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第二話 タロウ君と王城

初回投稿はここまでになります。


初心者あるあるなのでしょうか。読み返す度に不安になります――。



★★★





 「ん……」


 眩い光で、中々目が開けない。タロウは手のひらで影を作り辺りを見回す。すると、目の前に一面真っ赤な絨毯の奥、玉座に黄金の冠を付けた男。一目でおそらく王様だと分かる姿に、タロウはここがどこかの城の中なのだと感覚的に察した。


 この光景は……。

 古き良き時代のゲームのテンプレ。勇者と王様の出会い。その王道パターンの一角そのものではないか。

 段々と慣れてくる視界と共にタロウの心は高鳴っていく。



 王の隣にはこれまた別嬪なおそらく王妃様。美しすぎる。そのまた隣には、これまた可愛いおそらく王女様。可憐すぎる。そして、そのまた隣には真っ黒くどこまでも悍ましい何かがいるが、一旦それは無視して置いておくとして、背後に何やら気配を感じてちょろっと振り返る。



 タロウが振り向くとそこには、筋骨隆々な戦士達、眩い光を放つ装備を着た超美形なおそらく勇者な人達、クリスタルで作られた杖を構える魔法使いたちに、黄金で作られた強弓をしなやかな指先で扱うエルフっぽい方々、何トンあるのか不明なほど巨大なハンマーを雄々しく掲げるドワーフ達、その他明らかに伝説の装備を纏いし様々な種族達。



 そんな中、ポツンと部屋の真ん中に佇むタロウ。どうしよう。なんか怖い。全周囲から見られる威圧感で頭の中真っ白になりそう。人前に立つ状況は苦手だ。


 そんな風にタロウが少し困惑していると、王が突如として叫んだ。



「おおおおおお!!!勇者よおおおおおお!!!」


「う、うお!?」


 う、うるさい。思わずそう言いたくなるほどの声量。尚且つ歌手になれるくらいの低音美声だから、音痴な俺からするとムカつき具合がなおさらだ。

 IFの話だけど、もしファンタジー産の特殊なのど飴とか見つけたら、俺もあんな美声が出る男になったりしないだろうか。カラオケで一度でもいいから90点とか、とってみたいんだよな。……あればいいな。



「えーあの……俺ですか?」



 タロウが自分を指さしつつ王にそう尋ねると、王は大きく頷いた。



「そう。其方だ。其方こそ、我が国を救う救世の勇者にほかならない。人類の希望となっていただくべく、我が国の魔道の粋をもって召喚させて頂いたのだ。其方には是非とも邪悪なる魔王を倒していただきたい。最早、我が国は其方に頼るしか残された道がないのだ」


「は、はぁ……なるほど……」


「もちろん!其方の為のフォローは最高レベルでさせていただく!戦士や魔法使いなども国中から集めておるぞ」


「あ、ありがとうございます。(あー、後ろの方々はお供の方々かな?随分と多いけど)」



 軽く百人以上はいるので困惑が隠せない。

 某ゲーム風に後ろに一列で並んでいくと大変極まりないだろう。



「勇者様のサポートですもの。そのくらいは当り前ですわ」



 華やかな笑みを浮かべそう告げる。おそらく王女様。



「なるほど……お優しい……ありがたく存じます」


「まぁ!勇者様に喜んでいただけましたわ!みなも私も勇者様とお会いできて、とても嬉しそうです」


「ははは……それはなにより……」



 王女様がお供の戦士たち(?)に声をかけるとタロウの後ろからは大喝采が鳴り響く。でも正直、俺がいなくても魔王が倒せるんじゃないだろうか。と、そう思えるほど強そうだ。言いようもない力の威圧をバシバシと感じる。……本当に俺は必要なのだろうか。



「ですが!まだまだこれくらいでは大事な勇者様を戦いに赴かせるわけにはいきません。大臣!例のものをここに」


「はは!」



 おそらく王妃様の一声に、大臣と呼ばれた男性が、兵士たちに何やらを運ばせて持って来た。自己紹介とかは一切ないまま、どんどん話が進んでいくけどいいのだろうか。いいよね。気にしたら負けだよね。



 そしてしばらく待つと、ダンジョンとかでありそうな宝箱っぽいものが、タロウの前にドシドシと運ばれてきた。なんか仰々しい装飾が付いており、無駄にキラキラと光っている。LEDライトでもついているんだろうか。


 大臣の「開けよ!」と言う言葉と共に、タロウの目の前でその中身が開かれ、中からは目に優しくない光が放たれる。直視すると目が潰れそうなレベルだが、中に入っているものは分かった。



「こ、これは……お金……ですか?」


「はい!勇者さまの活動資金として、国の全財産をお持ちいたしました。是非ともこれをおつかいくださいませ。」


「ぜ、全財産!?国のって、そ、そんな……」


「いいのですッ!勇者様。……それ以上は、なにも仰らないでくださいませ。魔王を倒せなければ、それこそ国が、いえ世界が亡ぶのです。それなのに国の財産を惜しむのは愚かな事ですわ」



 え、いや、だってそれだと魔王を倒しても、どっちみち財政難とかで国が……と、タロウが冷静に思っていると、王妃様は更にどんどん金銀財宝を運ばせ始める。

 タロウは見かねて一声かけた。


「……あ、あー、あんまり沢山あると持ち運ぶの大変ですし、持てる分だけでも大丈夫ですよ!」


「まあ!なんて謙虚なお方!さすが勇者様ですわね」



 まだなにもしていないのに好感度だけは上がるなんて、勇者って不思議。


 

「んーですが、持てる分だけでは、急に何かが入用になった時に困りますわね。どうしたらいいでしょう」


「……それでしたら!王妃様、発言をお許しください。」


「あら。ええ。許しますわ。」



 困った王妃様を見かねて、若い文官青年の一人が一歩前に出て進言する。



「勇者様が必要だと感じたものは、全て無料で提供するように国中に通達するのはいかがでしょうか」


「まぁ!それは良い考えね」


「!?!?」


 驚愕のタロウ。目を見開きすぎて、多分充血してる気がする。


「はい。それならば、宿だろうが武器だろうが魔道具、薬品、etc……勇者様は必要とされる全ての品にかかる費用を持ち運ぶ必要が御座いません。」


「おおおおお」


「素晴らしい」


「すぐに国中に通達せよ!!」


「其方は出世だ!二階級特進を命じる!」


「はは!ありがたき幸せ!!」


 その文官の発言は王を含めこの部屋にいる全ての者の賛同を得たようだ。だが、それだと武器屋とか道具屋とか泣いてしまうんじゃないだろうか。ちゃんと国からフォローはあるんだよね?大丈夫だよね?

 文官青年に至っては長生きできなさそうなフラグを貰って嬉しそうにしてるけど、ねぇ何の階級かは分からないけどほんとにいいの?長生きしてよ?



「あ……いや……その……(そんなの要らないって言ってもいいかな。てか、金策とかもRPGの醍醐味だと俺は思うんだよね。そういうのも楽しみたいんだけど)」



 だが、そんなタロウの狼狽えは周りに届かない。逆に王は更なる閃きを思いつく。



「――そうだ。余としたことが失念しておった。王女よ、勇者様と婚約してはどうだ?」


「まぁ!」


「素敵ですわ!お父様!」



 いや、まだなにもしてないんですけど!?そういうのって普通戦いが終わってからですよね?とそう思ってタロウは盛り上がりつつある現状にたまらず声を張り上げた。



「あー、あの!王様!!」


「おおお!なんですかな勇者様!」


「婚約はその、とても嬉しいのですが、魔王を倒してからの方がいいのではないでしょうか?……国が不安定な状況では、喜びも半減で王女さまも心から笑顔にはなれないでしょう。兵の士気は上がるかもしれませんが、個人的にもまだそんな気分ではありません。つ、つまりは、なにも事を為してないまま祝うのではなく、全てを成し遂げてから大々的に祝いたい……みたいな」


「………………」



 タロウの言葉に王とその周りにいる全ての者が目を見開いた。そして長い沈黙。

 怖い。え、なにこれ、怖すぎるんですけど。

 タロウがキョどりそうになる瞬間、ようやく言葉を発した王様はそれはそれは良い笑顔を浮かべる。



「さ、さすが勇者様、何よりもまず結果を追い求める。その貪欲なまでの悪を許せぬ正義感。感服致しました。」


「えっ!……いや、そんなんじゃなくて、俺はただ……」


「みなよ!勇者様に最上級の礼を!!」


「はは!!」

 

 ビタンッ!


 急に……全員が五体投地してるんですけど!?……これはなんですか一体。

 会話ってこんなに思い通りにいかないものだっけ?どうすれば思い描くような流れに結びつくのかもうわけがわかんないよ。てか、逆に俺も五体投地してみたいんですけど。してもいいかな?いいよね?一人は寂しいもんね。みんなしてるから便乗して、みんなで一緒にやるぞ!みたいな日本人の性分で……。


 ……はは。みんなの真似しようかと思ったら、兵士に両脇を固め支えられて、すぐさま立たされましたよ。それも凄い笑顔なの。俺、笑顔がこんなに怖いと思ったの初めてだよ。


 もう状況に抗ってはいけない。流れに身を任すしかない。と、どこか諦めが漂うタロウだった。


 —―だが、しかし。


「最後に、勇者様には世界の秘宝である。聖剣と魔剣をお持ちせよ。……大臣!」


「はは!」


「…………」


 ……なん……だと……。今、なんて言った……。


 最後に王の口から出た言葉は、タロウの全身に電撃を走らせるほどの衝撃を与えた。

 聖剣や魔剣なんて、ファンタジー大好きなタロウにとって、魂への栄養ドリンクとも言えるものだ。その興奮は決して抑えきれるものではなく、勝手にざわざわと騒ぎ出してはタロウのテンションを一気に最高潮へと引き上げた。


 そして、黒と白の斑模様の特殊な箱に納められたそれら。多分、幾重にも封印が施されていたものの中身が見えると、タロウは思わず息をのむ。



 その、箱の中に納められた二振りの剣。

 一方は白金の輝きを纏い、絶え間なく光を発するまさに聖剣。如何なる悪も一瞬で灰と化すであろう神々しさと全てを包み込むような温かさを宿した剣。

 もう一方は、漆黒に染められ、中心に蒼穹の線を宿す黒き剣。魔でありながらどこまでも純粋かつ、この世全ての力を内包しているかのような存在感を感じた。



 これは――本物だ。そう素直に思った。さっきまでのふざけた状況が全て吹き飛ぶほど。

 心がそれを求めている。


 元の世界で振っていた仮聖剣――2Lのペットボトルに名前を付けた紛い物――ではなく、これこそが"力"であると存在そのものが自己主張してくる。ファンタジー世界に来たという実感とか。二次元の嫁にようやく出会えたような気がするとか。夢に見たものが現実になって何故か懐かしく感じるとか。そんな言葉に出来ない複雑で曖昧な思いが、源泉の如く沸き溢れてきて、とにかくもうほんとにほんとに嬉しくて、下半身がキューってなって、少しだけチビッタ。


 結局わけがわかんないけど、ダバーーっと涙も出たね。涎や鼻汁も追加のオプションだ。

 上半身も下半身もビチョビチョで完璧。水も滴るなんとやら。

 ほんと、感情によって色んな汁ってのは出るんだね。30歳手前にして新発見。やったね。


 

 この瞬間、この部屋の中で一番の変人は俺だと自覚。

 だが、そんな些細な事には気にせず、聖剣と魔剣を手に取った。



 右手の聖剣……これ、あったけーんすよ。温泉に入って「あぁぁぁぁぁ」とかおじさんみたいな声出す感じと近似値の快感が溢れてくるね。色んなものが溢れてくるんだよね。


 そして左手の魔剣……こっちも、超きっもちいーんす。どっちも手になじむんです。もう体の一部みたいな感覚で。最高ですね。生きてて良かったって思う瞬間はいつ来るの?今でしょぉぉおおおおおおおお!



 満たされた表情でタロウは顔を上げる。その視線の先、王や王妃、王女は驚愕の面持ち。



「なんと!選ばれし者しか触れることのできず、触るだけで9割は人を灰に、1割は頭が吹き飛ぶ聖剣をこうも容易く!!」と王様が。


「持ち主にほんの少しでも邪な心があればその身を瞬く間に食いつくすと言われる魔剣ですのに……さすが勇者様。100%真心しかない人ですのね」と王妃様が。


「半信半疑でしたが、やっぱり勇者様は素晴らしいお方でした!きっと魔王なんて簡単に倒してくださるに違いありません!!」と王女様が。



 上も下も汁まみれで、一見すると汚物にしか見えないタロウを褒め称える三人。それも満面の笑みである。


 ……え、なんか、微妙に危ない人体実験をさせられてません?致死率10割とか、邪な心とかの説明が一切なかったよ?下手したら剣に食われていたとか、普通は激おこだよ。だが、そんな風に思うところが沢山にあるけど、色々と考えたら負けだろう。うん、聞かなかったことにしよう。てか、そんな『こまけぇこたぁいいんだよ!!』。


 もう剣は手に入れたんだ!さっさと話をまとめて旅に出て行きたい!胸が高鳴ってワクワクが止まりませんよ!早く異世界を満喫したいよ!サポートが良すぎて少しヌルゲー感は否めないけど、俺の旅はこれから始まるんだ!!



 タロウは一瞬だけ、視界の端にある黒いものをチラッとだけ見るけれど、頭を振って忘れる努力をし、王様達の方へと向き直った。



「王様、王妃様、王女様。沢山のお心遣いと素晴らしい品をありがとうございます。俺、必ずや魔王を倒して見せます」


「うむ。勇者よ。この国を、いや、この世界をどうか頼む!!」


「勇者様、貴方に栄光の光が絶え間なく降り注ぐことを祈っております。」


「勇者様、どうかご無事で。わたくし、勇者様のお帰りをいつまでもお待ちしておりますわ」


 感動的な別れと、みんなの期待を背負って、勇者タロウは今旅経つ。


「では、大臣。勇者様を魔王の所へ案内せよ!」


「はは!!」



 そして大臣に引かれて、タロウは部屋の隅へと連れていかれた。



 ――するとそこには、3mくらいの巨体で、肌は真っ黒黒く、瞳は真っ白で、腕は6本、頭からは角が6本、背からはドリルが6本、額には①の数字、口は猿轡で塞がれ、胸には2か所の白い丸――丸の中には『ここが弱点』という文字、上半身裸で筋骨隆々の悪魔感が半端ない男が、体中数多の黄金の鎖で封じられ、ずっと静に佇んでいた。まるで魔王の様な男だと感じる。



「…………」


「…………」


 これ?と、隣の大臣にアイコンタクトを試みると、大臣はやさしく微笑みを返してくれる。

 転移して一目見たときから、感じてはいた。感じてはいたけど、頑張って見ないようにしていた。


 ……けど、どうやらこれ、アレだよね――どう頑張って見ても……"魔王"だよね。


 俺の旅、始まる前に終わり、告げてるよね。


「やっぱ魔王じゃねーか!!なんで王城の中にいやがるんだ!!」


「勇者様!!世界の為にどうか魔王を!!」


「いやいやいやいや!!おかしいよね!魔王もうほぼ攻略済じゃないですか!!危険度0じゃないか!!弱点もこの黒いおっさんの乳首部分の白い丸にむき出しだよ!!」


「いえ、このままだといずれ魔王の力が暴発し、この国、いや世界が滅びてしまうのです」


「じゃあトドメを刺せばよろしいでしょおお!!なんでこのままで放置しているのですかぁあああ!!」



 タロウの絶叫にも似た疑問に、王たちは悲し気な表情を浮かべた。



「どうにか魔王の力を封じ、ここまで抑え込むことは出来ましたが……我々ではそれが限界でした。魔王は、なんと……不死なのです。」


「ふ、不死!?そんなの、どうやってもダメじゃ……」


「で、ですが!その聖剣と魔剣さえあれば、魔王にトドメを刺すことが出来るのです。……多分。ですから、勇者様。どうか!どうか魔王を!……でなければ、後3000年もしないうちに、我が国は滅びへと……ぅぅぅ」


「お母さま、泣かないでください。勇者様はきっとこの国を救ってくださいますわ」



 後3000年って……大部余裕じゃないか。

 なんだろう……『やる気』ってさ、水物だよね。

 既に俺の『やる気』のライフは0だよ……。


 それに、なんだろうこのドッキリをされている感。遊ばれている感覚がする。

 てかこの際だ。いくつか疑問だったことも聞いておくか。背後の戦士達は何のためにいたのかとか、旅にも出ないのに国の全財産くれた謎とか、さっきまでの話しのどこまでが本当なのかとか、――ぶっちゃけ全部茶番だったの?とか、聞いてもいいよね。



「応援団よ!今こそ勇者にエールを送るのだ!!」


「はは!!!!!」


「フレーフレーー勇者ぁ!うぇい!」


「「「頑張れ・頑張れ・勇者ぁ!頑張れ・頑張れ・勇者ぁ!」」」


 戦士や魔法使い、戦闘面でのお供だと思っていた面々――エルフはいつの間にか楽器を奏で、魔法使いはサイリウムみたいに杖を振り、それ以外は肉体で躍動感溢れる応援をしてくれた。さっそく謎が一つ解決したよ。彼らは戦闘要員じゃなかったみたい、応援団だったよ。

 


「トドメをー刺すんだ―勇者!うぇい!!」


「「「トドメを・刺すんだ・勇者ぁ!!!トドメを・急げよ・勇者ぁ!!」」」


 

 やかましいわ。


「はぁ……」


 もう聞く気すらも失せちゃったよ……。みんなが期待を籠めた視線をくださるけど、ほんとにもう、思ってたのと違うんだよな。冒険0で魔王の処刑執行だけって、なんか違うよ。もっと色々なキャッキャウフフな展開とか仲間との熱いぶつかり合いとか、絆とかなんとかを高め、伝説のアイテムを集め、王道展開の末に辿り着いた魔王城での血沸き肉躍る決戦みたいなのが欲しかった。


 それに今更だけど、神様どこいった?説明してくれるって言ってた話はどうなったの?……てか、なんでだろう、その当の本人に笑われている気がして凄ーくモヤモヤする。


「はぁ……」



 何度も深いため息をくり返すタロウに、王や周りの人達は泣きそうな眼で訴えてくる。

 うっ……雨に濡れた子犬みたいな雰囲気が全方位から漂ってくる。なんだこの威圧力。



「…………」


「…………」


 ……しょうが、ないか。敵をさっさとやっつけて、その後の平和な世界をじっくり楽しむって生き方も悪い物じゃない。そう思うことにしよう。思い描いていたチート能力はないけど、この恵まれ過ぎた状況そのものがチートだと思えば悪くないかもだし。何よりこの両手にある聖剣と魔剣は本物だ。これを手に入れられただけで願いは叶った様なもの。さっさと魔王を倒しちゃいましょう。



「……わかりました。では、今から魔王にトドメを刺します」


「「「おおおおおおおおおおお」」」



 軽い足取りで魔王へと接近するタロウ。額に①と描かれた魔王は目の前に迫る死に対して、真っ白な瞳から一筋の赤い涙を零す。魔王の涙に罪悪感が芽生えるものの、タロウは胸に刻まれた白い丸(弱点と書かれている部分)へと両の手の剣を差し込んだ。



 まるで豆腐にナイフを刺すかの様に、一切の抵抗が感じられないままに深々と突き刺さる聖剣と魔剣。魔王からしてみれば絶叫ものの一撃は、随分あっさりとしたものだった。口に嵌められた猿轡も、魔道具の一種なのかその声は一切聞こえない。だが、叫ぶだけ叫んだ後、魔王は引き攣る様に息をひきとった。魔王が死んだ。そう感じ取られた瞬間。その姿は塵の様に消え去っていく。



 死って、今まで直視したことなかったけど、こんな感じなんだろうか。凄く切ない気がした。敵である魔王だけど、素直にそう思った。だがそれとは引き換えに、背後を振り返ると部屋の中にいた全ての者たちの喜ぶ姿があり、気分はマイナスに沈むばかりじゃなく達成感みたいなものを少しだけ感じた。結果的にプラマイゼロな精神状態。



 魔王は滅びた。国は、いや世界は救われた。うん。終わり良ければ総て良しってことでいいか。大事なのはこの後かもしれない。救ったこの国に何かが起こるかもしれない。うん、全てはこれからなんだ。


 そして、決意も新たにしたタロウに向かって、可憐な王女様が上気した顔で走ってくる。


 あ。これはご褒美的な時間の始まりかな。


 可愛い女の子から好意を向けられるって、それだけで幸せになれる。タロウは王女様が近づくにつれて期待に胸が高鳴ってくるのを感じる。



 ――だが、その時、不思議なことが起こった。


 こっちに向かって走ってきているはずの王女様が、逆にドンドンと遠ざかっていくのだ。


 え、なにこれ!?王女様、パントマイム上手過ぎない?マイケルもビックリだよ!?

 新幹線並みの速度でムーンウォークする王女様。その光景を呆けて眺める事しかできないタロウ。


 だが、遠ざかっていくのは王女様だけではなく、タロウ以外の全てがすぅーっと離れていく。

 え、なんなんだこれ!!てか、今更自分が動けないことに気づいた。もしや魔王の攻撃か?死んでなかったか?


 タロウは魔王の残滓へと目を向けるが、安心してください。そこには何もいませんでした。

 じゃあ、王様や大臣、その他諸々の戦士たちがなにかやったのか?と思いその方向へと目を向けると、もう既に全て地平線の遥か彼方まで遠ざかって良く見えない。


 だが、タロウが背後へと振り向いた時、その答えはあっけないほど簡単に見つかった。


 空から、地面へと向かって、高速で流れていく文字列。日本語を中心で書かれているため大体の内容は読める。そしてその内容はどこかで見覚えがあった。

 


 だって――


 "音楽は――とか、シナリオは――とか、構成は――だとか。監督は――"とか……これってあれじゃん。


 —―エンドロールじゃん。


 

★★★


「ぷ……クスクス。ダメお腹痛い。………フフッ」

 

 全てが真っ白い空間、天蓋付きのベットでリラックスしながらの神様の観賞会。

 頭の中に映し出されるタロウの姿に神さまはお腹を抱えて笑っていた。


 転送直後、玉座に座る王様を下から上まで観察し黄金の王冠に胸を高鳴らせ、隣にいる王妃や王女に癒されその美しさに軽い妄想すら浮かべた後、魔王を見つけて一瞬唖然とした表情をタロウが浮かべてからはもう笑いが止まらなかった。



 タロウ君の見てみないふりは、とにかく素晴らしいの一言で。普通の人であればなんかしらの安っぽいリアクションをしてしまうであろう場面を、彼は心の中で『そんな筈はない。あれは違う。まだ早すぎる。魔王なんかであるわけがない。そうきっと、ただのオブジェ』と言い聞かせて、自分で自分を説得していた。

 

 私は彼を少し見くびっていたのかもしれない。ちゃんと状況を把握するまでは冷静に対処できる人間なのだと見直した。

 

 今回の成長率は0.0000001%と思ったよりも成長できたし、彼には特別なご褒美が必要だろう。思ってたよりも安易に金品や女の子に飛びつかなかったから、やっぱりあの剣がいいかしら。聖剣と魔剣を見詰めているときの喜びに震える様は気持ち悪いほどで、彼の人生の中で最上のものだったと観測結果としてはっきり出てるもんね。


 あー、とりあえず私が求めていた以上の反応で良かったな。なにより今なおエンドロールを見て一度も瞬きをしない彼の姿は何よりも心を打つ。ドッキリ成功を言い渡す時並の面白さがある。やって良かったな。プススス、うん。ほんとに良い呆然自失ですと、褒めてあげたいけど、それを言うと怒っちゃうだろうか……。




 ――パチパチパチパチパチ


「タロウさん。クリアおめでとうございます。」


【・・・・・】


 おや、タロウは動かない。まるで屍のようだ。目のハイライトは消え失せ、凄い無表情でこっちを見ている。


「タロウさん、辛い戦いだったと思います……フフ。魔王の攻撃はタロウさんを傷つけて……はいませんが。それでも大変だったことだけは確かです。それでですね、プススス。世界を救ってくれたご褒美になにか商品を送りたいと思うのですが、何がいいですか?」


【あの……】


 お、タロウが動き出したぞ。復活したぞ。


【神様。これやっぱ終わりなんですかね。王女様とのご褒美はないんですよね。……てか、ぶっちゃけ俺って必要でした?要らなかったような気がしてならないんですけど】


 あれれーおっかしいぞー?どうしたことか、なんか予想以上にショックを受けている様子ですね。ここは正直に打ち明けタロウ君をヨイショし、鼓舞する所と見たり。少し強気な感じでいきますよ。王女様とのご褒美についての言及は無視します。『愛など要らぬ!』


「タロウ君。何を言うんだい。もちろん必要だったさ。君じゃなきゃあの世界は救えなかったんだよ。――ごほん、あまりにサクサクと終わってしまったからあっけなく感じてしまったみたいだけど。仕方ないから特別にあの世界の詳細について説明するよ。どうだい?聞きたいかい?」


【……え、あ、はい。教えて下さい。後3000年も猶予があって、資金も豊富、俺より強そうな戦士達だか応援団だかわかんない人達も沢山いて、なんか超イージーモード的な、あの世界の事を……】


「……タロウ君。3000の猶予はね、言い換えれば、ただの死刑宣告だよ。資金も、戦士達にも余裕がありそうに見えた君の気持もわからなくはない。……でもね、ただそれだけなんだよ」


【……え?】


「わからないかい?段々と衰退していく世界で、魔王は反比例的に力を強めていくんだ。その魔王の力で人々は病魔と呪いに侵され、それでもなんとか子孫を残し生を繋ぐも、彼らに残ったのは、産まれてから死ぬまで苦しに塗れ続ける運命だけだったんだ。……あの時、君が決断して、もし倒さなかったとしたら、それ以降はだれもあの魔王を倒すことが出来なかったんだよ。」


【え、だって。おかしいですって、剣であんなにあっさり倒せましたよ。まんま豆腐装甲でした。聖剣と魔剣の持ち主になれるかどうかの成功率が、致死率10割って鬼みたいな事は言ってましたけど、あれも本当かどうか俺にはさっぱりで――】


「言われただろう?君にしか使えなかったって。君と言う英雄にしか、もつことも触れることも、そして存在を確定することも出来なかったんだ。君が触れなければ、あの剣達は世界に存在すらしないことになる。そういう剣だったんだよ。そんな剣を他の者が扱えると思うかい?剣が入った箱ごと魔王にぶつけてみるかい?新たな英雄が来るまで呑気に待てば良いと思うかい?


 ――断言しよう。無理だよ。誰も来ないよ。君しかいなかったんだ。君がしなかったら、あの世界は3000年も恐怖に怯え、そしてそのまま終わっていた世界だ。何度でも言うよ。タロウ君。君は英雄だ。君があの世界を救った。きっとあの世界の歴史には君という存在が永劫語り継がれることだろう。」


【……ゴク】


「信じられないかい?数多の英雄達を見てきた私から言わせてもらえるなら、君は今までの英雄達と少しだけ異なる性質を持つと明言させてほしい。確かに先人の英雄達の中には最初から壮大かつ激しい戦記に巻き込まれた者も多数に存在する。ただそれが君の場合はスピード解決しただけの話だ。もし君さえ良ければ今後も別の世界を救ってくれたらと、私は願うよ。きっとその中には君が思い描く世界がきっとあるはずだ。」


【そ、そうなんですか。……ハハ、ハハハハ。あまりにもコレジャナイ感が強すぎて、30歳手前になってまで恥ずかしくも狼狽えてしまいましたよ。……そっか、俺の冒険はこれからか。……よし。そう考えると、なんだかやる気が出てきました。神様、俺頑張ります。】


 タロウ君の機嫌は直ったようだ。

 良かった良かった。うん、これでまだまだ楽しめるね。……フフフ、フフフフ。


 計画通り(ニヤリ)と言わんばかりに悪い顔で微笑む神様。

 チョロイなタロウ君。君はチョロタロ君だなぁ。


 だが、当の本人は嬉しそうにしてくれているので、このまま別の世界に行ってもらいましょう。


「さて、タロウ君。さっき言ったお礼、ご褒美の話だけど。どうする?やっぱり――」


【――はい。この二本の剣でお願いしたいです。良いですか?】


「ああ。もちろんだよ。じゃあ、このまま次の世界に送ってもいいかな?」


【はい】


「次の世界は前の世界よりも優しくないからね。覚悟しておいてくれ。では、いってらっしゃーい!!」


【はい……ああ……ぁぁぁぁ】


 前回同様に光の粒となって飛んでいくタロウをニヤニヤと神様は見送った。



★★★


またのお越しをお待ちしております。

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