逃走 迷霧の果て ―― 疑問
広島、岡山、島根、鳥取、山口。私は行く宛もなく車を走らせ続けた。
その夜、たどり着いたのは、かつて仲間と泳ぎに来たことのある光市の浜辺だった。
そこは故郷と同じ、真っ白な砂が広がる渚。
陽が落ち、暗闇に包まれた砂浜で、空腹も時間も忘れて海を眺めていた。この海の向こうは、初めて彼女をドライブに誘ったあの浜辺に繋がっている。
聴こえるのは、ただ波の音だけだった。
(いったいこの噂は、いつ、誰が始めたんだ……?)
初めて突きつけられたのは、あの安井二曹からの言葉だった。
だが、安井二曹は「鬼」と煙たがられてはいたが、演習中には内緒でビールを分けてくれるような、本来は心優しい人だった。
ムードメーカーだった大口陸曹もそうだ。
彼らの態度は、ある時を境に突然、急変した。
なぜ、誰もがこんな馬鹿げた話を簡単に信じてしまうのか。
それまでの俺という人間を、なぜ皆一斉に否定できるのか。
発端は後期教育隊なのか、それとも前期の頃からなのか。
思考は止まらない。
兄へも同僚にも話せなかった噂の疑念が、闇の中で膨れ上がる。
もしかすると彼女との結婚を反対された事も、別れに至ったのも、もしかしたら入隊前からこの噂はあったのではないか。
彼女の耳にまで届いていたからではないのか。
「なぜ、こんな生き方をしなければならないんだ……」
こんなことに人生の貴重な時間を費やし、なぜ死を考えなければならないのか。
俺の人生とは、一体何だったのか。
死ねば本当に楽になれるのか。
ならば死後の世界とは、どこにあるのか。
真夜中、私は山奥の道を走っていた。
濃霧が立ち込め、ハイビームを点灯しても光で反射して前方が見えない。
私は走行を止め道路の真ん中で停止した。
やがて、ゆっくりと霧が薄れていく。
目の前にぼんやりと浮かび上がったのは、乱雑に立つ細長い木と、石の先端。
墓場だった。
もしあのまま前進していたら、どうなっていたのか。
行く場所など、どこにもない。
私は逃げ場を失い、真夜中の魚切ダムへと向かった。
それから毎晩、私はただその黒い水面を見つめていた。
そこが自殺の名所だと後から知った。




