架の声に震えるのは、私や建物だけじゃない。私の影もそうだった。大きく揺らめき、小刻みに震え、青い電気のような光がばちばち閃いた。



「ッ!」



 頭の中に一瞬、強い衝撃が走った。脳と頭蓋骨の隙間に、なにか金属の棒を突っ込まれたような――



「       」

「――、……、…………?」

「                   」

「        」

「 」

「     」

「――――」

「……は……べつな……」

「……くらな……あぶ……せきに……」

「かんけ……」

「きみは……なつ……」



 ぶつっと、ヘッドホンのプラグを引き抜くみたいに唐突に切れた。



「今のは……」



 ――しんと静かになった。耳がおかしくなったのかと思った。

 影は元通りになっている。

 周囲に、何の気配も感じない。かえって不気味な、この感じ。



 私は軽く壁を蹴って、ビルの屋上に飛び乗った。グローパーの姿はない。あれだけ聞こえていた悲鳴や騒音は、嘘だったように消えてしまっている。

 どこに行ってしまったんだろう。

 壁を下り、もとの地下駐車場へ。鞄はちゃんと、そのままの状態でそこにあった。変身を解き、スマートフォンで時間を確認する。十三時五十分――急いでいけば、映画館での待ち合わせには間に合いそうだ。



 大和からメッセージの返信が届いている。



『了解! 迷ったら連絡してね!』



 急がなくちゃ。

 私は鞄を手に駐車場を出て、静かになった街へ出た。野次馬はすっかり消えて失せたと思っていたのに、ちょっと大通りに出ればもう、いつも通りの都会が広がっている。

 不思議だった。



「でも、映画が中止にならなそうでよかった」



 私は駆け出した。

 人混みは少し薄くなっていて、小走りくらいがちょうどいい。

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