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L-cone  作者: 王生らてぃ
第一章
21/93

魔法少女たちの夜-1

   【Green】




「それじゃあ、お先に失礼します」



 軽く挨拶をしてビルを出る。回転する自動ドアをすり抜けるようにして、風を浴びる。自分と同じような格好をした人間が、大勢いる。人混みの中を歩く。ぎゅうぎゅうの電車に揺られ、吐き出されるようにホームへ降り、そのままの気分で家へ戻る。

 戻ってすぐにすることは――

 靴を脱いで、荷物をベッドの上に放り投げ、上着を脱ぎ、洗面所に両手をついて、意の中のものを全部吐き出すことだ。出しても出しても、あとからあとから、それは湧いて出てくる。最近は食べ物もろくに喉を通らない。会社では水とコーヒーばかり飲んでいるので、よく周囲からも心配されている。

 こうしないと気分が治まらないのだ。



 うううぅ、うううぅ。それは胃の中を空にしてもう吐き出すものがないのに、まだ何かを吐き出そうとする私の喉の奥から漏れる呻きだ。

 鏡に映る自分の顔は、ひどくやつれている。化粧で隠すのも、そろそろ限界だ。



 オイ。



 鏡の中で、自分の目の中にいる知らない誰かが、私に向かって叫ぶ。



 ヨクモ、オレヲコロシタナ。

 ヨクモ。

 ヨクモヨクモコロシヨクモタヨクナモヨクオマモヨクモヨエクモヨクモヨハクモヨクモヨクヒトゴロモヨクモシヨクモヨクモダオマエヨクハコモノヨクモヨクモヨクモヨクヨニモイヨクモヨクモヨクモヨテハクモヨクモヨクイモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモケナイヨクモヨクモヨクモヨクモヨクニンゲモヨクモヨクモヨクンモヨクモヨクモヨクモヨクモジャナヨクモヨクモヨクモイバヨクモヨクモヨクモヨケモクモヨクモヨクモヨクモヨクノモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモ――――――――

「ああぁぁあああぁぁああぁぁああああああぁぁぁっぁああああぁぁぁぁぁっぁあああああぁぁあぁああぁあぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああ――――――――!」



 鏡を拳で叩きつける。痛み。手から血が吹き出して、ガラス片が散乱した。

 それを見下ろすと、ばらばらになったひとつひとつの欠片から、私によく似た誰かが、私のことを見ている。笑っている。怒っている。泣いている。叫んでいる。

 なんでお前は生きているんだ。

 なんで俺は生きていられなかったんだ。

 なんで、なんで、なんで。



「おまえたちがわるいんだ」スカートのポケットに入っていたライターのスイッチを入れると、そのガラス片はすべて、一瞬のうちに灰も残さず消える。「おまえたちは生きる価値のなかった人間だから。生きていちゃいけないんだ、あなた達のせいで不幸になる人間が大勢いるんだから、だから、だから私が…………………………………………私が……………………」



 落ち着いてきた。

 私は洗面台の前に立っている。また、鏡が割れている。



 溜息が漏れた。またやってしまった。いつものホームセンターに行って、新しい鏡を買ってこないといけない。

 それに、お腹が空いた。今日は朝から何も食べていない。シャツとスカートを脱ぎ捨てて楽な部屋着に着替え、冷凍庫の中のカップアイス(バニラ味)をひと口。



「おいしい……」



 私はこういうとき、生きていてしあわせだと、よく感じる。

 もうひと口。だんだん夏が近いけれど、私にチョコや抹茶は贅沢だ。バニラ味の「なにもない」この味わいが、もっともふさわしい。



 その辺に放り捨ててあるライターのオイル。

 たっぷりと、気泡一粒の隙間もなく注がれている。殺風景に、パステルカラーに囲まれたこの部屋の中で、そのビビッドな緑色はインテリアのようにさわやかな色彩を放っていた。



「明日架やリサちゃんは、うまくやっているかしら」



 さらにひと口。

 至福の時だ。このために、明日も頑張れる。




   ○



   【White】




 私と翼は、明日架のあとを数歩遅れてついていく。

 周囲は既に闇に包まれ始めていて、夜空のわずかな明かりが道を照らしている。一番星はとっくに輝き、ちらちらと、星が瞬いている。



「ねー、どこまでいくの?」赤い上着を腰に巻き付けた翼が唇を尖らせて、「僕、早く帰りたい。もうずっと歩いてるじゃん、ほんとうにこっちで合ってるの?」

「もうすぐよ」

「ちぇ」



 へたくそな舌打ちをして、真新しい白いスニーカーで石ころを蹴飛ばした。

 ずっとこんな調子だ。十分くらい歩いている。翼が明日架に不満を漏らし、明日架はすげなく対応する。それでいったん会話が途切れ、一分後にまた同じことの繰り返し。

 私は翼にだけ聞こえるような声で、新しい話題を切り出した。



「翼、早く帰らなくて大丈夫? お家の人が心配しない?」

「別に大丈夫だよ。そこまで僕のこと、大切にしてないし」

「そんなこと無いと思うよ。親って言うのは、誰でも子どもが大切なんだ」

「お姉ちゃんはそうかもしれないけど、僕は違うよ。お父さんもお母さんも、僕のことなんて何にも心配してないから。それよりも、お姉ちゃんと一緒にいる方が楽しそうだしね」



 不思議な子だった。

 私が尋ねていないことまで、次々に答えてくれる。私は翼との会話に、どこか心地よさを感じていた。大和と一緒にいるときとは、また別の感じだ。



「着いた。ここよ」



 明日架が先にくぐっていった場所は、薄汚れた骨董品店のような場所だった。

 蚊取り線香のような匂いがする。

 私と翼も続いてい入っていく。



「おばあちゃんの家みたいだ」



 私にはおばあちゃんもおじいちゃんもいないから、翼の言葉には返事をしなかった。

 明日架が奥に呼び掛ける。



「東さん。東さん、いますか」



 やがて、のっそりと奥の座敷から、背の高い女のひとがあらわれた。



「明日架、おかえり。その子たちは……」

「『白』と『赤』です」

「ほう」東さんと呼ばれたその女の人は、私と翼を交互に見やって、「まあ、あがって。お茶でも飲んでいきなさい」

「おばさん、誰?」

「私の名前は、祐天寺東。『魔女』だ――まあ、君たち魔法少女の、元締めのようなものかな」






 明日架はすぐに座敷のさらに奥のほうへ引っ込んでいってしまった。

 私と翼は並んで、座布団の上に座り、差し出されちゃお茶を飲んでいた。



「さて」東さんは私の白いライターと、翼の赤いライターを両手に持ってじろじろ見ると、再び私たちに手渡した。「君たちはそのライターをクウから受け取り、グローパーと呼んでいる怪物を倒すように伝えられた。そのライターを使うと、その中に充填された魔力を消費することで変身し、怪物と戦う力を得ることができる――ここまでは、君たちも知っているね?」



 私は頷いた。

 翼はよく分からない、という風に首をかしげている。



「おおむね、クウから聞いた通り。私はそのライターを作り、使い魔であるクウを通じて素質のある人間へ渡すことで、この街を守らせている。グローパーたちを野放しにしていては、この街にとってよくない。何の罪も、落ち度もない、無関係な人々が大勢傷つき、殺されている」

「よくわかんないけど、ようは僕たちがあの怪物をやっつけまくればいいってことでしょ?」



 端的な言葉だった。私も、その翼の言葉にうなずいた。

 東さんの表情は深刻なまま、



「そうだ。だが、君たちが戦っているのは、怪物だけではない」

「別の魔法少女……」

「そうだ。私の手によるものではない、別な魔法少女がこの街に現れ始めている」



 ギロチンを握った軍服の少女。

 黒い手套の少女。

 私が出会っただけでもふたりだ。彼女たちは明らかに、私や――翼に対して明確な敵意を持っていた。



「その魔法少女たちは、街の裏側を駆け回っている。街中の人間をグローパーに変え、襲わせている。そして、それを倒そうとする君たちを攻撃し、排除しようとしている」

「それは、どうして?」

「わからない。だが、看過できないことに変わりはない」



 そこで東さんは言葉を切った。



「いちおう、言っておく。君たちはそのライターを、いつ手放してもいい。私や、明日架たち――私の意に従ってくれる、信頼できる魔法少女にそれを預け、元の生活に戻ることができる。実感しただろうが、魔法少女として戦うのは命懸けだ。君たちの心や身体に、少なくない傷跡を残す。だが――」

「冗談じゃないよ、これを手放すなんて」



 翼はきっぱりと言い切ると、ライターを素早くズボンのポケットにしまい込んだ。



「僕は戦うよ、その、グローパー? っていう怪物と。だって、そいつらを放っておくと、困る人がいるんだ。そうでしょ? それに、僕はこれを使って戦うのが嫌だとか、つらいとか、そんなんじゃない」翼はあぐらをかきなおして、「それに、クウが言ってた。僕ってものすごく才能があるんだって。魔法少女とか、なんとか知らないけど、やってみたい。僕は、戦いたい。それが楽しいし、嬉しい。おばさんも僕にそうして欲しいんでしょ?」



 東さんは、あまりに淀みない言葉に、面食らっているようだった。



「……、ああ、分かった。それじゃあ、よろしく頼んだよ。翼」

「はーい」

「それじゃあ、君と話すことはここまでだ。先に帰りなさい、もう遅くなるから」



 東さんは指をパチンと鳴らすと、半開きの襖からすいっと、小さなクウが現れた。



「翼が家に帰るまで、ついて行ってあげなさい。何かあったらできる範囲で、お前がこの子を守るんだ。いいね?」

「了解」

「それじゃあ、気を付けて。なにか困ったことがあれば、いつでもここに来なさい」

「お姉ちゃんは?」



 翼は私のことを気にかけているようだった。



「ごめんね、翼。今日はさようなら」

「えー。どうして?」

「まだ、私は東さんと話さないといけないことがあるから」

「残念だな。でも、また会えるよね。さようなら、おやすみなさい」



 翼は最後まで私に屈託のない笑顔を見せて、クウといっしょに帰っていった。

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