7- 孤独への道
駐屯地内。人間関係の崩壊。
食堂や浴場など駐屯地で飛び交う囁き。
キモチ悪い。死ね。
浴場の脱衣所で何処の部隊か知らない数人に叫んだ。
「今のは俺に言ったのか?。」
「違うわ馬鹿。」
どこの部隊かも知らない者らからの挑発を受けるようになった。
嘲笑う視線。 怒りの視線。 完全無視の目線。
これを日常茶飯事、毎日繰り返される。
理由が解らぬまま、私は堪えた。
多勢に無勢。
次第に顔に出さなくなった。
差別と無視が広がっていく。
他の中隊の者と職務で知り合い親しくになっても、数日後、また数ヶ月後には態度が一変されて行く。
その無視や差別は自衛隊の塀を越え、外出した市内でも遭遇するようになった。
この頃から私の心はそこに在らずで、熱中や集中は出来ない希薄な付き合いとなり他人を避ける人間になっていった。
こいつもいつか去るだろう。
(何故?俺がキモチ悪いと言われるんだ?。銃剣を落とした事がそんなに?。)
駐屯地の行動範囲も徐々に狭まって行きました。
営内班の皆から食堂や風呂に誘われても行かなくなった。
食事は三食PXでカップラーメン。
風呂は真冬でも洗面所の水シャワー。
私は紛失させた銃剣以外の別の何かを言われている。
そう考えるようになった。
混乱して誰にも相談出来なかった。
心は荒れてしまい、何をしても人間関係の亀裂しか頭になかった。
そんな頃、香田班長からたまには俺の実家に遊びに来いと言われ、班長はよく私を誘ってくれた。
温泉なども参加して私には兄のような存在だった。
香田班長の実家は久しぶりだった。
その晩は班長と酒を交わしお袋さんの美味い手料理を頂いた。
翌日、班長から市内のあるイタ飯屋に行くようにと言われた。
理由も分からずその店を訪ねると、そこには色白の可愛い班長の妹が待って居た。
班長の妹さんとは何度も会っていたので楽しい時、デートを過ごした。
告白された。悩んだ。
今の自分は原因の定かでない悩みを持ち、多くの人間から笑われいる。
この異常者とも採られかねない心境を伝える勇気は無かった。
班長に迷惑はかけれない。その想いだけだった。
数日後、駐屯地に妹さんが面会に来たが、私は別の理由で付き合えないと言葉を伝えた。
妹さんを泣かせてしまった。
その晩、営内班のソファに座りテレビを観ている後ろから首を締められた。
激怒した班長だった。
「妹に何をした。」
初めて見る班長の顔だった。
自分の前にある訳の解らない悩みを告げる勇気は出なかった。
中隊はしばらくして東京の防衛庁桧町警備にあたる隊員の選抜選考に入った。
2中隊と3中隊合同で約30名程が選出された。
本来の選考は陸士長以上からだが、私は一等陸士で出発までには陸士長になるだろうと選ばれた。
選抜が決定して約一ヶ月間、猛特訓が開始された。
暗号やその他の知識を叩き込まれた。
ゲリラ対抗知識。3分以内の完全フル装備など。
完璧な状態で警備隊は東京へと向かった。
初めての東京。六本木の街はとくに都会を感じた。
警備は一週間近くの任務だったと思う。
私はこの防衛庁警備で最後の終礼、政務次官から優秀特別隊員賞を授与された。
中隊は私を期待していたと思う。
しかし、私の精神状態はすでに狂い始めていた。
快眠などなくなっていた。
生きている事が苦痛。
当時の駐屯地には約2000人ほど居たのではないかと推測する。
毎月入隊と退職。
中途退職者は毎日のように正門を出て行く。
縁もゆかりもない土地に私の噂が止む事無く独り歩きして拡大されて行く。
噂はついに同中隊の隊員達らの耳に入って来た。
初めて自分への噂を知った。
それは地元に本社を構える某自動車会社が体験入隊して、その女子社員らの指導中の休憩時間に起きた。
私が座る所に、中隊でも鬼と言われた田安二曹が歩いて来た。
「おい火を貸せ。」
ライターで上官のタバコに火を着けた。
田安は笑いながら煙りを顔に吹きけた。
「お前ッホモ何んだろ。駐屯地で有名だぞ。」
見下しながら私を睨んだ。
この瞬間、予想さえもしなかった言葉・ホモ?。
なんだそれ?考えた事もない異色。
同姓愛など別次元の世界だと思っていた。
だが、いま・・・周囲からそう扱われ異物視された俺はどこにも逃げ場のない駐屯地のど真ん中にいる。
何か影で言われていると感じてはいたが、まさかのホモ。
怒りさえ生まれなかった。
「違いますよ。」
返事はこれしか出なかった・・・。
何か銃剣紛失以外に言われている。
と、感じていたがホモとは。
私はこの時点で田安二曹から言われなければ己の噂を知ることは無かっただろう。
ホモでもオカマでもゲイでもないのに差別の根源はこれだったのか。
こんな噂を俺は陰で何年も言われていたわけだ。
朝礼で流れる国歌。
昇りゆく日の丸。国旗を見上げながら明日は死んでいたい。
毎朝の様に涙ぐむ様になってしまった。
それだけになった。
情けない、哀れだった。