誤解を生きる覚悟
夏。私は新幹線に飛び乗り、自分の前世だと告げられた人物が眠る寺へと向かった。
寺を訪ね、ある人物を調べていると伝えると、僧侶は快く中へと案内してくれた。弁慶ゆかりの品々が展示されたその場所には、霊視されたその人の墓と、自害して主の後を追った家来の墓が静かに並んでいた。
だが、どれほど見つめても、心の奥に眠っているはずの過去の記憶が呼び起こされることはなかった。
東京に戻り、今度はその妻であったという姫の墓を訪ねた。徳川家の巨大な墓石。
そこに眠る人は、戦を回避するため、個人の尊厳など重視しない時代に家系の犠牲とされた人だった。幼少期に自由を奪われ、命さえも操られた。
心豊かな人生も歩めず、さらに大阪城炎上後に事実無根の噂を大阪から流され全国へと拡がり淫乱な女と国内に流風され、人々から誤解を受けながらも余生は江戸城の片隅でひっそりと暮らし亡くなった人。
そしてこの姫の事実無根の噂は現在ソープランドの店名にまで使われ時代を超え誤解はいまも消えない。
(私との共通点は、そこだけ……)
しばらく墓石の前で立ち尽くしたが、やはり何も心には伝わってこない。
ただ、ふと思った。
肺病を患い若くして他界した前世の自分は、死後、愛する妻へのいわれなき誹謗中傷に激しく憤っていたのではないか。
今回の輪廻は、その誤解を晴らすためにあるのではないか、と。
答えはわからない。
また前世を知ったところで、目の前の現実は何も変わらない。過去が誰であったかは重要ではない。それは単なる「昔」に過ぎないからだ。
人生の本当の目的など、誰にもわからない。ただ、今この瞬間の人生を直視し、歩んでいくしかない。
私は噂によって自由を奪われた。だが、その理不尽な苦しみが、私に「生きる意味」を深く問い直す時間をくれたのも事実だ。
自ら命を絶たないこと。
暴力を振るわないこと。
今抱えている問題から逃げずに生き抜くこと。
世の中にはストレスから罪を犯す者もいるが、それが死後どう影響するのか、自らの魂をどれほど傷つけるかを知らない人が多い。もっと自分を大切にしてほしいと願わずにはいられない。
あの世とは、生前の意志が通用しない魂の世界だと思う。
天国も地獄もなく、ただ自分の魂の格に合った場所へと導かれるだけなのだから。
ある晩、前世を教えてくれた霊能者の彼女とその妹が部屋に来た。
私は二人を行きつけのスナックへ誘った。
扉を開けるとカウンターがあり、その奥にL字型のボックス席と、小さなカラオケステージがある店だ。
席に着くなり、霊能者の姉が私の耳元で小さく囁いた。
「霊がいるわ。絶対に振り向かないで。気づかれるから……。ステージの角に、男と女の霊がいる」
驚きはなかった。
この店では不思議なことがよく起きていたからだ。
数人の客が入店しカウンターの前を通り過ぎていく。
ホステスは人数分のグラスを運んでも、なぜかよく一つ余ることがある。
私自身、閉店後の後片付けの最中、誰もいないはずの奥から女の声を聞いたことがあった。
「未練、意気地なしね……成仏できない」
スピーカーから流れた。
ある女性歌手の歌、はっきりと成仏できないとのその声に、その場にいた全員が凍りついた。
その晩、彼女はママを呼び寄せ、忠告した。
「毎日お線香を焚いてください。そして、店では必ずミネラルウォーターを使ってください。。これを実行しないと、あなたに不幸が訪れてしまう」
だが、その願いが聞き届けられることはなかった。
約一年後、ママは突然この世を去り店も消えた。
後になって彼女から知らされたが、あの店は死者が出入りする「霊道」になっていた。




