鷺宮千夏 / 中井明日架の夏休み-3
【Blue】
その騒ぎに気が付くまで、時間はかからなかった。明らかに大通りの方が異常だった。人間の悲鳴、サイレンの音、そして――大地を直接揺さぶるような轟音。
「グローパー……!」
こんな昼間に、こんな街中で出るなんて。私はギターケースを抱えたまま、出来るだけ速く走った。通行人の歩みは無秩序で、不規則で、邪魔ったらしくて舌打ちがこぼれる。
ふと、視界を光る点が横切った。
「こっちこっち!」
そのクウの言うことに従って、私は方向を変えた。大通りを逸れて狭い交差点へ入っていく。通行人には二種類いる――騒ぎから離れていく人と、そこに留まる人だ。どっちにしても邪魔くさい。
裏通りの、誰も使っていないコインロッカーの間に身を潜める。私を案内してくれたクウが、目の前に降りてきた。そいつは少し髪の毛が緑色で、スカートを履いている。
「すぐに分かったよ。君、魔法少女だよね」
「見ない顔。新入り?」私はポケットからライターを取りだしながら、「こんな白昼堂々と出てくるなんて。覚悟はしてたけど、周りを巻き込まないように注意しないと」
周囲に人の視線はない。
私は注意深くライターのスイッチを押した。
「変身」
ギターケースの見張りをクウに任せ、壁を駆けのぼる。
マイクを立てて、周囲の魔力の震えを感知――しようとして、脳が思い切り叩かれるような感覚によろめいた。
「人が多すぎる……!」
魔法少女やグローパーでなくても、あらゆる生物は微弱な魔力を持っている。
距離が離れていたり、数が少なかったりすれば問題はない。だが、今日は多くの学校が終業式を迎えた真夏の昼間だ。おまけに中心街からそんなに離れていない――あまりにも多くの雑音がハウリングを起こしている。
目測するしかない。
注意深くビルの屋上を移動し、騒ぎのほうへ目を向ける。それはすぐに見つかった。図体は大きいけれど、それほど強くないグローパーが一体。マイクを銃に変形させると、その場に寝そべって照準器を覗き込む――気分は刑事ドラマのスナイパーだ。
「あれは……」
見える。
グローパーはやみくもに暴れ回っているわけではない。何かを叩き潰そうと、躍起になっている。それは、まるでクウのように白くちらちら光る点。
鷺宮千夏。あの白い魔法少女だった。
唐突に、目の前の背の低いビルの屋上から、黒い影が吹きあがった。それは一瞬で、腕の異常に長い人型を取る。
もう一体のグローパーだ。
「くそ!」
瞬時に引き金を引くと、そいつの頭が吹き飛んだ。だが、それで大人しくなることもなく、こちらに飛びかかってくる。
私は体を起こして銃を折り畳む。グローパーは両腕で屋上の縁に捕まり、重い音を立ててよじ登ってくる。金属質の皮膚の下――首を落とされたその断面から、脈動する黒い心臓が見えた。
「おい!」
という声は背後から聞こえた。
屋上の扉が開き、紺色のスーツを着たサラリーマンがそこに立っている。彼は威勢のいい声と共に私を見て、怪物を見て――固まった。
「逃げて!」
私が駆け出そうとした時はもう遅かった。グローパーが長い腕を伸ばし、そのサラリーマンを掴む。ぼ、ぼ、ぶ、というような音は、その衝撃で骨が折れる音だ。
失われた首の断面に、その男を放り込む。
くぐもった悲鳴が聞こえる。
グローパーの身体が光り、壊れたパズルを寄せ集めるように、元あったはずの首が再生した。――最悪だ。
銃を逆に持ち、ストックの部分でグローパーの脇腹を叩く。ガラスの砕けるような音。身体が上半身と下半身で真っ二つに分かれる。再び銃を広げ、撃鉄を起こす。上半身の心臓部に埋め込まれたライターに銃口を当てる。
衝撃音。
黒いライターは粉々に砕け散り、その上半身は消えた。
まずい。
「もしかして――」
思っているよりずっと、厄介なことになっているかもしれない。
がちゃり。
足音に振り返った。
グローパーの下半身が、私に飛びかかってきた、その音だった。
「ォォォォォォォォォ!」
どこから出ているのか、改造車のマフラーのような雄叫びをあげる。
慌てて銃を向けようとしたとき、頭上から雷のように緑色の光が降り注いだ。グローパーの下半身はその冷たい炎に包まれ、あっという間に霧散していく。
「大変なことになったわね」少し遅れて屋上に降り立った香苗さんは私の顔を見て、「そこらじゅうでこんな有様よ。野次馬が邪魔で、思ったように動けないし」
「どうするの、香苗さん」
「どうするって言われても、思いつかないわ。しらみつぶしにしていくしか……」
私たちは屋上から下を覗き込んだ。
まだ、大きな騒ぎにはなっていない。しかし、悲鳴は確実に聞こえる。
「さっき、白い魔法少女が戦っているのを見たわ。あれは――味方?」
「……、いちおうね」
「明日架はそっちに行きなさい。あの子の周りにグローパーが集まっている」
あの子の周りに?
「この辺りは私に任せてちょうだい。いま、リサちゃんもこっちに向かっているらしいから、心配はいらない」
「香苗さんのことを心配なんて、してないよ」
「非道いわね」
その言葉を無視して私はビルの壁面を蹴った。
同時に両手に握りしめた銃のマイクで、音を集める。ノイズまみれでも、たった一つの音を探るくらいなら――
「あっちか」
私は千夏のいる方へ駆けだした。さっき見た場所から、だいぶ移動しているみたいだった。




