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モンスターシリーズ

ハンマー男

作者: 天草一樹

 人の二倍ほどの大きさを持つハンマーを用いて、夜、人通りの少なくなった裏道に出没し、無差別に人を殺す殺人鬼。通称『ハンマー男』。そう呼ばれる殺人鬼が、街中を巨大な川が流れることで有名な都市『アセナ』を脅かしていた。

 このハンマー男が最初の犯行をしたと思われる時から早二か月が経過している。

 この期間に殺された人の数は十二人。さらに、襲われたものの運よく助かった人の数を合わせるとおよそ二十人にも達するといわれている。

 このことを考えると、ハンマー男は三日に一人のペースで殺人を起こしており、巷では今世紀最大の殺人鬼と噂されていた。

 また、ハンマー男が今世紀最大の殺人鬼と呼ばれる理由として、その殺した人の数だけではなく、殺した相手の顔を、原型がなくなるまで殴りつぶすというその異様な殺し方があげられる。

 当然警察は一刻も早くハンマー男を捕まえようと、夜間の巡回における警察官の増員、ハンマー男の出現場所近くでの張り込み、一般市民の夜間の外出の禁止など、数多くの対応策を講じた。が、今のところ、これだけわかりやすい特徴を持っていながらも、ハンマー男と思われる人物の目星さえついていない状況であった。

 そのため、世間だけではなく警察内部からまで、ハンマー男の正体は人間ではない何か、恐ろしい化け物ではないのかという声が上がり始めていた。

 そして今日。十二月十三日の金曜日。

 満月が煌々と輝く中、警察は前日までの巡回の人数をさらに倍にして、確実にハンマー男を捕まえようと、満を持しての巡回となったのである。





「ずいぶんとこの町は警官が多いんだな」

 全身を黒服で包んだ大柄な男が、酒を一息に飲んだ後、ぼそりと店主に呟いた。

「そりゃあお客さん、ここ最近はあの殺人鬼がうろついてるようですからな。警官はたくさん巡回しているでしょうに」

 店主は目の前で酒を飲んでいるその男に言った。

 この店は、五年ほど前にようやく店主が開いた、裏町の小さなバーである。

 店主は尋ねてきた男の、やや異様な雰囲気に違和感を覚えつつも(おそらく男が店内であるにもかかわらず、フードをかぶっていて顔がほとんど見えないためだろう)、警察によって夜間の外出禁止となっていることもあり(元から客はほとんど来ないが)ほとんど客もおらず暇だったため、その男と話し始めた。

「あの殺人鬼?」

 黒服の男は、今この町に住んでいる人ならだれでも知っていて当然のハンマー男について、信じられないことに知らないようだった。

「お客さんもしかして旅行者? 今巷を騒がせているハンマー男のこと知らないの?」

 店主がそう聞くと、男は黙って首を縦に振った。

 元来話し好きである店主は、人が少ないことを理由に、その男の隣に座りハンマー男について大まかなことを話し始めた(職務放棄)。

 一通りハンマー男について話し終わった店主は、いったん自分で作ったワインを飲み一息ついた。そして、今日がいつもよりも警察官の巡回者数が多くなっている理由を、聞きもしないのに話し始めた。

「それでだ、その十二人目の被害者ってのがよ、巡回中の警察官だったわけよ。それでまあ仲間がやられたからなのか、ハンマー男の強さにビビったのか知らないが、もう今日は警察どもがばか騒ぎでな。とにかく人数多くして何とかしようと思ったのか、今までの二倍以上の人員を動員してんだよ。ただ、仮にハンマー男にあっても、その死んだ巡回してた警官の二の舞になるわけにはいかないからって、四人一組で行動させてんのさ。結局巡回してるグループ自体は増えてねぇんだからほとんど意味ないだろってな。全くこれだから警察は当てにならないんだよ」

 と、普段ならそもそも考えたこともない警察批判などを、もはや独り言の域で喋る店主。すると、店主が喋っている間ずっと黙ったまま酒を飲んでいた黒服の男が、またしてもぼそりと小声で呟いた。

「顔が潰されてるはずなのに、どうして巡回をしていた警官だと分かったんだ」

 店主はこれまた変なことを聞く客だと思いながらも答えた。

「そりゃもちろん、警官が着用している制服のせいじゃないのかい」

「巡回していた警官とは限らないだろう」

「あー、えっと、そりゃあ…。ああそうだ思い出した。そん時までは巡回は二人一組だったんだよ。だからもう一人が近くにいて確かそいつが証言したんじゃないかな。それと、その死んだ警官のポケットに確かちゃんと警察手帳が入ってたんじゃなかったかな」

 自分の話が嘘だと思われたと感じたのか、店主は慌てながら早口で言う。

 そんな店主の様子を気に掛けることもなく、黒服の男は、再度小さな声でぼそりといった。

「生き残った警官は何をしてたんだ」

「もしかしてお客さんもそのもう一人の警官のことを疑ってるのかい? まあ確かに最近では警察内部にハンマー男がいるんじゃないかなんて意見もあったけど、その警官は絶対に犯人じゃないよ。そいつはそれまでの犯行時のほとんどにアリバイがあるらしいからな。でも実際、その警官があやしいことは事実ではあるよな」

 店主がそう言って、一度考えをまとめようと思索にふけっていると、その店にいた別の客が手を上げて店主を呼び、注文をした。

 店主は客に注文された品を出した後、再び黒服の男の席の隣に座り、ハンマー男について話し始めた。

「そういえば、その殺された警官なんだけど、やっぱり顔が潰されてたらしいんだが、それが相当な早業なんだよ。なんせ逃げ去った警官が、応援を呼んでそのハンマー男に出くわした場所まで戻るのに五分かかってないらしいからな。まあ、もし本当に人の体の二倍ほどのハンマーを振り回せるような怪力野郎だったらそれぐらい簡単だとは思うが、実際そんなことができる人間なんていないだろ。殺してから逃げる時間を考えると、ほんともう人間業じゃないよな。やっぱりこんなことができるのは人間じゃなくて怪物だと俺は思うんだよ。たとえばそうだな…、怪力で有名な怪物といえばフランケンシュタインとか、後今日なんかは満月だしオオカミ男ってのも考えられそうだよなぁ…。おっと、少しばかり無駄話が過ぎたかな、じゃあまあお客さんもゆっくりしていってくださいよ」

 一通り言いたいことを言い終えて満足した店主は、ようやく席を立ち仕事に戻った(ただ座っているか立っているかの違いだけだが)。

 そして、そのまましばらく黒服の男が酒を飲んでいると、店内にいた別の客が黒服の男のそばに座ってきた。

 その客は、全身を派手な服でコーディネイトをし、化粧もやけに濃い、見るからに悪趣味と思われる妓楼の女だった。

 しかし女は、その格好に自信があるのか、非常に堂々とした態度をとっている。

 きっと自分が他人からそんな感想をもたれているなどとは考えたこともないのだろうなと店主は思いつつ、その唯一の客二人をちらちらと見つめていた。

 すると女は、黒服の男にしなだれかかり、小さな声で甘えるように男に喋りかけ始めた。

 女が喋り終えると、黒服の男は無言でうなずき、懐から財布を取り出した。そして、その女の分もお金を払い、女と一緒に店を出て行った。

 店主は、いまさらながらにあの黒服の男が実はハンマー男じゃなかったのかな、などと思い一度身をふるわせた後、まあそんなことはないだろうと気楽に思い直し、だれも人がいなくなった後の店内を掃除し始めた。





 今日はついている。女はそう思った。

 ハンマー男が出没してからほとんど客が来なくなり、稼ぎが減ってしまった。もう店で待っていても意味がないと思い、警察の外出禁止令を無視して、わざわざ警官も通らなそうなところにある小さなバーに行ってみた。

 女は、大声を出すことが自慢の一つであった。そのため、仮にハンマー男に遭遇したとしても、大声を上げて助けを呼べば、警官もたくさん巡回しているのだし、何とかなるだろうと楽観視していた。そのため、特にハンマー男のことは恐れていなかったのである。

 しかし、他の一般市民はハンマー男のことが怖いらしく、入ったバーには客はほとんどいなかった。

 これじゃあ無駄足になったかなと思いつつも、唯一いた客の席に行き、自宅までの警護を頼んでみた。すると男は自分が飲んだ分のお代まで払ってくれ、警護もしてくれるといった。

 しかも、男が金を払うときに財布の中身を少し覗いたところ、大量の金貨がぎっしりと入っているのが見えた。

 これは何とかしてもっとお金をふんだくらねばと思った女は、男と自宅まで一緒に歩いている道のりで、色っぽく話しかけ始めた。

「最近はほんと物騒ですよね~、ハンマー男なんて怖い殺人鬼がいるみたいですし。私もう本当に怖くて、一人で家にいられなくてつい人がたくさんいる場所に行きたいなと思って、警察の外出禁止令を破ってあのバーに行っちゃったんです。でもよかったわ、あなたみたいなとっても素敵な人にあえて」

 男はほとんど反応しなかったが、女はきっと照れているのだろうくらいに思い、さらに自分がか弱いアピールをするために、最近あったちょっと不思議な話をした。

「そういえば、この間の夜、私が仕事場から家に帰るときに、鬼火を見たんですよ。あ、私の仕事場は川の近くにあるんですけど、ぜひ予定が空いてたら寄ってみてくださいね、サービスしますから。まあそれはそうと、最初その鬼火を見たときは、何か光ってるなーって不思議に思った程度で、まあ大して気にもせずに帰ったんですよ。でも次の日その場所に何気なくいってみたら警官がたくさんいて、その警官の隙間から覗いてみると顔が潰された死体があったんです! それでまあ私あまり体が強くないから、貧血を起こして倒れちゃったのよね、その時は。それで、あとあとよく考えてみたんだけどもしかしたら私が見た光は、その殺された人の魂かなんかだったんじゃないかなって。もう私怖くて怖くて」

 そういって女は男に抱きついた。男は相変わらず何の反応も示さず黙って黙々と歩いていく。

 女は男の反応があまりよくないのに少しがっかりしながらも挫けず、もっと裏道の暗い場所に行けば男も優しく接してくれるかもしれないと考え、さらに暗い路地に入っていった。

 しばらくその暗い路地を無言で歩いていると、一か所だけ月の光が当たっているところがあった。

 女は、そういえば今日は満月だったわねと思いだした。満月についてでも話したらロマンチックで男の興味を引けるかしらと考え、女は男のほうを向いて口を開きかける。

 すると、突然黒服の男は女を突き飛ばした。

 女が突然のことに唖然としつつも男のほうを向くと、そこには人間が持つとは思えないような巨大なハンマーが現れていた。

 そしてさっきまで一緒に歩いていた黒服の男は、頭から血を流して倒れているように見えた。巨大なハンマーの陰になっていて最初は見えなかったが、何やら棒を持った男がその近くに立っている。

 女は大声を出して助けを呼ぼうとしたが、あまりに突然のできことに声も出ず、ただ、棒を持った男の動きをボーっとしながら見ていた。

 棒を持った男は、倒れたまま動かない黒服の男のそばにしゃがみ込むと、持っている棒で何度も黒服の男の顔を殴り始めた。

 女はようやくその時点で、黒服の男がハンマー男に襲われていることに気づく。が、その事実は彼女の恐怖を煽るだけで、なおさら動きを取れなくさせてしまった。

 しばらくして、ハンマー男は満足したのか黒服の男を殴りつけるのをやめ、ゆっくりと立ち上がった。ハンマー男は暗闇の中一度女のほうを見据え、ゆっくりと近づいてくる。

 女は失神しそうになりながらも、ただハンマー男の動きをじっと見つめることをやめられなかった。

 そのまま女にゆっくりと近づいてきたハンマー男は、女の目の前で立ち止まり、先に黒服の男を殴っていた、血によって真っ赤に染まった棒を振りかぶった。

 その瞬間、ついに女は気を失った。





 女の目の前まで来たハンマー男は、女の呆然とした顔を見て愉快に感じていた。わざわざこんな暗い路地まで殺されにやってきた馬鹿な女に、感謝と憐れみを込めつつ、ハンマー男は棒を振りかぶる。そして、女の顔面に向けて思いっきり振り下ろした。が、突然後ろから腕をつかまれたために体がよろけ、尻餅をついてしまった。

 まさか警察に見つかったのかと思い、慌てて後ろを振り返る。しかし予想に反し、そこには今殺したばかりの黒服の男が、襲う直前と全く同じ顔で立っていた。

 ハンマー男があまりの事態に唖然としていると、黒服の男はつかんだ腕をそのまま引っ張りはじめ、唯一月の光が当たる場所までハンマー男を引きずって行った。

 黒服の男は月の光が当たるところに立つと、かぶっていたフードを取り、まだ事態を呑み込めていないハンマー男のほうを振り返る。唖然とした表情のハンマー男の顔を見下ろしながら、こぶしを振り上げ、一言。だれに聞かせるでもなく、ぼそりと呟いた。

「自分、オオカミ男なもんで」

 次の瞬間ハンマー男の意識が飛んだ。





 後日談

 十二月十四日土曜日、ある都市では大騒ぎの一日となっていた。

 『アセナ』を震撼させ続けていた、かの殺人鬼『ハンマー男』が捕まったのである。

 警察はその前日、ハンマー男が潜んでいそうな裏道を捜索していた警官の一グループが、巨大ハンマーを片手に気絶している男を発見。男を揺り起こして訊問したところ、自分がハンマー男であると自供、逮捕に至ったのである。

 また、ハンマー男のそばに倒れていた女も、その人物がハンマー男であると話したことから容疑は固まったようだ。

 その後の事情聴取で分かったことだが、ハンマー男の正体は殺されたと考えられていた警察官であった。正確に言うと、もう一人共犯がおり、自身に疑いがかかりそうになったと感じた後は、共犯の男にハンマー男のまねをさせて人を襲うふりをしてもらい、自分のアリバイを作っていたとのことだった。

 前回の事件では、それでも疑いが強くなってきてしまい、このままでは殺人をやめるか、さもなければ捕まるかの二択しかないという状況に追いやられたために行った狂言殺人(自殺?)であったそうだ。前日に殺しておいた背格好の似た浮浪者を自分に変装させ、自身を死んだことにし、再び犯行を重ねようとしていたとか。

 また、実際に凶器に使われていたのは巨大なハンマーなどではなく、警察で支給される警棒を使用していたらしい。ハンマー男のトレードマークである巨大ハンマーは、燃えやすい木で作られた張りぼてで、あくまで犯罪の異様性、犯人の体格の目星をごまかすためのものであったらしい。ちなみに、その張りぼてのハンマーは殺害後持ち帰るには邪魔なので、犯行後はすぐに火をつけて河川に投げ捨てていたとのことであった(つまり毎回組み立てていたということ。ご苦労なことだ)。

 最後に、捕まったハンマー男はうわ言のように、「男の頭に耳が…」などという意味不明な言動を繰り返していたらしい。





後日談の後日談

 プルルルル、プルルルル

 黒服の男は鳴り響く携帯の通話ボタンを押すと、耳に当てた。

『ヤッホー、オオカミ男君。聞いたよ、今回も世紀の殺人鬼を捕まえる大手柄だったそうじゃないか。友人としてお祝いさせてもらうよ』

 甲高い、それでいてどこか甘ったるいような声が携帯から流れてくる。

 黒服の男は、無表情のままぼそぼそと言い返す。

「……別に、自分は何もしていません。たまたま襲われたので、返り討ちにしただけの話です」

『はっはー、たまたまねぇ。ま、今回はそういうことにしておきましょう。それよりさ、僕から君へ頼みごとがあるんだよ。これから特に予定がないなら僕の言う場所まで来てもらいたいんだけど』

「盗みの手助けなら、するつもりはないぞ。血液嫌いの吸血鬼よ」

 相手は、乾いた笑いを響かせながら、どこか悲痛そうな声で言う。

『全く、それは言わないでほしいんだけどなぁ。というか、この誘いは君にとっても利益はあることなんだよ。僕が盗みに入ろうとしている屋敷の主は、君好みの最低最悪のくそ野郎だ。この僕を差し置いて、その土地では吸血鬼伯爵なんて呼ばれているような奴でね。どうか君の力を貸してくれないかな。フランケンシュタイン君には断られちゃってて、頼れるのは君しかいないんだよ』

「……分かった。行きましょう」

 電話口からほっとした声が聞こえる。

『よかった。それじゃあついでにトマトも買ってきてね。最近はお金不足で食べられてないから。で、場所なんだけど……』

 通話が終わると、黒服の男――もといオオカミ男は、次の標的のいる場所を目指し、ゆっくりと歩き始めた。


続きを書こうかどうか悩んでいるので、もし続きを読んでみたいと思ってくれたのでしたら、感想をお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最初に黒服の大男がハンマー男ではないかと匂わせていて、その実、正体は……! 思わせぶりな雰囲気が巧みです。 登場した女性、怖いもの知らずでハラハラしました(> <; 人気のない夜にふたり…
2020/02/16 03:11 退会済み
管理
[一言] 続きを読みたい!
[良い点] ミステリーとファンタジーが、上手く融合されていて面白いです。 [一言] 店主を疑ってました! 騙された(笑)
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