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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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 山岳の中央にある視界の開けた場所に、その怪異は待ち受けていた。ドラゴンに似た魔物だが、その体躯はドラゴンの三倍を優に越している。鋭い歯の生え揃った口から零れ出る

 吐息には毒が含まれているのだろうか、周囲の草木は枯れ果てていた。

 総勢百二十一人の騎士らは離れたところに馬を置き、三手に散開して物陰に潜みつつ様子を窺っていた。だが、目を瞑ったままピクリとも動かないにも関わらず、魔物が纏う禍々しい気配に、慣れているはずの彼らも恐怖を抱かずにはいられなかった。


 王立討伐騎士団では主にB級以上の魔物を計画的に討伐しているが、魔物がそれぞれ持つ攻撃の特性や弱点など、それらを踏まえたうえで戦略を組む。作戦時に別の魔物の襲撃を受けることは頻繁にあるが、それが未知の魔物で無ければ討伐に踏み切るのが普通だ。

 未知の場合は、全速力で逃げる。


「……サンダース隊長。あれは本当に、ドラゴンですか」


 精霊魔法による後方支援を任された三、四番隊は、魔物に気付かれないように山中を登り、見晴らしのいい場所へ移動した。高台に移動したにもかかわらず、見上げるほど巨大な魔物を前にして、騎士の一人は思わず声をかけた。


「作戦中だ、私語は慎め」


 三番隊隊長ライオネル・サンダースは騎士を諫めたが、彼も同じことを考えていた。

 あれは、ただのドラゴンではない。このまま対ドラゴンの作戦を決行して良いのか。

 長年魔物と闘ってきた騎士としての勘が、警鐘を鳴らしていた。


 攻撃のタイミングを見計らっていた前衛の幾人かもライオネルと同様のことを考えていたが、指揮官としてトラヴィスがいる以上、進言することができない。

 トラヴィスは、自分自身が鍛え上げた精霊魔法部隊と、対ドラゴンのために鍛えられた剣に絶対の自信を持っていたからだ。

 精霊魔法によってその巨躯を消耗させたところを一気に叩けば、どれだけ巨大だろうと敵ではない。精霊魔法が扱いづらくなる可能性も耳にしていたが、討伐騎士団屈指の精霊魔法の使い手が集まった二部隊に任せているのだからと、安心しきっていた。


 精霊魔法による一斉攻撃を仕掛けた後、接近部隊が弱った魔物に攻め込む作戦だ。トラヴィスは山岳の高台へと移動した部隊が落ち着いたのを確認すると、右手を振って合図を送った。戦いの火蓋が切られた瞬間だった。


「総員、狙え!」


 ライオネルの指示で一斉に立ち上がった騎士らは、それぞれ精霊魔法を生成しはじめる……はずだった。


「っ、隊長!精霊魔法が発動しません!」

「一体何がっ」

「くそっ、何度やっても無理だ」


 精霊魔法が生成できないという不測の事態に、騎士らはすっかり動揺して声を張り上げた。張り上げてしまった。


 それまで静寂を貫いていた魔物が、ゆっくりと、その爛々と光る眼をあらわにした。とうとう動き出したのだ。


「狼狽えるな、もう一度やれ!」


 狼狽えるなと指示を出しつつ、動揺を露わにする四番隊隊長ユルゲン・フィッツに対して、ライオネルは舌打ちを漏らす。緊急事態において指揮官が動揺していては、下の者たちは混乱に陥る。彼は努めて平静を保ち、顔を青くする騎士らに呼び掛けた。


「落ち着け。精霊魔法が効かないんだ、一旦撤退して作戦を練り直す必要がある。これ以上魔物を刺激せず、撤退のあい…ず…を」


 ライオネルは、言葉を失った。

 精霊魔法が発動されない異常事態は気付いているはずだ。それにも関わらず、地上から送られている合図は、「突撃せよ」である。

 このまま特攻しようというのだ。


「くそがあっっっ!」


 力の限り木を殴りつける。平静など保っていられなかった。


 そうだ、トラヴィスは、こういう男だった。

 いったん退却し、第四団と合流して再編成を行うことが最善策だと分かっているはずだ。だが、トラヴィスは、名誉を損なうことを何よりも恐れている。

 王都目前まで攻めてきた敵を前に撤退すれば、王立討伐騎士として何よりの恥だ。尻尾を巻いて逃げた腰抜けだと後ろ指をさされるのだ。ならばいっそのこと、無謀と分かっていても今の軍勢で魔物を食い止め、次に託そうではないか。


 ライオネルには、彼の考えが手に取るように分かった。


(お前の名誉のために、こいつらに死ねって言うのか。ふざけんじゃねえ!何か方法があるはずだ、何か……)


  いつも冷静な隊長が怒り狂っているのを目の当たりにした騎士らは、驚きが勝って混乱など吹き飛んでしまった。彼が何に対して怒っているのか、彼らには分かっていた。無謀な指示のせいで、自分たちが死の危険に晒されていること。どうにかして死なせない道を探そうと、必死に思考を巡らせていること。


 騎士らは穏やかな笑みを浮かべ、小さく首を振った。


「サンダース隊長、いいんです。俺たちはこんな事態も覚悟して、討伐騎士になったんだ」

「隊長が気に病むことじゃあないですよ」

「俺たち、剣の腕も達人級なんです。知ってるでしょ、隊長?」


「……お前たち」


 ライオネルは唇を噛んだ。何もできない自分が悔しい。悟りきったように安らかな笑みを浮かべる彼らを、死地へ追いやらなければならない自分が、なにより恨めしい。


「ユルゲン隊長も、いいっすよね?」


 ユルゲンも四番隊の騎士から確認を取られて、目を白黒させながらも「ひょっ」と返事にならない返事を返す。

 この瞬間、六十人の騎士たちは覚悟を決めた。

 鷹を飛ばし、王都の第四団とフェレスにいるサザン総長に増援を要請した。早くて三時間はかかることだろう。それまで持ちこたえられる可能性は……

 そこまで考えて、ライオネルは思考するのを止めた。これからの自分に、考えるという行為は必要ないからだ。

 先ほど部下に向けられた笑みをそのまま返し、剣を掲げた。


「やつを、倒すぞ」

「うおおおおおおおおおお」


 彼らの雄叫びが山岳にこだまする。地上にいた騎士らもそれに続いた。


 精霊魔法が使えない以上、彼らに出来ることは武器による攻撃である。武器を抜きつつ四方に散開して魔物へと迫った彼らは、かの魔物がいかに凶悪かを思い知ることとなる。


 対ドラゴン用の剣が、段違いに硬い鱗に阻まれてしまったのだ。足部も胴体も、ドラゴンの弱点であるはずの翼さえも通用しない。物理攻撃ですら、一つの傷を負わせることもできなかったのだ。傷どころか、魔物は命を懸けた騎士らを嘲るかのように、一歩も動くことをしなかった。


 第三団最大のミスは、未知の魔物に対しての調査を怠ったことである。ただのドラゴンと変わらないと高を括ったせいで、魔物の秘める凶悪性に気付くことが出来なかった。ドラゴンではないこの魔物は、弱点となる部分も有効な攻撃手段も不明なままである。


 正体不明の魔物はその尾を鞭のようにしならせ、纏わりつく騎士たちを一掃した。更に見えない風の刃で接近していた前衛を弾き飛ばしていく。

 受け身を取る間もなく、身につけていた鎧は防御の意味をなさないままその衝撃を伝えた。

 この状態ですでに、部隊の壊滅は必然的だった。

 立ち上がることすらままならなくなった彼らにはもう、なす術がない。


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