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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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13

(フェイ)


 ハヤテの呼びかけに、背に埋めていた顔を上げた。 

 点ほどの大きさだった対象は、懸隔が縮まるにつれ明瞭な形となっていく。ラセーヌという森の山岳部、少し視界の開けた平地に魔物は佇立していた。

 全身を覆う鱗に至大な翼、長い首と鋭い牙、そして地を踏みしめる爪。姿形はドラゴンと似ているといえば似ているが、微妙に違った。しかしその大きさは予想を遥かに超えて、両翼を広げれば五十メートルはくだらないだろう規模だ。自分の存在を知らしめるかの様に天へ向かって咆哮を上げている。


 その瞬間、漂ってくる禍々しい邪悪な魔力に、背筋に戦慄が走る。


「......なっ!」


 これはまさか、魔物から発せられたものなのか。桁外れなそれに、心臓は飛び出るかと思うほどに早鐘を打つ。私に付いていた精霊たちも蹴散らすように逃げ出してしまい、私とハヤテは仕方なしに高度を上げた。


(クエレブレではないか。久しいな)


「ドラゴンじゃないの?」


(ドラゴンだが、正確には亜種だな。説明は後だ。今は大人しいが、こいつは早めに片を付けた方がいい)


 ハヤテが急いで挙げた、この魔物の特徴はこうだった。

 図体はでかいが攻撃手段には乏しく、強い酸性の体液と吐息、しなやかな尾、申し分程度の鎌鼬だけだ。だが、その巨体を守るために防御は鉄壁で、先ほどのワームには劣るものの強固な表皮に全身が覆われている。物理攻撃は通じないも同然かと思いきや、口の真下の咽喉元だけは弱いという。強力な魔力のせいで精霊魔法を操るのも難しくなるが、私には大した問題ではない。


(鱗は固いが、体内は熱に弱い。口の中にぶち込んでやれ)


「ちょっと待って、それさっきも聞いた気がするんだけど」


 ワームの時もハヤテは同じことを言った。つまり、同じ方法で倒せということか。ただでさえワームで疲れたと言うのに、嫌がらせのように似通った性質の魔物へ理不尽な苛立ちを向ける。


 しかしながら、ドラゴンであるクエレブレが翼を持っていることが問題だった。街から離れているが、飛翔すれば大した距離はない。実際に空にいるとよく分かる。

 反撃する余地を与えず討伐しなければ、激昂した魔物が飛び去ってしまう可能性だってある。迅速に、正確な弱点を突かなければならない。

 なかなかに厳しい戦いになりそうだ。討伐騎士団は何をしているのだ、と精霊に聞くと、食い止めようとしたが四部隊が一瞬で壊滅してしまったらしい。


(まずいな)


 少しだけ高度を下げて目を凝らせば、魔物の周囲には銀に輝く鎧たちが倒れ伏していた。間違いない、討伐騎士たちだ。

 困ったことになった。

 一歩間違えれば暴れ出した魔物が地面の騎士たちを踏み潰しかねない。魔物を倒す前に彼らから引き離さないと。


 そんな器用なことが、私にできるだろうか。いや、やるしかない。私は瞼を固く瞑って覚悟を決めた。


「ハヤテ、迂回して」


(正面から攻めるのは危険だ)


 そんなのは、分かっている。重要なのは、相手が存在に気がついていない死角からの最初一撃である。それを正面から行うなど、愚行だ。ハヤテはそう言うのだ。

 だが、背後から攻撃をすれば騎士たちを危険に晒しかねない。周囲の様子からして、魔物は進行を始めていない。彼らが食い止めていたのだろう。その犠牲を無駄にしたくはなかった。


「もっと高く、やつの視界に入らないほど高く飛べばいい!お願い、ハヤテ!」


(…何があっても知らんからな)


 高度を上げれば上げるだけ、そこから飛び降りた私の着地の危険性が高まることを、ハヤテは案じているのだ。大丈夫、そんな思いを込めて、ハヤテのたてがみをそっと撫でた。

 ハヤテは体を傾けて大きく迂回するとともに、上空へと舞い昇る。


 やるなら、一撃だ。


 戦闘が長引けば、こちらが絶対的に不利になる。最も恐れる事態、街への攻撃を始めるかもしれない。あの巨体で空に飛び立たれては、ハヤテがいようとも討伐は難しいだろう。

 そう考えると緊張で体が震えた。街に住まう何千何万もの命が自分の肩にかかっているのだ。

 すると、ラセーヌの森中で溢れかえった(ボクたちも手伝うよ!)という精霊の声が、心を満たしていく。


(大丈夫、私には精霊たちがついてる)


 タイミングを見計らって、より高く舞い上がったハヤテの背から飛び降りた。風の精霊の加功を受け、落下に加速をかけながら空中で剣を抜き放つ。剣を下段に構え、体を捻って回転をかけながら、長く伸びた喉元を斬りつける。

 のしかかる重い手応えに、剣の柄から手を離してしまいそうになるのを歯を食いしばって耐える。そのままの勢いにのせて、斬撃を下に振り抜いた。


「ギィアアアァア」


 肉を抉る鈍い手応えは、ヤツの首を確実に斬り裂いた。

 風の精霊の加重も受けた強力な一撃は多大なダメージを与え、傷口から体液を吹き出しながら、その巨体は遥か後方へと吹っ飛ぶ。

 魔物の喉元から噴き出した黒い体液から、白い湯気が立ち上った。


(っ強い酸性の体液!)


 これほど強力だとは思っていなかった。それは少し触れただけで、周囲の木々も岩も、全てを溶かしてしまったのだ。

 風の精霊魔法で辛うじて着地できたものの、その衝撃で痺れて感覚の無くなった体では飛沫を避けることができなかった。咄嗟に風の精霊魔法を発動して頭から降りかかるのは防いだが、地面の跳ね返りまで考える余裕はなかった。たとえ少量でも、それは確実に触れた肌から身体を溶かしていく。


 ジュワァァッ


「っぁ!」


 身体に襲いかかる激痛に、声にならない悲鳴をあげた。歯を食いしばって耐える。大丈夫、致命的なものではない。


 立ち上る土煙に視界が覆われるなか、魔物は怒りの咆哮を上げた。斬撃の軌道がそれたのか、やはり外皮が硬すぎたのか、あれだけの威力をもってしても死に至らしめることは出来なかったようだ。


「チッ」


 本当はこの一撃で片を付けたかった。我知らず舌打ちを漏らす。

 たった一撃しか入れていないが、倒れ伏す騎士らからは遠ざけることができた。少し手が痺れてはいるけれど、これなら仕掛けてもいいかもしれない。

 この土煙が蔓延しているうちに接近しよう。魔物に威嚇攻撃を仕掛けながら、強く地面を蹴った。だが怒りに我を失った魔物も、ただでは済まさない。反撃とばかりに両翼を広げ、そこから鋭い刃のような風が生み出される。


 (これが鎌鼬か)


 巨大な翼を広げた反動で巻き起こった風に煽られたものの、鎌鼬自体はたいしたものではなかった。駆ける速度を緩めることなく体を逸らし、鎌鼬を避けていく。その間も、私はクエレブレの獰猛な瞳から目を離さない。


 ふと、やつの縦に長い瞳孔がスッと細められた気がした。何か嫌な予感が脳裏を過った私は、反射的に横に飛ぶ。

 避けたはずの鎌鼬が、背後から襲いかかってきたのだ。


(こいつ、自在に操れるのか!)


 この寸秒の戸惑いが決定的な油断を生んだ。横に飛んだ私は、わずかに体勢を崩してしまう。


 魔物は、その一瞬の隙を逃さなかった。体格にそぐわない俊敏さで尾を振りかぶり、目にもとまらぬ速さで突き当てる。それを紙一重で躱したものの、同時に編み出された烈風の凶刃が左腕を掠め、灼熱にも似た痛みが走った。

 その上、その衝撃で剣を取り落とし、たたらを踏んだ。魔物は勝ち誇ったように目を細める。そして牙から涎を滴らせながらその首をもたげた。


 焦りと激痛とに歯を食いしばりながら、心を無にする。

 火が必要だ。この魔物を焼き殺せるだけの、灼熱の炎が。生み出した炎はみるみるうちに圧縮され、パチパチと火花を散らしながら一瞬で青白い塊となった。


「これでっ……終わりだ!」


 私が抵抗できないと高をくくった魔物の、無防備に開かれた口の隙間へと焔を投げ入れた。口内で爆発を起こした火の玉は、魔物の咽頭を焼きながら下っていった。

 体内から燃やし尽くされる痛みに、魔物は絶叫し、林立した木々をなぎ倒しながら悶える。


「ギァガオオオオォォォ」


 荒れ果てた大地に魔物の断末魔が響く。身体を震わせながら白眼を剥いて倒れ伏せたのを確認して、静かに息を吐き出した。


「やった......っ!」


 肩の力を下ろしてやっと一息吐き、近傍が視界に入ったとき、反射的に自分の口元を手で覆った。周囲の木はへし折れ地面は抉れ、黒い血溜まりからは煙が上がっている。

 そして、倒れたまま動かない人影が映った。空にいたときは粒ほどの大きさだった存在が、確かな命となって目の前に迫っていた。

 魔物と打ち据えたのだろう、もはや人の原型を留めない、無残な遺体もあった。地面に染み渡った鮮血が不気味に光っている。切り裂かれた紅い旗が方々に散らばり、血塗れを更に確とさせていた。


「こんな……」


 目の前に広がる悲惨さに頭の中か真っ白になる。 自分がもっと早く気づいていたなら、もっと早く駆けつけられたなら、彼らは生きていたかもしれない。そう思わずにはいられなかった。


 カツカツと蹄の音を響かせてハヤテが私の元へと歩み寄る。


(フェイ、お前は十分に戦った。落ち込むよりも、まだ生きている人間がいる。助けないのか?)


 私は俯いていた顔を、弾かれたようにハヤテの方へ向けた。


「そっか、急がないと」


 そう言ったところで、自分が剣しか持っていないことを思い出した。これでは処置すらままならないが、せめて止血だけでもと思慮を巡らせた時だった。


(よっ、フェイ。ボクの出番じゃない?)


「光の!来てくれたんだね」


 その陽気な声は、光の精霊だった。ハウゼントで別れてからも何度か出くわしているが、このタイミングで現れてくれたことに、堪らない喜びが込み上げた。光の精霊が持つ癒しの力があれば、この惨状を打開できる。


 一部の精霊には、応援の部隊が到着するかを確認しに行ってもらった。また残りの精霊らには一人一人の傷の具合を確認してもらい、助かる見込みのある人の場所へ呼んでもらう。

 最初に診た騎士の傷は酷いもので、鎧の隙間から脇腹に太い枝が刺さり、深く抉れている。


「っ!」


 騎士は、苦しさに踠きながら小さく唸る。息はあるが、意識が朦朧としているのは確かだった。

 見るに耐えない創傷に目を逸らしかけたが、ぐっと歯を噛み締めて堪えた。事態は一刻を争う。無駄なことをしている余裕はない。

 光の精霊は傷を治すことはできるが、先ほどの突き刺さった枝などに干渉することができない。

 まず私が、枝を一瞬で灰と化し、障害のなくなった傷を光の精霊の力を使って修復する。すると、抉れた皮膚がみるみるうちに塞がり、また砕けた骨が元どおりに接合していった。鎧は着たままでも、異物が体内に刺さっていない限り光の精霊の力で癒すことができる。

 ただ吹き飛ばされただけの騎士もいれば、体を切り裂かれ、手足を失った騎士もいる。あの鎌鼬の攻撃を喰らってしまったのだろう。

 光の精霊の力は傷を塞ぐに留まらず、失われた器官をも修復した。強力な酸で損なわれた手足や、打ち付けられた衝撃で破裂した臓器はたちまち元に戻った。



(フェイ、こっちこっち!)(生きてるよー)


 精霊が私を呼ぶ声を辿って、倒れ伏す人々を巡る。精霊は、より命の尽きかけている人間から選んで声を掛けてくれた。時が経つにつれ、重傷の騎士たちは減っていく。


「よしっ、と」


 どれだけ時間が経ったのだろう。最後の一人を診終わり、額に浮かんだ汗を袖口で拭った。身体中から錆びた鉄のような、鼻を付く臭いがする。

 助かったのはたったの九十八人だけだ。


 そして、生きている人の治療を終えた私の前には、無残な姿となって事切れた騎士たちがいた。無造作に放置してある生存者とは違い、戦いで荒れ果てた土地から離れた芝生の広場に運んでいた。

 整然と並ぶ彼らは、もう二度と動くことはない。

 死んだ人は、光の精霊の力を持ってしても蘇らせることはできないのだ。死というのは、精霊が唯一操ることのできない絶対の自然摂理だからだ。

 私にしてあげられることは、もう何もない。途方も無い脱力感に力なく腕を垂らし、茜色に染まった空を見上げる。


(死にたくない)


 私に届いた、恐怖に引きつった彼らの声が頭から離れない。どれだけ勇敢な騎士でも、一つしかない命は簡単に失われてしまう。


(だから、嫌なんだ)


 もう一度心の中でそう呟く。

 もう二度と、こんな思いはしたくなかった。人が死ぬのを見るのも、何もできない無力さに打ち拉がれるのも、もう沢山だ。

 だが、人々の叫びを聞いたあの時、私は反射的にフヨールを飛び出した。精霊に呼ばれたからではない。騎士たちの声を聞いて、彼らを助けたいと願ったからだ。


「光の精霊、もう少しだけ力を貸して」


(好きなだけ使っていいけど、もう生きてる人間は治したよ?)


「うん、分かってる」


 苦痛に苛まれることの無い彼らは、ただ静かに横たわっているだけである。だが、こんな無残な姿では死ぬに死ねない。たとえ綺麗な姿に戻っても彼らが息を吹き返すことはないが、せめて人間として眠らせてあげたかった。

 恐怖に染まった彼らの顔を手の平で覆い、そっと瞼を下ろす。

 ……どうか、安らかに。


(なぜそこまでする)


 空中で旋回を続けるハヤテから問いかけられる。しばらく考えたものの、いい言葉が思い浮かばなかった私は曖昧に微笑んだ。


「なんでだろうね。ただ、何となくかな」


 私はずっと分からない。儚く散っていく命をどうやって見送ればいいのか。どうやって死を受けいれたらいいのか。私の所為で死んだジャックも、その弔い方が分からないまま彼の存在を昇華できないでいる。


 光の精霊が陽気に去った後、多数の馬が地を蹴る音が耳に入る。遅すぎる増援が辿り着いたのだった。


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