歪み 普通の生活
私は悩みました。
中堅社員となり、収入相応の生活を手に入れ経済的にも恵まれている。当初は私を嫌っていた倉庫長や上司からも、今は認められつつある。
このまま会社側として生きるか、それとも社員側に立つべきか。
3歳で他界した父の遺言がある。
「飲んだり食ったりするだけの奴とは付き合うな。困っている時に手を差し伸べてくれる奴を選べ。」
裏を返せば「お前自身がそんな人間になるな」という教えだった。
不平不満を漏らす者たち。
だが、所詮は他人事だ。
社内には意地の悪い者、弱い者いじめをする者、他人の迷惑を顧みない者も大勢いた。
後輩に、河田という吃音症の男がいた。性格は真面目だが、上手く話せず要領が悪い。私はある日、提案した。
「俺がお前を挑発するから、皆の前で俺を殴れ。頭に来れば自分も拳を出す人間だと思わせるんだ」
河田は砲丸投げで鍛えた肉体の持ち主だった。
本気になれば誰も敵わない。しかし、優しい彼はこの仕掛けに乗る事はありませんでした。
賞与の日だった。
皆から誘われ、仕事帰りに遅れて焼肉店へ入ると、酔った同僚が15人ほどいた。
宴もたけなわとなり、会計は誰と尋ねると、社員の一人が「金は要らない」と言う。
「全部、河田のオゴリだから」と数人が笑った。
「ふざけるな。なぜお前らに奢る必要がある。
俺を二度とこんな飲み会に誘うな」
私は河田の手に一万円を握らせ、店を出た。
その夜、河田が缶ビールを手に部屋を訪ねて、私が怒鳴って帰った後、皆が割り勘にしたと礼を言われた。
突然、態度を変える者もいた。
ある晩、寝ていた私を玄関チャイムが起こした。
酔った後輩の久田だった。部屋に入るなり、人の迷惑も考えず一方的に喋り続ける男だった。
私は自衛隊時代に拒絶され続けた人恋しい思いが強い。
反動で何か人から頼まれると嬉しくて応えてやっていた。
ある晩、私が出かける準備をしていると、また久田が来た。社内恋愛中の彼女も一緒で、二人とも泥酔状態だった。
「出かけるから帰れ」と何度も言ったが、二人は帰らない。
面倒になった私は「部屋の鍵を貸すから、二人で泊まって行け」と言い残し、出かけた。
翌日帰宅すると、二人に他人の迷惑を少しは考えろと、常識のない二人に呆れた。
この出来事を忘れた数ヶ月後、久田から突然無視されるようになった。
社内でも挨拶さえしてこない無視をするようになった。
どこかで私の噂を聞いたのだろう。後日、二人は結婚したが私に招待状が届くことはなかった。
また後輩の細山。
朝の通勤時、挨拶すると奇声で応えるような奴だった。
あの時、彼が叫んでいた言葉が「ゲイ」だったのだと今は理解できる。
また数年前、素朴な田舎育ちだった代田という男もいた。都会の生活に流され、借金地獄に陥り、夜はカラオケ屋でアルバイトをする日々。
睡眠不足の顔で働く彼が私の行きつけのスナックの女の子と付き合っていると知った。
「泣かすようなことだけはするな」と伝えたが、数ヶ月後、交際中の彼女が泣きながら私の部屋を訪ね別れたと聞いた。
代田の稼ぎは借金返済に消え、彼女が支えるヒモのような関係だったという。
翌日、私は代田を呼び、
「お前、別れたんだよな。なら俺が付き合っても文句はないな」と問うと、彼は「どうぞお好きに」と吐き捨てた。
私は彼女に「本当の恋愛をしよう」と伝え、彼女の両親に結婚前提だと挨拶をした。
だが社内では「後輩の女を強引に奪った」という話にすり替えられていた。
しかし、この彼女との交際も長くは続かなかった。
岩手への旅行帰り、新幹線での出来事をきっかけに、高齢者に対する意識の決定的な違いを感じた。
「この人とは結婚できない」
別れを告げ、部屋の鍵を返すよう伝えた。
ある晩、帰宅すると部屋の電気がついていた。慌てて入ると、母が来ていた。
朝起きると、テーブルには大量の酒のつまみがあった。
母によれば、別れた彼女が来て「ヨリを戻したい。真剣に自分を見てくれたのはあの人だけだった」と話していたという。
だが、私の心は変わらなかった。
寮部屋の前で、事情を知らない細山は「呼び出してやっちまえ」と騒ぐ声が聞こえた。
このこともデタラメな噂として面白おかしく盛られているだろう。
そんな、やるせない心情で生活していた私への労働組合結成を一緒に作ろうと言う話だった。




