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L-cone  作者: 王生らてぃ
第一章
26/93

井荻リサ / 石上香苗 / ■■■■■

 香苗さんの黒いローブと、先の尖った円錐状の帽子は真っ黒で、闇に紛れてしまいそうになる。それを照らしているのは周囲の月明りと、ビルの屋上の所々で燃えている緑色の光だ。



「たまたま、このビルの中でグローパーを見つけたの。排気ダクトの中へ逃げていったから、追いかけてここまで……でも、リサちゃんが無事でよかったわ」

「追いかけてって……」私は停止している室外機の中を覗き込む。「この中を? どうやって?」



 香苗さんはふと、ローブの中に隠し持つようにしていたそれを見せた。アンティーク調のデザインと、中で煌々と燃える緑色の炎。その根元にはライターが埋め込まれている。



「ランプですか?」

「長く魔法少女でいると、こういうこともできるのよ」



 ふいに周囲が緑色に輝いた。香苗さんの輪郭が融けて、鳥のような、龍のような――蛇のような、そういうデザインの生きた炎へ変わる。けれど、すぐにそれはぎゅっと凝縮されて、もとの香苗さんの姿に戻った。



「私の魔法は、この『炎を操ること』」香苗さんは知った風に言いながら、中で炎が燃えているはずのランプを手で撫でるようにして、「魔法というのは、その人間が秘める力が発現したもの……だと、私は考えている。魂みたいなものね。この炎が、私の魂がカタチになったものだとしたら……自分自身をこれに変えることだってできる」



 分かるような、分からないような理屈だった。あまりに現実離れしすぎていて……魂とか、魔法とか……



「って、私も魔法少女だ」

「もう夜も遅いわ。リサちゃんは学生なんでしょう? 早く帰りなさい」

「ありがとうございます。でも、私はこれから、東さんのところに行かなくちゃ」

「そう……」



 ここで、香苗さんは迷うようなそぶりを見せた。



「香苗さん?」

「いえ、何でもないわ。そういうことなら、気を付けてね。私もそろそろ帰って……そうね、ご飯にしなくちゃ」

「まだ、食べてないんですか?」

「ダイエット中なのよ。でも、今日は特別。リサちゃんも気を付けなさい、二十代になると、お肌も体調も、お腹周りも……」

「き、気を付けます」

「冗談よ。リサちゃんはスタイルいいから、食べ過ぎないようにね」



 そう言って香苗さんは長いローブの裾を引きずるようにして屋上の端へ行くと、



「またね」



 そのまま飛び降りた。

 慌てて見下ろしたとき、その姿はすでになかった。けれど、ビルの壁の辺りで、ちらちらと緑色の火の粉が散っているような……そんな気がした。



「なんとか、一件落着ね、りっちゃん」

「そうだね……早く東さんのところに行こう」



 私もビルの壁をしっかり蹴ると、次のビルへと飛び移っていく。



「でも、こんなに遅い時間になっちゃって、東さんも寝てるんじゃない?」

「それはないわ。東さんは『眠ることができない』の」

「それも……『魔女』の呪いってやつ?」

「そうよ。それでも無事でいられるのは……それと引き換えに手に入れた、いくつもの魔法のおかげ。東さんは眠らなくても平気だけど、どうしたって眠ることはできないの」



 私は夜空を駆ける。東さんの工房に辿り着くころには、月が高く昇っていて、そろそろ日付が変わりそうな頃だった。住宅街はひっそりと静まり返っていて、わずかな足音も響いてしまいそうになる。

 人気のつかない路地に飛び込んで、クウをポケットから放した。



「ここまでくれば、もう大丈夫かな」

「ありがとう、りっちゃん。送ってくれて」

「いいよ。私も、あちこち飛び回りたい気分だったし」

「じゃあね。おやすみなさい」



 いそいそと飛んで行くクウを見送ってから、私はまた夜景を眺めて、元来た場所を帰っていく。秘密だとか、約束だとか、そういうことを考えなくていいように。

 街は静かになることなく、ずっと光っているし、ずっと騒がしいままだ。私はそれらを尻目に、ビルからビルへ、屋根から屋根へ跳んで行った。元通り部屋に戻ったとき、私はへとへとになっていた。ベッドに倒れこむと、すぐに眠りに落ちてしまった。



「今日はいろいろなことがあって……」

 最後に、駿介の顔が浮かんだ。

「疲れたあ」




   ○




   【■■■■■】




「は、早く……早くくれよ! 金なら持ってきてるじゃないか! な、なん、な、なんでくれないんだよぉ!」



 人間はみにくい。

 大人はみにくい。

 男はみにくい。



「お金の問題じゃないの。あんたにはこれを渡しても、意味がないんだって」

「ふ、ふざけるなよぉ……ソレが無くなったら、俺は一体どうすればいいんだ! クソぉ……!」



 地べたにはいつくばって、涙を流し、冷や汗をだらだらかいている。

 臭い。何日もずっと着続けているであろう、青い服は、もうぼろぼろで見るに堪えない。みっともなく土下座までしちゃって、私に縋り付こうとするのを爪先で蹴っ飛ばす。



「しつけーな。だめったらだめだよ、そういう命令なの」

「なぁっ、お、おおッ!」と、やにわに男は立ち上がり、「し、下手に出れば、いい気になりやがって! お、お、お、女だからってなああああああああ」



 いくら拳を振り上げたって、こんな男に殴られるほど、ヤワじゃない。軽く身をよじって躱すと、情けなく足をもつれさせ、どすんと倒れた。

 ああ――

 本当にみっともない。みっともない、みっともない。

 正視にたえない。



 男はまた立ち上がって、よろけながら、私の肩につかみかかろうと両腕を振り上げていた。私はポケットからそれを取り出し、男に見せる。



「これでしょ、欲しいのは」

「ああ――それ! それだよ! おぉ……よこせ、よこせええええええ!」



 笑っているやら、泣いているやら。

 自分も同じ生きものだとは信じられない。

 渡すふりをして、スイッチを入れる。



「変身」






「あらあら、みなとちゃんったら」



 聞き飽きた声に振り返ると、そこには私と同じ顔が立っていた。私と同じ背格好、だけど、モノトーンのワンピースから覗く胸や腰のラインは、あちらの方がやや女性らしい。



「またやっちゃったの?」

「そっちこそ」

「ふふ――今日は忙しかったわ。『お客さん』が五人もいたんだから。駄目よみなとちゃん、ちゃんと言われた分は、働かなくっちゃ」

「仕方ないでしょ――こいつが」



 こいつ――だったものは、もう姿かたちをとどめていない。

 原形を失って、肉と内臓と血があちこちにまき散らされている。ペンキやスプレーで書かれた落書きと、同じレベルにあった。



「それでも駄目よ。わたしたちのお仕事はライターをたくさんの人に配ることであって、むやみやたらに頭数を減らしては、駄目」

「うぜーなぁ」

「なに、その言い方は」

「みらいとは違うんだよ。みっともない、こんな連中に頭下げて、猫かぶって、媚び売って……」

「わたしは楽しいからやってるのよ。みなとちゃんが楽しいから、こうやったのと同じ」

「一緒にするんじゃねえ!」



 不意にみらいの身体から黒いオーラが爆発した。私の振り上げた手が分厚い氷の壁のようなものにぶつかって、鈍い音がビルやアパートの壁に反射して響く。



「もう、もったいないじゃない、みなとちゃんったら」



 みらいの姿はさっきまでのワンピースから変わっていた。左右非対称の歪なセーラー服姿で、私のことをじろっとにらんでいる。



「このライターは消耗品なのよ? それに売り物。わたしたちは哀れな『マッチ売りの少女』とは違うの。無駄遣いして怒られるのは、わたしとみなとちゃん、両方なのよ?」

「ごめん」



 みらいは私に抱擁した。私もそれを返した。お互いの身体はひんやり冷たいけれど、心臓の内側からとてつもない熱があふれてくるようだった。



「さあ、分かったら変身を解いて」言われたとおりにした。「もうこれはわたしたちのものにしちゃいましょう」

「わかった」

「こんなところにいましたか」



 見上げると、ビルの屋上から私たちを見下ろしていた少女が、ため息混じりに鼻を鳴らした。



「そろそろ帰りますよ。『お母さん』から、なにかお話があるそうです」

「お話だって。怒られるのかな、私たち」

「そうしたら、わたしがみなとちゃんといっしょに怒られてあげる。大丈夫よ」

「うん――そうだね」

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