表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

マイ・サーバント

作者: 川神由信

私には、子供の頃からこんなものがあったらいいのになあと思い続けている道具がありました。小学校の作文でも「将来、発明されたら使ってみたいとあなたが思うものについて書きなさい」という課題が出された時にはそれについて書きました。私が手に入れたいと思い続けてきたものは、私の荷物を持ってくれるロボットです。外出した時に、自分の荷物ほど面倒なものはありません。手提げ鞄は腕が痛くなるし、肩掛け鞄は肩に重いし、かといってキャリーバッグは他人に迷惑を掛けているようで使う気になれません。買い物に行って気分よく品物選びをしていても、重くて嵩張るものは、持って帰る時の大変さを思うとたちまち嫌になって、買うのをためらってしまいます。しかし、昨年、とうとう外出中の荷物を持ってくれるロボットが発売されました。商品名はマイ・サーバントです。これで外を出歩く時の荷物の問題はすべて解決しました。マイ・サーバントは一番下にキャタピラーが付いており、その上の部分は柳行李のような直方体の形をした荷物の収容スペースになっています。さらにその上に1m程の長さのパイプが2本横に並んで立っており、収容スペースに入り切らない物は、パイプから突き出ているフックに引っ掻けておきます。一番上にはコントロール・パネルが設置されています。この装置の基本モードは3つです。付き添いモード、待機モード、自動帰宅モードです。一番よく使うのが付き添いモードで、持ち主が外出した時に、持ち主の荷物を持ってその後ろ1mを付き添って歩くように設計されています。狭い店舗や飲食店など、連れて入れないところでは、待機モードにして表の道路や広場で待たせておきます。もう、今日は荷物を使わないという場合には、自動帰宅モードにして自宅に一足先に帰らせてしまうことが可能です。

 マイ・サーバントは発売されるや否や大人気で、私も発売直後に飛び付いて買ってしまいました。これを手に入れてからの通勤の快適さはまったく夢のようです。手ぶらの解放感は何物にも代えがたいです。マイ・サーバントという名の通り、召使を使っていた貴族は本当にこのような気分だったのだろうと思います。駅の階段や混雑した駅前通りもしっかり1m以内に付いて歩いて来てくれますし、倒れることも、他の歩行者に迷惑を掛けることも一切ありません。会社の帰りにデパートの地下の食料品店街に寄った時など、以前は美味しそうなワインがあっても持ち帰る大変さを考えて、買うのを手控えてしまうことが多かったのですが、今は躊躇せず買うことができます。私は会社帰りに、時間を延長して開館している美術館の展覧会に行くのが好きなのですが、そんな時はマイ・サーバントを待機モードにして美術館の庭に待たせておきます。少し大きな荷物は美術館のコインロッカーには入らないことが多いのですが、マイ・サーバントがあればそんな心配は無用です。また、会社の帰りに飲みに行く時にはもう荷物は使わないので、自動帰宅モードで家にマイ・サーバントを帰してしまえます。

 マイ・サーバントを買ってからしばらくは、本当に満足して使っていたのですが、6ケ月後に私はとうとうこれを手放さざるをえなくなりました。マイ・サーバントは買い取り式ではなく、毎月使用料金を払うレンタル式なのですが、実はそのレンタル料がかなり高いのです。私は35歳の普通のサラリーマンですが、その月給の1/4がマイ・サーバントのレンタル料で消えてしまいます。この値段はどんなに便利な機械でも高過ぎです。日常生活が快適になっても、生活が経済的に成り立たなくなってしまってはどうしようもありません。マイ・サーバントの料金が今よりずっと安くなるか、私の給料が大幅に上がるかのどちらかまではお別れせざるをえません。

 マイ・サーバントを販売元の営業所に返してしまうと、ぽっかりと心に穴が開いてしまったような虚脱感に襲われました。いつも私と一緒に歩いていてくれたヤツが突然いなくなってしまったのです。商店で私が買い物をしている間中、じっと外で待っており、私が出てくると、また、しっかりと私について歩いて来てくれていたヤツなのです。そいつがもういません。飲み会があってマイ・サーバントを自宅に先に返した時には、自宅の玄関の前で酔った私の帰りをぽつんと待っていてくれました。この姿も実にしおらしかったです。しかし、今はもう、私が酔って帰って来ても出迎えてくれるものはありません。会社の通勤の行き返りも、散歩に出た時も、日曜日に電車に乗って買い物に行く時も、旅行の時も、また、私は一人です。寂しいなあと思いながらも、やはり高価過ぎて、もう、とても手が出せないと諦めました。

 ある日の夕方、会社を出て、近くの商店街をブラブラ歩いて最寄りの駅に向かって歩いていると、一台のマイ・サーバントが向こうの方から私に向かって歩いてきました。単独行動のようで、持ち主の後について歩いているようには見えません。いよいよ私とすれ違うところまで来ると、私の方にくるっと向き直って、私の後ろに付いて歩いてくるではありませんか。「あっ、こいつは故障していて、私を持ち主と勘違いしているな」と思いました。営業所に連絡してあげようと、そのマイ・サーバントをよく見ると、ボディの傷とペイントの色の褪せ方にどこか見憶えがあります。もしや、と思ってプレートのロット番号を見ると、なんと私が使っていたマイ・サーバントでした。私を追跡するための必要なデータは既に解除されているはずなのですが、どうしたことでしょうか。しかし、とにかく3ケ月ぶりに偶然、再会できて、何はともあれ、とてもうれしかったです。私は思わず相好を崩してしまいながら、旧友に外出先でばったりと出会ったような温かい気持ちになりました。再び、購入するのは不可能ですが、離れがたかったので、わずかな間だけでも昔と同じように少し一緒に歩こうと思い、以前にこれを返却した営業所まで連れて行きました。マイ・サーバントは昔と同じように私の1m後ろにしっかりとついて歩いてきます。こいつは右側のキャタピラーから少しかすれるような金属音がするのですが、それも昔のままで懐かしいです。営業所に着いて事情を話すと

「返却された時にお客様のデータは完全に消去したはずなのですが、メモリーのどこかに、まだ、データが残ってしまっているのかもしれません。きちんと消しておきます。誠に申し訳ございませんでした。」と店員は丁寧にお詫びをしました。私は少し名残惜しかったのですが、マイ・サーバントに「じゃあな」と言って帰ってきました。まあ、平凡で退屈な日常生活の中の、一服の清涼剤のような体験でした。その日の夜の夢には、私のマイ・サーバントが出てきました。その日の夕方と同じように帰り道で私に出会い、私に付いて来てしまいます。私が「お前はかわいいなあ」と声を掛けると、猫が飼い主の足に首をこすり付けるように、私の足首にボディを擦り付けてきます。「でも、ちょっとお金が掛かり過ぎて、もう飼えないんだよ」と言うと、寂しそうに待機モードになってそこに立ち止ってしまいました。その姿を見たら私も忍びなくなって「じゃあ、営業所まで一緒に歩いて行こうか」と言うと、また、付き添いモードとなって嬉しそうに私に付いてきます。営業所では、また、先程と同じ店員が出てきて、丁寧なお詫びを私に言いました。夢の中でも私は「じゃあな」と言って、帰ってきました。

 次の日、仕事を終えて駅に向かって歩いている時、昨日の夕方の出来事と、晩の夢の事が思い出されました。もしかしたら、今日もこの商店街で私のことを待っていて、私を見つけて、私に付いて来てくれないかなあ、そうしたらうれしいのになあ、と思いました。しかし、マイ・サーバントは現れませんでした。まあ、当たり前です。しょうがない、やっぱり忘れるしかないと思って、少し残念な気持ちで自宅に向かいました。ところが、自宅に着いたら、私のマイ・サーバントが自動帰宅モードで私の家の玄関の前で、私の帰りをポツンと待っているではありませんか。ロット番号はまぎれもなく私が使っていたものです。じっと私の帰りを待っているしおらしい姿が何とも愛おしく、本当にかわいいヤツだなあと思いました。もう遅いので、今日は営業所には連絡せず、このまま一晩泊めてあげることにしました。玄関の中に入れてスイッチを切ると、ランプが消えて完全な停止状態となってしまいました。私は急にマイ・サーバントが動かなくなってしまったのが寂しく、再び、スイッチを入れて、付き添いモードにしました。本当は今日はもう外出する用はないのですが、ブラブラと近くのコンビニまで一緒に歩いていくことにしました。コンビニの前で待機モードに変更し、私だけコンビニに入ります。ペットボトルのお茶を一本買って、マイ・サーバントの荷物収納スペースに入れ、また、付き添いモードに戻して一緒に歩きます。すると以前のように、私の後ろ1mの所をしっかりとついて歩いてきます。昔と同じです。本当に懐かしいです。すぐに自宅には戻らず、町内をぐるっと回ってから帰りました。やはり、右側のキャタピラーから少しかすれるような金属音がします。玄関に入れてスイッチを切って、私は眠りました。その晩もマイ・サーバントが私の夢に現れました。夢の中で私は、玄関でスイッチが切れて停止状態のマイ・サーバントに「やっぱり、ごめん、お金がなくて飼えないんだ」と話しかけていました。すると、マイ・サーバントはしばらく寂しそうな様子をしていましたが、そのうち、自発的にスイッチをオンにし、自動帰宅モードで営業所に戻って行ってしまいました。私はマイ・サーバントがいなくなってから、夢の中でずっと後悔しており、給料の1/4ならなんとかなるかもしれないなあと漠然と思っていました。夢から覚めて起き上がると、すぐに玄関に行ってみました。マイ・サーバントはランプが消えた停止状態のままでそこにいました。私はマイ・サーバントの姿を見て本当にほっとしました。

 その日の朝、会社へ行く前に、私はマイ・サーバントを連れて一緒に営業所に行きました。もう、マイ・サーバントは返却せず、再びレンタルする契約を結びました。料金は確かに高いのですが、迷いはありませんでした。私が契約書にサインをしていると、私の隣のカウンターでは他のお客がマイ・サーバントを返却に来ていました。その対応をしている店員が

「データはきちんと消去したはずなのですが、誠に申し訳ございませんでした。」と丁寧にお詫びを言っているのが聞こえました。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして、太ましき猫と申します。 短編を検索する中で、こちらに伺いました。 こういうロボット、きっと愛着が出てきてしまいますよねぇ。 いつも一緒で、そっと付き添ってくれる感じが愛らしいで…
2016/07/02 21:04 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ