5- 武器 紛失
失恋のどん底にいた。
中隊は防御訓練演習を控えて準備が慌ただしくなっていた。
山中にこもり、睡魔と疲労と空腹で闘う演習訓練。
その日、中隊は防御訓練へ出発した。
演習地への揺れる数時間。
演習場へ近づくにつれ道は荒れて酷くなる。
カーゴ〔トラック〕の座席は板一枚の粗悪席で、上下に突き上げる振動と走行中の冷気がカーゴを吹き抜ける。
寒さに震えながら車は走る、そしてカーゴのエンジンが停まった。
その場所へ私と数名が下車しカーゴはまた次へと出発しエンジン音が小さくなり消えて行く。
そこから少し離れた目的地へ徒歩で移動した。
小隊は構築陣地に到着後、若干の休憩を取り作業が開始された。
機関銃壕構築。
機関銃の壕は3~4人程で構築する。
ワンボックス乗用車から3トントラック一台分近くの土を掘削し、4~5メートル程のFRP製の天井部分を穴に被せ、爆撃から壕を守る。
その上にさらに土を盛り固め強度を上げる。
全身から汗が吹き出る。
次第に時間を忘れていく。
夕暮れ、この日の作業は中断され次は野営準備に取り掛かる。
天幕張りに追われ辺りは真っ暗。夕食を済ませてハッとした。
腰のダンタイに装備してあった銃剣が無い。
銃剣とは小銃の先端に装着して敵を突き刺す刃物である。
小隊長に武器紛失を報告した。
小隊長は過去にも銃剣を無くした者が居たらしくすぐに発見されると、明日の早朝に一人で捜すよう命令された。
早朝、天幕からカーゴを下車した地点、移動した場所。
行動範囲を何度も往復して捜し求め歩いた。
しかし何処にも無い。
翌日、防御訓練は完全中止。
駐屯地から数百名の捜索隊が編成され演習場に到着、大規模な武器紛失捜索になった。
「俺はなんて事をしてしまったんだ。」
震えた。
捜索隊本部が設置されて、当日の行動を幾度も連隊本部で聴取された。
捜索開始から数日後、私も捜索隊本部に居た。
連隊幹部は私に右翼との繋がりもあるのではとも考えていた。
テレビではアメリカのスペースシャトルが空中爆発を起こし、その惨事映像が流されニュース特番ばかりだった。
連隊長はその爆発映像を流すテレビを視聴、私に左手でお茶をすすめながらも豪快に言葉を出した。
「俺もこれで終わりかぁ。ワハッハハハ。」
自分の軽率な行動でどれほど多くの方々へ迷惑をかけてしまったか、間近で見る連隊長の肩に光る金色の階級章が涙で滲んで行く。
その時、捜索隊からの一報が入った。
《銃剣発見!繰り返す! 銃剣発見!》
大きな肉声が響き渡り捜索本部には大歓声と拍手が沸いた。
「有難うございました。」
よし現場へ行こう。と、連隊長に肩を叩かれた。
私は捜索隊本部隊員に頭を下げ連隊長の後へと進もうとした瞬間、人生で初めて腰が抜ける経験をしました。
誰かの手を借りてジープへ乗り込み発見現場へと向かった。
演習場の山肌に生い茂っていた木々は見事伐採され、紛失前とは別の風景にしてしまった。
私は懲戒解雇を覚悟しました。
発見は地雷探知器によるもので、そこは最初に若干の休憩をした機関銃壕の付近だった。
銃剣はスコップで穴から掘り出した大量の土で深く埋まっていた。
翌日、捜索隊解散式が行われた。
壇上に立つ連隊長から私は名指しで壇上へと呼ばれた。
緊急捜索隊にも関わらず全力で懸命に捜索された数百名の方々へ謝罪、そしてこの珍事件で私は一躍バカな男として駐屯地で有名人とされた。