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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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 「いてててて」


 マスター・キャメロンは、床と激突した腰を摩りながら低く呻いた。そして、悪戯がばれてしまった子供のように、にへらと笑う。

 どうして彼は、いつも笑っているのだろう。私はその振る舞いに疑問を抱く。

 私は、マスター・キャメロンの事が少しだけ苦手でもあった。その気の抜ける一笑にのらりくらりと躱されてしまい、彼の本心や裏の顔が見抜けないのだ。


 一刻も早く報告書の作成に取り掛かりたいところだが、未知の魔物であったワームを倒しましたと口頭で伝えて済む話ではない。採取してきた部位を提示し、王都のギルド本部での鑑定を依頼する必要がある。


「マスター、討伐証明の申し込みをギルド本部にしておいてください。証明部位はこちらに」


 袋から鱗と牙、魔結晶石の残骸を取り出して机に並べる。


「ワームの資料は後日送ります。では、私はこれで」


 これでもう用事はない。さっさと退出しようと踵を返すが、マスター・キャメロンはそれを慌てて呼び止める。


「ちょっと待って。ワームはA級だから、王立討伐騎士団にも報せないと」


 ああ、そうだった。


 国は、街もしくは王都などの重要な拠点が襲撃されないように、知性や攻撃性の高い魔物や人間を襲う性質のある魔物を積極的に駆逐していた。それを行うのが国の先鋭、王立討伐騎士団である。しかし、彼らも次々に湧いてくる魔物に対処しきれていない部分があった。そこで魔物を狩り、資金を得ることを専門としている各ギルドへ本部を通して依頼を申込み、その穴を埋めていた。

 依頼を受けていなくても、B級以上の魔物を討伐した場合は報告の義務がある。これがまた面倒で、討伐場所や時刻など、三枚に渡る必要事項を記入しなければならない。


「それはマスターにお任せします。ワームの資料を送った後で適当に作っておいてください」


「えー、この前も僕が作ったんだよ」


 マスター・キャメロンはぶつくさ言いながらも、いつもこの作業を代わりにやってくれる。これから資料作成に追われる私にとって、ありがたいことだ。

 書斎から退出する間際に、壁に立て掛けられた鏡に自分の姿が映った。もう、ハウゼントで過ごした頃の面影はない。

 アーシブルへ渡る直前に断髪した私は、その辺の店で適当に動きやすそうな服を見繕った。それが男物とは知らずに着ていた私は、髪型も影響してか、周囲から少年だと思われてしまうようになった。残念なことに、胸の大きさは人並み以下で目つきは鋭い。誰も私を女だとは疑わなかった。

 かくして、動きやすさを重視した私は自分の格好に気を止めることなく、今ではすっかり男装が板に付いてしまっている。


 しかし、もっとも誤算だったのが、自分自身が異名を付けられるまでに有名になってしまったということだった。

 強くなるためには、努力と才能が必要とされる。剣を振るう速さ、俊敏性、反応速度。そして契約を行った精霊の属性とその精霊魔法の威力。すべてを兼ね備え、魔物に対する戦闘に慣れなければ生き残ってはいけない。


 その点私は、剣は申し分程度にしか扱えないが、限りない精霊たちの恩恵のおかげで倒せる魔物のランクが上がっていくのも早かった。

 それはもう、普通の人間とは比べ物にならないくらいに。気づいたときには、私は他よりも逸脱した存在となっていたというわけだ。


 扉を押し開けて退出しようとした私を、マスター・キャメロンはまたもや呼び止めた。


「フェイ、もう一個だけ。実は君に指名依頼があるんだ」


 ギルドの依頼システムは、一般的に承諾制依頼と指名制依頼があった。

 承諾制依頼は依頼者がギルドに申請し、ギルド内の掲示板で受けたい人が受ける。指名制依頼は依頼者がギルド員を指名して要請するというシステムになっている。承諾制依頼よりも報奨金は割高なうえ、受けてくれるかは本人次第と確実性は低いが、成功率も格段に跳ね上がるという利点がある。


 指名依頼をしてくるのは大体が貴族や商人などの護衛などだったが、それらは全て断ってきた。上流階級の人間とは一切関係を持ちたくなかったからだ。


「とりあえず、誰からの依頼か聞いておきます」


「うん、王立討伐騎士団からだよ」


 ゲッ、と思わず言ってしまいそうになるのを堪えて、私は眉を顰めるにとどめる。

 魔物を相手取るという同種の志を持つ間柄だが、あまり縁を持ちたい相手ではなかった。実力は確かにあるが、古くからアーシブルを支えてきた貴族どもが幅を利かせている。実際に上位指揮官に就いているのは貴族ばかりで、程度が知れる。ますます関わりたくなかった。


「申し訳ありませんが、断っておいてください」


「そう言うと思ったけどさ、依頼内容だけでも聞いておいてよ。なんかね、魔物の討伐を手伝って欲しいみたいなんだ。総長から直接手紙が来たんだよ」


「あわよくば私を取り込もうという魂胆が丸見えです。私は誰とも組みません」


 総長サザン・ラーシェンクは討伐騎士団最強と名高いが、私は少し苦手だった。

 その油断のなさで上手く隠してはいるが、彼は常に利用価値で物事を判断している。

 最初に会った時もそうだった。ハヤテと出会って暫くしたあと、ギルド蒼穹の魂へ足を運んだサザンは、私を王立討伐騎士団へ勧誘した。あたかも私の実力と将来性を育てたいような風を装っていたが、長い間貴族社会の荒波に揉まれてきた私は、それが建前であることがよく分かっていた。彼が見ているのは私自身ではなく、ペガサスを連れた私が討伐騎士団に入団することで得られる利益だ。

 私がそのことに気が付いていると分かっていても、サザンは幾度となく声をかけてくる。だから彼が苦手だった。その世界に足を踏み入れたら最後、二度と関わりたくないと望んでいた貴族社会の柵に再び捉われることとなる。それだけは御免だ。

 それに、どうせまた魔物を倒しに行くのだから、この依頼を受けようと受けまいと仕事内容に変わりはない。


「フェイってさ、貴族連中が関係すると絶対に依頼を受けないよね。良い収入源だと思うんだけどなぁ」


 マスター・キャメロンは軽い気持ちでそう言ったが、私にとってはとても重要なことだ。金にモノを言わせる富豪や、富と名声に縋って生きる貴族の世界に関わるのはもう懲り懲りだった。


「ただ単純に、権力とかそういった柵に囚われるのが嫌なだけですよ」


 マスター・キャメロンにはただ一言そう告げて、今度こそ書斎を後にする。私は三階の資料室に足を向けた。今の段階でワームの情報がどれだけ載っているか確認するためだ。

 資料室にはギルドに所属している者なら誰でも閲覧ができる。A級の棚を真っ先に目指すと、そこには既に先客がいた。


「あ、リリスさん」


 本棚の前に立って資料を読んでいたのは、リリスという当ギルド‘蒼穹の魂‘の受付嬢だった。艶やかな黒髪を横に流し、長めの前髪から覗く切れ長の双眸は紅蓮の色をしている。

 彼女はかつて一流の冒険者として、ギルド内で組まれたパーティー“スカーレット“の三人のメンバーを率いて活躍していた。しかし数年前、運悪く単独で行動していた時にA級の魔物と遭遇してしまった彼女は、劣勢を強いられる戦いの末に片足を失ってしまい、冒険者としての道を絶たれることとなった。

 それでも、哀しい顔の一つもせずに明るく笑う彼女の気丈で温かい性格は人々を元気付け、蒼穹の魂を活気付けていると誰しもが言う。

 私にも気さくに話しかけてくれる、ヒースと並んで数少ない一人だ。


「ごめんなさーい、退くわね。あ、フェイじゃない」


 手元の資料にかじりついていたリリスは目を離すことなく声を上げたが、私の声に覚えがあったのか顔を上げた。


「こんにちは。休憩中ですか」


「そうよ、ちょっと調べものしてたの。そうだ、またA級の魔物を倒したって下で噂になってたわよ。でも、あんまり無茶しないでね」


 明るい彼女らしくなく眉根を下げるリリスに、バツが悪そうに視線を逸らした。彼女の言う通り、ここ一週間でA級を二体、B級に至っては十体以上討伐した。普段よりもペースが速いことは確かだ。


「ええ、分かっています。でも……」


 それでも……今の私には、魔物を狩ること以外の選択肢はなかった。


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