第六話 ジーク君と冒険者
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★★★
良くある中世ヨーロッパによく似た、剣と魔法が輝く世界。その一角。
大陸の西にある巨大な帝国『ナウラステル』、南の多種族が生きる自由連合国『サンアシモロ』、そして東の貴族と平民の格差激しき王国『オーフカイム』、その王国の第二都市『ユパジルバーバ』その街でジークは産まれた。
国どうしの小競り合いは未だ絶えず、魔物や魔族と言った脅威も多く、騎士や傭兵、冒険者と言った者達が世界の安定の為に日夜どこかで戦っている。
そんな中、王国第二都市『ユパジルバーバ』は、少し南側に近くはあるが比較的平和な部類であった。
都市の中は沢山の人が行きかい、寒空の中でも賑わいを見せる。そんな慌ただしくも楽し気な雰囲気をジークもまた楽しみながら歩いていた。
ほとんど記憶的なものが無いジークだけれど、知識的には琴線に触れるものがあると思った。なんか見たことあるなー……どこでみたんだっけ?とか。あ、肉串!屋台で肉串売ってる!食べたいなー、……お腹空いてないけど。とか、色々とフワフワしていた。
神は密かに、その光景を心配そうに眺めている。
ジークがひたすら真っ直ぐに進んでいると、どうやら外門に辿りついたようだ。都市の外へ向かう人たちの波に乗って、自分もそのままどこかへ行こうかと思う。今のジークは『ユパジルバーバ』の街に対して思い入れがない。そもそも自分がどこの家から出てきたのか、その家が自分にとってのなんなのかさえ、もうわからなかった。
しかし、ふと街の外に出る南の外門近くで思い至る。電撃が走った感覚だ。
「そうだ!ギルドに行こう!始まりの街では、冒険者登録しなければ」
前世で数々嗜んだサブカルチャーの恩恵が降臨したとも言える。
フラッと来た道を戻りつつ、それとなく歩いていくと、モンスターと剣と杖が描かれた看板の、大きな建物を発見した。直感でそこが目当ての場所だと思い、そのまま建物の中へと進む。
その建物は、一階の向かって左側に長机が沢山並んだ定食屋兼BAR――『荒くれ者共と酔っ払い達の楽園』――があり、向かって右側に、壁一面の掲示板とそこに張り出されている依頼書、それからパーティー単位で座れて話し合いが出来るような円形の机がいくつもあり、一番奥にはその受付であろうカウンターと五つの窓口が見えた。
ジークはとりあえず向かって左側に進み、『荒くれもの共と酔っ払い達の楽園』の、とある長机の角の一席に腰を落ち着け、辺りを観察することにする。
微妙に埃っぽさを残しつつも、ちゃんと清掃はされているようで、適度の汗臭さを妙に香水で誤魔化している様な感じもあって……なんとなく思っていたイメージそのままで、安心する空気だと言える。
自然とニコニコしてしまうのは、自身が空っぽに近いからかは分からないけど、現状、テンプレで良くある怖い先輩冒険者に絡まれることは無い模様。それとなくこっちをチラ見している人もいるけれど、どうやら経過観察らしい。やはり右側奥にあるカウンターで『新規冒険者登録』をすることによって"お約束"は発動するのではないだろうか。とか、なんとなく妄想する。
そんな感じでジークが雰囲気を楽しんでいると、おやおや、入口が開いて幾人か人が入ってくるのが見える。
一人、二人、三、四、五……合計五人のジークより少し年上の十五歳くらいの少年少女だった。この世界で言うところの成人したてであろう。なんかオーラがキラキラしている。大人がいつの間にか失くしてしまった輝きがなんか目に痛い。眩しくてムカつく。思わずいちゃもんをつけたくなる衝動にかられてしまいそうだ……はッ!まさかこの気持ちこそが、テンプレに赴く者達の気持ちなのかもしれない。そう思うとジークは酒場にいる酔っ払い冒険者達にちょっとだけ優しくなれる気がした。
そんな暖かな気持ちでいると、その少年少女たちは壁一面の依頼書をニヤリと横目に、迷いなく奥のカウンターへと向かって行った。窓口には二十歳ぐらいのおっとり系のお姉さんが微笑んで待ちかまえている。しかし、その瞳の奥が決して笑ってはいない事を、しっかとジークは見逃していなかった。
「こんにちは。ユパジルバーバの冒険者ギルドにようこそ。本日はどの様なご用件でしょうか?」
「あ、あの!俺達、冒険者の新規登録に来たんですけど!」
「新規登録ですね。承りました。それでは、今から必要事項を記入していただき、オーブ登録が完了しましたら冒険者証をお渡し致します。登録と並行して冒険者の心得も説明していきますがよろしいでしょうか?」
「は、はい!お願いします」
「では…………」
てな感じで、五人は少し緊張しつつも、お姉さんの説明を前のめり気味で聞き、必要事項を着々とこなしていく。
そして、それと同時に、酒場にいる者達も段々と結集してスタンバイをし始めていた。
どうやら皆さんウォーミングアップには余念がなく、ストレッチは完璧なご様子。
そして、なによりも異様なのはその人数の多さだ。10人以上、いや、まだまだ増えそうだ。
このギルドは容赦ない系かな?新人は潰されちゃう系の展開来るのかな?
ハードな未来が見えるのって、なんかワクワクしちゃうね!
あ、ちなみに『オーブ登録』っていうのは、占いで使う水晶球みたいなのに手を乗せると、各ギルドで個人情報を共有出来て、銀行みたいにお金をどこでも入金&引き出しが出来るとかいう、異世界の便利機能みたいだ。その他にもスキルの詳細とか色々なステータスを見れたりだとかで使うみたいだけど、ランクによってそれらの情報にも解放制限があるとかないとか。ま、現状そこまで気にする必要はなさそうだ。
それにしても、ジークは記憶が色々と破損しているはずなのに、それでもなんとなくで色々理解出来てしまう事があるのは、全部日本のサブカルチャーの魂浸食率によるものであると、一応ここで言い訳させていただこう。
おっと、そんなこんなしていると、どうやら新人達の登録が終わったようで、テンプレさん達が少年少女を囲いだした。
少年少女五人に対して、テンプレさん達総勢二十人。四倍の戦力をもって、新人を堂々と恥も外聞もなく狩りに行く先輩たちの本気具合。ガチで素敵です。
リーダーっぽいブロンドヘアーの少年が、仲間を背に強面のテンプレさんにメンチを切る。
そこから始まる罵り合いとヒートアップする室内。
段々と殺気立って殺伐としてくるこの空気感。
見ている側からすると、最高のショーだと思わんかね?
そして、遂に殴り合いに発展。
執拗にローキックで年下の足を攻める強面テンプレさん達。堅実だけどセコイ!初心者を本気で潰そうする為に、無駄に蓄積された無駄な経験が無駄に発揮されている。
対するリーダーの熱血ブロンド君は、腰の入った良いパンチは持っているものの、相手にはまだ一発も当たっていない。ここら辺はやっぱ戦闘経験の差が如実に現れているのでしょう。今後に期待です。
周りの囃し立てもあり、場が熱狂の坩堝と化す中、ジークは片目にそれを観察しつつ、冒険者証を受け取り、ギルドをサササーっと出て行った。――結果はそのうち酒の肴として誰かに聞こうじゃないか。今はとりあえず冒険だ。
そもそも、僕はなんかしなければいけない事がある気がする。それにしたいこともいっぱいある気がするし(小並感)、あと誰かに逢わなきゃいけなかったような……(これは、寂寥感?)。
とにかく、思う存分楽しもう。僕の足だと、走ることは出来ないけど、その分ゆっくりと世界を見渡すことが出来るはずだ。他の人の目につかないものにもきっと目を配ることが出来るだろう。
色々なものを感じに行こう。特にラッキースケベには積極的に這いよっていきたいと思う。
まだ見慣れない光景にキョロキョロワクワクしながら、フワフワした足取りで南門へと到着したジーク。
外へ出るためにはどうやら身分証の確認をしなければいけないらしく、その列の最後尾にジークも並ぶ。しかしそこで一つ、忘れていた事を思い出した。
(そうだ。ステータスを見てくるの忘れてた……ギルドに戻るのは面倒だし、どうすればいいかな)
オーブでステータスの確認が出来るのはさっき知ったけれど、それ以外でも魔法でステータスが見れるんじゃないだろうか。そんな魔法があるかは不明だが、なんとなくある気がする。でも、どうすれば確認できるのかがわからない。
分からない時、分からないままでいることは良い事とは言えない。なので聞くことにする。
ちょうど、目の前に同じ様に並ぶ冒険者がいるので、その人たちに声をかけることにした。
「あのーすみません」
「んー、なんだ。……誰だ?なんだ?なんか用か?」
「あー。チェンジで。そっちの女性の方がいいです。あのーすみま……」
「おいこらガキ!優しいお兄さんが応えてやろうって言うんだ!なんでも聞いてごらん!ほら!俺に聞け!!」
「あぁぁぁ……」
目の前の冒険者達は四人組らしく、男2女2の構成だった。そのうち魔法使いっぽい服装の20歳位のお姉さんに声をかけたのに、反射神経が良いのか大剣を背負った少しこげ茶色の髪をした身長190cmのおじさんが先に釣れてしまった。失敗だ。
チェンジって言ったのに、190cmの自称お兄さんはジークの顔を両手で挟むと、そのまま持ち上げて再度聞き直してくる。まだ身長が130cmくらいしかないジークは、持ち上げられて地面から50cmほど浮かび、180cm位の視点を手に入れた。首が抜けるような音が『ゴキっ!!』って鳴って、情けない声が出てしまったが、これはしょうがないことなので勘弁して欲しい(大変危ないので、絶対に真似しないでください)。
「うああああ!"ガング"!!!あんたなにやってんのよ!!!」
「あ?いや、このガキが聞きたいことがあるって言うからよ」
「あんたのそれは子供に何かを教える姿じゃない!!さっさと放しなさい!!」
「わかってるつーの。ほれ……あっ……あら」
「うわああああああああ!?大丈夫!君!君ぃぃぃぃ!!!!!」
190cmのガングから解放された虚弱なジークは、たったそれだけで失神し、地に崩れ落ちた。
その際、色々と緩んでしまったので少しチビッテしまったが、ジークのせいではないので大目に見てもらえると嬉しい。
ガングの隣にいた魔法使いのお姉さん"ポーフェ"の叫び声と、地面に倒れ伏したジークの姿に辺りは一瞬騒然としたが、二人の仲間である女性神官"メイシィ"がササッとジークの傍へと近寄った。
「メィーーーーシィ!メィーーーーーーシィーーーーーーーーー!!!!」
「叫ばなくても聞こえてる」
「早く!この子治してあげて!ガングの馬鹿が酷いことを!!」
「私も見てたからわかる。任せて」
「いや、俺そんな酷いことなんかしてないぜ?」
「……おいおい。お前ら出発前に騒ぎ起こすなって!あっちで衛兵が見たこともないような目の見開きっぷりでこっちの様子を伺ってるよ!目を合わせたら確実にこっちに来るからな!向こうは絶対に見るなよ!!」
メイシィが治癒魔法を唱え始めて、もう一人の皮鎧を着た軽装の戦士である"アイード"が声を潜めて三人に注意を促した。その顔には冷汗が滲んでいる。
「……わかったぜ。子供が気絶したくらいでしょっ引かれたらたまったもんじゃねえからな」
「アイードどうしよ。この子。可哀想にガングの馬鹿力のせいで……」
「大丈夫だポーフェ。メイシィに任せておけば心配ない」
「てかよ、そもそも俺は、そんな酷い事してねえって!ちょっと持ち上げただけだからよ。ビックリして気絶しただけだよな?そうだろ?メイシィ」
「ガング……この子、首、外れてたけど?」
「うぇ!?」
「「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」」
「大丈夫。もう治した。直に目を覚ますよ」
「「「ふぅ―――」」」
「ね、アイード。この馬鹿、子供を殺しかけたよ」
「さすがに今回は俺も引いたぜ」
「うぐ……」
「今日のご飯は酒代含めてガングの奢りね」
「な!?」
「「異議なし!」」
っとそんな会話の途中で、メイシィの腕に抱かれながら標準の子供より遥かに軽いジークがゆっくりと目を覚ました。
「んぁ……?」
「あ、目を覚ましたよ。メイシィ」
「ん。君、大丈夫?痛い所はない?」
「……正直に言うと、凄く温かくて柔らかいです」
「「……?」」
目を覚ましたジークの言葉は女性二人にはあまり伝わらなかったが、軽戦士アイードと戦士ガングはウンウンと頷き合っていた。メイシィの腕の中はポワポワして後頭部はフカフカだった。
「とりあえず、大丈夫みたいだな」
「こっちはビックリしたってのに、図太いガキだぜ全く」
「こら!ガング!あんたはもうこの子に近寄っちゃだめだからね!」
「次やったら。仲間でも金とるから」
「わーってるよ!近寄らなきゃいいんだろ!近寄らなきゃよ!」
「ま、とにかく安心した。……君、すまなかったね。ごほんっ、俺たちは『万戦不死』と言うBランク冒険者なんだ。俺はリーダーのアイード。こっちは魔法使いのポーフェと神官のメイシィ。で、こっちの馬鹿力が戦士のガングだ。奇妙な縁だけどよろしく」
「うちの仲間がごめんね。よろしくね」
「もしまた首が痛くなったらいつでも言って、このデカブツからお金むしり取るから。よろしく」
「ま、無事でなによりだ。……ちょびっとすまんかった。てか、メイシィ!金をむしるっていくら取るつもりなんだ!仲間だろうが!!」
ジークからしたら一瞬寝落ちしかけただけの体感で、目を開けたら可愛い女の子の腕の中だったのだから文句がある筈もない。そして、Bランク冒険者だと言うアイード達『万戦不死』の仲の良さにほっこりしつつ、そのメンバーの構成を見て、なんとなくバランスの良さに感心していた。そこそこ戦えそうだ。
ふと、自分はまだ冒険者として新規登録したばっかなのに、なんでこんな上から目線でそう思ったのか、自分でも可笑しくなってしまった。……そんなことを考えていると、まだ少し心配そうな顔をポーフェがしていたので、すぐさま返事を返す。
「……あー、ジークです。よろしく」
「……おや?家名は無いのかい?そこそこ仕立ての良い服を着ているから平民じゃないと思ったんだけど」
「あー……」
「こら!アイードまで!!その自然な感じで情報収集する癖やめなさいよ!全く!!男にも女にも見境なく手を出すんだから!さり気なく聞き出すその手腕は、生まれついての誑しの証ね!!あ、それよりもほら、順番来たよ!」
「わかったわかった。情報収集は俺の役割の一つなんだけど、今は自重しとくよ……てかちょっと、その説明だと俺が男にも女にも手を出して誑しこんでるみたいに聞こえないか!?人聞きが悪いぞ」
そんな苦笑を浮かべつつも、アイードが門兵へと冒険者証の提示すると、その門兵が一歩下がりアイードと微妙に離れたのを見て、ガングやメイシィは思わず笑った。そんな楽し気なメンバーに連れられるような雰囲気で、ジークもまた冒険者証を提示し、揃って街の外へと出て行くのだった――。
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またのお越しをお待ちしております。




