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L-cone  作者: 王生らてぃ
第一章
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井荻リサの新しい放課後-3

「ホラ、やっぱりそうだって!」



 と、突然肩を叩かれた時は、ほんとうに心臓が止まるかと思った。



「リサったら、やっぱりそうじゃん! 駿介くんといっしょに帰り? デートかよ、このやろう!」

「な、なに?」



 振り返ると、そこにいたのは、クラスメイトの女子軍団だった。

 みんなニヤニヤしたり、アクション映画を見たあとのような表情をしている。



「なに、寄ってたかって……!」

「たまたま二人で歩いているのが見えたから、こっそり後をつけてたんだよ~」

「そしたらいきなり立ち止まるじゃん? リサが! それで……」

「もしかして……」

「これって……」



 きゃーっと叫ぶだけで何も言わない。

 駿介の方を見た。ちょっと顔を赤くして、そっぽを向いている。



「なに、どういうこと?」

「とぼけんな!」



 肩を強めに叩かれた。

 一番背の高い女子にぐいっと引っ張られ、肩に腕を回される。クウが苦しそうに呻いた。



「告白しようとしてたんでしょ? アタシらにバイトなんて嘘までついて……」

「違うよ」

「薄情者! なんでアタシらに相談してくれなかったわけ……? リサがそういうことなら、いくらでもお膳立てしてやるってのに」

「だから、違うって……」

「違わない! 違わないんだよリサ。あれは……完璧に告白だったよ」

「駿介くんもまんざらじゃないみたいじゃん?」

「リサが違うって言っても、もはや、違わないよこれは」

「そうそう」「違わない」「てか街中で告白とかダイタンかよ!」「私なら出来ないな~メールで済ませちゃうな~」「それはない」「ないね」「ないわ~」

「う、うるさぁーい!」



 急にはずかしくなって私は思わず叫んだ。



「そんなんじゃない! そんなんじゃないっ」

「そんなんだよ!」

「てか、駿介くん困ってるじゃん? 何か言ってあげたら?」



 居心地の悪そうな表情の駿介に、何と声をかけたものか。

 気持ちは分かる。「女子集り」を見ているときの男子というのは、大体こういう気持ちなのだ。私も、数人で固まって女子のスリーサイズの話を大真面目にしている男子を見るとき、こういう感じだと思った。

 駿介は私に、視線で何かを訴えかけている。

 こう言いたいのだ。俺、どうすればいい?



「ごめんっ! 駿介先に帰ってて!」

「おう! じゃあまた明日な!」



 駿介はがくっと肩を落として、心底ほっとしたような溜息をついて、小走りに去って行った。女子の大ブーイングが起こった。



「ありえねー! ありえねーよリサ、あのチャンスをフイにすんの?」

「てか、ありえねーのウチらじゃね? 邪魔してるんだもん」

「リサってば純情だからな~」

「ちょっと……からかわないでよね!」

「とりあえずマック行こうぜ! リサの告白エピソードはそれからな!」



 半ば引き摺られるように、私は街中に紛れ込んでいく。

 でも、私はちょっとだけほっとしていた。

 あのままふたりきりだったら……きっと駿介を傷つけていたし、私もそのことで傷ついたと思う。「危険な目に遭わない」という約束をすることは、私には出来ないから。

 私が魔法少女だということは、ぜったいに秘密なんだ。駿介のためにも、私のためにも。



「マック、たぶん混んでるよ?」

「マジで? じゃあカラオケな!」



 友だちの存在はありがたい。

 今日は身に染みてそう思う。




   ○




「一時はどうなることかと思ったよ」

「まったくよ、りっちゃん。あなたが魔法少女だということが周囲の人間に知られると、あらぬトラブルを招くことになるわよ」



 クウは少し怒っているようだった。私はベッドに寝転んで、スマートフォンを眺めている。SNSは夏休みに浮かれる学生の、語意が消失した投稿であふれていた。



「でも、別に隠さなきゃいけない……ってことでもないんでしょう?」

「グローパーを増やす魔法少女は、りっちゃんのような『純正品』のライターを持つ魔法少女のことを狙っているわ。もしも、りっちゃんが魔法少女だということを周りの人が知ったとしたら……その人たちが狙われるかもしれないのよ」



 背筋が伸びる思いがした。



「どういうこと?」

「東さんから教えてもらったことよ。『人の口には、戸が立てられぬ』――今はまだ、『黄色の魔法少女』と『井荻リサ』が同一人物だということは、ほとんどの人が知らないわ。でも、その事実に気付いた人間が増えれば増えるだけ、あなたは狙われやすくなる。そのことを知っている人が襲われて、無理やりに口を割ろうとするかもしれない。それが駿介くんや、あなたの家族、それに学校でのお友だちだったりしたら……」

「そんなことって」

「可能よ。もし敵の魔法少女が、相手の記憶や心を読むことができるとしたら……明日架ちゃんのこともあるし、可能性がないとは言い切れない」



 それは駄目だ。

 私が魔法少女になった理由とは、相反することだった。



「じゃあ、ずっと秘密にしなくちゃ」

「それが『賢明』ね」



 だんだん、ほんとうに魔法少女らしくなってきた。正体は周りのみんなには内緒だという、アニメの中のルールがそのまま、私に降りかかってくるようだ。

 みんなのために戦うのに、みんなに正体を明かせない。それもまた、みんなのためなんだ。

 クウは私よりずっと賢い。



「それじゃあ、私は行くわ。東さんに今日のことを報告しなくちゃ」

「ついていってもいい?」

「別にいいけど……」

「なんでもないよ。ちょっと、外の風に当たりたいだけ」



 部屋の電気を消して、ドアに鍵をかける。外の様子に気が付かないほどぐっすり眠っているように。窓を半分だけ開けたままベランダに出たら、ゆっくり網戸を閉じる。



「変身」



 小さな声でライターのスイッチを入れると、私の姿は変わっている。

 月が明るい。黄色のドレスは、よく明かりを反射して目立ってしまうかもしれない。



「帰るとき、気をつけなくちゃ。それで……東さんの工房に行くんだよね?」

「気をつけてね、りっちゃん」



 軽やかにベランダから跳びだし、夜風を切って街を駆ける。

 最初は、屋根から屋根へ。電信柱を越え、古い雑居ビルやアパートに足をかけ、もっともっと高い所へ。車の往来が激しい通りは避ける。黄色い衣装で目立たないように。



「気持ちいいね……」



 夜は涼しい。月が綺麗。空に見える夏の大三角――

 こんなに星がはっきり見えるなんて。



「ここ、ほんとうに東京?」



 遠くで光の筋が駆け回っている。あれはきっと山手線だ。線路の音が、クラクションや喧騒と共に、どこまでも響き渡っていく。街はきらびやかで、ちかちか瞬きしている。

 こんなに街がきれいだなんて、知らなかった。

 何十階もある高いビルの屋上で、私はいったん立ち止まる。



「ありがとう、クウ」

「どうして?」

「ううん……なんでも」



 私はこう言いたかったのだ。「ありがとう、私を魔法少女にしてくれて」。

 でも、それはこのクウじゃない。



「りっちゃんが送ってくれるおかげで、だいぶ早く着きそうね。でも、寄り道をしちゃだめよ。出来るだけ目立たないようにね」

「わかってる」



 そう言って一歩踏み出そうとした時だった。背後からおぞけを感じて振り返る。ビルの屋上に取り付けられた空調の室外機――その穴から、ぬっと黒い何かが這い出てきた。それは、異様に細長い人間のようだった。先に腕が出てきて、頭、胴体、脚……あちこちで液晶画面みたいなものがちらちら眩しく明滅している。

 目は赤い。

 グローパーだ。私に気が付くと、身体じゅうが真っ赤に発光した。



「りっちゃん、どうする?」



 クウのそれは、いわゆる愚問というやつだ。



「戦うしか、ないでしょ」



 身体のリボンが解けて、パラソルへ巻き付いていく。糊付けされたみたいに固くなった槍を構えた。グローパーはうねうねとしたまま、襲ってくる気配がない。

 ちかちかと目が点滅した。

 不規則に――私にぬっと手を伸ばす。叩き落そうと槍を構えると、びくっと、グローパーがその手をとめた。



「ゥァ……ゥォォ……」

「しゃ、しゃべった……?」



 クウが言っていた、自我や意識を持つグローパーだろうか。



「ゥォォ……ォォォ……ゲ……ャク……」

「え……?」

「りっちゃん、耳を貸しては駄目よ……!」

「でも、明らかに何かを……」



 語り掛けようとしている。

 私に何かを伝えようとしている。そんな気がしてならなかった。このグローパーには、私を襲ったり、何かを破壊しようという敵意が感じられない。そんな気がした。



「ねえ、なに? なにを伝えようとしているの?」

「ェォ……!」



 それは、はっきりと聞こえたような気がした。

 ――「逃げろ」と。






 グローパーの這い出てきた室外機が、やにわに、緑色のまばゆい光に包まれた。

 それは、見覚えのある色だった。



「まさか!」



 咄嗟に槍のリボンをほどいて、パラソルを広げて盾にする。一瞬あとで、凄まじい衝撃と、



「ガォォォォォォォ!」



 グローパーの悲鳴が聞こえてきた。冷たい――まるで冷凍庫の中にいるようだった。周囲から熱が奪い去られていくような。

 静かになったとき、私はおそるおそるパラソルを閉じた。



「あら……」もうグローパーはいない。代わりに、「こんな時間に、こんな場所で、どうしたの? リサちゃん」



 右手に黒いライターを握りしめた香苗さんが、にっこり微笑んだ。

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