東京 再出発の光と忍ぶ噂
助手席に地図を開き、私は国道1号線でひたすら東京を目指しました。
不安と怒りが渦巻く中、自分に言い聞かせる。
「生きていれば、何かを探せるはずだ」と。
道中、これまで興味もなかった「同性愛」や「性同一性障害」について考えた。
男として生まれ男を愛する、あるいはその逆。
文章を読んでもさっぱり理解はできなかった。だが、自衛隊で誤解され、徹底的に排除された経験を経て、確信したことがある。
同性愛は病気ではない。生まれついた性であり、本人の感情だけではどうすることもできないのだ。それを拒絶したり、拒絶したりする必要はないし、決してしてはならない。
銃が狩猟のために考案されながら、戦争の道具にされたように、感情や道具は、その使い方を間違えてはならない。
世の中には、遺書の有無でカウントされないだけで、年間10万人を超える自殺者がいるとも言われる。その中には、同性愛という個性に絶望し、真っ暗闇の中で命を絶った人もいるだろう。
(これから、どうするか……)
とにかく働かなければならない。誰も知らない東京で、私は必死に仕事を探し歩いた。
短期間に転職を繰り返したが、春先、ようやく日本橋に本社を構える飲料関係の会社に、寮付きで採用された。
自衛隊で鍛え抜いた体力は、仕事をこの上なく楽にさせた。重ねた60キロ近いビール瓶ケースも、私には軽く感じられた。
この会社で、一歳下の元プロボクサー・宍戸と出会った。
彼は心から信頼できる「いい奴」だった。
自衛隊での出来事も、彼にはすべて話すことができた。私の良き理解者となってくれた。
彼には、今も本当に感謝している。
腕相撲では当初、何度やっても私が勝っていたが、彼は現役時代の筋力を取り戻そうと猛トレーニングを始めた。
二年後には、両腕とも私が勝てないほどの腕力を取り戻していた。
そんな切磋琢磨が、何より普通が嬉しかった。
他の社員も良い人ばかりで、私は我武者羅に働いた。
更衣室での着替え、交わされる挨拶。仕事の合間の雑談。帰り道の酒。
この「平穏の生活」が送れるだけで、私は心から幸せだった。
だが、入社して三年が過ぎた頃。
会社の向かいにある八百屋の前を通りかかった時、異変に気づいた。近所の主婦たちと店主が、揃って私を見ていたのだ。
その形相に、私は凍りついた。
それは、あの自衛隊で何度も浴びせられた、蔑みと嘲笑の視線そのものだった。
(まさか……。いや、そんなはずはない)
私は不安をかき消すように、さらに仕事に没頭した。
しかし、逃げ場はなかった。
ある日曜日の休み、寮の近くのスーパーへ買い物に行った時のことだ。レジを済ませて出口へ向かうと、三人の主婦が立ち塞がっていた。
彼女たちはわざと通行を邪魔するように階段の前に立ち、嘲笑いながら私を凝視していた。その中の一人は、あの八百屋にいた主婦だった。
噂というアメーバが、地面に垂れ落ち、ゆっくりと周囲へ拡がっていく。
どこへ行っても、同じような視線が私を追ってくるようになった。
地獄が、また始まった。
ようやく手に入れた「普通」という名の幸せ。
それが、またしても正体の見えない悪意によって侵食されていく。




