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揺れる心 佐多岬怒り抗議 僅かな誇り

仕事のストレスから実母を乗せてカーチェイスをした男が逮捕されるニュースを目にしました。

どれほど頭に血が上っても、無関係な人々に恐怖を与えても何一つ解決はしません。

今の私の心に残るのは、怒りよりも拒絶され続けてきたことへの底知れない虚しさです。

人を信頼すればするほど裏切られた瞬間の衝撃は大きく、心は粉々に砕かれます。人を恨んでも何の価値もないと分かっていても、受けた傷は決して消えません。家族や会社に迷惑をかけたくないという一念で自分を律してきました。

心から「楽しい」と感じる感情は、25歳の自衛官時代に事実無根の噂を知ったあの日から、私の人生から消え去ってしまいました。

数年前、同級生から同窓会の案内が届いた際も、私は「不参加」と返し、二度と連絡しないでほしいと書き添えました。一人で都会に出て、ボロボロになりながらも必死に働いてきた。

彼らと会っても、私の人生が癒えることはありません。愛の反対は無関心。どこにいても、私は静かな孤独の中にいます。


私の精神は、あの自衛隊時代から何も変わっていません。噂を知ってから駐屯地の柵や壁はどこまでも厚く高く感じられ、数千人の視線から受ける恐怖は今も私を追い詰め続けています。食堂にも風呂にも行けず、真冬の洗面所で震えながら水をかぶるしかない地獄のような生活。温かい白飯が食べたくても、目の前にはカップラーメンとパンしかない。共に暮らす先輩や後輩の前では、その惨めさを出すことさえできなかったのです。


あるホームセンターでのことでした。

同年代の夫婦が私を見て


「レジに並びながらやってたりしてな」


と笑いながら呟きました。

また、通院する病院の待合室では、男が険しい眼差しで私を睨みつけ、隣の妻に何かを呟いていました。その時、その女性の声が聞こえました。


「いいじゃない、だってあの人は誰ひとり、傷つけていないし迷惑も掛けていないんだから」


穏やかな眼差しで放たれたその言葉に、あの日、自分を捨てた佐多岬射撃演習場宿舎での記憶が重なりました。


人を殺し、必ず自殺しようと心に決めた日でした。

誰も傷つけず、すべての罪を自分一人に被せる。

狂人になればいい。噂を陰でしか言えない奴らの陰湿さと、人前では絶対にできない自慰行為を重ね合わせる感情が湧き上がりました。

今思うと、殺意よりもこの突発的感情の方が強かったかもしれません。

私は、背中越しに私を見て笑う連中の目の前で、人生の底を抜け堕としてしまいました。それが、人間性を否定し、私を追い詰めた奴らに対する、私なりの羞恥心を捨てた復讐へとつなぐ命懸けの抗議でした。

人として最も恥ずべき行為を涙を流しながら二度と人に戻るまいと己を壊しました。

しかし、私はその境界線を越えることができず、大量殺人なる重罪を犯す勇気が生まれませんでした。

人を殺せば、家族を失った遺族らに一生涯の恨みと悲しみを与えることになります。

他人を傷つければ、更なる誤解を生み、大切な家族を苦しめるだけだと知っているからです。


駐屯地隊舎は、中隊長室と武器庫以外はほぼ施錠などされていません。

真夜中に第46普通科連隊の隊舎を血の海にしてやるつもりでした。脳裏で幾度も繰り返した計画。決行は、足音を消してくれる雨の夜と決めていました。

雨が降りしきる夜、靴に靴下を履かせ、音を殺して歩く準備を整えました。

覚悟を決め、刃物を手に立ち上がりました。しかし、全身を襲う激しい震えで、どうしても実行する勇気が生まれませんでした。

就寝中の相手の寝首を襲うという、最低劣悪で惨虐な殺し。どの中隊のどの営内班に何名が寝ているのか、標的とする奴らの情報を集め切ることが困難だったことも私を躊躇させる要因でした。

そして何よりも思いを踏み止まらせたのは兄の存在でした。

身内である実弟が兄の人生をも、根底から潰してしまうことになる。

この優秀な兄と血が繋がっていなければ、私は人を殺し自らも命を絶っていたでしょう。


あの日から四半世紀。

あの当時、私が傷つけてきたのは己だけでした。


病院の待合室で出会ったあの女性が「あの人は誰ひとり、傷つけていないんだから」と言ってくれた時、私の心に去来したのは、あの日、刃物を手に震えながらも一線を越えなかった自分自身の姿でした。


誰一人傷つけず、ただ独りで地獄を耐え抜いてきた。

その沈黙こそが、私が今日まで守り続けてきた唯一の誇りなのです。












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