エイズ 殺意の増幅
九州での射撃大会。私は機関銃手として出場するはずだった。
しかし、前日に風邪をこじらせ、高熱で自力で立つことすらできなくなった。
中隊長から出場を止められ、補欠が代役として出発。
私はひとり、宿営地に取り残された。
高熱のせいか、生まれて初めて天井が回って見えた。
宿営隊舎。布団から20m程離れた場所に迫撃砲部隊の隊員たちがいた。
昼時、後輩の永井が
「先輩、飯食えますか」
と食事を運んできてくれた。
その優しさに礼を言おうとした、その瞬間だった。
ポーカーをしていた迫撃隊の陸曹たちから、耳を疑うような怒号が飛んだ。
「永木! そいつに近付くな! 病気が移るぞ!」
それは、陸曹・大口の声だった。
「そいつはエイズじゃ。エ・イ・ズ。そんな奴に飯など食わさんでえぇ。いね(死ね)ばえぇんじゃ!」
続く、周囲のドカ笑い。
「昨日までここは米軍が使っとったろ。そいつはホモじゃけー、移ったんじゃ」
牛黒や、周りの連中の態度が変わったことには気づいていた。だが、病で伏せっている人間に向かって放たれる言葉とは到底思えなかった。
同中隊でも、私を理解してくれる者は一人、また一人と減っていく。教育隊の教え子たちまで偏見に晒され、入隊の動機だった彼女との未来も、もうない。
ホモ、ゲイ、そして今度はエイズ。
卑劣なレッテルが、私という人間を塗り潰していく。
(もう、限界だ……)
何もできない自分が情けなくて仕方がなかった。
これまで必死に抑えてきた殺意が、更にじわじわと心に浸透していく。
「殺してやる」
高熱に浮かされる中、視界の天井が涙でボヤけていった。
その熱さは、病のせいか、それとも煮えくり返る怒りのせいか、自分でも分からなかったがもう1人の自分が大きくなる感覚があった。




