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001 魔に刺し殺された男

 (つんざ)くような金属と金属が擦れるブレーキ音。ミキサーに肉塊を突っ込んだような音。男女入り混じった悲鳴。それが合わさり、不協和音を奏でる。真っ暗な視界の中で聞いたその音が、七歳(ななとせ)イツキの最後の記憶であった。


 二十九歳、男性。職業、会社員。

 黒い短髪の前髪をあげた、柔和そうな男の写真と共に、警察は自殺の可能性が高いとみて経緯を調べている。そんな記事が、後日新聞の片隅に小さく乗った。

 結論から言えば自殺だった。

 

 七歳(ななとせ)イツキ。

 営業職に就いていた彼には毎月の様に過酷なノルマを課せられていた。それだけを聞いたのならば、なるほど、ブラック企業に務めた末の犠牲者かと思うだろう。

 それが違うのだ。


 トリガーを引いたのは母親の死だった。母子家庭で育ったイツキにとって、母親と言うものは特別な存在だった。寝る間も惜しんで働き、生活を切り詰め、大学資金を出してくれた母親に、これからは俺が面倒をみてやると意気込んだ矢先。癌が発覚。すでに手の施しようのない域に達していた。

 それからは医者を渡り歩き、給料のほとんどを治療費に宛て延命に尽くした。幸いにしてイツキが就職した企業は、ノルマもキツイがその分のリターンも大きく、また目的達成の為に助力を惜しまないチームにも恵まれ、相応の給与がイツキに支払われた。


 八年。良く持った方だと医者は言う。


 最後は二人っきりで。抗癌治療の苦労をねぎらい、礼を言われ、穏やかな死を迎えた。十分だった。

 看取った後、イツキは粛々(しゅくしゅく)と一人。勘当同然だった母親の身内のいない通夜を終わらせ、納骨を済ませた。身内はいなかったが人望の厚かった母に、大勢の友人が参列した。だが、入る墓はなく、共同墓地に入る運びとなった。俺の家の墓に入れないか? と熱心に誘う男性が一人いたが、イツキは一人息子として断固断った。悪い人じゃないけどと母がこぼしていた人物である。


――鮮明に覚えている。


 夏だった。蝉の死骸が砂利道の隅に落ちていた。腹を上に、足を折り曲げ、蟻が列をなしていた。それを尻目に線香がゆるりと、青い空にのぼっていく。

 手を合わせた後、イツキは、これで終わったと肩の力を抜き、なんの気なしに煙の後を目で追った。

 

 その瞬間、ぷつんと糸が切れてしまった。

 

 生きる目標を無くしたとでも言うのか。生きるために大事なものがすっぽりと抜け落ちてしまった。喪が明けても、現実を見失ったようなフワフワとした心持ちは抜けることはなかった。

 そんな状態で仕事など上手くいくはずもなく、ミスにミスを重ね、ミスを埋めるための非生産的な時間を過ごした帰宅途中のホーム。水曜日の終電。疲れきり、どことなくピリピリした空気に魔が差した。


――もういいじゃないか。


 イツキはこれから先、以前のようにバリバリと仕事をこなす己を想像できなかった。さりとて、気立ての良いチームのお荷物にも成り下がりたくはなかった。転職する意味も見いだせなかった。

 それが七歳(ななとせ)イツキが死んだ理由であった。

 

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