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L-cone  作者: 王生らてぃ
第一章
28/93

鷺宮千夏 / 中井明日架の夏休み-2

   【White】




「なんか、たばこ臭い」



 喫茶店を出たあと、不意に鞄からあの青い煙の香りがすることに気が付いた。



「ああ、喫煙室が近かったもんね。そりゃあ匂いもつくか、嫌だった?」

「ううん、別に」

「うちは父親の方が吸うからさ、煙草」

「なんで?」

「さあ、なんでだろうね」



 ふと――

 商店街の花屋と八百屋に挟まれた、ひっそりと佇む煙草屋のおばあさんと目が合った。白髪を伸ばして後ろで束ね、赤いエプロンのよく似合う彼女は、目尻に深く皺を浮かべながら私にお辞儀をした。

 そんな表情をされても、私はお客さんにはなれないんです。

 商店街のアーケードを抜けて、片側三車線の大通りに出る。照り付ける日差しがアスファルトを暴力的に熱しながらも、街路樹が作ってくれる影のおかげで私たちが歩く道は比較的快適だ。車道を、ほとんど骨みたいなロードバイクが駆け抜けていく。



「映画なんて久し振り。友だちと行くなんてはじめてだよ」

「私も。家でDVDで見るくらい」

「どんなの見るの?」

「いつも、お父さんの付き添いだから――洋画ばっかりかな。『キングスマン』とか『マトリックス』みたいな、アクションものばっかり。別に嫌いってわけじゃないけど」

「じゃあ、千夏が好きな映画ってなに?」



 映画は、両手の指で数えるほどしか見たことがない。たまにテレビで放送している昔の映画も、あまり真剣に見たことがない。

 映画館はもうすぐだ。大通りはやがて中心街へつながり、周りは背の高い商業ビルや、ショーウィンドウに囲まれてきらびやかに光っていた。私たちと同じように、制服に身を包んだ、終業式を終えた学生たちで街はごった返している。



「混んでるね」



 この熱気は、きっと太陽の暑さ、人間の多さだけじゃない気がした。

 大和はすいすいと人混みをかき分けて歩いていく。すぐ目の前を別の人が横切ったり、六人組くらいの若者が横に広がって道を塞いでいたり――とにかく、歩くだけでも随分神経を使う。大和のすぐ後ろをついていくだけで精いっぱいだ。



「ああっ」だから、あっという間にその瞬間は来た。「はぐれちゃった」



 邪魔にならないように、道路の横にある自動販売機のすぐそばに身を寄せて、スマートフォンで大和に連絡を試みる。電話は繋がらない、たぶんこの喧騒で気が付いていないのだろう。



『はぐれてごめん。映画館で待ち合わせしよう。時間は』――私は時計で時刻を確認した、午後一時過ぎくらい――『二時くらい』



 メッセージを送信してから、私は自動販売機で冷たいお茶を買い、少し口に含む。熱い身体に、冷たい液体がしみこんでいくようで、悪い感覚じゃない。そのまま映画館からは離れて、狭い道へ入り込み、人の波をかき分ける。

 ひょっとして私はこうなることを望んでいたのかもしれない。大和とはぐれたというのにひどく冷静だ。時計を見て、



「あと四十五分くらい」



 なんて、時間を確認する余裕まである。

 大きなコンクリート造の建物の裏通りは人もまばらで、その辺でホームレスが転がっていたりする。段ボールに囲まれて暑苦しそうに汗を流しながら、ぼろぼろに黒ずんだライターで煙草をふかしている。

 すぐ近くに張り紙を見つけた――『路上喫煙禁止エリア』。

 別に咎めたりはしない。そのまま素通りしていく。遠くから聞こえてくる大通りの喧騒は――小さいころに眺めていただけの、夏祭りの明かりを思い出した。あの頃私は、夏祭りに行くことができなかった。そうだ、今年は夏祭りに行きたい――浴衣を着て、お父さんと一緒に。あるいは大和と一緒でもいいかもしれない。



 うちわを片手に花火を見たい。

 かき氷を食べたり……リンゴ飴を買ったり……でも、私の中で夏祭りのイメージなんて、所詮そんなものだった。



「大和を誘ってみよう」



 きっとこういうことに詳しいと思う。

 すると、どおん、と背後で花火のような爆発音がした。

 続いて悲鳴が聞こえる。振り返ると、そこには大きくせり出した肩甲骨を羽のように広げた、金属質の皮膚の怪物が立っていた。だいたい三メートルくらい。赤い目をぎょろぎょろ光らせ、異様に細い脚でよろめきながら――

 私を捉えた。



 周りの人たちが逃げまどっている。さっきまでそこにいたホームレスのおじさんもいない。私はグローパーのことを睨むように見上げる。彼も、私の視線に気が付いたようだった。

 駆け出す前に、腕の細さに比して異様に巨大な手を握りしめ、ハンマーのように叩きつけてくる。地面が大きくめり込んで、とてつもない轟音が響き渡った。

 これで注意が向いた。

 大通りの方からも、騒ぎを聞きつけてのぞき込んでくる野次馬たちがいる。半分くらいが手にスマートフォンを持って、呑気にカメラに録画をしていた。私は逃げる人に乗じてグローパーから距離を取り、誰も見ていないビルの地下駐車場に転がり込んだ。



 ズズン、と空間が揺れる。

 悲鳴が聞こえる。

 駐車場には何十台も車が止めてあったけれど、幸いにして誰にも見られていない。監視カメラの死角――真下の壁際に背中を張り付けて、鞄から取りだしたライターのスイッチを入れた。



「変身」

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