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精霊に愛された姫君~王族とは関わりたくない!~  作者: 藤宮
第1章 王立討伐騎士団とヒュドラ
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 アーシブル国には国を守り維持していくための四つの柱が存在する。

 人間のことについて対処し、主に地域の巡回や警備を行う“守護騎士団ガーディアン“

 強力な精霊と契約を交わした者が集う“エレメンタル・オーダー“

 女性のみで構成されている“聖愛騎士団シェロ・リゾマータ“

 そして、剣や精霊魔法の才能がある者が魔物を専門として戦う”王立討伐騎士団“


 その背後で“魔の森“が聳えているために魔物が絶えることなく現れ、人々の脅威となっているアーシブルでは、王立討伐騎士団は無くてはならないものである。そのため。他の三つの団と比べて国から割り当てられる予算も桁違いだが、同時に生死に関わる危険性は格段に高かった。

 それでも魔物に立ち向かい、晴れ晴れとした姿で帰還する彼らに国民は、羨望の眼差しを向けた。いわば国の英雄であった。


 王立討伐騎士団は、魔の森に近い二つの街、西のフェレスと東のオルデュールとに拠点を築き、十二団あるうちの五団がそれぞれに駐在している。残りの二団は、王城から目と鼻の距離にある王立討伐騎士団の総司令部で待機となっていた。王都にいる間は滅多に任務がない。騎士らはその時間を鍛錬に費やすことで、数ヶ月後に回ってくる討伐任務に備えている。


 そんな彼らのもとに火急の知らせが舞い込んだのは、一日の訓練を終えた夕刻前のことだった。


「王都より北、ラセーヌの森中腹部にて一体のドラゴンが出現!現在動きは止まっていますが、いつ攻撃を始めるか分かりません!」


「なにっ!」


 執務室にて各隊長から一日の報告を受けている最中に転がり込んできた伝令に、 第三団団長トラヴィス・メイラーは狼狽の声を上げた。

 第四団団長オーランド・マケットも、狼狽はしなかったもの驚きに目を見開く。


 魔の森と隣り合わせにある以上、魔物が人里を襲うのは想定内のことで、そのために王立討伐騎士団が存在する。

 ラセーヌの森の中腹部ならば街からは距離があるものの、本来は魔物が出現しないはずの地だ。それがA級ドラゴンともなれば、いつ街へ襲来するか分からない。その「街」の中には、アーシブルの王都アーバンも含まれている。

 魔物が動き出さないうちに、迅速に討伐しなければならない。事態は一刻を争う。


「私が出よう。第一番から第四番隊で出撃する」


 真っ先に手を挙げたのはトラヴィス・メイラーだった。その統率力の高さで第三団を率い、数々の実績を上げてきた信用ある騎士団長の提案だが、異を唱える者もいた。王都に残っているもう一団、第四団団長オーランド・マケットは、表情を固くしてトラヴィスを諫めた。


「お待ち下さい。閣下のお力は存じておりますが、ここは慎重を期すべきかと。第四団からもう二部隊連れて行きましょう」


「いらん。慎重を期したうえで四部隊も出すのだ。これだけ兵力があれば、ドラゴンなど容易く捩じ伏せてくれる」


「では、せめてフェレスにおられる総長の裁可を……」


「彼奴の許可など要らぬわ!」


 オーランドの言葉全てを跳ね除けて、トラヴィスは鼻息荒く部屋を出ていった。副団長であるリチャード・スミスもそれに続き、顎をしゃくって第一番隊から第四番隊の隊長に退出を促す。誰も彼らを止めることはできなかった。


 王立討伐騎士団にも、勢力争いが存在する。

 長いあいだ魔物の危機に脅かされてきたアーシブルでは、王侯貴族が中心となってそれに抗ってきたという歴史がある。王立討伐騎士団という確立した組織がおこった後もその体制は変わらず、いま現在、団長と副団長に就任しているのは全員が貴族出身の騎士で、隊長クラスの指揮官も大半がそうだった。

 アーシブルと歴史を共にしてきた貴族らは、自分たちこそが魔物を退け、国を守ってきたのだという矜持を捨てない。功績だけでのし上がってきた者に対しての風当たりは、いつまで経っても強かった。

 その一方で、五年前に王立討伐騎士団総長に就任したサザン・ラーシェンクは、より強固な組織を創り上げるためには有能な人材を取り立てていくべきであり、出自や身分は関係ないと訴え、彼を中心とした完全実力主義派が勢いを増している。それでも長年の体制を覆すのは容易ではなく、階級主義の風潮は消えないままだ。


 トラヴィス・メイラーは階級主義の最たる者で、同勢力のうちで現公爵である彼に真っ向から逆らえる者は数少ない。トラヴィスに睨まれれば、王立討伐騎士団内どころか、貴族界ですら居場所を失ってしまうからだ。


 残された第四騎士団は何も言えないまま、装備を整えて出撃していく騎士たちを見送るしかなかった。

 王立討伐騎士団では、得意とする魔物のタイプや特化する精霊魔法属性など、部隊によって様々な特色がある。どれかに特化した編成をしている部隊もあるが、第三団ではすべて満遍なく備えている。一部隊には三十人程度の騎士が配属されているため、総勢百二十一人での出撃だった。

 しかしながら、ドラゴンは普通の魔物とはいささか勝手が違う。ドラゴンは他の魔物と比べて圧倒的に表皮が固く、普通の剣では歯もたたない。それに加えて、高ランクの魔物を前にすると起こりうる、精霊魔法の扱いが阻害される現象が高確率で発生し、攻撃がままならない可能性も高い。

 過去の失敗と経験を活かし、対ドラゴンに特化した武器と戦闘法を生み出した第四団は、ドラゴン討伐の第一人者としての役割にあった。それゆえ、今回も第四団が出撃するべきだったのだ。だが、トラヴィス・メイラーの強い要望に、彼らは逆らうことが出来なかった。


 隊列を組んだ銀の鎧が傾き始めた日差しに反射するのを眺めていたオーランドは、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。無表情を保ったままの副団長レーン・ビルソンに視線を投げかける。


「……嫌な予感がするな。レーン、第三と第四番隊を待機させておけ」


「よろしいのですか」


「構わんさ。何も無かったときはそれでいい。サザン総長に泣きつくとしよう」


「承知いたしました」


 レーンが立ち去る足音を聞きながら、オーランドは自分の不甲斐なさを悔いた。

 今回の件は、トラヴィスの言う通り四部隊もいれば十分のはずだが、何故だか引っかかりを覚えた。だが今の自分には、根拠のない不安を押し通すほどの力がない。


(何も起こってくれるなよ)


 オーランドは、胸の中で強く願った。

 しかしながら、彼の予感は的中することとなる。人々が遭遇したのは、彼らの知っているドラゴンとは大きさも弱点も全く違う、未知なる魔物だった。

 彼らが習得していたドラゴンに対する知識は、もはや意味を成さない。


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