最後の休暇 ―― 境界の橋
私は、ロッカーの中を頻繁に整理するようになっていた。
いつでもこの世からいなくなれるよう、身の回りの荷物を少しずつまとめる。
それが、今の私にできる唯一の「身支度」だった。
中隊に一週間ほどの休暇を申請した。
自衛隊の正門を出る。
(次、ここへ戻ってくる時、俺は死体袋に入っているだろう……)
本気でそう思いながら、駐屯地のすぐそばにある小さな橋を渡った。
これまで何度も外出のたびに通過してきた橋だったが、川の様子をじっくりと眺めたのは、その時が最初で最後だった。
水辺にはゴミが散乱し、空き缶が虚しく捨てられている。かつては魚が泳ぐ美しい川だったはずだ。
それが、人間たちの手によって魚さえ住めない場所になってしまった。
その汚れその拒絶。
自分自身の姿をこの川に見ているようだった。
中隊に申告せず、密かに借りていた駐車場へと向かう。無断で購入した車。
行く宛もないまま、私はただエンジンをかけて走り出した。
流れる景色の中、街ゆく男女のカップルが目に入る。
それまでの自分にはなかった、別の感情が胸の内に静かに湧いてきた。
「……幸せになれよ」
どこの誰かも知らない二人に向かって、独り言を呟く自分がいた。
憎しみと殺意に支配されていたはずの心に宿った、不思議なほどな祈り。
それは、この世に未練を残さないための、私なりの別れの挨拶だったのかもしれない。
俺はこの世から消える場所を探すため、人生を棄てる地を求めて、ただひたすらに車を走らせた。




