いつか来る終わりを夢見てる
手帳に挟んでいた一枚の写真を抜き出し、そこに写っている幼馴染みの笑顔を見た。
笑顔よりも微笑みと言う方が似合っている。
「うわ!それ先輩ですか?」
ひらりひらりと写真を揺らしていると、背後からそんな驚きの声を投げられた。
回転椅子の背もたれに背中を預かけて振り返れば、後輩が目を丸めて写真を見下ろしている。
パチパチ、瞬きの回数が多い。
写真家を目指す割にはチャラチャラしやがって、と唾を吐きたくなるような甘ちゃん後輩。
私は幼馴染みを見ていたのだが、後輩は幼馴染みの横にいる私を見ていたらしい。
写真の中の幼馴染みも私も、今よりも随分と若く、懐かしい制服を身にまとっている。
「髪、長かったんですね」
「まぁね」
学生服を着ていた頃は、腰の辺りまで伸ばしていた赤毛も、今となっては肩に触れないくらいに切り落としてしまった。
仕事の都合上、動き回るのには身軽で良い。
「この隣の人、誰ですか?」
つい、と背後から伸びて来た指が、写真の中の幼馴染みを指し示す。
艶やかで豊かな黒髪をサイドで結い上げた幼馴染みは、可愛らしく愛らしい。
学生の頃の印象と、今の印象は大分違うので、分からないのも仕方のない話だ。
私は後輩の手から写真を遠ざけて、幼馴染みの通称を口にする。
昔は渾名だったけれど、今となっては仕事用の名前で呼ばれることが多い。
その点は、お互い様かも知れないが。
「え、嘘ですよね?だって、あの人って美人で綺麗って感じじゃないですか」
「この頃だって美人で綺麗よ」
眉根を寄せて言えば、後輩は肩を竦めて見せた。
胸元までだった黒髪は、腰まで伸ばされている今に、柔らかな曲線を描いていたマシュマロのような体は、しなやかにメリハリを付ける今。
歳を重ねれば得られる大人のそれで、美人で綺麗という印象が強まるのだ。
「はぁ……いや、でも学生時代って本当に可愛い感じだったんですね。俺これならイケる」
何がイケるのかは聞かずに写真をひっくり返す。
人気作家として名を馳せる幼馴染みは、メディア露出は一切していない。
それなのに後輩が幼馴染みを知っているのは、私が写真家で小説の表紙の装丁に関わったからだ。
見た目がどストライクだと語った後輩を、本気で辞めさせようと思ったのはあの時が初めてだった。
「他にも写真あるんですか?」
わざわざ身を乗り出して問い掛けてくる後輩に、私は溜息混じりに「ないわね」と答えておく。
元より専門は風景なので、人を撮ることは少ない。
嫌いではないけれども、私は芸術写真家と呼ばれるタイプであり、カメラマンではないのだ。
唯一無二とも呼べるその幼馴染みと私の写真は、高校の卒業式当日に撮ったものだった。
初めて自分のお金で買ったレフカメラを使い、初めて幼馴染みを撮った、ある意味一番の記念写真。
目を閉じれば、甘ったるい春の匂いを思い出す。
鮮やかな色のシュシュで結えられた黒髪が、甘い香りの風に揺れるのを見ていたあの頃。
手に馴染まないカメラを手に、私は幼馴染みに声を掛けた。
幼馴染みは卒業式に対して、特別な何か、寂しいとかの感情を持っていないようだった。
ゆらりと向けられた黒目は、ハイライトも含まずに、ガラス玉のように私の姿を反射する。
写真が撮りたいことを告げた私に対して、幼さの残る顔立ちの幼馴染みは「遺影用?」と、細い首を傾けたのだ。
あれが冗談か、本気だったのか、今でも良く分からない。
『作ちゃんとなら、良い写真が撮れると思うの』
今より少し高めの私の声。
カメラを抱き締めるようにして言えば、幼馴染みはやはり表情を変えずに、傾けていた首を戻す。
作ちゃん、なんて懐かしい呼び方だと思う。
今でも仕事以外で会えば、そう呼ぶけれど、最近では仕事で会うことの方が多い。
社会人の多忙さが身に沁みて分かる瞬間だ。
のんびりとした動きで私との距離を詰めた幼馴染みからは、春の甘い香りとは、別の何かがした。
シャンプーのような、柔軟剤のような、今でもその匂いが何なのかは分かっていない。
「何度撮ったとしても、この写真が一番になると思うから。それなら、この一枚だけを持って、遺影にするべきなんだよ」
大人になってしまった私達が、遺影に学生時代の写真を使うのは、些か、年齢詐欺のような気もする。
一応詐欺ではないけれど、合っていないような、正しくないような、そんな感じ。
後輩もそう思っているのか、はたまた、私の言葉が理解出来ないのか、短い眉毛が眉間に寄っていた。