第七話 神さまの憂鬱とバラ〇スボール
『暇潰したい神さま。』にアクセス頂きまして、ありがとうございます。
ひゃー、今日は間に合わなくて少し短めです。
おまけ感覚で良かったらご覧ください。
★★★
「タロウ君……」
雪の道を足を引きずりながら歩んでいく彼の姿を見ながら、自分の無力に神はうちひしがれていた。
中級神になって出来る事が増えたと喜んでいた少し前の自分が、愚かすぎて情けなくなってくる。
ほんの少しでも彼の思い出を思い返すと、まだジワッと涙が滲んでしまうのが止められない。
「はぁぁぁー……」
何度目になるか分からない熱を帯びた溜息が出るたびに、涙の跡は疼き、胸の奥にぽっかりと空いた穴は広がっていく様な感覚が起こる。……簡単に言ってしまえば、どうしようもなく寂しい。
一般的な神の基準からすると、今の彼はもう英雄とは呼べない。
……もう彼は消えてしまったのだ。それはちゃんと分かっている。そして、観測している英雄が死んでしまったなら、新たな人物を探さなきゃいけない。それが神としてのルールだ。
いつまでも感傷に浸って、世界の成長を留めているわけにはいかない。それもちゃんと理解している。
……理解はしているが、あそこで歩いている彼を、自然と追ってしまう自分がいるのだ。
あそこで街の景色を楽しそうに見て回っているのは、自分が知っている彼ではないと、分かってはいるけど、分かりたくないという割り切れない気持ちが支配している。
「…………」
冒険者ギルドの中でニコニコとしているそのタレ目具合なんか、最初の頃の君、そのまんまなのにな。転生してもタレ目具合は変わらないんだぁ……。
……ダメだな。このまんまじゃいけない。私は神だ。さっさと気持ちを切り替えていかなければ。
このままズルズルと引き摺ってしまうのは良くない。彼とまだ微妙に繋がっているこの両の手の繋がりを消して……新しい一歩を……。ムムム、タイミングが掴めない……き、きっかけが欲しい。
そうだ!彼の新たな旅立ちと共に私も旅立とう。彼は今、ギルドで新人冒険者登録を済ませ、街の外へ行くための列に並んでいる。彼が外門を出ると同時に、私も新たな英雄を探しに行こう。うん。それならいい。
一人一人と列が進むにつれて、なんか言いようのない緊張を感じる。
彼が外門に出ると同時に、さよならって言って。"繋がり"を消して。新たな英雄を探す。
よし!この流れで、だいじょう……ぶ――???
おや?おやおやおや?これはどうしたことでしょう――。
そのまま素直に外門に出ていくと思っていた彼が、何故か今筋肉モリモリマッチョマンに頭を掴まれてしまい、すぐに傍の女が騒ぎ出して解放されたはいいものの、地面に落とされた彼はそのまま蹲って動かなくなってしまったではありませんか。
神の"神の眼"には、彼が瀕死で死にかけている様が良く見える。
なんとか傍にいた神官が治療して事なきを得ましたが――。
あの筋肉モリモリマッチョマンめ……許せねぇ。久々にキレちまったぜ。
今は彼が近くに居るから無理だけど、奴には"天罰"が良く似合うようだ。ふふふ、楽しみである。
結局、なんだかんだと彼らと一緒に外門を出ていくジークを、神はそのまま見守ってしまうのだった――。
……ガングさん逃げて。超逃げて。
★★★
「えっ……お前、冒険者だったのか」
「冒険者証出してたしな。でも、君……えっと、ジーク君か、装備無いし、その格好で戦うつもりなのか?」
「そうだよ!いくら初心者は街の近くで採取クエストに励むのが定番って言っても魔物はでるんだよ」
「そう。私やポーフェみたいに魔法を使うとしても、最低でも杖はもっておいた方が良い」
「てか、こいつじゃ剣も杖も持てないんじゃないか?腕が小枝みたいに細いぞ?」
「ガング!そういう事言うのは私良くないと思う!世の中には腕力が無い人だってたくさんいるんだからね!それに、最近だと軽い素材で長さが半分程の"短杖"とかも性能上がって良いのが売り出され始めてるし、私たち魔法使いは工夫次第でいくらでも活躍できるんだから!そこんとこ甘く見ないでよね!!」
「わーった!わーったよ!別に魔法使いを貶すつもりはねーって。ただ、そいつがよ。戦えるのかが心配なだけだっつーの」
「最初からそう言えばいい。口下手馬鹿」
「ぐはっ……」
「たははは。2人ともそのくらいで。ガングが泣いても可愛くないぞ」
「うん、そうだね。」
「ん。許してあげる」
「だっ!俺は泣かねー!泣くのは財布の中身だけだっつーの!!」
「だははは、帰ったら奢りだからな。違いない。」
「ふふ、楽しみだね」
「ん。呑むよ」
外門を出る際に冒険者証を提示したことで、アイード達はジークが冒険者だったと言うことを知り、大層驚いたようだ。それからは各々がジークの事やその他諸々を話し合い始めている始末である。
当の本人は外の景色を見回しながら、なんとなくで相槌をうちつつ、周りの光景に胸を弾ませ、まだまだフワフワとしていた。
南の外門を出ると、暫くして右側には森が見え、左側には草原が見えてくる。どちらもかなり広いが、出てくる魔物の強さにはかなり差があり、森側の方が危険な魔物が多く生息している事は冒険者なら周知の事実である。
今回、『万戦不死』の面々はとある魔物の討伐依頼を引き受けており、そのターゲットは草原方面に出没するらしい。なんでも異常発生らしく、この辺りでは本来見かけない魔物らしいのだが、低ランク冒険者にとって危険となる為にも、ギルドから急遽依頼されて討伐に向かうことになったのだそうだ。
当然、普段は"森の奥"や"ダンジョン"と呼ばれる場所で活動する彼らからすると、草原にいるほとんど魔物は弱く、最低限の警戒のみでずんずんと進んで行く。魔物の方もこちらの実力を肌で感じているのか、すすんで襲って来ようとはしなかった。遠めにゴブリンとかコボルドなどのファンタジーの代名詞がいるのだけれど、未だ触れ合いの機会は訪れないようだ。
それにしても『万戦不死』の面々は賑やかに草原を進むものである。今も、討伐終了後の解体の話や、本日の酒場で飲む酒の話、男二人は武器や魔物、女二人は魔法や小物の話など、まるで雑談に興じて遊んでいるかのように見える。だが、その実、しっかりと警戒は怠っていないことをジークは好ましく感じていた。
特に、パーティのリーダーであるアイードが良い働きをしていると感じる。
"軽戦士"アイードは"戦士"ガングとほぼ似ているようなジョブに感じられるかもしれないが、その役割には厳密に大きな違いがあり、軽戦士の方は普通の戦闘に加えて、索敵や罠の解除、攪乱や囮、情報管理、遠距離攻撃、魔法補助等々、意外とオールラウンダー的な能力を求められる。
全部が出来なきゃいけないわけではないが、ある意味器用貧乏になりがちなジョブだ。しかし、パティーにおいて土台となり、なくてはならない縁の下の力持ち的な大事な担当である。分かり易く言えば、良くある斥候役や盗賊職と似たものかもしれない。
もちろん一人でこなすパティーもあれば、複数人で役割を分ける場合もある。そんな斥候役の人数の少なさの面から見ても、アイードと言うこの男が人並み以上の実力を持っていることが伺い知ることができ、実質このメンバーの中で一番の実力者といっても過言ではないだろう。
ただ、戦士ガングや魔法使いポーフェ、神官メイシィがアイードに劣っているという事ではない。
戦士ガングは前衛のアタッカーとして優秀であるし、同時に壁役も器用にこなす。
魔法使いポーフェは火力もさることながら視野も広く手数の多さも兼ね備えた万能型である。
神官メイシィに至っては、防御・回復・支援に絶対の自信を持ち、人並み以上の魔力量を誇る。
要するにこのパーティ『万戦不死』は、意外にも一角の実力者揃いと言う面々であった。
そして、そんな優秀な彼らは仕事の切り替えも早く。標的が近い事を察すると一切の無駄口をたたく事が無くなった。
すでに敵に対する話し合いは終わっている。後は倒すのみ。――という自信が各々の顔を見れば分かり易いほどに書いてある。
そして、当然の様に――しばらくすると今回の標的が見えてきた。
敵は、この草原に似つかわしくない『ロックボア』。体表に硬い岩石を纏ったイノシシ型の魔物であった。普通よりもサイズが大きく、軽自動車くらいは軽くあるだろう。
四人はジークを背にすると、30m程距離を詰める。アイードを先頭に、次にガング、メイシィとポーフェが横並びの1-1-2の配置についた。
どうやらガングは今回後衛二人を守る役割のようで、メイシィはアイードに支援魔法をかけ、アイードが敵を引きつけ、ポーフェがその隙に火力で攻める作戦だと伺える。
――さてさて、いかがなものかな。
四人の後ろで、地面から石を一個拾うと、バ○ンスボール並に大きくて青いスライムを見つけて、歩きながら追いかけるジークは、横目で戦いの行く末を見つめていた。
(……だが、あっちよりも今もっとも重要なのはお前だ!待てっ!デッカイプニプニのウォーターベットー!!)
プリンみたいに震えているあの子に、ダイブしたら気持ちよくないはずがない!ぜったいに捕まえたい。
――だが、思ったよりも全く距離が縮まらなかった。……と言うのも、足を度々引き摺りつつ歩くジークのスピードと、スライムの移動速度が等速であるのだ。永遠に砂浜のカップルスキル【おーい待てよー!あははー私を捕まえてごらんなさーい】を使って遊んでる状況になってしまっている。
それにあのスライム、目がどこにあるのかは見えないけど、なんとなく喜んでいる気がする。時々ジークの方をチラチラと見て、ちゃんと追いかけてきているか確認しているような仕草があるのだ。あっちもどうやら遊んでいるらしい。
しかし、しばらくすると体力のない無いジークは息切れを起こし、そして眩暈で倒れかけた。この幸せな時間にもついに終わりが来てしまうのか。と少しそんなことを考えながらも、重力に導かれるまま地面へと引き寄せられていくジーク。
――だが、ジークが地面に倒れるかと思われたその刹那、なんと先ほどのスライムが地面とジークの間にその体を滑りこませ、クッション代わりになって衝撃を引き受けてくれた。
バラ○スボールの真ん中にはすっぽり入れる位の窪みができ、ジークは優しく包み込まれた。転んだだけで致命傷間違いなし、スペラ〇カー並の虚弱さをもつジークにとって、これは九死に一生を得たのと同義である。
息を整えつつも、その優しきスライムに感謝の意を込めてぎゅーっと抱き付き、その柔らかさに癒された。当然そのプニプニ感を余すことなく撫でまわすのも忘れはしない。手にもっていた邪魔な石などは本人も気づかぬまま、いつの間にやら消え去っていた。
そんな風にジークが遊んでいると、どうやら向こうの戦いも丁度よく終わったようだ――。
★★★
またのお越しをお待ちしております。