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王都に着いてから二週間ほどが経ち、私は図書館と宿を往復する毎日を送っていた。王都観光も楽しみにしていたのだが、それどころではなかったのだ。
『精霊の寵児』としての情報を調べていくうちに、時おり目にするようになったのが『始まりの賢者』という言葉だった。気になった私が『始まりの賢者』について探るようになると、その人物を取り巻くのは物語じみた伝承だった。
――かつて、魔物に抗う術を持たなかった人々は、魔物の襲撃を避けるために定住地を持たず、各地を転々とする生活を送っていた。
ある日、魔物から逃げまどう人々の前に、ひとりの賢者が姿を現した。その者は、精霊の恩恵を受けた最初の人間だった。彼は摩訶不思議な力で魔物を打ち払うと、精霊と人々とを結びつけていった。魔物を打ち倒すことこそが精霊の望みだと、人々に言いつけていたという。
それから、始まりの賢者は魔物の近づくことのできない安全な土地を人々に与え、毒に犯されていない清らかな清流を示した。
襲い掛かったドラゴンを倒したという英雄譚から、病に侵された人々を癒したという話まで。まるで子ども向けの御伽噺のように描かれている書物がいくつも見つかった。
その多くが色褪せ擦り切れており、棚の片隅に追いやられていたので、きっと長い間だれの目にも留まることがなかったのだろう。
私の考えた通り、物事には必ず始まりというものがある。
その始まりの賢者という人物が、私がずっと探していた存在、私と同じように精霊の声を聞くことができたのではないかと直感した。そうでなければ考えられない言動が、抽象的ながらも見て取れたからだ。
伝承から分かるように、人々は魔物から逃げまどう生活を送っていた。それはきっと、今のように『魔の森』と人里とで分かれていなかったからではないだろうか。そして始まりの賢者は、魔物の近づかない安全な土地へと人々を導いた。
そう、魔の森の安全地帯のような場所に。
だが、伝承はあくまで語り継がれた物語でしかなく、始まりの賢者が現れた年代やその出自など、具体的なことは何一つ書かれていなかった。
図書館に入り浸ること三週間、どれだけ資料を読み進めても、伝承以上の情報を得られずにいる。アーシブル王国内最高峰の蔵書を誇るこの図書館でさえ見つからなかったことに、私は意気消沈するしかなかった。いったい、王立図書館以外のどこで情報をえればいいのだろうか。
どれだけ精霊に尋ねても、
(はじまりの??しらなーい)(きいたことないねー)
としか答えてくれない。頼りのハヤテもここにはいないし、打つ手がなくなってしまった。
そんな折に耳にしたのが、サザンが帰国したという噂だった。街ですれ違った騎士の装いをした人が言っていたことなので、信憑性はあると思いたい。
サザンに会うことも、私が王都に来たもともとの目的のひとつだ。ヒュドラ討伐の依頼に関する報告もだが、ハウゼント王国を訪れていたことが何よりの気掛かりだった。
精霊に聞けばサザンはもう近くにいるらしい。(あっちにいるよ!)精霊の示す方角には、確かに王立討伐騎士団の総司令部があるが、そのさらに奥には王城もある。だが「王立討伐騎士団の総司令部にいるか」と尋ねても、王都の周辺にいる精霊は建物の名前などに興味がないようで、詳しい場所までは分からなかった。
魔の森なら(あっちにいるよ!)という精霊の声に導かれるまま進めばよいのに、多くの建物が密集する街中ではそうはいかないのだ。
ハウゼント王国では都会に身を置いていたが精霊も私も全く人間に興味がなかったので、アーシブル王国の都会に滞在して初めて気が付いたことだった。
訪問するのは一度サザンに便りを出してからの方が良いとは思いつつも、足を向けたのは王立討伐騎士団の総司令部だ。
(ねえみんな、ここにサザンはいる?)
以前訪れた正門を前にして問いかけた私は、(いるよ!ボクがつれていってあげる!)と返した精霊の声を追い、門番の男性に軽く会釈して、正門から少し外れたところにある通路から敷地内に入る。
(少し、慌ただしい……?)
前に来た時よりも騒めきが大きいように感じる。隊列を組んだ騎士たちが廊下を駆けていく様子が見て取れた。しっかり武装しているようだし、緊急の任務でも入ったのだろうか。
(タイミングの悪い時に来てしまったかな)
帰ろうか。でも敷地の中に入ってしまったのだし、と思い悩んでいると、ガチャガチャと金属が擦れる音が背後から近づいてきた。同時に精霊たちが口にする、ベンという名前。
確か、前にイズミに連れられて訓練場を訪れたときに、そんな名前の騎士と会ったことがあったはずだ。
「そこで何をしている!っと、君か」
振り向いた先には、やはりあの騎士がいた。直接言葉を交わしたわけではないが、やはり記憶の通りの顔だった。
向こうも私のことを覚えていたようで、険しかった表情が一瞬で軟化する。
「この前イズミと一緒にいたやつだよな?その恰好ってことは、居残り組になっちまったか、残念!」
彼は、私が見習い騎士であることを前提で話しているが、見習い騎士を騙っているだけの部外者には話の全容が見えてこない。居残りという事は、なにか大きな行事でもあるのだろうか。
「せっかく聖愛騎士団の剣舞が拝めるかもってのにな!まあ、そう気落ちするなよ。正規の騎士になればいくらでも機会はあるさ!」
首を傾げている間に、なぜか私は憐れまれ、そして励まされる。
ベンはひとりで話を完結させると、颯爽とその場を去っていった。結局私は一度も口を開いていない。
だが、これでだいたいのことが分かった。二つの訓練場に人の気配が集まっており、武装した騎士たちは皆そこに向かっていた。そして、聖愛騎士団が来ているというベンの発言から考えるに、合同で演習でも行うのだろう。
女性の騎士で構成されているという聖愛騎士団に興味がないといえば嘘になるが、サザンに会うという当初の目的を思い出し、再び精霊の声に耳を傾けた。
……が。
(えー)
精霊の声を追って辿り着いたのは、正門とは反対側の門だった。その先に見えるのは、白を基調とした荘厳な城だ。ハウゼント王国のように贅を凝らした光輝く宮殿といった風ではなく、不測の事態には要塞の役割も果たすのだろう、深い堀と高い城壁に守られている。
城はとても美しいが、問題はそちらの方向にサザンがいるということだ。ついさっきまでサザンはこの王立討伐騎士団の総司令部にいたはずなのに、私がベンに捕まっている間に移動してしまったらしい。
王城に行く用事があったということは、どのみち今日サザンと会うことは厳しかったかもしれない。サザンを待つことを早々に諦めた私は、せっかく総司令部まで来たのだからと、第十三団の詰所に足を向けた。
きっと、彼らは聖愛騎士団との合同演習には参加しないだろう。行ってみて、いないのならそれでいい。
そして私は、あの重厚な開き扉を再び前にした。あの時は、ここに来るのは最初で最後だと思っていたし、誰にも心を許すつもりもなかった。
それがいま私の胸の中にあるのは、久しぶりに彼らに会えるという高揚感なのだから、人生とは何が起こるか分からないものだ。
ひとつだけ確かなのは、この奇跡のような縁を失ってはいけないということ。私はもう、以前のように完全な孤独に身を置くことは耐えられないだろうから。
コンコン
演習で出払っているのだろうか、人気のない廊下に、ノックの音が響き渡った。
本作をお読みくださり、本当にありがとうございます。
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