自慰 奈落への引金
駐屯地で自殺者が出ました。
ある日、一人が屋上で首を吊り、命を絶っていた。発見した不寝番の陸士長は、その光景の凄惨さに、数ヶ月間も飯が食えなくなったという。
死の影が、すぐそばまで迫っていた。
数ヶ月後、私は鹿児島の佐多岬訓練に参加していた。
姫路で受けた訓練の本番です。
先輩たちが羨望の眼差しを向けていた重機関銃「キャリバー50」の対空射撃訓練。
だが、射撃など今の私にはどうでもよいと考えていました。
懐かしい鹿児島の地に立ち、錦江湾を眺める心は複雑に揺れていました。
鹿児島市内の夜景が目に刺さる。
(逢いたい……)
頭にあるのは、別れた彼女のことばかりだった。惨めでした。彼女はすでに新たな幸せを掴んでいる。
それなのに自分は、卑劣な噂を流され、笑い者にされどこにいても、突き刺さるような視線から逃げられない。
初日の練習が終わった夕方、教育隊時代の同期佐藤に誘われ、スナックへ入った。
二人の若いホステス。耳に心地よい鹿児島弁。彼女たちの笑顔を見れば見るほど、別れた彼女への想いは、鋭い刃となって私の胸を抉った。
私は煽るように酒を呑んだ。こんな人生、もうどうでもいい。
このまま脱走して消えてしまおうか――そんな考えが過るが、今度はどんな噂を面白おかしく創造されるのか。その恐怖が私を縛り付けた。
佐藤へ酔ったので先に帰るとスナックをひとり出ました。
宿舎に戻る道すがら、私を嘲笑う声が聞こえた。
ここでさえ、私は笑われるのか。
殺してやりたいという怒りと、先が見えない絶望。どうにでもなれと思った。どいつもこいつも殺して自分も死んでやろう。
「自分一人が壊れればいい」という考えに囚われてしまった。
他人を傷つけず、兄や家族にも迷惑をかけず、ただ自分だけが異常者として切り捨てられれば、この地獄は終わるのではないか――そんな歪んだ思考に支配されていた。
私はその場で、自らの尊厳を意図的に踏みにじる行為、自慰を選びました。
それは欲望から生まれたものではなく、怒りと恐怖の矛先をすべて自分に向け、社会から完全に切り離される役を引き受けようとした、自己破壊だった。
自らを変質者の座にまで引き摺り下ろし、奈落の底へと身を投げた。自暴自棄という言葉では生ぬるい、己を破壊するための儀式のような暴走だった。
翌朝、激しい頭痛と二日酔いの中で、三中隊の吉田運幹が何かを笑いながら呟いた。内容は聞き取れなかった。
対空射撃の衝撃は、想像を絶していた。
固定したはずの鉄パチ(ヘルメット)が反動で激しく上下し、標的はダブって二重に見える。敵機を定めることなど不可能だ。視界も確保できないまま、私はただ、引き金を引き続けた。
空へと連射され、吸い込まれていく実弾。
(こんな使い物にならないガラクタを、かつての日本兵は撃たされていたのか……)
胃の底からせり上がる嘔吐感と、割れるような頭痛。そして全身を貫く激震。
偽装敵機を見失った空を、空虚な弾丸だけが切り裂いていく。
私の自衛官としての矜持も、一人の人間としての誇りも、その弾丸と共に、どす黒い虚空へと消えていった。




