魔法少女たちの夜-2
「行った?」
すぐに、奥から明日架が出てきた。
「ずっと隠れてたのかい?」
「子どもは嫌い。あんなに小さい子が魔法少女だなんて」
私はひとり残され、東さんと相対する。
「さて、千夏――と、言ったかな。君にはもうひとつ、話しておかないといけないことがある」
「はあ」
「君の持つ、その白いライター。それは、私の造ったものではない」
私は手に握ったままのそれを、なんとなく見た。
「私が作ったライターは、ぜんぶで五つ。赤、黄、青、緑、紫……それぞれ色を分けてはいるが、構造は同じものだ。ところが、その白いライターだけは、他のライターと構造が違う。よく、似せてはあるがね」
「でも、私はクウからこれを渡されました。ご主人様は戦うことができないので、代わりに私に戦えと。その『ご主人様』とは、東さんのことではないんですか?」
「ふむ……そうなると、そのクウはおそらく偽物だ」
偽物のクウ?
私がこれまで出会ったクウは、それぞれ顔や姿、声、性格まで、それぞれだった。どれが本物で、どれが偽物かは、私にはわからない。
明日架がようやく口を開いた。
「それじゃあ、相手はグローパーを生み出すだけじゃなくて――偽物のクウや、精巧なライターを作る技術を既に持っているってこと?」
「そうなるね。その白いライターは、作られてからまだ日が浅い。部品の劣化が少ないからね。作られたのも、つい最近だろう。となると――」
「ひばりのライターを奪って、その構造を?」
「可能性は高い。そして、その推測が正しければ――これから魔法少女はどんどん増えてくることだろう」
しかし、と東さんは私に向き直った。
「どうして君は、グローパーを倒す? なにか知らないか、他の魔法少女のことや――グローパーを増やし続ける、何者かのことを」
「どうして倒す、って」私は何でそんなことを聞くのか不思議だった。「私は魔法少女だから。魔法少女は怪物をやっつけて、街を、人を守る。そういうものなんでしょう?」
「じゃあ、なんであなたはその白いライターを持っているの?」
明日架が尋ねた。
それは、ちょっと攻撃的な口調を帯びていた。
「これをクウに渡されたから。そのクウは私に、変身して、魔法少女になって、怪物を倒せと教えてくれた」
「そのクウはいま、どこにいるの?」
「消された。その、黒い手袋の魔法少女に」
ふむ、と東さんは黙って考え込んでいる。
私は少したくさん喋って喉が渇いたので、もうほとんど水みたいになっている湯呑みのお茶を飲み干した。
明日架は目に見えて、苛立っているのが分かる。
自分の思い通りにならないことがあったり、もどかしい気持ちになったりしているとき、よく人間はこういう顔をする。時にはなにかに当たり散らしたり、声を上げて暴れまわったりすることもある。
「ともかく」東さんは私の目を見た。「きみは、私に味方してくれるつもりはあるか? この街に潜み、増え続けるグローパーを倒し、その悪事に加担する魔法少女を倒す。私がしたいことはそれだ、だがあいにく私は自分で戦うことができない。『魔女』はいくつも呪いを受けているからね――明日架や翼のように、他の人間にその使命を託すしかない。それでも君はやってくれる?」
「はい」
「そうか。心強いよ」
東さんは私の手を取った。ひんやり冷たい手だった。
「ありがとう、千夏」
「やることは、グローパーと、グローパーの味方をするような魔法少女を倒すこと。それだけでしょ?」
「そうだ。また、何か分からないことがあれば――」
「ここに来ても、いいんですよね」
頷いた。
私は立ち上がり、しっかりとライターを鞄にしまい込むと、靴を履いて外に出た。すっかり空は暗くなっていて、反対に街は明るくなっている。
今日はお父さんが帰ってこない日だ。
私は空の星の数を数えながら、駅に向かって歩き出した。晩ご飯をどこで食べようか、ぼんやりと思案しながら。
○
【Blue】
「信用できない」
「明日架」
「もし、あの千夏って子が、向こうに与していたら? 私たちの前でしらを切っているだけで、実はひばりのライターを奪った魔法少女と通じていたら?」
「落ち着くんだ、明日架」
「でも!」
でも――私は落ち着かないといけない。深呼吸をして、その場に座った。座布団やクッションを下に敷かずに、畳の上に。
「でも……それじゃああの子は、どうやって魔法少女に?」
「あの白いライターが鍵だ」東さんはこれまで見たことのないような、深い目をしている。「私には、あの千夏という子が、嘘をついていたり、何かを隠しているようには、とても思えない。彼女は私たちの心強い味方になってくれる」
「私はそうは思えないよ、東さん」
「明日架――ひばりのことで焦るのはもっともだ。しかし、こういうことは慎重にならないと、見えるものまで見落としてしまうことになるよ」
叫びたかった。分かっているんだよ、東さん。でも、いまも目を覚まさないでいるひばりのことを思うと、私はいてもたってもいられない気持ちになる。早くあの子を助けてあげたい。
目を覚まさせてあげたい。
ひばりをこんな目に遭わせたやつが、どうしても許せない。
その手掛かりは、もうすぐ目の前にあるっていうのに。
「明日架。千夏と協力して、敵の正体を探ってみるんだ」
思いもよらぬ申し出だった。
「どうして」
「君の魔法は実に万能だ。電気というエネルギーを操る力……戦闘だけではなく、魔力を用いた索敵にも利用できる。なにより君は経験豊富な魔法少女だ」
「だからって、なぜ私があの子と」
「いざというときは君が、あの子からライターを取り上げればいい」
東さんの口調は冷静だった。
「リサや翼はまだ経験が浅い。不測の事態に対処できないだろう。香苗は人と組んでうまくことを成せるタイプじゃない。君が適任だ。ふたりで協力し、なんとしても敵の正体へつながる手がかりを見つけ出すんだ。もちろん、グローパーが現れたら、それを倒すことも忘れちゃいけない」
「……、」
何か言いたかったけど、何も言い返せない。
私も、それが最善の策だと思った。これ以上は何も浮かんでこない。
「分かりました」
「ひばりの容体は安定している。だが、意識だけはどうしても戻ってこない。これは私の仮説なんだが――」と、東さんはそこで表情を和らげるとともに、姿勢を少しだけ崩した。「ひばりが持っていた、『紫色のライター』。ひばりが目を覚まさない要因は、あそこにあるのかもしれない」
「どういうこと?」
「肉体の傷は癒えても、意識があのライターの中に閉じ込められているかも……と、思ったんだ」
私は黙っている。東さんは続ける。
「君が度々訴える身体の不調――頭痛やめまい、吐き気。それらはライターの貯蔵魔力量の減りと関係している。魔力が多ければ、そうした不調は表に出にくい。反対に、半分も減っていれば、それらは表立って出てくる。ライターと魔法少女の精神が、密接に繋がりつつあるということだ」
「それって……」
「魔法少女であることを放棄すれば、そうしたデメリットは無くなる。だが、ひばりにはその意思がなかったんだ。彼女は襲われ、傷つき、彼女にとって不本意な形でその力を奪われた。それが、彼女が目を覚まさない原因なのではないか――とね。あくまで仮説だが」
それなら、猶更、ひばりのライターを取り戻さなければならない。
「今日は、あの魔法少女を、取り逃がした」
「ギロチンを振るうという、あの魔法少女だね」
「姿は覚えてる。魔力の波長も、ちゃんと記憶した」
それさえわかれば、いつでも彼女を見つけられる。
いつでも探し出してやりたい。
今すぐにでも。
「落ち着くんだ、明日架。君は随分、消耗している。充分に準備を整えて、戦いに臨むんだ。慌てることはない。ひばりは、必ず助けよう」
「はい。必ず」
「今日はもう帰りなさい。ひばりのことは心配しないで」
私は工房を出て、自分を落ち着かせるように、意識してゆっくり歩きながら家に帰ることにした。
部屋は暗い。
父さんも母さんも、まだ帰っていないようだ。時計は九時を回っている。
私はコップ一杯の水を飲むと、部屋にあがって、新曲のスコアを眺めた。ケースからギターを取り出し、ヘッドホンをかぶって音量を調節する。
ひとりで弾いても、バンドの練習にはならない。
こうしてひとりでギターを弾いていると、自分の今の気持ち、考えていること、体調、気分――いろいろなものを音を通して、客観的に感じることができる。
音がとげとげしい。
私はいらいらしている。
テンポが走りがちだ。
私は焦っている。
「なんで……!」
なんで、私はいつも中途半端なんだろう。
何かに引きずられて、別の何かに集中できない。何かに集中できないことを気にして、別の何かがおろそかになる。
でも、そういう時に私を救ってくれるのも、ギターの音だ。
何百回も繰り返してきたフレーズ。出来るだけ音はやわらかく、そしてゆっくりと。まるでバラードを弾いているような気分だとしても、たぶん、このくらいでちょうどいい。自分では大袈裟なくらいで、ちょうどいいのだ。
今日はずっとギターに触っていたい。
スマートフォンを見たり、人の顔色を窺ったりせずに。
鞄の中にしまったままの青いライターのことも、今は忘れたい。でも、ひばりのことは忘れない。ただ、その感情に引っ張られないように、それだけを心に留めておくだけ――
私は魔法少女でもあり、高校生でもあり、『Pisces』のギター・ヴォーカルでもある。
目を閉じ、またさっきのフレーズを繰り返す。
今夜はこういう気分だ。




