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永遠の別れ

教育隊の区隊長は三等陸尉で、いかにも自衛官らしい豪快な人物でした。

教官らは数ヶ月単位で配属され、指導期間が終わればその多くが元の部隊へと戻っていく。

私の班長は山口県出身で、温厚かつ真面目な人柄がにじみ出ているような人でした。

ある時、班長は自らが経験した被災地での救助活動について語ってくれた。

「以前、土砂の中から亡くなったご老人を掘り出したことがあった。口の中まで泥が入り想像を超える悲惨な姿だった。その時、私は心に誓ったんだ。必ず、一人でも多くの命を救ってみせると」

班長は静かに当時を振り返りながら、その目に涙を浮かべていました。


泥まみれの充実。

「前へ――進め!」

教官の号令が訓練場に響き渡る。雨上がりの戦闘訓練場は泥濘ぬかるみと化していた。命令に従い、一気に堆土たいどへと突進する。フル装備の体がぶつかり合い、泥水がしぶきを上げて全身に降りかかる。

その瞬間、汚れをためらう気持ちなど一気に吹き飛び、言葉にできない爽快感へと変わった。

訓練が終わると、小銃を濡らさないよう両手で高く掲げ、そのまま琵琶湖へと入る。泥だらけの体で湖に浸かるのは、この上ない快感だった。

仲間と一丸となって目標へ突き進む。

この戦闘訓練こそが、教育隊生活の中で最も充実しており、私の大好きな時間だった。


体力測定の日、入隊時、4秒間隔置き懸垂も当初10回程だった数は、教育隊前期班長がいけるとこまでやってみろ!と言われ、38回が限界でした。


前期教育休暇を迎え、私は取締役として区隊長へ敬礼し空港へ向かいました。

真っ黒に日焼けした体で、私は再会を期して鹿児島へと向かいました。

「必ずお前を幸せにする。付き合って五年も待たせているけど、あともう少しだけ待ってほしい。約束は必ず守るから」

そう彼女に言い残し、私は教育隊へと戻りました。


その後、北海道へ赴任する先輩たちの壮行会が開かれ、私は後輩隊員代表として祝辞を述べる役に選ばれました。

会場には数百人の先輩たちが壇上を向いて並び、背後には数百人の同期と後輩が控えている。これまでにない緊張が私を襲った。

「起立!」の号令で全員が立ち上がる。先輩たちが一斉に「回れ右」をしてこちらを振り向いた瞬間、私は息を呑んだ。

目の前にいたのは、入隊時に指導隊員として最もお世話になった、元警察官の先輩だったのだ。

緊張は最高潮に達し、心拍数は跳ね上がり、全身が激しく震えた。私は持てる限りの大声で祝辞を述べた。しかし、結びの場面で、どういうわけか自分の名前を名乗ることを躊躇してしまった。とっさに口をついて出たのは、自分の階級だった。

しかも、あろうことか「二等陸士」と言うべきところを、幹部階級である「二等陸尉」と叫んでしまったのだ。


下でマイクを支えていた陸曹が、すかさず舌打ちをして吐き捨てた。


「バカッ!」


会場がざわめき、遠くの壇上脇では幹部たちが椅子から立ち上がるのが見えた。

壮行会が終わるやいなや、私は教官室で副隊長たちから激しい叱責を受けた。

私の祝辞は大失敗に終わった。


前期教育も残りわずかとなった。後期教育の地は、鹿児島に近いという理由で山陽地方の駐屯地へ決まりました。

移動の日、区隊長に挨拶をしようとしたしましたが、完全に無視されました。

壮行会の失敗以来、日増しに冷淡になっていく区隊長の態度から、そんな予感はしていました。

新幹線で到着した新たな土地。

「ここがお前らの部屋だ」

案内された部屋に足を踏み入れた瞬間、私が感じたのは「暗さと陰湿な空気」でした。

この直感は、後に現実のものとなりました。

後期班長は第一中隊から選出された同い年の三等陸曹、銃剣道の名手だった。

同期は十数名。訓練は前期とは打って変わり、普通科連隊らしい体力を重視したものになった。

起床と同時に点呼、そのまま持久走。特に銃剣道の訓練は熾烈を極めた。

「何しとんじゃコラ! はよせえやボケ!」

罵声が飛び交う過酷な日々に、同期の一人は自衛隊を去った。それでも私たちは必死に食らいつき、後期班長の特訓を乗り越えた。

そして迎えた銃剣道の検定。


「こいつは筋がいい。十年に一人の逸材だ。お前だけ二段を授与する」


初段検定だったにもかかわらず、私だけが飛び級で二段を授与されました。

慌ただしく後期教育が修了し、私の配属先は普通科第二中隊に決定した。昭和六十年の終わりが近づいていた。


正月休暇。彼女に「帰るよ」と公衆電話から伝えたが、返ってきたのは、会いたくないと言いたげな冷たい声でした。

「わかった。とりあえず向かうよ。だが、二人で暮らしたその部屋の鍵は持っていかない。もしダメならそのまま駐屯地に帰るから、君が決めて欲しい」


そう告げて鹿児島へ向かった。

アパートの前で待っていると、遠くから見覚えのある赤いバイクの彼女が見えた。別れを告げられる覚悟はできていた。しかし、現れた彼女はこう言った。


「何してるの? 自分の家でしょ。私、仕事抜け出してきたんだから、早く入って」


部屋に入ると、二人で飼い始めたポメラニアンとマルチーズのミックス犬「チビ」が懐かしそうに迎えてくれた。その姿に、思わず涙がこぼれた。


休暇中、垂水市に住む彼女の兄とも再会し、近況を報告した。そして最終日、彼女とチビと一緒に駅へ向かった。

ホームで「寒いからここでいいよ」と彼女を止め、握手をして汽車に乗り込んだ。

窓際の席に座り、出発を待つ。発車のチャイムが鳴り、ゆっくりと汽車が動き出したその時、帰ったはずの彼女が窓の下からに現れた。いつもの、あの太陽のように明るい笑顔で見送ってくれました。

それが、彼女との永遠の別れになるとは知る由もありませんでした。

永遠の終止符。

自衛隊に戻りしばらくしたある晩、清掃時間中に呼び出しがあった。彼女からの電話だった。


「ある人から、結婚を申し込まれたの……」


彼女の声は震え、泣いていた。私は「後でかけ直す」とだけ伝え、受話器を置いた。

彼女の幸せを願う気持ちに嘘はなかった。けれど、どうしても自分との未来を選ばせることができなかった不甲斐なさに、胸がかきむしられる思いだった。


当時は携帯電話などない。

点呼が終わるやいなや、私は駐屯地内の争奪戦の公衆電話を探して走り回った。ようやく繋がったのは深夜だった。


「ごめんな。五年も付き合っておきながら、結局答えを出せなくて。俺が叶えられなかった幸せを、その人から必ずもらうんだよ。絶対に、幸せになれよ」


心とは裏腹な言葉を絞り出し、電話を切った。

静まり返った営内へ戻り、私は周囲に悟られないよう、毛布を深く被り声を殺し涙を伏せました。



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