偽善宗教 断ち切れた絆
忍び寄る噂で東京での穏やかな日々は、長くは続かなかった。
ある日曜日のことだ。
一人の男が寮の部屋を訪ねてきた。
「無料で手相をみますよ」という。
その顔は、何処となく巨人軍の長嶋茂雄氏に似ていた。
以前、大阪で占いが当たった経験もあり、私はその親しみやすい風貌を信用して部屋に入れてしまった。
しかし、期待に反して彼の占いは何ひとつ当たってはいなかった。
「錦糸町にカルチャーセンターがあるので、一度来てみてください」
男はそう言い残し、私は後日、そこを訪ねることにした。
オフィス風のその場所には数台のモニターがあり、自分の悩みに合うビデオを鑑賞する、いわば自己啓発の場のようだった。
半年ほど通った頃だろうか。気にかけていた先祖供養ができると聞き、数万円を支払って供養を依頼した。
しかし、この頃世間を騒がせていた高価な壺の販売や合同結婚式を行う宗教のニュースを見て、私はその手法が酷似していることに直感した。
私はすぐに電話をかけ、単刀直入に問い詰めた。
「あなた方は、あの団体(◯◯教会)なのか?」
相手は話をはぐらかし、決してイエスともノーとも言わない。
その不誠実な対応に、私は「二度と信用しない、もう行かない」と告げた。
すがる思いで費やしたお金と時間は、無情にも浪費された。
そして、あの忌まわしい噂はついに社内にも流れ込んできた。
なぜ、誰もがこの馬鹿げた話をあっさりと受け入れてしまうのか。
そんな経験など私は一度もない自衛隊時代もそうだった。
誰か一人でも、私に誘われた者がいるか。なぜ直接確かめようともせず鵜呑みにしただ遠巻きに視線を投げてくる。
心理学に「初頭効果」という言葉がある。
最初に悪い情報を与えられると、その人物の印象は最悪のまま固定されてしまうという実験結果らしい。
この理不尽な人間の心理を知ったとき、私はやり場のない悔しさに震えた。私の本当の姿など、誰も見ようとはしていなかったのだ。
そんな折、元自衛隊先輩から、結婚式の招待が届いた。
私は激しく葛藤した。
その場所は、私の人生を歪めた自衛隊の駐屯地がある地だ。
突き刺さるような視線。
細胞が凍りつくような恐怖。暗闇の崖っぷちに立たされるような感覚が蘇る。
「行きたくない」という思いが体を支配した。
断りの連絡を入れたが、友人は「お前が来なければ式を始められない。絶対に来い」と譲らなかった。
かつて、彼の彼女から求婚の相談を受けた際、私は「あの人は本当に良い奴だ」と背中を押したことがあった。
その二人の門出だった。
「こんな俺をまだ友人と扱ってくれる人がいる」。その想いが、私を突き動かした。震えと涙が止まらない中、新幹線に飛び乗った。
披露宴会場、照明は消え新郎新婦にライトが当たっている状況で遅れて到着、静かにドアを開けた。
私とわかった新郎は手招きで迎えてくれた。そこには自衛官時代の懐かしい先輩も居た。
元勤め先の支店長からは、辞表に書いた「理不尽な人間関係」の真意を問われたが、私は愛想笑いでやり過ごすしかなかった。
しかし、数年後。
その友人とも音信不通になり、ついには絶縁の時を迎えた。
根も葉もない噂のせいで、大切に思っていた絆が消え、人生が削られていく。
一人、また一人と人が離れていくたびに、私は自分から連絡を取ることを止めた。
「私は世間に嫌われた者なのだ」と、心を閉ざすしかなかった。
私は思う。
一度でも、彼らの前で恥じるような振る舞いをしたことがあっただろうか。
噂を耳にした時なぜ直接聞いてくれなかったのか。
友人だと信じていた絆が、ある日突然、音もなく消える瞬間の痛みがどれほど深いものか。
私は言葉にならない無念さを抱え、ただ独り、押し寄せる闇の中に立っていた。
善意の仮面を被った勧誘や、信じていた友人との決別。
私は自分を守るために孤独を選ばざるを得なかった。




