表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/40

自慰 奈落への引金

駐屯地で自殺者が出ました。


ある日、一人が屋上で首を吊り、命を絶っていた。発見した不寝番の陸士長は、その光景の凄惨さに、数ヶ月間も飯が食えなくなったという。

死の影が、すぐそばまで迫っていた。


数ヶ月後、私は鹿児島の佐多岬訓練に参加していた。

姫路で受けた訓練の本番です。

先輩たちが羨望の眼差しを向けていた重機関銃「キャリバー50」の対空射撃訓練。

だが、射撃など今の私にはどうでもよいと考えていました。

懐かしい鹿児島の地に立ち、錦江湾を眺める心は複雑に揺れていました。

鹿児島市内の夜景が目に刺さる。


(逢いたい……)


頭にあるのは、別れた彼女のことばかりだった。惨めでした。彼女はすでに新たな幸せを掴んでいる。

それなのに自分は、卑劣な噂を流され、笑い者にされどこにいても、突き刺さるような視線から逃げられない。


初日の練習が終わった夕方、教育隊時代の同期佐藤に誘われ、スナックへ入った。

二人の若いホステス。耳に心地よい鹿児島弁。彼女たちの笑顔を見れば見るほど、別れた彼女への想いは、鋭い刃となって私の胸を抉った。

私は煽るように酒を呑んだ。こんな人生、もうどうでもいい。

このまま脱走して消えてしまおうか――そんな考えが過るが、今度はどんな噂を面白おかしく創造されるのか。その恐怖が私を縛り付けた。


佐藤へ酔ったので先に帰るとスナックをひとり出ました。

宿舎に戻る道すがら、私を嘲笑う声が聞こえた。

ここでさえ、私は笑われるのか。

殺してやりたいという怒りと、先が見えない絶望。どうにでもなれと思った。どいつもこいつも殺して自分も死んでやろう。


「自分一人が壊れればいい」という考えに囚われてしまった。

他人を傷つけず、兄や家族にも迷惑をかけず、ただ自分だけが異常者として切り捨てられれば、この地獄は終わるのではないか――そんな歪んだ思考に支配されていた。

私はその場で、自らの尊厳を意図的に踏みにじる行為、自慰を選びました。

それは欲望から生まれたものではなく、怒りと恐怖の矛先をすべて自分に向け、社会から完全に切り離される役を引き受けようとした、自己破壊だった。

自らを変質者の座にまで引き摺り下ろし、奈落の底へと身を投げた。自暴自棄という言葉では生ぬるい、己を破壊するための儀式のような暴走だった。


翌朝、激しい頭痛と二日酔いの中で、三中隊の吉田運幹が何かを笑いながら呟いた。内容は聞き取れなかった。


対空射撃の衝撃は、想像を絶していた。


固定したはずの鉄パチ(ヘルメット)が反動で激しく上下し、標的はダブって二重に見える。敵機を定めることなど不可能だ。視界も確保できないまま、私はただ、引き金を引き続けた。


空へと連射され、吸い込まれていく実弾。

(こんな使い物にならないガラクタを、かつての日本兵は撃たされていたのか……)

胃の底からせり上がる嘔吐感と、割れるような頭痛。そして全身を貫く激震。

偽装敵機を見失った空を、空虚な弾丸だけが切り裂いていく。

私の自衛官としての矜持も、一人の人間としての誇りも、その弾丸と共に、どす黒い虚空へと消えていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ