第五十一話 思い出の原点と不変の味方。
『暇潰したい神さま。』にアクセス頂きまして、ありがとうございます。
難産でしたぁー、遅くなってしまいすみません(汗
良かったら今日も暇潰しにお使いください。どうぞ――。
★★★
それから数日間、ジーク達は『薬草採取』に励んだ。とっても頑張りました。
ただ、買い取りカウンターのおじちゃんは、毎回毎回ジーク達が戻ってくると苦虫を噛み潰したような表情で『また嫌がらせか?』と、とんでもない言い掛かりをつけてくる。心外な事この上ない。
「――おい。お前らには『薬草採取』は無理だから止めとけと、あれほど言ったはずなんだが、なんで今日も背嚢にギッチギチになるまで採取してきた?」
「喜んでください。今日は更にもう一個あります」
――ドン。
「………」
「『薬草採取』って奥が深いですよね。みんなすっかり気に入ってしまって、採取速度がまた上がりました」
「おい。お前らは"採取速度"を気にする前に、まず"品質"を気にしろと、あれほど言ったはずなんだが、なんで頑張る方向性を間違った?……とりあえず、毒草ペーストを一緒に混ぜるのだけは本当にやめろ。俺の手が最近酷いことになっている」
「あー。うちはみんな握力が強いんですよ。握ってブチってするときにグチャッとなっちゃうんですよね。すみません」
「だから『薬草採取』はやめて『エビルリザード討伐』をして来いと言っているだろう。特にそっちの男はこの前の闘技場の優勝者だろう?"討伐"の方がお前たちに向いているんじゃないのか?」
「まぁ、確かにそうですね。みんな強いですから。――ただ僕達にはあんまりメリットがないんですよ」
「なんでだ?『エビルリザード』は良い稼ぎになると思うが」
「僕たちはお金より"貢献度ポイント"の方が欲しいんですよね。ランクを上げたいので」
「お前らが高ランクになるのは嫌だな」
「――えっ?今なんか言いました?」
「ああ、『お前らが高ランクになるのは嫌だな』って言う、"心の声"が漏れてしまったかもしれないんだが、聞こえなかったのならいい。」
「そうだったんですか。すみません。完全に聞き逃してしまいました」
「(くっ、こいつ。強メンタルか。だ、だが、どうにかして薬草採取だけは防がなければ……)……そうか。それだったら、貢献度ポイントをもっと効率よく稼ぐいい方法があるぞ。」
「ほぅ!どんな方法ですか?」
「街の中での依頼だ。FランクからEランクに上げるには、実はそれが一番の近道だったりする。」
「へぇ、そうだったんですか。……街の中ってどんな依頼がありますか?『薬草採取』の依頼があると凄く嬉しいのですけど」
「い、色々な依頼があるぞ。だが、そうだな。先ずは『薬草採取』から少しだけ頭を離して考えてみようか。きっとその方が、みんなで幸せになれる方法が見つかると思うんだ」
「そうなんですかぁ。――因みに、有る無しで言うとどっちです?」
「あ……無いな。全くない。」
「『あ』ってなんですか?『あ』って……あるんですね?」
「ないっ!無いぞっ!……そ、それよりもほらっ!これを見てくれっ!俺の手のかぶれを!お前らの毒草ペーストのおかげで、嫁の実家特製ハンドクリームだけじゃ、もうどうしようもないんだ。」
「嫌だなぁー、やっぱりありそうじゃないですかぁー、早くその依頼書を出してくださいよぉー。それに、何を情けないこと言ってるんです?そんなんじゃ"買い取りカウンター王"への道はまだまだ遠いですよ?」
「そんな王にはなりたくない!――様々な依頼が揃ってるんだっ!貢献度ポイントが優遇されてるやつの斡旋するからっ!だからもう『薬草採取』だけはどうかっ、どうか考え直してくれっ!!!」
「フハハハハハ!ダメですっ!!」
買い取りカウンターのおじちゃんとやり取りを交わすその時のジークは、それはそれは悪い笑みを浮かべていて、凄く楽しそうだった。
……一方、ギルド内で一人、遠い目で虚空を見詰めているカナルは、珍しく不機嫌そうであった。
今カナルはジークの後ろの方で、ウォーベットに乗せてもらいながらプニプニして時間を潰していた。実は、凄く暇なのである。
隣を見れば、わちゃわちゃ達とエマが三人で【魔力循環法】と言う、特殊な魔力増強法を行っているのだが、カナルより数段魔法巧者であるエマが開始2秒でわちゃわちゃ達の魔力に酔ってしまい、今にもオロロロしてしまいそうなほど青い顔をしているので、そっちに参加するのは止めておいた。――罰ゲームにしかみえない。
――いつもだったら、こういう時にはアークと適当に駄弁ってるのだが、それが今はできないので、暇を持て余してしまっている。そして、ここにアークがいない事こそが、実はカナルの不機嫌さの理由でもあった。
カナルの近くに居ないアークは今、ギルドの一角で色んな冒険者達や商人達、アークの"ファン"と言った方々に囲まれて、とても忙しそうにしている。――そう、闘技場で優勝したことにより、アークは今この街でかなりの有名人となってしまっていたのだ。
普段は寡黙であり、少し影のあるすらっとした切れ目、それに綺麗なブロンドヘアーのイケメンと言うスペックを持つアークなのだが、こと戦いになると『脱ぐわ!叫ぶわ!角材振り回すわ!!』と言うギャップもあり、一部の女性たちのハートをガシッと掴んでしまったらしい。『隠れた野生に萌える』『私の事も振り回して欲しい』と言うコアな変態さん達が多いみたいだ。――この街の住人は変態ばっかりか!
また、それがただの色物だと言う訳でもなく、並みいる強敵たちを完璧に叩き潰したその戦闘力も、目を見張るものがあり、強者を好む冒険者達や専属のボディーガードとして雇いたい商人達などからも大人気であった。――現に今も、勧誘の嵐が凄いことになっている。
「アークさんっ!あなたに是非とも我が商会の専属ボディーガードになって頂きたく、今日はお話をもってきましたっ!もし、我が商会に来ていただけるのであれば、余所の倍の給金をお約束させて頂きますっ!いかがでしょうかっ!」
「なんのっ!アーク様っ!こちらは、そちらの更に倍額でもお支払する用意がございますよっ!是非とも我が商会に――」
「おやおやおやぁ~?他の所はお金の話ばっかりで、下品なことこの上ないですなぁー。……アーク殿、ここだけの話、我が商会ならば、あっちやそっちの各種夜のサービスも選り取り見取りで、大変充実しておりますよ~うひょっひょっひょっ!!」
「「「(お前のとこが一番下品だろうがっ!!!)」」」
「おーい!アークッ!いいかげんに心は決まったんじゃないかっ!お前なら俺たちBランクパーティ『戦神の風』で間違いなくやっていけるっ!俺達はお前の戦い方に共感できるっ!!一緒に俺たちの力を世の中に知らしめてやろうじゃないかっ!!」
「いやいやいや!君のあの破壊力を活かすには緻密な連携と作戦があってこそだ!その点に置いて、俺たちAランク冒険者『千手万象の読み手』に入る事こそが君にとっての最上となるはずだっ!良く考えてみてくれっ!!」
「アークさんっ!あ、あのっ!すみません、あ、握手っ!していただけませんかっ!私、アークさんの事ずっと見てて、ファンになってしまったんですっ!お願いしますっ!」
「アークさんっ!あ、あのっ!私の事、振り回して貰えませんかっ!思いっきりでお願いしますっ!!」
「アークさん。私もアークさんに憧れて、武器を大剣から棍棒に持ち替えてみたんですけど、中々難しくて……良かったら今度個人レッスンしていただけませんか?」
「アノ……オ、オレハ、ソノ……」
――そして、そんな周りの勢いにアークは多少困惑はしつつも、その顔は少しまんざらでもない感じで、嬉しそうだった。誰かからここまで必要とされる事が今までなかった為、素直に嬉しいと言う感情を隠すことが出来なかったのだ。
……そんなアークの姿が、カナルには気に入らないらしく。言葉にはし難いイライラが募る。
「(アークのバーカ。俺たちがいるんだから、他のとこなんて無視してればいいのによっ。バーカバーカ。)」
そんなカナルの気持ちは、いわゆる恋や愛と言った甘酸っぱい感情と言うよりか、例えるなら兄妹が実家を離れて引っ越してしまう時の様な感覚に近く、まるで連れ去られてしまうかの様な心配もあり、寂しさと言う感情がグニャグニャッと捩れて、なんかイライラするのだ。
「(だいたいよっ。直ぐに拒否しないって時点で、あっちの奴等のパーティに行ってもいいかなって、引かれる気持ちが少しはあるってことだよな。こりゃ裏切りだぜっ。あとでエキス先生と一緒にボコボコにしてやらなきゃ)」
アークにとっては絶望を禁じ得ない恐ろしい計画を練りつつ、考えれば考えるだけイライラしてくる気持ちをなんとか抑え、周りには気づかせないようにと虚空を見詰めて、ウォーベットをプニプニし続けるカナル。その指の力は本人も気づかぬうちに、どんどんと強くなっていることは、ウォーベットさんだけの秘密だ。――因みに、中々ツボを押さえており、ウォーベットさん的には70点あげてもいいかなぁ~♪と思うぐらい気持ちいいマッサージではある。
――そして、依頼交渉を終え"悪くて良い笑顔"をしているジークは、大銅貨3枚と今日の分の依頼書を手に戻って来ると、そんなカナルの様子に気づき、少しだけ考えた後に肩をポンポンと叩いた。
「カナル。お待たせ。朝ご飯でも食べに行こうか?」
「ジーク様っ!おかえりっ!ちょうどお腹が空いてたんだぜっ!今日は俺、おっちゃんのとこの肉串が食いたいなっ!」
「あー、そっか。ようやくだね。今日から新店オープンか。よしっ、そうと決まったら行こうか。みんなもそれでいい?」
ジークの言葉にみんなが嬉しそうに頷きを返す。そして人だかりの中心にいるアークへも、ジークは忘れずちゃんと頑張って大きな声で呼びかけた。
「アークー!お待たせー!そろそろ行くよー!」
「!!――オッ、オウッ!イマイクッ!!」
声のかかったアークは、直ぐにジークに気付くと、返事をして人混みから抜けてやって来ようとする。
いつもならこれで、アークを取り囲んでいた面々は、残念そうにしつつも大人しく見送ってくれるのだが――今日は少し旗色が異なるようであった。
いつの時も、何かに熱中し過ぎていると、周りが見え難くなったり、見えてるもの以外が邪魔にしか感じなかったり、自分の考えこそが正解であるのだと、我を通したくなったりする人がいるものだ。今回はまさにそれであった。
「おいっ!ちょっと待ってくれっ!こっちの話はまだ終わってないんだっ!」
「そうそう。毎回毎回、良い所で邪魔されちゃ困るんですよ。こっちだって暇ってわけじゃないんだ。少ない時間をどうにかこうにか、やりくりして来てるんですよっ。偶にはこちらの事を考えてくれてもいいんじゃないですかね?」
「お前らのパーティは今日もあれだろ?『薬草採取』をするんだろ?急ぐ事なんてないじゃないかっ――それによ、アークの"今の"仲間であるお前らには悪いと思うけど、アークはそんな『薬草採取』なんてちっぽけな事をやってるような男じゃないんだよ」
「それは私たちも前から思ってました。闘技場の優勝者であるアークさんが、なんで『薬草採取』なんかを"やらされている"のかなって、ずっと不思議に思ってたんです」
「それにお前ら……えっとー『目覚めを待つ者』だっけ?いつも『薬草採取』やってる割には、全然ダメダメだそうじゃねーか。」
「そうそう。よくギルドの職員が噂してるもんな。間違いなくここ最近じゃ一番酷い冒険者パーティだってよ」
「そんな人達と一緒に居るなんて……アークさんが可哀想です……」
「腐ったリンゴが傍にいると、良いリンゴまで腐っちまうんだぜ」
「――なっ、わかるだろう?これだけの人達がアーク君の事を心配しているんだ。少しはこちらの話に耳を傾け……」
――ブチ。ブチ。
その音は何かが切れる音であった。そして、その音を放ったと思われる2人――カナルとアークは、ユラユラと身体を揺らしながら、明らかに戦闘態勢へ移行しつつあると、ジークにはすぐ分かった。
このまま何もしなければ、数分でギルド内の"雑音は収まる"であろうが、汚い花火があちこちに広がって血祭りなってしまうこと間違いない。そして、それがまた街の掃討へと発展してしまったりするのも面倒ではあるし、おっちゃんみたいな二次被害者を出してしまうのも、出来るだけ避けたいと思ったので、今回はジークの舌先三寸で場を治める事にしよう。
「みなさん。いくつか訂正したいことがあります。」
「ジーク様っ」
「ジーク……」
今にも飛び掛かろうとしていた血の気の多い二人は、その一言でジークに機先を制され、飛び出す機会を失ってしまった。――そもそも、相手の挑発に乗って軽々と飛び出すなんて、戦いにおいては愚の極みであるのだ。カナルもアークもそこらへんはまだまだであると言わざるを得ない。――ここは10歳児の演技の本気を、ちょっと見せるしかないでしょう(メガネクイッ!)。
「――みなさんは、『薬草採取』の奥深さを知らないのですか?」
「はぁ?奥深さもなにもないだろう。『薬草採取』は『薬草採取』だ。金を稼ぐ方法の一つでしかないだろう」
「――いいえ。冒険者は『薬草採取』に始まり、『薬草採取』に終わると、僕は思うんです。冒険者は日々命を賭けて戦っています。そして、そんな冒険者達は決まって最初に『薬草採取』をやる人が多いのです。――それは、ここが僕たちの原点であると同時に、薬草の大切さを本能が知っているからです。
……生き抜くと言うのは、大変な事ばかりです。上手くいく時もあれば、そうじゃない時もある。それはどんな職業だって同じです。辛いことが全くないなんて、ありません。絶対に失敗しない人なんて、限りなく少ないでしょう。――そして、僕たち冒険者は一つの失敗、ほんの些細なミスで、下手をすれば簡単に命に失う可能性があります。……ただ、それが分かっていても僕たちは、なにか願いを叶える為に、命を賭けずにはいられません。
――だから、少しでもそうならない為、死なない為に、僕たちは『薬草採取』から始まり、ずっと必死に色々な事を覚え、自らを鍛え、様々を手に入れていく。生き残るすべを学び、生き残るための武器を手に入れ、そして成長を重ね、変わっていきます。
……だけど、時としてそれは、必ずしも良い方向にばかり、変わるわけではないでしょう?力に驕り、過信し、見誤り、成長した筈なのに、また簡単な事で命の危機に陥ってしまう時もあるでしょう。――ですが、そんな時にふと近くに目を向ければ、彼らの存在がいつもどこかにあるはずなのです。最も大事な事を、最初からずっと教え続けてくれている存在がいるはずなのです。それが『薬草』なんです。彼らは僕たちに、ずっと教えてくれています。原点を大切にしろと、思い出させてくれているのです。
だから、ちっぽけなんて言わないでください。薬草はずっと、僕たちに生きろと言ってくれています。世界には数多の毒があるけれど、その中で彼らだけはずっと僕らの味方であり続けてくれているんです。そんな大事な存在を、なぜ蔑ろに出来ると言うのですか。最後の最後、命の火が尽きるその瞬間まで、彼らはずっと助けてくれる大切な存在なんですよ。
そして、『薬草採取』はそんな大切な彼らとの付き合い方を学ぶ大事な時間です。僕たちは、まだそれが上手くはありませんけど、この大事な時間に決して手は抜きたくはないんです。それは僕と同期であるアークも一緒です。そして、僕達『目覚めを待つ者』は今この時間をとても大事にし、楽しんで生きているんです。
あなた達からしたら、僕らはそんなにふざけている様に見えますか?ですが、僕たちは真剣です。真剣に『薬草採取』をしているんです。
――この時間に、無駄なんて一つもありはしない。」
「「「………」」」
少し強引で力任せな語りになってしまい、ジーク本人は「(少し無理矢理過ぎたかなぁ……)」と上手く言いくるめる事が出来なくて反省していたのだが――何故か話を聞いていた冒険者達や商人達、そしてアークのファン達はどこか少し遠い目をして、目頭をウルウルとさせると、ジーンときている顔をしだした。
「そう言えば……俺も昔はケガばっかりでさ。毎日毎日、薬草の世話になってばかりだった。ある日にさ、血がどうしても止まらない時があってさ、背嚢にギリギリ引っ付いて残ってた、あの一枚の薬草でどうにか命拾いすることができたんだ。……その時の事、今になってようやく思いだしたよ……なんで今まで忘れてたんだろうな……」
「――私も商人として、長い間商いを営んできましたが、決して楽な道ばかりではありませんでした。ですが、今もこうやって商人を続けてこれたのは、一番最初、初めて自分で仕入れた薬草が、ちゃんと売れて、それが何よりも嬉しくて、その時に商いの面白さと、素晴らしいさを知ることが出来たからなんです……。――全ては、数枚の薬草から始まった事なんだと、今思い出しました……」
「ごめんなさい。私たち、『薬草採取』がそんな大事なものだったなんて、気づきもしませんでした。視野が狭くなっていたんだと思います。もっと広い目を持たなきゃ、私たちもきっとどこかで、足元を掬われていたに違いありません。――その事に今日気付く事が出来て良かった。……こんな大事なことに、気づかせてくれて本当にありがとう。」
「アークさんの強さの秘訣は、ここにあったのだと、今分かりました」
「アークさん、頑張って下さい!これからも応援してます!!」
「私たちもアーク様達を見習ってもう一度『薬草採取』からやり直したいと思います!」
――なんでだろう。思っていたより、効果はばつぐんだったようだ。
そして、なんかとてもいい雰囲気のまま、朗らかな笑顔でみんなは解散する事になり、その時のギルド内全員が『薬草を見た時は今日の事を思い出そう。そして自分の原点を忘れず、生きて必ず戻って来よう』と言う目には見えない熱い絆で繋がってしまった。
――この日から、『トルペジテ』の街の死傷者の数は目に見えて減っていき、この街は芯がしっかりとした粘り強く強力な冒険者達を、多数輩出する事でも有名となった。
因みにこの街のシンボルマークには、いつの間にか『薬草』の絵が描かれる事になったのだとか……。
★★★
またのお越しをお待ちしております。




