第二十二話 思いやりと愛国心
『暇潰したい神さま。』にアクセス頂きまして、ありがとうございます。
★★★
「ジーク、俺は大型の魔物が出現した件を、一度街に戻ってギルドに報告したいんだけど、いいかな?」
リンクスは、何かを心に決めたような表情をした後、ほのかな笑みを顔に貼り付けてそう問いかけた。
ジークは了承を示す頷きを返す。
「あー、危険はないとは思いますけど、万が一を考えて警戒を呼び掛けに行くんですね?僕たちはここで待機していればいいですか?」
「いや、君達も一緒に来て欲しい」
「「「えっ?」」」
「話だけじゃ信用してもらえないかもしれないからね。君のマルクが持ってるあの大きな魔石を交えて報告したいんだ。流石にあのサイズの魔石だから貸し出すのは嫌だろう?だからジークも一緒に来て欲しいんだけど、そうしたらここに残るのがカナルと……あ、えっと、あ、……アークっ!だけになるだろ?それだったら一度全員で戻った方が良いと思ってね……アハハ。」
一瞬、リンクスは"アーク君"の名前をド忘れしかけたが、ギリギリセーフで思い出した。アークはマルクの魔法と、ジークからもらった服で身体は温かくなったけど、心だけは少しだけ寒くなった。そんなアークの切なそうな眼に、リンクスは苦笑いで誤魔化すしかない。
「――そ、そうですね。マルクのおもちゃを取り上げたくはないですし、残った二人に何かトラブルが起こったりしたら嫌ですもんね。みんなで戻りましょう」
「じ、ジーク様が言うなら!俺はその命に従うまでだっ!そこには極小アント程の反抗心さえ湧き上がらない!俺はまさに完璧なる奴・隷だからなっ――」
「オレモ、ソレデイイ」
ジークの賛意にカナルとアークも同意し頷く。……因みに、カナルが何故こんなにわざとらしい感じなのかと言うと—―先ほど、ちょっとした"恐怖"を思い出したので、ここらでご主人様にしっかりと服従を示して、末永い命の平穏を図ろうと言う魂胆からである。腹踊りしながら皿回しする位ならばいつでもやる覚悟だ。実にあざとい。可愛くない系統のあざとさである。
「よし。じゃあ、夜営道具を片付けた後に街へと帰還する!各自作業に入ってくれ!」
「「「はいっ」」」
結局、街から出て10分程の場所でプチ夜営し、少しキャンプをしただけで街へと戻る事になるジーク達。
冒険に逸る気持ちを呑みこみ、これも冒険者の務めの一つだと思って頑張るしかないだろう。『新人講習会』が無くなるわけじゃないのだ。
――そんな感じで、ジーク達が帰りの支度をしているのとほぼ同時刻。
冒険者ギルドのギルドマスターの部屋には、マスターであるオンガと受付嬢であるミアさんがいた。
「それで?どういうつもりなんですかオンガさん」
「なにがぁ~ん?」
「なんでいつもいつもあの子を探る様な事をしているんですか?」
「あらぁ~ん、それはミアちゃんの気のせいよぉ~ん。ワタシが可愛い男の子を追いかける事に人生かけていること、知ってるく、せ、にぃ~♪」
「ええーーいっ!その喋り方!!煩わしい上にわざとらしいから、やめてくださいっ!!とにかくっ!普段はそうかもしれないんですけど、今回は明らかにいつもと違うから言ってるんです!!」
「あらぁ~、どこが違うって言うのぉ~?」
「あの子は、見た目と違って鋭いですよ?見てないようでちゃんと見てます」
「………」
「オンガさんが隠れたつもりで見ていることも、たぶん気付いていると思いますし、オンガさんの下手な演技なんて、全部お見通しだと思っていた方が良いんじゃないですか?」
「……フハハハ!ミアちゃぁ~ん、随分とあの子の肩をもつじゃなぁ~い?」
「私が毎日どれだけの冒険者を見ていると思ってるんです?この街のギルドで、一番冒険者を見てきたのは私ですよ。あの子の空気が他と違う事ぐらい一目で分かります。そんな彼に合わせて動いた貴方の行動が、あからさまにおかしい事にも直ぐに気づきましたよ。……可哀想に、ジーク君に不審をもたれないように、同じ位の頻度で接触を謀られた"アーク君達のパーティ"は解散しちゃったんですよ?いつもの貴方ならそんなことになる前に身を引くなずなのにっ!!さぁ、正直に答えてくださいギルドマスター!!」
「あららぁ~ん……ふむ~。……ミアちゃ~ん、貴方、冒険者を見る目は鍛えられたかもしれないけど、本質的な"力"を測る目は、まだまだみたいねぇ~ん。これからの課題よぉ?」
「どういうことですか?」
「あなた、あの子の傍にいつもいる小っちゃい子達を見て、なんとも思わないんでしょ~ん?」
「――えっ?えっと、マルクちゃんと、エキスちゃんでしたっけ?可愛いゴーレムの――」
「"あんなの"がゴーレムだったら堪らないわぁ~ん。……あれはそんな生易しい物じゃないのよぉ~。」
「じゃあなんだって言うんですか?」
「さぁ~ん?なんなんでしょうねぇ~ん?――でも、一つ確かなことはアレに内包されている"力"が発動されれば、この街なんか簡単に吹き飛ぶのは確かねぇ~ん。」
「えっ!?」
「あなたはそれをまだ"分かってない者達"の一人ってことよぉ~ん。"分かってる者達"は既に色々と動いているわぁ~。プリッツァー伯爵のとこなんかは特にねぇ~。――でも、あの馬ぁー鹿、情報も揃ってない癖に、いち早く闇ギルド使って"アレ"の確保に乗り出した挙句、物の見事に返り討ちにされたみたいでねぇ~」
「や、闇ギルドを返り討ち!?……ですか?」
「そうよぉ~ん。この前の30人もの死体が見つかった件あるじゃなぁ~い?あれよぉ~。もう、帝国と連合国の雰囲気が怪しいってこの時期に、国の大事な大事な諜報と暗殺戦力を一個丸々潰してくれちゃったのよぉ~、『黒死鳥』の連中も浮かばれないわねぇ~。はぁ、あの馬鹿はこれで暫くは動き辛くなるし、やんなっちゃうわぁ~ん。」
「……それで、どうするおつもりなんですか?」
「あらぁ~ん!決まってるじゃなぁ~い!あんな危険な物、この街の中でほっとくわけにはいかないでしょぉ~?だから、あれはちゃんとした管理下に置かないといけないのよぉ~。とりあえずは、あんな子供が持っていていい品物じゃないわねぇ。」
「オンガさんが言っている"監視下に置く"って、あの子を"拘束して奪い取る"って事じゃないですかっ」
「あ~らぁん。ちゃんと最初に、"口でお願い"はするつもりよぉ~ん?」
「(脅すって言っているようなものじゃないか)……マルクもエキスもジーク君の物なんですよ?この街にとって危険だって言うなら、奪うなんてことをせずに、話して他の街に移って貰えばいいじゃないですか?彼だって冒険者なんですから、そっちの方がよっぽど穏便に――」
「あらぁ~ん、他の国に行かれちゃマズいのよぉ~。言ったでしょ~ん?帝国と連合国の"雰囲気が怪しい"って、その意味は分かるわよねぇ?――もしぃ~、こっちにその"火が"飛び火してくるとしたら、その火の火力は少しでも弱い方が、消すのも楽になるわぁ~。そうでしょぉ~?」
「そ、そんな、そんなの――」
「えぇ、そうよぉ~ん。あの子は我らが王国の都合に巻き込むって事ねぇ~。……ワタシはねぇ~、可愛い男の子が好きな事と同じ位に、"愛国心"を大切にしてるのぉ~。この国の為なら、なんだってするつもりよぉ~ん。帝国の"英雄神信仰"、連合国の"複合神信仰"、王国の"絶対神信仰"、各国が主張する『信仰神』の正当性や人種や種族差別なんかより、よっぽど分かり易くて偉大だとワタシは思うわぁ~ん。やっぱ国が好きじゃないと、戦えないし、死ぬまで暮らすなんてできないじゃなぁ~い?」
「………」
「……はぁぁ、ミアちゃ――」
「……どうにかなりませんか?せめてあの子に協力を仰ぐという形でなんとか――」
「ミアちゃーん、あなたのそう言う部分嫌いじゃないけど、あの子のステータスを見たら全て分かると思うわぁ。――ギルドマスター権限で、彼のステータスを今回に限り【オーブ】で閲覧する許可を与えるわねぇ。見ればきっと分かるでしょ。あの子には"色々なものが"足りないのよぉ、任せる事など絶対に出来ないわぁ」
「……わ、分かりました。見てみます」
「……えぇ。見終わったら、あなたは通常勤務に戻ってねぇ~ん。あ、代わりに"ベリンド"達を呼んでこの部屋に来るように言っておいてぇ~ん」
「分かりました。失礼します」
ギルドマスターの部屋を出て一階に戻り、ベリンド達に声を掛け、それから職員用に置いてある【オーブ】で『ジーク君のステータス』を確認してみる。オンガが何を大げさな事を言っているのかと、鼻で笑ってやる位の気持ちだった。
「………え」
――でも、それを見た瞬間、息をのんだ。
「なんで、こんな……」
その普通じゃ考えられないような"ステータスの低さ"を見ていたら、段々と目頭が熱くなる。我慢してないと、今にも涙が出そうになった。
そして、それと同時に頭に思い浮かんだのは、あの子達がギルド内の一角でスライムに包まれながら、揃って幸せそうに寝ている姿だった。仕事に疲れて少し凹み気味だった気分も、あれを見たら癒されて、やる気が出たのだ。
夜の時も疲れた時にちょうどポーションをくれた。人の優しさに久々に触れたから、少し涙が出てしまったけれど、恥ずかしいから見られてなければいいな……。
――あ、あんなにも、良い子達を……。
あの子達にこの後起こる事を考えると、胸が絞めつけられる思いだった。
「………ぅ」
ダメだ。この後は通常勤務として受付にいかなければならない。
泣くわけにはいかないから、ぐっと我慢して窓口へと向かう。
交代した同僚は私の顔を見た時、凄く青ざめていたけれど、今の私はそんなに酷い顔をしているのだろうか?
……たぶんしているのだろうな。今、心の中は"納得した部分"と"納得できない部分"が入り乱れてぐちゃぐちゃなのだから。
……きっと今日の私に突っかかってきた冒険者は、いつも以上に泣き叫ぶことになるだろう。
ハハハハ、八つ当たりになってしまうが、今の私の憂さ晴らしには丁度いい、今までで一番いい声で泣かせてあげようじゃないか――。
—―コトッ。
――そんな事を考えていたら、突然目の前のカウンターに、赤い液体の入った小さな瓶が置かれた。
それはポーション瓶だった……。
そして、顔を上げた先に、ジーク君のこちらを心配そうに伺う顔を見た瞬間、私の涙は溢れた。……我慢しても止まらなくなった。
……今日はどうやら、私が泣き叫ぶ日だったようだ。
彼がオロオロとする中、私は泣きながら心の中でずっと謝っていた『力になれずごめんなさい』と――。
★★★
またのお越しをお待ちしております。




