30
(フェイ!)
誰かが、焦るように私の名前を呼ぶ。
ハヤテだろうか、いや、違う。
でも、すごく懐かしい……そう、あの声だ。事の節目に現れて、名前しか呼んでくれない、私の精霊。
(フェイ、生きるんだ)
その声は、消えかけた私の意識を繋ぎとめた。
死の沼に沈みかけていた私は、力強い何かにグンと引っ張り上げられる。たったそれだけで、生きる活力が湧き上がってくるのだから、不思議なものだ。まだ死ぬわけにはいかない、そう思える。
だが、傷付いた体は癒えることなく、何も感じられないままだ。自分がどこにいるのか分からない、ぼんやりとした空間に漂っているような状態は続いていた。
(フェイ、ボクたちを使って)(ヒュドラになんて負けないよ)
それでも、精霊の声だけははっきりと聞こえる。先ほどの静けさとは打って変わって、頭の中は精霊の声で溢れていた。
(ごめんね、フェイ。ボク……力になりたくて)
その中にあった一つの悲しげな声に、私は違和感を覚える。語りかけずにはいられなかった。
(あなたは?)
(ボクは、雷を司る精霊さ)
『全く姿を見せない』とハヤテが言っていた雷の精霊が、私の側にいた。
やはり最後の一撃は、水と風の精霊の力が打つかったことによって起こる副産物的な雷とは逸していた。
(水のと風のが面白いことしてるから、ボクもちょっとだけ手伝おうって。でもボク、いつもやり過ぎちゃうんだ。フェイを傷付けるつもりはなかったんだよ)
雷の精霊の声は、どこかしょんぼりとしていた。
確かに、雷を受けて死にかけているが、目くじらを立てたりはしない。そもそも、金属が雷を誘き寄せると分かっていて、金属製の武具を身に付けたまま近づいた私の自業自得なのだ。
それよりも、あの一撃がヒュドラに与えた傷は大きい。
私は、雷の精霊に感謝の言葉を伝えたかった。
(雷の、ありがとう。私は大丈夫)
……だって、光の精霊が来てくれたから。
(もう、フェイは相変わらず無謀なんだから。ほら、治すからじっとしていてよ)
柔らかく、暖かな熱が体を包み込む。
氷が溶けるように、じわじわと身体の先から感覚が戻っていく。
少し湿っぽく、ざらざらした感触が指から伝わった。土だ。
数回瞬きすれば、靄がかかっていた視野も明瞭になっていく。
「……セオ?」
視力が回復した途端、眼下に広がるダークブラウンに、驚いて短い声を上げた。
私の胸元に耳を当てていたセオは、狼狽えながらも後ろに退く。
「フェイ、良かった!」
右へ左へ視線を巡らせれば、ニケル、ノエル、ルーク、レナードが囲むようにして私を見下ろしていた。その沈痛な面持ちに、彼らに心配を掛けてしまったのだと気付く。
だが、彼らとは別行動をとっていたはずだ。何が起こったのか、ヒュドラはどうなったのか。
何より先にそれを把握しなければと、息を吐く間もなく上体を起こした。
「状況は?」
傍で膝をついていたセオが慌てて背中を支えてくれるが、光の精霊が隅々まで癒してくれたおかげで、痛みや違和感は全くなかった。
大丈夫、という思いを込めてセオに礼を言い、私は立ち上がって彼らと視線を合わせる。
「あの強烈な雷から弾かれたみたいによ、空から降ってきたんだぜ。まあ、ハヤテが付き添ってたから、それほど慌てはしなかったけどな……」
決まりが悪そうに目を泳がせるレナードに、私は詰め寄った。
「私はどれくらい気を失ってた?ヒュドラは、ヒュドラはどうなったの!?」
「お、落ち着けって。まだ三分も経ってねえよ」
とうとう視線すら逸らしてしまったレナードを訝しがりながらも、自分で思っていたよりも時間が経っていないことに胸を撫でおろした。
上空から見た様子だと、ヒュドラはかなり疲弊していた。ヒュドラからさほど離れていないこの場所でも、魔力は感じられない。
精霊たちも恐る恐るヒュドラに近づいて、情報を集めようとしてくれていた。
(フェイ、いまだ!)(再生が間に合ってないみたい)
(核を壊して!)
ほとんど魔力が残っていないのだろう。あの巨体を維持する魔力で精一杯なのかもしれない。だが、死に際の魔物ほど予想外のしぶとさを発揮するもので、いつ再生を始めてもおかしくない。
それでも、いま彼らと共にヒュドラへ仕掛ければ、間に合う。
(フェイ、あの……)
「ノエル、ヒュドラは再生が追いついていない、叩くなら今がチャンスだ。急いで討伐に向かおう」
(そっか、急がないと!……あ、それもそうだけど、あのね、えっと)
ノエルもまた、レナードと同じように視線が定まらず、しどろもどろしている。
他の三人を見れば、セオやニケル、ルークまでもがぎこちない表情を浮かべているではないか。
何事かと眉を顰めるが、ハヤテの姿を目にした途端、そんなものは頭から消え去っていった。
脇目も振らずその傍まで駆け寄り、ハヤテが無事か、必死に確かめる。
(済まない、お前を傷つけてしまった)
謝罪するハヤテに、私は首を振った。あれほど忠告してくれていたのに、私が無理を言った所為で、ハヤテまでも危険に晒してしまった。
目立った外傷が無いことに安堵しつつ、ハヤテの鼻梁に額を寄せた。
「謝るのは私の方だよ。ごめんなさい、ハヤテ。怪我はない?」
(大事ない。それよりも、その恰好を何とかするべきだな。後ろの者どもが不憫だ)
「恰好?」
ハヤテに言われるがまま視線を下げれば、絶句、まさにこの一言だった。
服が、凄まじいことになっている。
お気に入りだった濃紺の上着は、下に着ていた白シャツもろとも両袖や裾が焼け焦げて穴だらけだ。
何より問題なのは、雷によって金属の胸当が弾けとんだせいで、その部分の布地がすっかり焼失してしまっていることだった。
……はだけてはいないが、隠せてもいない。
魅力ある女性的な体型ではないにしても、私の性別は、一応女だ。胸元を守るものがないおっ広げたままの状態は、いささか心もとない。
彼らの反応が不審だったのも、私に気を遣っていたからだろう。
(困ったな)
とは思ったが、無いものは仕方がない。安全地帯に戻れば、置いてきたマントや着替えがある。まあ、そこまで気にすることでもないかと、私はヒュドラ討伐を優先させることにした。
ハヤテに注意されてから数秒の沈黙の後、私は何事もなかったかのようにハヤテに跨ろうとする。
空からヒュドラの状況を確認した上で、ヒュドラへの攻撃をするか否かを見定めるためだ。
だが、思わぬ邪魔が入る。
「ちょっ、ちょっと待った!なんで何事もなかったみたいな顔してんだよ。ノエル、お前フェイと背格好が近いだろ、服貸してやれ」
猛烈に捲し立てたレナードは、袖のない外衣を防具の上から羽織っていたノエルから無理やりむしり取って、私へと差し出した。
レナードの慌てぶりは見ていて面白いが、押し付けるように渡された上着を持て余してしまう。
「えっ、でも」
(頼むから着て!)
ノエルに返そうとしたが、全力で拒否されてしまった。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて」
簡単にお礼を言うと、ノエルは首振り人形のようにひたすら頷いて返す。
服が破れたくらいで、としか感じていなかったが、これほど挙動不審にされると私も気恥ずかしくなるではないか。
知らず知らずのうちに頬が熱を持つ。
「どっちだろうとは思っていたけどさ、女性だったんだね」
ルークの一言で、私は忘れかけていた事を思い出した。
私は短い髪や服装などによって、多くの人からは「性別不詳」もしくは「男」だと認識されているのだ。私も自分の性別について公言したことは一切ないし、誰かに尋ねられたこともないので、すっかり頭の片隅に追いやられてしまっていた。
「あー、はい。その、わざわざ言う必要はないかな、と」
言い訳をしてみるが、聞かれないものを自分から言うのも変だから、別に私に非は無い。と思いたい。
でも、これは彼らを騙していたことになるのだろうか。
そのことで、気分を害してしまったかもしれない。どうにか弁明しようと言葉を探すが、何も浮かんでこないことに焦りが募ってしまう。
ドゥオオオンという地鳴りが響いたのは、その時だった。木々が薙ぎ倒されるバキバキという音とともに、何かが地面を叩きつけるような爆音が連続する。
(ヒュドラが暴れだした!)(こっちに来るよ!)
ヒュドラは、私たちを標的にしたようだった。それほど距離は離れていない。衝突するのも時間の問題だろう。
「フェイとは積もる話がありますが、今は時間との勝負です。ヒュドラをさっさと倒した後で、思う存分語り合いましょうか」
パン、と手を打ち鳴らしたニケルに、彼らは表情を引き締めた。精霊魔法と剣を構え、瞬く間に戦う体勢を整える。
「ヒュドラは体を維持させるので精一杯で、魔力を放出する余裕がないはず!私は空から攻めるから、散開して一気に叩こう」
「了解!」
私とハヤテが飛び立ったのと、彼らが地面を蹴ったのは同時だった。
ヒュドラの居場所はすぐに分かった。目の前には密集した木々が広がっていたが、のたうち回っているヒュドラの周辺は窪んでおり、土煙が立ち上っている。私は風の精霊魔法で土煙を払い、ヒュドラの姿を曝した。
表皮は青みがかった灰色で、光沢のある滑らかな鱗が全身を覆っている。だが、頭部近くは太くて鋭い突起があり、まるでドラゴンのようだった。後ろに伸びる胴体は蜷局を巻いておらず、尾は縦横無尽に振り回されていた。
ただ、体の至る所から煙が上がり、その破壊行動も切羽詰まったものを感じさせる。まさに、満身創痍といった体だ。
ヒュドラをこれほど事細かに眺めたのは初めてだった。
そして、いざヒュドラを前にして何の感情も浮かんでこないことに、胸のつかえが取れて気が楽になった。
以前の私は、ヒュドラに固執することは「利のないこと」だと見切りをつけていた。
けれど、彼らと出会ってから、私の考えは変わった。
ヒュドラと対決しないことには、私は前に進めない。ジャックに報いるためには、ヒュドラ討伐は避けて通れない道なのだ。
……覚悟は、できている。
ヒュドラとの距離と詰めたハヤテの背から躊躇うことなく飛び降りる。眼下にヒュドラの首があり、まさに死角だった。
いつものように剣を抜こうと腰へ手をやったところで、私は言葉を失った。
そう、相棒ミスリル剣は、胸当と共に雷で弾き飛ばされてしまったのだ。
しかし、気がつくのが遅すぎた。私は今、落下している最中だ。
(うーん、どうしようかな)
剣がないなら精霊魔法を使うしかないと切り替えようとしたが、ふとヒュドラの中央の頭から放たれる鈍い光が目に留まる。
……あるじゃない、剣。
誘雷針としての役割は十分果たしてくれた。
それに、あの剣の切れ味の良さは、ヒュドラの皮膚を貫いていることからもよく分かる。
(ジャック、ちょっとだけ借りるね)
心の中でジャックに断りを入れる。冒険者にとって武器は命にも等しいが、ジャックはあの剣を我が子のように大事にしていたから。
ヒュドラに属性による弱点はない。だが回復力を奪ったことで、無防備に晒された五つの頭を落とすことだけを考えれば良くなった。
ヒュドラに向かって真っ逆さまに落下しながら、風の弾を放つ。クエレブレの鎌鼬と原理は同じだが、小石ほどの大きさに圧縮することで威力は数倍に膨れ上がった。触れるもの全てを切り裂く精霊魔法だ。空気の抵抗を受ける落下中に、この精霊魔法は非常に操りやすい。
一点に集中して吸い寄せられていった風の弾は、一つの頭を胴体から分断させた。
グチャという音を立ててヒュドラの右端の頭が地面へ落ちたすぐ後に、私は中央の頭の上へと舞い降りる。それと同時にジャックの剣の柄を逆手に握り、落下の重さを利用して下へと押し下ろした。
剣はヒュドラに突き刺さったまま、その肉を断ち切る。
ミスリルの剣のように、滑らかな切れ味という訳にはいかない。ブチブチと肉の繊維が切れる嫌な感触が手に伝わる。
ヒュドラの首は、私の身長ほどの太さがあった。剣に縋りつくようにして下まで振り抜けば、切り残した一部の皮が繋がったまま、真ん中の頭はぶらりと垂れ下がった。
切り口からの再生は始まらない。
あと、三つ。
そろそろ彼らが辿り着く頃だろうと耳をすませば、すぐそこにいた。
(フェイ、一旦下がって!)
聞こえてきたノエルの合図に、私は跳躍してヒュドラから距離を取る。
すると、私と入れ替わるようにして、幾つもの精霊魔法がヒュドラへと迫った。
ヒュドラの真上に展開された十二本の水の柱が、その胴体を地面へと縫い付けた。ニケルの水の精霊魔法だ。
(あの分厚い胴体を貫くなんて、なんて威力なの……)
初めて見たニケルの精霊魔法の練度に、ただただ感心する。
身動きが取れなくなったヒュドラは、頭と尾を振り回す。その動作に強者としての威厳はない。動作が単調になった隙をついて、一気に畳みかける。
一直線に飛んでいったレナードの火が左ふたつのヒュドラの目の前で炸裂する。すかさず地面から突きあがった楔の槍が、容赦なくヒュドラを顎から串刺しにした。
(尾を振り上げた!右に飛んで!)
立て続けに頭を失った苦しみで、ヒュドラはのたうち回る。前もって指示を出してくれたノエルのおかげで、ヒュドラの攻撃を難なく躱すことができた。
そして、矢のような速さで接近したのは、セオだった。彼は、もう一つの頭を剣で貫く。
(っ!)
どこかで見たことのある光景に、私は息を呑んだ。
あれでは、ジャックと同じではないか。
振り落とされたジャックは、その兇悪な牙を避けきれずに、餌食となってしまった。
彼には何か考えがあるのだろうが、剣を刺すという行為が、私の恐怖を呼び覚ました。
「ッセオ、駄目!」
今までにないほど声を張り上げる。
また、死なせてしまう。
大事な、仲間を……
考えるより先に、体は動いた。何でもいい、精霊魔法を撃とうと右手を突き出す。
だが、いつの間にか隣に立っていたレナードが、やんわりとそれを下ろした。
何で止めるのかと非難めいた視線を送れば、レナードはヒュドラの方へ顎をしゃくった。
それにつられて、セオへと注意を戻す。
と思うが早いか、ヒュドラの頭が弾け飛んだ。残っているのは、ヒュドラの体液に濡れたセオの剣と、無傷のセオだけだ。
何が起こったのか、理解するのに少しの時間がかかった。
「剣に風を纏わせるんだってよ。近ごろ、そればっかり練習してたからな」
突き刺した剣から、風を巻き起こす。
緻密な精霊魔法の操作ができるセオだからこそ、実践で使える技だ。早く正確なだけではない。その殺傷力は、他の三人の精霊魔法にまったく劣らない。
セオは地面の毒溜まりに足を踏み入れないように着地し、後方へと引いた。
レナードは射線が開けたのを確認すると、目を爛々とさせながら、口角を上げる。
「さあて、俺が最後の仕上げといくぜ」
私と同じように右手を突き出したレナードの前で、炎が円状に踊る。それは次第に大きさと速さを増し、熱風が辺りに吹き荒れた。
私は目を細めながら、黙ってそれを見守る。
美しい光景だった。赤い炎は、まるで意思を持ったようにレナードを取り巻き、円へと加わっていく。
その炎は槍となり、まっしぐらにヒュドラの最後の頭へと襲い掛かった。
炎槍は口を食い破り、胴部へと押し入っていく。ヒュドラは断末魔を上げる間もなく、その命を燃やし尽くした。
魔力を使い切ったヒュドラが灰になるのに、そう時間はかからなかった。
ニケルが慌てて討伐証明部位である皮や牙、頭の突起部分を回収している。
そして、胴があった場所に現れた巨大な魔結晶石に、私は我が目を疑いながら呟いた。
「お……わったの?」
私が一撃を入れてから、ほんの一瞬で片が付いてしまった。なんと呆気ないことだろう。
魔物だった面影は既になく、ただの結晶の塊になってしまったヒュドラ。
「フェイ」
ヒュドラの検分に勤しんでいたニケルは、私を呼んだ。その足元には、彼の膝に届くほど巨大な魔結晶石がある。
私が壊していい、ということだろうか。
散らばった灰に足を取られながら、魔結晶石へと近づく。セオ、ノエル、レナード、ルークも私に続いた。
これが、ヒュドラの核。精霊の力を奪って紡ぎ出された精霊の成れの果て、魔物。
「さようなら」
憎しみ、怒り、後悔、悲嘆。
このヒュドラによって齎された苦しみは、計り知れない。でも、この瞬間に、このすべての過去と別れを告げよう。
私は、前に踏み出さなければならないのだ。
ジャックの剣を振り仰ぎ、魔結晶石へと叩きつけた。魔結晶石と金属は、相性が悪い。これほど大きくても、魔結晶石は簡単に割れた。
その途端、精霊から喜びの声が上がる。
(すごい!)(やった!)
(ヒュドラの力は膨らみ過ぎていたから、ボクたちではどうにもならなかったんだ!助かったよ、フェイ)
……私だけの力ではない。五人と共に戦った結果だ。
彼らの実力は私の想像をはるかに超えていて、ヒュドラに抵抗する隙も与えなかった。
私一人でも倒せた、なんて傲慢なことは言わない。セオが雷を指摘してくれなければ作戦は成り立たなかったし、死にかけた後に傍にいてくれたのは彼らだ。
もし一人で挑んでいたのなら、残るのはきっと、いつも通りの虚しさだけなのだろう。だが、今は違った。
セオと共にキュクロプスを倒した時のように、心の底から湧き上がる昂りが、全身を心地よく痺れさせている。
今だからこそ分かる。魔物を倒した後に虚しく感じていたのは、それが何も生まないから。精霊から力を借りる代わりに魔物を倒す。世界を正しく巡らせるために必要なのだと理解していても、私の心を本当の意味で満たすことはなかった。
ジャックに対する負い目もあったのだろう。ジャックが生きていれば私の隣にはジャックがいたかもしれないと、頭では考えないようにしていたが、自分の心に嘘は付けない。
でも、そんな自分はヒュドラと共に葬った。
今はこの高揚感に身を委ね、彼らが無事だったことを喜びたい。
魔物が集まってこないうちに馬を呼び戻し、安全地帯へと帰還すると、肩の力が一気に抜け落ちる。
誰も、死なずに済んだのだ。私の畏れていることは杞憂だったと、事後処理を始める笑顔の彼らを前にして胸を撫でおろす。
「無事で、よかった……」
無意識のうちに零れ出た言葉に、彼らは笑顔を深めた。
仰ぎ見た空は、再び晴れ渡っていた。水と風の精霊が散ったのだろう。
精霊の力がなければ、私は今頃死んでいた。死んでも構わないと思っていたし、あの時も生きることに執着しようとしなかった。
けれど、ジャックが果敢にヒュドラへ立ち向かったように、あの声が私を死の沼から掬い上げてくれたように、彼らは私を生かそうとする。
ずっと考えていた。返しても返しきれない恩のあるジャックと、精霊たちに、どう報いればいいのか。
その答えを出すために、自分でも驚くほどすんなりと考えが纏まる。
ジャックへの罪は、一生消えない。だが、以前の私はその事実を受け入れられないでいた。
ジャックが死んだとき、誰も責めるでもなく、悲しむでもなく、ただ「仕方ない」とだけ言われた。人の死を抱えて生きることは、死ぬよりもつらい。死と隣り合わせにある冒険者たちが、すべての死を抱えることは出来ない。それを分かっているからこそ、私はジャックへの遣り切れない思いを燻らせたのだ。
けれど、その苦しみと共に生きる覚悟を決めれば、そう難しいことではないと気付いた。
ジャックがあの時、私を助けるために行動してくれたことに、私が生きていることに、感謝して。
私は、私らしく生きる。
そして、私が生きる意味、この命をどう使っていくのか、私はこれから探していく。
やるべきことは、今までと変わらない。精霊は私と共にあり、私も精霊と共にあるからだ。実体のない彼らに出来ないことを、私が代わりにやってみせる。精霊の望みが魔物を倒すことなら、私はそうあり続けるだろう。
(その力は、精霊と人間を繋ぐもの。正しく使え、フェイ)
「……え?」
ふと聞こえたその声は、まるですぐ近く語り掛けられているようだった。私は急き立てられるように首を巡らせ、その姿を探す。だが、当然のように瞳には映らなかった。
けれど、確かに聞こえた。
「精霊と人を繋ぐ、か」
その呟きは、空気に溶けて消えていった。
だが、その先にいたのは……
セオ、ニケル、ノエル、ルーク、レナード。そして、ハヤテ。
私の、仲間たち。
一人の殻に閉じこもるのも、大事な時間だった。けれど、外の世界には、沢山の喜びと発見が待っていた。
私の決めた覚悟を成し遂げるためには、もう一度殻に戻っている暇はない。
彼らとは、長い付き合いになりそうだ。
「王族とは関わりたくない!」!をお読みいただき、ありがとうございます。
第2章 王立討伐騎士団とヒュドラ編は、これで完結となります。(おまけのもう1話があります)
第3章 王都騒乱編へと続きますので、楽しんでいただければ幸いです(^-^)




