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L-cone  作者: 王生らてぃ
第一章
29/93

鷺宮千夏 / 中井明日架の夏休み-3

   【Blue】




 その騒ぎに気が付くまで、時間はかからなかった。明らかに大通りの方が異常だった。人間の悲鳴、サイレンの音、そして――大地を直接揺さぶるような轟音。



「グローパー……!」



 こんな昼間に、こんな街中で出るなんて。私はギターケースを抱えたまま、出来るだけ速く走った。通行人の歩みは無秩序で、不規則で、邪魔ったらしくて舌打ちがこぼれる。

 ふと、視界を光る点が横切った。



「こっちこっち!」



 そのクウの言うことに従って、私は方向を変えた。大通りを逸れて狭い交差点へ入っていく。通行人には二種類いる――騒ぎから離れていく人と、そこに留まる人だ。どっちにしても邪魔くさい。

 裏通りの、誰も使っていないコインロッカーの間に身を潜める。私を案内してくれたクウが、目の前に降りてきた。そいつは少し髪の毛が緑色で、スカートを履いている。



「すぐに分かったよ。君、魔法少女だよね」

「見ない顔。新入り?」私はポケットからライターを取りだしながら、「こんな白昼堂々と出てくるなんて。覚悟はしてたけど、周りを巻き込まないように注意しないと」



 周囲に人の視線はない。

 私は注意深くライターのスイッチを押した。



「変身」






 ギターケースの見張りをクウに任せ、壁を駆けのぼる。

 マイクを立てて、周囲の魔力の震えを感知――しようとして、脳が思い切り叩かれるような感覚によろめいた。



「人が多すぎる……!」



 魔法少女やグローパーでなくても、あらゆる生物は微弱な魔力を持っている。

 距離が離れていたり、数が少なかったりすれば問題はない。だが、今日は多くの学校が終業式を迎えた真夏の昼間だ。おまけに中心街からそんなに離れていない――あまりにも多くの雑音がハウリングを起こしている。

 目測するしかない。

 注意深くビルの屋上を移動し、騒ぎのほうへ目を向ける。それはすぐに見つかった。図体は大きいけれど、それほど強くないグローパーが一体。マイクを銃に変形させると、その場に寝そべって照準器を覗き込む――気分は刑事ドラマのスナイパーだ。



「あれは……」



 見える。

 グローパーはやみくもに暴れ回っているわけではない。何かを叩き潰そうと、躍起になっている。それは、まるでクウのように白くちらちら光る点。

 鷺宮千夏。あの白い魔法少女だった。



 唐突に、目の前の背の低いビルの屋上から、黒い影が吹きあがった。それは一瞬で、腕の異常に長い人型を取る。

 もう一体のグローパーだ。



「くそ!」



 瞬時に引き金を引くと、そいつの頭が吹き飛んだ。だが、それで大人しくなることもなく、こちらに飛びかかってくる。

 私は体を起こして銃を折り畳む。グローパーは両腕で屋上の縁に捕まり、重い音を立ててよじ登ってくる。金属質の皮膚の下――首を落とされたその断面から、脈動する黒い心臓が見えた。



「おい!」



 という声は背後から聞こえた。

 屋上の扉が開き、紺色のスーツを着たサラリーマンがそこに立っている。彼は威勢のいい声と共に私を見て、怪物を見て――固まった。



「逃げて!」



 私が駆け出そうとした時はもう遅かった。グローパーが長い腕を伸ばし、そのサラリーマンを掴む。ぼ、ぼ、ぶ、というような音は、その衝撃で骨が折れる音だ。

 失われた首の断面に、その男を放り込む。

 くぐもった悲鳴が聞こえる。

 グローパーの身体が光り、壊れたパズルを寄せ集めるように、元あったはずの首が再生した。――最悪だ。

 銃を逆に持ち、ストックの部分でグローパーの脇腹を叩く。ガラスの砕けるような音。身体が上半身と下半身で真っ二つに分かれる。再び銃を広げ、撃鉄を起こす。上半身の心臓部に埋め込まれたライターに銃口を当てる。



 衝撃音。

 黒いライターは粉々に砕け散り、その上半身は消えた。

 まずい。



「もしかして――」



 思っているよりずっと、厄介なことになっているかもしれない。



 がちゃり。



 足音に振り返った。

 グローパーの下半身が、私に飛びかかってきた、その音だった。



「ォォォォォォォォォ!」



 どこから出ているのか、改造車のマフラーのような雄叫びをあげる。

 慌てて銃を向けようとしたとき、頭上から雷のように緑色の光が降り注いだ。グローパーの下半身はその冷たい炎に包まれ、あっという間に霧散していく。



「大変なことになったわね」少し遅れて屋上に降り立った香苗さんは私の顔を見て、「そこらじゅうでこんな有様よ。野次馬が邪魔で、思ったように動けないし」

「どうするの、香苗さん」

「どうするって言われても、思いつかないわ。しらみつぶしにしていくしか……」



 私たちは屋上から下を覗き込んだ。

 まだ、大きな騒ぎにはなっていない。しかし、悲鳴は確実に聞こえる。



「さっき、白い魔法少女が戦っているのを見たわ。あれは――味方?」

「……、いちおうね」

「明日架はそっちに行きなさい。あの子の周りにグローパーが集まっている」



 あの子の周りに?



「この辺りは私に任せてちょうだい。いま、リサちゃんもこっちに向かっているらしいから、心配はいらない」

「香苗さんのことを心配なんて、してないよ」

「非道いわね」



 その言葉を無視して私はビルの壁面を蹴った。

 同時に両手に握りしめた銃のマイクで、音を集める。ノイズまみれでも、たった一つの音を探るくらいなら――



「あっちか」



 私は千夏のいる方へ駆けだした。さっき見た場所から、だいぶ移動しているみたいだった。

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