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その三・窮鼠猫を噛む 後編

読まれる前に注意


今回ちょっとだけエロい箇所があります。



 





走る走る走る走る走る!!

 

部室棟の出入り口を蹴破り、裏庭を抜け、新校舎を横目に僕らは走る。

その背後で全てをなぎ倒し転がり迫り来る怪生物。あちこちにぶつかったり引っ掛かったりしながらも、確実に僕らを追ってきていた。


「だああああ、なんで俺ら追っかけられてんの!?」

「知るか! アレに聞け!」

 

秋沼さんの首根っこを掴んだ僕と冬池さんを小脇に抱えた南田は速度を弛める事なく全速力で駆け抜けていた。

普通は自身に近い重さを持つ荷物を抱えて全速力で走るなんて事はできないのだけど、人間追い詰められたら本当にとんでもない力が出るモンなんだなあ。気付きたくありませんでしたがねそんな事!

だが常識を超えた力を出せているとは言え、そんな状態が長々と続くわけがない。ヤツの勢いは緩む様子を見せていないし、いずれ限界がくればそれでアウトだ。

走りながら打開策を考える。それを片端から皆に提案してみた。


「警察呼ぼう警察! でなきゃ自衛隊!」

「だ、ダメみたいだよう、携帯が壊れちゃった!」

「まだ妨害電波が残ってんのかよ! ヤな所で技術力高いな科学部!」

「ぬおー放せ! この秋沼 林檎、敵に背中を見せて敗走するなどと認められぬ……」

「じゃあ外出よう外! いくらなんでも校外まで妨害されてないだろ!」

「馬鹿ぬかせ! あんな奇天烈生命体世に解き放ったら阿鼻叫喚の地獄絵図じゃねえか! イヤだよ俺稀代の大災害の片棒担ぐの!」

「もうすでに公共物破壊が凄いところまで進んでるよこれ私たちのせい!?」

「人として、戦士として、挑まれたのならば退くわけにはいかんのだ! 貴様も漢なら分かるだろう!」

「アレだ南田、知り合いに役に立ちそうな人いないの!? ブラザーとかビッグダディとかとにかく暴力的なファミリーっぽいの! 火力があればなお良し!」

「人なんだと思ってんだ! ウチは先祖代々真っ当な商売しかしてねえ!」

「この際何でも良いから頼りになりそうな人いないのお!?」

「任せたまえ檸檬! あのような肉団子このボクが瞬時に粉砕してくれる! だからこの手を放してくれやがれ!」

「ああああああ! じゃあどうすりゃいいっての!?」

「俺に聞くなむしろ俺が聞きたい!」

「わ、わ、さらにスピード上がってきたあ!!」

「今こそ決戦の時! アポカリプス・ナウ! 己の誇りと存在をかけたデュエルの始まり……」

『うるさい黙れ現状を認識しやがれこのど馬鹿』

「……すいませんでした」

 

ダメだあ! なんか事態が好転しそうな材料が思い浮かばない! 

 

せめて足止めできそうな物! あるいは武器! なにか、なにかないか!?

 

思い浮かぶだけの施設を思い浮かべ、使えそうな備品をありったけピックアップしてみる。しかしこの時間帯に入る事のできる施設は限られており、獲物になりそうな物は大概施錠できるようなちゃんとした設備に収納されている。後は遅くまで部活に残っている人がいるような――


「いたあ何とかできそうなヤツ!!」

 

そうだ北畑! 仮にも剣道部最強を自負するヤツならば、あの巨大ミートボールに対抗できるかも知れない。たとえできなくとも、野郎ならばけしかけても一切心が痛まないし問題はないだろう多分。そう思い立った僕は皆に告げた。


「武道場だ! 北畑ならなんとかなるかも!」

「そうだな! 剣の天才とか言ってんだからこういう時には役立ってもらわねえと!」

 

言うが早いか即座に転進、現在地から校庭を挟んで反対側に位置する武道場へと向かう。

特待生を取るくらいだから我が校の剣道部はそれなりに実力があって活動にも力が入っている。もう結構な時間にはなっているがまだ残って活動を行っている可能性は非常に高い。

 

僅かな希望にすがって、気力と死力を振り絞って校庭を駆け抜ける。多分人生の中でも最高速度でもってそれを成し遂げ、僕らは一直線に武道場へと向かった。

 明かりは……点いてる! よっしゃまだ残ってる事は確定! 安堵しつつ扉を蹴破る勢いで武道場の中へと突入したら――


「……って 誰もいねえ!?」

 

そう、見事なまでにもぬけの殻。煌々と明かりに照らされた武道場内にはどういうわけだか人っ子一人見あたらなかった 。

 後で聞いたところによると、剣道部は練習のシメに全員揃ってランニングを行う習慣があるらしく、丁度この時それに当たっていて皆校外に出ていたのだが、僕らにそんな事が分かるはずもない。

 

しまった、誰もいないこの状態では助けになるどころか逃げ道を失った事になる! 引き返して……る間はない!

 

出入り口を粉砕し飛び込んでくる肉玉を避けて武道場の奥へ。秋沼さんを適当にそこらへ放り投げ壁に掛かっていた木刀を二本ひっ掴み 、同じく冬池さんを適当に解放した南田へと放る。

僕の意図を察した南田は木刀を取り、なかなか堂に入った構えで僕の隣へ並んだ。


「へえ、もしかして経験者?」

「まさか。そもそも喧嘩だって苦手だっつーの。……けどンな事言ってる場合じゃねえだろ」 


軽口をたたき合う僕らの目の前で、怪生物はゆっくりと回転を止めた。身体にめり込んでいた頭部がこちらへと向けられ、全身の触手がうにょろと伸びる。

来るな。そう思った瞬間案の定――

 

全身の触手が一気に勢いよく伸びて襲い掛かってきた。


「おおおおおおおおお!」

 

蛇の大群のごとき触手の群れに対し、木刀を叩き付け、拳で殴りつけ、蹴りを入れ、回避する! 

 

くう、一撃一撃が重い。まるで丸太をぶん殴っているような感覚だ。こんなもん直に喰らったらひとたまりもないぞ!? しかも人間や普通の生き物を相手取るのとは違って、コイツの攻撃は非常に予測しにくい。幸い攻撃の速度がそれほど速くないので今の所なんとかなってるけど、このままじゃじり貧だ。喧嘩慣れしている僕でこれだってんなら、南田はどうなんだよと思いちらりと視線を彼の方へと向けてみれば――

 

木刀を構えたまま、ぽかんとこちらを見やっている姿が。


「ってなんで僕一人集中攻撃受けてんの!?」

 

そう、どうした事だか怪生物は僕一人に狙いを絞って攻撃を繰り出していた。その他の三人には一切手を出していない。

 僕らの後ろに位置し多少距離がある女の子二人に手を出さない(あるいは出せない)のは分かる。でも隣の南田に欠片も攻撃を仕掛けていないってのはどういう了見だこの野郎! なんか僕に恨みでもあるってのか!?


「つーかさ南田! 見てないで援護くらいしてよ!」

「あ? お、おお!」

 

人が必死になっているってのにぼさっとつっ立ったままだった南田が、僕の声を受けやっとの事で動き出す。慌てて怪生物の横に回り込み、木刀を振り上げて、「おりゃあ!」という叫び声と共に無防備な胴体へと一撃を叩き込む。

南田の振るう木刀は思った以上の鋭さをもって怪生物の胴体へと叩き込まれ、そして――

 

あっさり真っ二つになった。


「折れたあ!?」

 

中程でぱっきりと折れた木刀を信じられないといった表情で見ながら吠える南田。そうやって棒立ちになった所へ邪魔とばかりに一本の触手が振るわれ、彼は「くぺえ!?」とか奇声を上げ吹っ飛ばされた。

 

ちっとも役に立たねえ! そりゃあんな怪生物に立ち向かっただけでも大した物だと言わざるを得ないけど、助けにならなきゃ一緒だ。結局一人で何とかしろって事か!

こういう場合目か口の中かって言うのがお約束だけど、コイツに通じる物かどうか。それ以前に繰り出される触手の群れをどうやってかいくぐってヤツの懐に飛び込むか……かなり難しいと言わざるを得ないね。

 絶望的状況ではあったけれど、それでも諦めずに怪生物を撃退する算段を立てようとしていた僕。

 

しかし運命の女神は僕の事がお気に召さなかったらしい。


 




突然がくりと膝が崩れた。


 




しまった、さっき限界以上を出してかけずり回っていたツケが今になってきたか! 咄嗟に体勢を立て直そうとするが、それは致命的な隙となる。狙い澄ましたかのように振るわれた触手は僕の手から木刀を弾き飛ばし、それに気を取られた所で残りの触手が一斉に襲い掛かってきて僕の四肢を拘束、一気に窮地へと落とし込まれた。


「ぐうっ……くそっ」

 

勿論抵抗しようとするが、どれだけ力を込めてもびくともしない。そのまま触手の群れは僕の身体を宙へと持ち上げる。ただでさえ力が入らないと言うのに、地面から離されたらそれこそ踏ん張りが効かなくなる。抵抗をできるだけ減らして一気にバクリといくつもりか。くう、口腔内――喉を狙えばまだなんとかなるか?

 そんな感じでまだまだ諦める気のない僕だったが、それを嘲笑うかのように怪生物はこちらの予想から遙かに遠く離れた行動を取った!


「ひっ、にゃ、にゃあ!?」

 

突然全身をまさぐられる感覚に、ついおかしな悲鳴を上げる。ぬるぬると粘液を纏った触手が、身体のあちこちをはいずり回り、まるで全身を舐め回されているような感覚を与えているのだ。さらには袖から、裾から、隙間から、服の下へと触手が潜り込んでくる。


「あ、や、ちょ……ひゃうん!」

 

直接肌をくすぐられ、びくりと身体がはねる。執拗に、ねちっこく、触手は僕を嬲り続けた。

くそ、なんのつもりだ。肉を弛緩させて食べやすくするつもり……とか思っていた所で、怪生物の焦点が合っていない瞳と視線が合う。


 




ぶっちゃけ中年オヤジのごときエロい色が浮かんでいました。


 




待て! ちょお待て! アレか、こう、別の意味で僕をいただくつもりですか!? タンマタンマタンマタンマ! 僕男! こう見えても男の子! 間違ってるよ生えてるよキャラじゃないよあひゃん!?


び、敏感な所を刺激されましたマズい! でりゃマズい!! このままだと18禁どころか真っ当な趣味の方にはお見せできないどえらい目に遭ってしまうじゃないですか! ちょ、助け、助けを請わなきゃ! 焦って視線を巡らせれば道場の端で大の字になって気を失っている南田の姿と――


「わ、わー凄い! あんな所にうわ! え、えっちい!?」

 

両手で顔を覆っているけれど、指の隙間からしっかりこっちを見ている冬池さん。そして――


「ふぐうっ! 馬鹿な、ボクが、このボクがっ! 男の痴態ごときに我を失うなんて事があろうはずもふぐあっ!!」

 

必死でなにかを否定しつつも鼻頭を押さえて溢れ出ようとするなにかを堪えている秋沼さんの姿。


「いや見てないでどこかに助力を請いに行け貴様らあああああああああ!!!」

 

こっちは洒落にならない状況なんだよ命の次かある意味それ以上に大事な物がとてつもない大ピンチなんだってのああんっ!


『おふう!』

 

決死の叫びも虚しく喘ぎ声一つで仰け反り悶える二人。んな事してる間があったら動け! 這いずってでも動け! 大体怪生物てめえもてめえだ、なんで中身はともかく外見美少女が二人も揃っているってのにわざわざ僕を狙うわけよ!? 言葉が通じるとは思わないけど訴えるよ全力で!

 

僕の指摘にあーひっどおいとか二人が言うがこっちも必死だ。怪生物の注意が削がれれば脱出の可能性が生じる! ……そう思ったのに、怪生物の野郎ちらりと視線を女性陣に向けて――

 

はん、と鼻で嗤った。(ような仕草をした)


「ぬあああ! 襲って欲しいわけじゃないけれど今のはムカついた! 乙女のプライドが傷付いた!」

「落ち着いて落ち着いてよりんちゃん! 確かにかちんときたけどアレ人じゃないから、生物だから!」

「だからこそ! なおのこと! 許されるはずがない許せるかあああああ!!」

 

気勢を上げて全力で怪生物に対し実力を伴った抗議を行おうとする秋沼さん。それを必死で羽交い締めにしてる冬池さん。怪生物はそれを完全に無視してさらに激しく僕を……やはあん!


「そうだ許されないとも! 神聖なる武道場でなんたる痴態をカメラはどこだ!」

「写メ写メ。動画動画」

「これは日々精進を重ねる我々に対するご褒美ッスか!? 真面目に部活やっててよかった!」

「なんたるドリーム! 覚めないで覚めないで! 最後の最後までこの眼に焼き付けるまで!」

 

剣道部ゥうううううううう!!??

 

いつの間に湧いて出たのか袴姿の男女が僕を遠巻きに囲み、興奮した様相で口々に勝手な事を言っている。勿論彼らはランニングから帰ってきたばかりなのだが、この状態の僕にしてみれば今までどこに雲隠れをしていたタイミングを計っていたんじゃあるまいなと咎めたくなる光景でしかなかった。

 

それよりもなによりも!


「のんびりと見てる間があったら助けて下さいあんたら!」

 

必死の訴えに返ってきたのは、目を血走らせた男女の咆吼。


「なにを言うかこんなチャンス滅多にないんだぞ!? 日々荒行を行う我々の心を癒すため大人しく生け贄……その身を捧げてくれなさい!!」

「そーよ異種陵辱美少年バージョンを生でかぶりつきなんて一生あるかどうかなのよ!? こんな幸運逃してなるものですか!!」

「夏の聖戦! 夏の聖戦には間に合わせるから! キタキタキタキタネタがキタあ!!!」

「レフ板、角度もうちょっと変えてください。後照明あまり強くしないで」

「貴様らああああああ! 特に最後北畑!! 殺す後で絶対コロスうううううう!!!」

 

嬉々として撮影機材を設置していく自称剣の天才を名乗る大馬鹿野郎の姿に絶望感を覚える。く、腐ってやがるなホントに! なんてクソの役にも立たない連中だこんちくしょう! 憤る僕だが拘束されているこの状態ではまさに手も足も出ない。それを嘲笑うかのように、怪生物は触手の動きをさらに激しく、怪しくして……。


「ああ……そこはっ! だ、だめ! ひあっ!」

「おほう今のはかなり良かった!」

「OKOKそこよ! もっと妖しく! もっと淫らに!」

「青く固さを残す未熟な桃、その渓谷を丹念に拭う剛直。今まさに! 自身すらも触れた事のないフロンティアへと侵略者の魔の手が! ああ! ああ!! ……よーしよしよしよし! 止まる事なきインスピレーションが我を加速させるのよおおおおお!!」

「撮れ! 撮りまくれ! フィルムさえ無事なら本体は使い捨てにしても構わん! この機を逃さず死力を尽くすのだ!」

「良いよ〜、良いですよ〜、そこはそう、ほらもうちょっと右足を上げて……そうそうそんな感じ良い! 実に良い!」

 

だ、ダメだ、このままじゃ、このままじゃ! 戦慄と焦燥ばかりが募り、身体も心も思うとおりに動かせない。


「ひゃあ! あひん!」

 

ぶふーぶふーとさらに鼻息を荒くする怪生物は、ついに僕の制服を破き引っぺがし始める。一気に全て脱がされる事はなかったが、それでも半裸と変わりない状態だ。

剣道部とその他二名は「分かっていらっしゃる剥き方だ〜〜〜!!!」などと叫んで狂喜乱舞しているがそれどころじゃない。怪生物は僕の体勢を変えて、わざわざ見せつけるかのように新たな触手を身体から生やした

 

それは今までの物よりさらに太く、ごつく、凶暴な形状をしている。

 

待った待った待った待った! それはシャレになってない! 本当にシャレになってない! ダメだってムリだって! そんなの入んないよ僕壊れちゃうよお!!!


「や……やあ、やだあ」

 

恐怖のあまり半泣きになり、呻くようにしか言葉が出ない。周りのひゃっほう祭りだ祭りだという言葉も遠く、絶望が心を覆い尽くしていく。

 

もうだめだとついに僕は諦め、せめて未知の痛みに耐えようと強く目をつぶる。


 




絶望を切り裂いたのは、野太いエンジン音とブレーキ音。そしてヴゥンと腹に響くモーター音だった。


 




四肢を拘束していた触手が突如引きちぎられ、自由を取り戻した僕の身体は床に落ちる。なにが起こったのか分からないまま、これ幸いと飛び跳ねるように動き怪生物から距離を取った。改めて一体全体なにごとだと視線を巡らしてみれば、えーいーとこだったのにぶーぶーとブーイングを上げているクソ外道どもと――


「ったく、人が当直の時に騒ぎ起こしやがってこのぼんくらどもが。面倒かけんじゃねえよ」

 

ヘルメットを外しながらぶつくさ言う天野先生の姿。

 

彼が跨っているのは愛車である、闇夜のような漆黒と血のような深紅を纏ったセロー250改。横を向きアイドリングのまま停車しているそのサイドコンテナから突き出ているのは、カラカラと空転して硝煙を吐いているバルカン砲。どうやらこれが僕の窮地を救ってくれたらしい。

なんでバルカン砲が!? 良いのバイクで武道場入って!? とか普段の僕だったらツッコんでいたのだと思うけれど、そんな事はどうでもよかった。矢も楯もたまらずバイクから降りた先生に縋り付き、恥も外聞もなく泣き出す。


「こ、こわがったよぜんぜいいいい! かなりマジで真剣にごわかったよおおおおおおお!!」

 

先生は慌てず騒がず、しょうがねえなあと呟きながら苦笑を浮かべて涙と鼻水でぐしょぐしょな顔の僕の頭をぽんぽんと撫で、鋭い目つきで銃撃を受けてひっくり返った怪生物へと視線を向ける。


「まあた生物部と科学部の連中かよ。……ヤツら”昔っから”ロクな事しやがらねえな」

 

その視線の先で、怪生物はもけけと奇声を上げながら身を起こす。先の行為が中断されたせいで気分を害したのだろうか、心なしか目つきが剣呑なものになっているようにも見えた。その剣幕に僕はひっと小さく悲鳴を上げて身を縮めるが、先生は怯えた風もなく僕の身を引き剥がして一歩前へ出る。

そして肩越しに僕をへと振り返りながら、不敵な笑みを浮かべて見せた。


「心配すんな。何とかしてやっから、一生恩に着ろよ?」

 

言って怪生物に向き直り、懐からごついデザインのPDA――携帯端末らしきものを取出し展開させ、何やら複雑な紋章のような物が描かれたメモリーカードらしい物を挿入し、ぴぴっと入力して折りたたみ軽く掲げてから一言呟く。


「”変身”」


かしゃりとPDAが腰ベルトのバックルに装着され、そして……。


















「あいたたた…………くっ、ヤツは、UMAはどうなった」

「騒ぎがあったのは、ここかい? 檸檬は、みんなは?」

 

今頃になって気絶から覚め身を起こす南田と、ふらつきながらも無理をおして僕らを捜していたらしいかりん。二人は武道場の内部に視線を巡らし……ある光景を見てぎょっと目を見開く。

彼らの視線の先には、武道場の端で一纏めになってがたがた震えている剣道部員&娘っ子二人と――

 

それを前にして仁王立ちになっているほぼ半裸の僕。

 

やあ、遅かったねえ。とりあえず二人に向かって笑いかけてみたら、二人ともひっと息を飲んで後ずさる。おやおやどうしたんだい、そんなに怯えたりして?


『いやあの……一体なにが起こったんでしょうか?』

 

なぜか敬語になって尋ねてくる二人にこう答える。いやねこの腐れ外道ども、人が貞操の危機に陥ってる時に、助けるどころか喜び勇んで見物会なんぞ開きやがったわけよ。宿直室から現れた仮面のヒーローが助けてくれなきゃ、今頃エライ目に遭っていた所さ。

 

ちなみに仮面のヒーローだったらしい我が恩師は、怪生物を跳び蹴り一発で文字通り粉砕した後、「ぢゃ、オレは生物部と科学部の連中シメてくっから、ここは任せたぜ」と言い残して去っていった。今頃は連中を小突き回しているのだろう。

 

それはさておいて。

 

じゃあ、そろそろ覚悟は良いよね? できてなくても容赦するつもりは欠片もないけど。そう言ってばきりばきりと両手の指を鳴らす。僕が味わった恐怖、その万分の一でもこいつらに味合わせなきゃ気が済まない。ひいと怯えた声を目の前の連中が上げるが、僕が怯えていた時こいつらがなにをしていたか思い返せば同情や憐憫の心など浮かぶはずもなかった。


「な、ななななな、なんか、禍々しいオーラっぽいモノが見えるんだが、気のせいじゃないよな!?」

「背中が、背中の筋肉が、まるで鬼の顔のように!?」

 

背後からなにか言っている声が聞こえるが、僕の耳には届いていなかった。目の前の獲物だけに集中して、できうる限り穏やかな声を出す。さて、僕も鬼畜生ってわけじゃないから選択権くらいはあげよう。以下の四つから好きなコースを選びなさい。


 




一、顔の形が変わるまで殴られる。


 




二、耳から血が出るまで殴られる。


 




三、動けなくなるまで殴られる。


 




四、僕の気が済むまで殴られる。


 




五、全部。


 




さあどれがいい?






『全部同じ!? しかも増えてる!!?』

 

がびびんといった擬音を背後に、獲物達は悲鳴を上げる。うんよく気が付いた、ご褒美に全身全霊全力全壊手加減不要情け無用にしばき回してあげよう。お祈りの時間もトイレに行く余裕もあげないよ? みっともなくがたがた震えながら家畜のような断末魔の悲鳴を上げやがりなさい。

 

いよいよ私刑執行……しようとしたら、慌てふためいて僕の目の前に出てくる野郎が一人。

誰あろう北畑 星十郎その人であった。


「待った! ちょっと待った! 殴るなたあ言わない、せめて俺様の話を聞いてくれないか!?」

 

やだ。


「そ、そう言わんと、頼むし、拝むし! 聞けばお前も分かる、本当に分かるから!」

 

許すつもりなど塵ほどもなかったが、余りの必死さがちょいと気になった。だから聞くだけは聞いてあげても良い。ただし聞いてる間に誰か一人でも逃げ出そうものなら残り全員連帯責任で”ねじ込む。”いいね?


『どこになにを!?』

 

どこかになにかを。まあそれは後でお楽しみにしておくって事で、きりきり話を聞かせてもらおうじゃないか。そう促したら北畑は必死の形相で言葉を紡ぎ出した。


「いや俺様達もあれは悪いと思った。これは天地神明に誓って本当だ嘘じゃない! けどな、それでもな! お前自身は絶対に認めたくないだろう事も分かってるけれど、お前のエロい様相ってえのは男女問わず思春期の青い衝動を刺激しまくって止まないのよ! 分かるだろうお前自身もこう、年頃の男の子の溜め込んでいるアレとかソレとかが! そんなある意味サル並みの青少年少女の前にあんな極楽曼陀羅が展開されていたら! 暴走せずにはいられますまい!!!」

 

確かにね、僕だって年頃の男の子だ。エロい衝動がないとは言わないむしろ有り余ってる。だからといって自身がエロいとか言われて喜ぶとか思う?


「それはちっとも思いませんが! しかしそこは逆に考えて頂きたい! 例えばもしお前がくたくたに疲れて妙にハイになってる時に突如目の前で美少女が触手の群れと戯れていたとしたら! ご褒美だと思って喜ぶだろう喜ばないとは言わせない! たとえ外道とかエロエロ大魔神とか呼ばわられてもだ、我々の衝動は人として青春の真っ直中にある青い果実として間違っていないと断言できよう! お前に怒るなとはとても言えないが、俺様達のそういった事情もちょっとは鑑みて欲しいかと思う次第だ!」

 

ふ〜ん…………まあ、エロいのはお互い様だ。気持ちは分かる所もある。そう言ったら全員が希望の光を瞳に宿して『うんうん!』と大きく頷いた。それに答えるかのように僕は満面の笑みを浮かべてこう言ってみる。


 




それじゃあさっきの映像とか動画データとか写真とか創作物とか一切合切全部出してくれるよね?


 




全員が凍った。そのまま暫く動きだけを止め、彼らはだらだらと脂汗を流す。

 

ん? どうしたのかな? 出すの出さないの? 表情こそ笑顔だったけれど自分でも分かる。多分僕の額にはぶっとい青筋が浮かんでいるのだろう。素直に出したら少しは勘弁してやるつもりだったがやっぱりか。そう思っていたらふいに北畑が動き出す。彼は脂汗を掻きながらも妙に良い笑顔で僕の肩に手を置きサムズアップしつつこう宣った。


「西之谷、6・4で手を打たないか?」

 

……………………………………………………。

 

ぶちりという音が、確かに頭のどこかから聞こえた。

 

途端に全員の顔が揃って一気に青くなる。

 

あっ、そう。僕は一言言ってから深呼吸し、そして――


「てめえら全員逝かしてやっからそこ直れやあああああああ!!!!」

「おぶればっ!」

 

般若の表情となってまず目の前の北畑を全力でぶん殴った。



 

その後、逃げ回る剣道部員プラス2全員にヤキ入れて校舎の屋上から逆さづりにするのに夜中まで掛かった。

いい汗かいたと額を拭い、妙に怯える南田とかりんを伴って僕は屋上を後にする。

 

一息ついたところでふと思う。はて、なにか忘れているような?






「…………遅いな」

(ど、どうしようもう会話が続かないですよ気まずいよお)


 




あ。








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