井荻リサの新しい放課後-3
「ホラ、やっぱりそうだって!」
と、突然肩を叩かれた時は、ほんとうに心臓が止まるかと思った。
「リサったら、やっぱりそうじゃん! 駿介くんといっしょに帰り? デートかよ、このやろう!」
「な、なに?」
振り返ると、そこにいたのは、クラスメイトの女子軍団だった。
みんなニヤニヤしたり、アクション映画を見たあとのような表情をしている。
「なに、寄ってたかって……!」
「たまたま二人で歩いているのが見えたから、こっそり後をつけてたんだよ~」
「そしたらいきなり立ち止まるじゃん? リサが! それで……」
「もしかして……」
「これって……」
きゃーっと叫ぶだけで何も言わない。
駿介の方を見た。ちょっと顔を赤くして、そっぽを向いている。
「なに、どういうこと?」
「とぼけんな!」
肩を強めに叩かれた。
一番背の高い女子にぐいっと引っ張られ、肩に腕を回される。クウが苦しそうに呻いた。
「告白しようとしてたんでしょ? アタシらにバイトなんて嘘までついて……」
「違うよ」
「薄情者! なんでアタシらに相談してくれなかったわけ……? リサがそういうことなら、いくらでもお膳立てしてやるってのに」
「だから、違うって……」
「違わない! 違わないんだよリサ。あれは……完璧に告白だったよ」
「駿介くんもまんざらじゃないみたいじゃん?」
「リサが違うって言っても、もはや、違わないよこれは」
「そうそう」「違わない」「てか街中で告白とかダイタンかよ!」「私なら出来ないな~メールで済ませちゃうな~」「それはない」「ないね」「ないわ~」
「う、うるさぁーい!」
急にはずかしくなって私は思わず叫んだ。
「そんなんじゃない! そんなんじゃないっ」
「そんなんだよ!」
「てか、駿介くん困ってるじゃん? 何か言ってあげたら?」
居心地の悪そうな表情の駿介に、何と声をかけたものか。
気持ちは分かる。「女子集り」を見ているときの男子というのは、大体こういう気持ちなのだ。私も、数人で固まって女子のスリーサイズの話を大真面目にしている男子を見るとき、こういう感じだと思った。
駿介は私に、視線で何かを訴えかけている。
こう言いたいのだ。俺、どうすればいい?
「ごめんっ! 駿介先に帰ってて!」
「おう! じゃあまた明日な!」
駿介はがくっと肩を落として、心底ほっとしたような溜息をついて、小走りに去って行った。女子の大ブーイングが起こった。
「ありえねー! ありえねーよリサ、あのチャンスをフイにすんの?」
「てか、ありえねーのウチらじゃね? 邪魔してるんだもん」
「リサってば純情だからな~」
「ちょっと……からかわないでよね!」
「とりあえずマック行こうぜ! リサの告白エピソードはそれからな!」
半ば引き摺られるように、私は街中に紛れ込んでいく。
でも、私はちょっとだけほっとしていた。
あのままふたりきりだったら……きっと駿介を傷つけていたし、私もそのことで傷ついたと思う。「危険な目に遭わない」という約束をすることは、私には出来ないから。
私が魔法少女だということは、ぜったいに秘密なんだ。駿介のためにも、私のためにも。
「マック、たぶん混んでるよ?」
「マジで? じゃあカラオケな!」
友だちの存在はありがたい。
今日は身に染みてそう思う。
○
「一時はどうなることかと思ったよ」
「まったくよ、りっちゃん。あなたが魔法少女だということが周囲の人間に知られると、あらぬトラブルを招くことになるわよ」
クウは少し怒っているようだった。私はベッドに寝転んで、スマートフォンを眺めている。SNSは夏休みに浮かれる学生の、語意が消失した投稿であふれていた。
「でも、別に隠さなきゃいけない……ってことでもないんでしょう?」
「グローパーを増やす魔法少女は、りっちゃんのような『純正品』のライターを持つ魔法少女のことを狙っているわ。もしも、りっちゃんが魔法少女だということを周りの人が知ったとしたら……その人たちが狙われるかもしれないのよ」
背筋が伸びる思いがした。
「どういうこと?」
「東さんから教えてもらったことよ。『人の口には、戸が立てられぬ』――今はまだ、『黄色の魔法少女』と『井荻リサ』が同一人物だということは、ほとんどの人が知らないわ。でも、その事実に気付いた人間が増えれば増えるだけ、あなたは狙われやすくなる。そのことを知っている人が襲われて、無理やりに口を割ろうとするかもしれない。それが駿介くんや、あなたの家族、それに学校でのお友だちだったりしたら……」
「そんなことって」
「可能よ。もし敵の魔法少女が、相手の記憶や心を読むことができるとしたら……明日架ちゃんのこともあるし、可能性がないとは言い切れない」
それは駄目だ。
私が魔法少女になった理由とは、相反することだった。
「じゃあ、ずっと秘密にしなくちゃ」
「それが『賢明』ね」
だんだん、ほんとうに魔法少女らしくなってきた。正体は周りのみんなには内緒だという、アニメの中のルールがそのまま、私に降りかかってくるようだ。
みんなのために戦うのに、みんなに正体を明かせない。それもまた、みんなのためなんだ。
クウは私よりずっと賢い。
「それじゃあ、私は行くわ。東さんに今日のことを報告しなくちゃ」
「ついていってもいい?」
「別にいいけど……」
「なんでもないよ。ちょっと、外の風に当たりたいだけ」
部屋の電気を消して、ドアに鍵をかける。外の様子に気が付かないほどぐっすり眠っているように。窓を半分だけ開けたままベランダに出たら、ゆっくり網戸を閉じる。
「変身」
小さな声でライターのスイッチを入れると、私の姿は変わっている。
月が明るい。黄色のドレスは、よく明かりを反射して目立ってしまうかもしれない。
「帰るとき、気をつけなくちゃ。それで……東さんの工房に行くんだよね?」
「気をつけてね、りっちゃん」
軽やかにベランダから跳びだし、夜風を切って街を駆ける。
最初は、屋根から屋根へ。電信柱を越え、古い雑居ビルやアパートに足をかけ、もっともっと高い所へ。車の往来が激しい通りは避ける。黄色い衣装で目立たないように。
「気持ちいいね……」
夜は涼しい。月が綺麗。空に見える夏の大三角――
こんなに星がはっきり見えるなんて。
「ここ、ほんとうに東京?」
遠くで光の筋が駆け回っている。あれはきっと山手線だ。線路の音が、クラクションや喧騒と共に、どこまでも響き渡っていく。街はきらびやかで、ちかちか瞬きしている。
こんなに街がきれいだなんて、知らなかった。
何十階もある高いビルの屋上で、私はいったん立ち止まる。
「ありがとう、クウ」
「どうして?」
「ううん……なんでも」
私はこう言いたかったのだ。「ありがとう、私を魔法少女にしてくれて」。
でも、それはこのクウじゃない。
「りっちゃんが送ってくれるおかげで、だいぶ早く着きそうね。でも、寄り道をしちゃだめよ。出来るだけ目立たないようにね」
「わかってる」
そう言って一歩踏み出そうとした時だった。背後からおぞけを感じて振り返る。ビルの屋上に取り付けられた空調の室外機――その穴から、ぬっと黒い何かが這い出てきた。それは、異様に細長い人間のようだった。先に腕が出てきて、頭、胴体、脚……あちこちで液晶画面みたいなものがちらちら眩しく明滅している。
目は赤い。
グローパーだ。私に気が付くと、身体じゅうが真っ赤に発光した。
「りっちゃん、どうする?」
クウのそれは、いわゆる愚問というやつだ。
「戦うしか、ないでしょ」
身体のリボンが解けて、パラソルへ巻き付いていく。糊付けされたみたいに固くなった槍を構えた。グローパーはうねうねとしたまま、襲ってくる気配がない。
ちかちかと目が点滅した。
不規則に――私にぬっと手を伸ばす。叩き落そうと槍を構えると、びくっと、グローパーがその手をとめた。
「ゥァ……ゥォォ……」
「しゃ、しゃべった……?」
クウが言っていた、自我や意識を持つグローパーだろうか。
「ゥォォ……ォォォ……ゲ……ャク……」
「え……?」
「りっちゃん、耳を貸しては駄目よ……!」
「でも、明らかに何かを……」
語り掛けようとしている。
私に何かを伝えようとしている。そんな気がしてならなかった。このグローパーには、私を襲ったり、何かを破壊しようという敵意が感じられない。そんな気がした。
「ねえ、なに? なにを伝えようとしているの?」
「ェォ……!」
それは、はっきりと聞こえたような気がした。
――「逃げろ」と。
グローパーの這い出てきた室外機が、やにわに、緑色のまばゆい光に包まれた。
それは、見覚えのある色だった。
「まさか!」
咄嗟に槍のリボンをほどいて、パラソルを広げて盾にする。一瞬あとで、凄まじい衝撃と、
「ガォォォォォォォ!」
グローパーの悲鳴が聞こえてきた。冷たい――まるで冷凍庫の中にいるようだった。周囲から熱が奪い去られていくような。
静かになったとき、私はおそるおそるパラソルを閉じた。
「あら……」もうグローパーはいない。代わりに、「こんな時間に、こんな場所で、どうしたの? リサちゃん」
右手に黒いライターを握りしめた香苗さんが、にっこり微笑んだ。




